2023年06月09日

米国経済の見通し-労働市場の好調が続けばインフレ高止まりによる金融引締め長期化の可能性

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.経済概況・見通し

(経済概況)1‐3月期の成長率は3期連続のプラスも、前期から低下
米国の23年1-3月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率+1.3%(前期:+2.6%)と3期連続のプラス成長となったものの、前期から低下した(図表1、図表7)。

需要項目別では、在庫の成長率寄与度が▲2.1%ポイント(前期:+1.5%ポイント)と前期から大幅なマイナスに転じて成長率を大幅に押し下げた。また、設備投資も前期比年率+1.4%(前期:+4.0%)と前期から伸びが鈍化した。

一方、住宅投資が前期比年率▲5.4%(前期:▲25.2%)と8期連続のマイナス成長となったものの、前期から大幅にマイナス幅が縮小したほか、個人消費が+3.8%(前期:+1.0%)と前期から大幅に伸びが加速した。これらの結果、民間需要を示す民間国内最終需要は+2.9%(前期:横這い)と前期から大幅に伸びが加速した。このため、表面的な成長率が示すよりも実体経済は堅調である。

当期の個人消費が堅調となった背景には、雇用者数の堅調な増加が続いていることがある。実際に、非農業部門雇用者数は23年1-3月期の月間平均増加ペースが+31.2万人増と22年10-12月期の同+28.4万人増を上回っており、23年入り後に雇用増加ペースは加速した(図表2)。また、雇用増加に伴う実質可処分所得の増加もあって、実質個人消費は23年1月が前月比+1.3%と、財およびサービス消費の拡大を伴って非常に高い伸びとなった(図表3)。

4月以降も、雇用の伸びは2ヵ月連続で加速し、5月の雇用増加数が+33.9万人と23年1月以来の水準に増加するなど、堅調な雇用増加が持続しているほか、実質個人消費も4月が前月比+0.5%と堅調な伸びを維持しており、4-6月期の個人消費も底堅い伸びとなる可能性を示唆している。
(図表2)非農業部門雇用者数(前月比増減)/(図表3)実質個人消費および可処分所得(前月比)
一方、3月10日のシリコンバレー銀行の破綻を契機に、12日にはシグネチャー銀行、5月1日にはファースト・リパブリック銀行が相次いで破綻、2ヵ月間に3行が破綻するなど米国内で金融システム不安が拡大し、米経済に対する新たなリスク要因として浮上した。シリコンバレー銀行やシグネチャー銀行の破綻を受けて、米財務省、FRB、連邦預金保険公社(FDIC)は両行の預金者について、預金保険の上限(1口座あたり25万ドル)を超える預金全額を保護することを発表した。また、FRBは金融機関を対象に米国債や住宅ローン担保証券(MBS)を時価ではなく額面価格を担保価値として最長1年の融資を行う新たな短期融資枠(BTFP)を設定した。

これらの対策の効果もあって、米国の銀行預金残高は中小銀行で3月中旬に大幅な預金流出に見舞われたものの、足元は中小銀行の預金残高は緩やかながら増加に転じた(図表4)。また、FRBが最後の貸し手として提供する窓口貸出を通じた銀行の借り入れ額は3月中旬に08年金融危機時を超えて史上最高となったものの、足元で残高は大幅に減少した(図表5)。一方、BTFP残高は緩やかながら増加が続いている。
(図表4)米国の銀行預金残高増減(週次)/(図表5)連銀窓口貸出およびBTFP残高
一部の地方銀行株は投機的な売却により不安定となっており、今後も破綻の可能性は残る。しかしながら、連鎖的な銀行破綻が生じるようなシステミックリスクについては、前述の流動性対策などの効果もあって限定的とみられる。
(図表6)融資基準(商工ローン) ただし、今般の銀行破綻を受けて資産規模1,000億~2,000億ドル規模の中堅銀行に対する規制強化方針が示されており、中堅銀行自身のリスク管理強化に伴う融資基準厳格化などの信用収縮は不可避とみられており、による米経済への影響が懸念されている。実際に、23年4月のFRBによる融資担当者調査では商工ローンに対する融資基準が厳格化されていることが確認された(図表6)。もっとも、融資基準厳格化の動きは22年後半以降に厳格化の動きが続いているほか、4月の厳格化は小幅に留まっているため、依然今後の動向は不透明なものの、信用収縮による23年の実質GDPへの影響は▲0.3ポイント~▲0.5ポイントと、経済への影響は限定的に留まるとの見方が強まっている。

一方、連邦債務上限問題に絡んで5月1日にイエレン財務長官が早ければ6月1日も債務不履行に陥る恐れがあるとの見通しを示したことから、5月に入ってからはねじれ議会の下、与野党の政治的対立により期限以内に債務上限問題を解決できず、米国債がデフォルトする可能性が意識された。仮に、米国債がデフォルトする事態となれば、世界的な金融市場の混乱や米連邦政府歳出の大幅な削減から深刻な景気後退は不可避とみられていた。

しかしながら、バイデン大統領とマッカーシー下院議長が5月27日に歳出削減と引き換えに2年間の債務上限不適用で合意し、これらの条件を盛り込んだ「財政責任法」を上下院の超党派の支持を受けて議会が可決し、6月2日にバイデン大統領が署名したことで、債務上限問題に伴う景気後退リスクは解消した。
(経済見通し)成長率は23年が前年比+1.2%、24年が+0.5%を予想
当研究所は経済見通しの策定にあたっての前提として金融システミックリスクが限定的とした。その前提の下、米国経済は足元で労働市場の堅調な回復が持続するなど、堅調を維持しており、景気後退に陥る兆候はみられない。しかしながら、政策金利は23年内に現在の引締め的な水準で据え置かれることに加え、これまでの累積的な金融引締めの影響から今後は失業率が上昇に転じるなど、労働需要は減少が見込まれ、個人消費は来年初にかけて減速が見込まれる。この結果、実質GDP成長率(前期比年率)は、23年7-9月期から24年1-3月期にかけて3期連続でマイナスとなるなど、米国経済は23年7-9月期からマイルドな景気後退に陥ると予想する(図表7)。成長率は(前年比)は23年が+1.2%と22年の+2.1%から大幅に低下しよう。一方、前述のように足元で景気後退の兆候は未だみられておらず、FRBの積極的な金融引締めによっても米国経済は予想外に堅調を維持しているため、景気後退時期がさらに後ズレすることや景気後退リスクが低下している可能性は否定できない。

しかしながら、FRBはインフレ抑制のためには労働需給を緩和させて、賃金上昇率を低下させることを目指しており、FRBの金融引締め姿勢からは今後の米国経済の減速は不可避と考えられる。仮に、堅調な経済状況が想定以上に長期化する場合にはFRBによる金融引締めが長期化し、その後の景気後退がより深刻化しよう。

一方、FRBが利下げを開始することもあって、24年は景気回復に転じると予想する。もっとも、24年の成長率(前年比)は+0.5%に留まろう。
(図表7)米国経済の見通し
物価は、足元の堅調な経済状況を反映して当面はインフレの高止まりが見込まれるものの、その後は前年同月比でみたエネルギーや食料品価格の伸び鈍化に加え、住居費や賃金上昇率の低下から、24年末にかけてインフレ率の緩やかな低下を予想する。当研究所はCPIの総合指数が22年の+8.0%から23年に+4.1%、24年に+2.9%へ低下すると予想する。もっとも、ウクライナ侵攻に伴うエネルギー、食料品価格の動向が依然不透明なほか、労働需給の逼迫に伴い賃金上昇率が高止まりする可能性があるため、インフレ見通しには上振れリスクがある。

金融政策は、インフレの高止まりから23年内は政策金利の据え置きを予想する。FRBが利下げに転じる時期は、インフレ目標の達成が視野に入ってくる24年3月を予想する。バランスシート政策は米国債とMBS債の合計で毎月950億ドルの減少ペースを当面は維持しよう。

長期金利は政策金利の据え置きに加え、インフレ率の低下もあって足元の3.7%台から、23年10-12月には同3.4%まで低下しよう。24年もインフレ率の低下が続くほか、金融緩和に転じることから24年10-12月に同2.9%までの低下を予想する。
(図表8)消費者物価指数 上記見通しに対するリスクは、インフレ高進による政策金利の上振れが挙げられる。消費者物価指数は総合指数が23年4月に前年同月比+4.9%と22年6月の+9.1%から低下基調が持続しており、ピークアウトが鮮明となっている(図表8)。もっとも、物価の基調を示すエネルギーと食料品を除いたコア指数は4月が+5.5%と総合指数を上回るなど、年初からほぼ横這いとなっており、基調としての物価上昇圧力が続いていることを示している。これは家賃や賃金の高止まりに伴うコアサービス価格の高止まりが背景にある。

今後、ウクライナ侵攻の長期化により、エネルギー、食料品価格などが再び急騰することで総合指数が増加に転じることや、労働需給の逼迫が長期化し賃金が高止まりすることなどによってインフレ高進が長期化する場合には、政策金利の引上げ幅拡大や金融引締め期間が長期化し、これまでの累積的な金融引締めの影響もあって、需要が大幅に抑制されることで将来の深刻な景気後退リスクが高まろう。

2.実体経済の動向

2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)足元でモメンタムは強いものの、金融引締めの影響で減速へ
労働市場は、前述のように非農業部門雇用者数の堅調な増加が持続しているほか、23年4月の求人数が1,010万人(前月:975万人)と3ヵ月ぶりに1,000万人台に回復した(図表9)。また、求人数と失業数の比較では失業者1人に対して求人数が1.8件(前月:1.7件)と新型コロナ流行前の1.2件を大幅に上回っており、FRBによる大幅な金融引締めにもかかわらず、労働需要は依然として非常に強いことを示している。

また、失業率が23年4月に3.7%と1969年以来の低水準となるなど、労働需給が逼迫する中で、時間当たり賃金(前年同月比)は23年4月が+4.3%と22年3月につけた+5.9%のピークからは低下したものの、依然として新型コロナ感染拡大前の3%近辺を大幅に上回っている(図表10)。さらに、賃金・給与に加え、給付金も反映した雇用コスト指数も23年1-3月期が前年同期比+4.8%と新型コロナ流行前の2%台後半を大幅に上回っており、賃金上昇率は高止まりしている。
(図表9)求人数および求人数/失業者数/(図表10)賃金上昇率および失業率
FRBによる金融引締めの累積的な影響により、今後は労働需給の緩和が見込まれる。しかしながら、労働需給の逼迫が長期化する場合には賃金やインフレが高止まりし、金融引締めが長期化する可能性がある。
(図表11)消費者センチメント 一方、個人消費に関連して消費者センチメントはコンファレンスボードが22年12月をピークに、ミシガン大学が23年2月をピークに低下基調となっており、足元は悪化がみられる(図表11)。

当研究所は、足元で個人消費は堅調となっているものの、金融引締めに伴う今後の労働市場の減速を受けて個人消費の減速を見込んでおり、実質GDPにおける個人消費(前年比)は23年10-12月期から24年1-3月期にかけて小幅ながらマイナス成長に転じるなど、通年でも22年の+2.7%から23年は+1.7%、24年は+0.5%へ低下しよう。
(設備投資)製造業需要の低迷などから年後半にマイナス成長へ
実質GDPにおける23年1-3月期の設備投資は前述のように前期から伸びが鈍化した。当期の設備投資のうち、建設投資が2期連続で2桁の伸びとなったものの、需要低下に伴い設備機器投資が2期連続でマイナスとなったほか、マイナス幅が拡大したことが大きい。

また、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は23年4月が年率+2.5%(前月:+2.3%)と3ヵ月連続でプラスを維持しているほか、前月から小幅ながらプラス幅が拡大しており、4月に入っても設備投資は緩やかながら増加が続いているとみられる(図表12)。

一方、製造業の企業景況感を示すISM製造業指数は23年5月が46.9(前月:47.1)と20年5月以来の水準に低下した23年3月の46.3からは回復しているものの、7ヵ月連続で好不況の境となる50を割り込んでおり、製造業需要の低迷が続いていることを示した(図表13)。また、製造業指数のうち、新規受注は42.6(前月:45.7)と50を9ヵ月連続で下回っているほか、前月から悪化しており、回復の目途はたたない。

なお、5月はインフレに関連する支払価格指数が44.2(前月:53.2)と再び50を下回ったほか、前月からの低下幅は▲9ポイントと22年7月以来の低下幅になっており、足元でインフレ圧力が低下していることを示した。

設備投資は、先行指標など足元でプラス成長が続いている可能性を示唆しているが、製造業の需要が低迷していることに加え、信用収縮の影響に伴う調達コストの増加なども想定されるため、23年7-9月以降はマイナス成長に転じる可能性が高いだろう。当研究所は実質GDPにおける設備投資(前年比)が22年の+3.9%から23年に+1.8%と大幅に低下するほか、24年は▲0.4%とマイナス成長に転じると予想する。
(図表12)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資/(図表13)ISM製造業指数
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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