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南極の温暖化-南極では温暖化が遅延している?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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昭和基地のある南極東部では、これまでのところ顕著な気候変動は見られていない。広く、南極と北極を比べると、北極は海からなり、海氷やその上の積雪が後退して太陽放射の反射が弱まり、温暖化が進んでいる5。これに対して、南極は大陸からなり、内陸部は標高も高い。また、南極周極流の存在により、対流の上下の混合が生じることで、海水の温暖化が進みにくい。これらのことから、南極では温暖化の程度は北極よりも小さかった。
ただし、南極では温暖化が遅延しているとする見方もある。2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏らによるモデルを用いた地球温暖化実験によると、温暖化の応答の遅延は南大洋で40年を超え、南極大陸沿岸近くでは60年よりも長いとの結果が得られたとされている。6
5 天体の外部からの入射光の強さに対する、反射光の強さの比率を「アルベド」という。海のアルベドは10%以下で太陽光をよく吸収する。海氷では40~60%、その上に積雪があると60~90%にもなるという。(「海の教科書-波の不思議から海洋大循環まで」柏野祐二著(ブルーバックス B-1974, 講談社, 2016年)より) アルベドが大きい雪や氷は、太陽エネルギーを反射するため、あまり暖まらない。気温が下がれば、氷の面積が大きくなり、さらに気温が下がる。これは「アルベド効果」と呼ばれる。逆に、気温が上がり、海氷や積雪が後退すると、太陽放射の反射が弱まって、さらに気温が上がる。すなわち、温暖化が増幅される。北極では、こうした温暖化の増幅が起きているとされる。
6 「地球温暖化はなぜ起こるのか-気候モデルで探る 過去・現在・未来の地球」真鍋淑郎、アンソニー・J・ブロッコリー著(ブルーバックス B-2202, 講談社, 2022年)より。同著では、深海の層がない「大気・混合層海洋モデル」の平衡応答と、深海の層を持ちその熱慣性を加味した「大気・海洋結合モデル」の過渡応答の比の値をもとに、応答の遅延年数を算定している。
このまま、地球規模の温暖化が進めば、やがて南極にもその影響があらわれる。そうなれば、南極の氷床の融解、そして海面水位の上昇という、気候変動の深刻な影響が世界中に及ぶ。将来の氷床変化については、世界中の研究者が様々なモデルを使ってシミュレーションを行っている。例えば、2021年にIPCC WG1が公表した第6次評価報告書では、温暖化ガスの排出が非常に高いシナリオ(SSP5-8.7)の下で南極の氷床が融解・崩壊すると、1900年からの海面水位の上昇が2100年までに2メートル、2150年までに5メートルに近づく可能性がある、と示されている。8
7 SSPは、Shared Socioeconomic Pathwaysの略で、共有社会経済経路を指す。SSP5-8.5は、温暖化を引き起こす可能性が非常に高いとされ、5つのシナリオのなかで最も温暖化が進むシナリオ。2100年に、産業革命前に比べて4℃以上温暖化が進むとされる。
8 ただし、その確信度は低い(low confidence)とされている。氷床プロセスには、深い不確実性があり、除外できないとされている。(“Climate Change 2021 – The Physical Science Basis”(IPCC WG1, 2021)のB.5.3より)
5――おわりに (私見)
ただし、南極の温暖化は遅延しているとの有識者の見方もある。いずれ本格的な温暖化が南極に及べば、海面水位の上昇など、世界中で甚大な被害が生じかねない。
引き続き、南極を含む、世界の気候変動の状況について、ウォッチしていくこととしたい。
(参考資料)
“Climate Change 2021 – The Physical Science Basis”(IPCC WG1, 2021)
「南極点」(南極キッズ, 環境省HP)
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/nankyoku_kids/encyclopedia/na/south_pole.html
「南極から見る地球の営み」石川尚人氏資料(京都大学総合人間学部・地球科学, 「地球の歴史、地球の構造と仕組み」)
「ヴィンソン・マシフ」(ウィキペディア フリー百科事典)
「南極の過去と現在、そして未来 - 研究最前線からのレポート」(地質標本館 特別展, 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地質調査総合センター)
“Antarctic Ice Loss 2002-2016”(NASA's Goddard Space Flight Center, 2017)
https://svs.gsfc.nasa.gov/30880
「海の教科書-波の不思議から海洋大循環まで」柏野祐二著(ブルーバックス B-1974, 講談社, 2016年)
「地球温暖化はなぜ起こるのか-気候モデルで探る 過去・現在・未来の地球」真鍋淑郎、アンソニー・J・ブロッコリー著(ブルーバックス B-2202, 講談社, 2022年)
「絵でわかる地球温暖化」渡部雅浩著(講談社, 2018年)
「過去の気象データ・ダウンロード」(気象庁HP)
https://www.data.jma.go.jp/risk/obsdl/index.php
(図表1のデータ元とされている2つの文献)
“Sixty Years of Widespread Warming in the Southern Middle and High Latitudes(1957–2016)” Megan E. Jones, David H. Bromwich, Julien P. Nicolas, Jorge Carrasco, Eva Plavcová, Xun Zou, Sheng-Hung Wang (Journal of Climate, 32(20), pp6875–6898, 2019)
“Antarctic temperature variability and change from station data”
John Turner, Gareth J. Marshall, Kyle Clem, Steve Colwell, Tony Phillips, Hua Lu (International Journal of Climatology, 40(6), pp2986–3007, 2019)
(筆者の過去の関連レポート)
「気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2022年9月8日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72284?site=nli
「気候変動指数の地点拡大-日本版の気候指数を拡張してみると…」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2022年12月28日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73405?site=nli
「気候指数 [全国版] の作成-日本の気候の極端さは1971年以降の最高水準」篠原拓也著(基礎研レポート, ニッセイ基礎研究所, 2023年4月6日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=74427?site=nli
(2023年05月19日「基礎研レター」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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