2023年02月03日

2023年の政治リスクとして浮上した連邦債務上限問題

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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昨年11月の中間選挙で上院では与党民主党が過半数を維持したものの、下院では野党共和党が僅差ながら過半数を奪取した。この結果、2023年からの新議会(第118議会)は上下院で多数政党の異なる「ねじれ」議会となっている。米国では法案成立のためには上下両院で可決する必要がある。党派性の強まる中、与野党の対立から法案が可決できない政治の機能不全が危惧されている。
 
そのような中、下院共和党はコロナ禍対応で大幅に増加した財政赤字の削減に向けて社会保障をはじめとする大幅な歳出削減の実現を目指しており、連邦債務上限の引上げを民主党との交渉材料とすることを鮮明にしていることから、2023年の政治リスクとして連邦債務上限問題が浮上している。
 
米国では連邦政府が発行する国債残高の上限額が法律で定められており、上限を超える資金調達はできない。連邦債務残高の増加が続く中、議会調査局(CRS)1によれば、第2次世界大戦後から現在までに債務上限は102回変更されてきた。一方、債務上限は通常、具体的な金額を法律に書き込むことになっているが、2013年以降は与野党の対立により連邦議会が具体的な金額で合意できない局面が度々あり、その際には窮余の策として債務上限を暫定的に適用しない旨の時限立法を成立させて凌いできた。
 
なお、連邦議会が法定上限の引上げで合意できない場合や債務上限不適用期限の延長で合意できずに連邦債務残高が債務上限に抵触しても直ちに米国債の債務不履行(デフォルト)が発生する訳ではない。通常、財務省は議会が合意するまでの時間稼ぎをすべく、緊急避難的にデフォルトを回避するための「特別措置」を発動する。特別措置では連邦職員退職制度が米国債で運用する基金に対する再投資の延期や為替安定化基金への投資延期などを通じて短期的に債務の履行を可能とする。しかしながら、特別措置には限界があり、米国債の利払いなどの財源が不足する場合は、最終的にデフォルトが発生する。
 
実際に、2011年にはオバマ政権下で2023年と同様に与党民主党が上院で過半数、野党共和党が下院で過半数を占めるねじれ議会となる中で、債務削減案を巡って与野党の対立が先鋭化し、債務上限に抵触する直前になっても債務上限の引上げで合意できず、米国債がデフォルトする一歩手前まで行った。この結果、米格付け機関のスタンダート&プアーズが米国の長期発行体格付けを最上位のAAAからAA+に格下げする事態となり、世界の株式、債券、為替市場が混乱した。
 
一方、現在の債務上限額は31.385兆ドルに定められており、債務上限の対象となる連邦債務残高は22年12月末時点で31.35兆ドルとなっている(図表)。財務省のイエレン長官は1月19日に債務残高が債務上限に到達するため、特別措置を発動するとしたほか、特別措置の時間切れとなる時期を6月中旬以降と発表した。このため、債務上限の引上げが今年前半の大きな政治課題となる見通しだ。
図表:連邦債務上限および連邦債務残高
与野党ともに米国債のデフォルトは望んでおらず、議員の多くは債務上限の引上げを政治問題化することに難色を示している。しかしながら、下院議長に就任したケビン・マッカーシー議員は債務上限の引上げを政治問題化することを指向しているほか、一部の共和党保守強硬派議員も債務上限の引上げを辞さない姿勢を示しているため、下院で速やかに付帯条件の付かない債務上限の引上げが実現する可能性は低い。与野党の対立に伴う政治の機能不全から期限までに債務上限の引上げで合意できず、米国債がデフォルトするリスクは燻っている。
 
米国債は世界で最も流動性が高く安全な資産と考えられているため、米国債のデフォルトは米国内の影響に留まらず、世界的な金融危機の引き金になり得る。また、結果的にデフォルトは回避できても、債務上限引上げリスクが高まるだけで2011年にみられたように金融市場が不安定化する可能性が高い。米国経済はFRB(連邦準備制度理事会)によるインフレ抑制のための積極的な金融引締めによって景気後退リスクが高まっており、金融市場の不安定化は米国経済にさらなる打撃となろう。連邦債務上限抵触を回避し、債務上限が引上げられるのか、世界経済への影響を含めて今後の動向が注目される。
 
 
1 CRS IN FOCUS ”The Debt Limit”(2022年11月22日)https://crsreports.congress.gov/product/pdf/IF/IF10292
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年02月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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