2023年05月09日

スギ、ヒノキの植え替えが進めば花粉症は解決するか?~諸外国で取り上げられている増加要因は気候変動

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――花粉症について、今後10年間の対策がとりまとめられる予定

2023年春の花粉の飛散量は近年で最大規模とされた。そのような中、国は、花粉症が社会課題となっているとし、実態を把握したうえで、2024年の飛散期を見据えた施策から今後10年を視野に入れた施策まで対策の全体像をとりまとめ、6月の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に向けて集約する意向だ1

主な対策として、(1)官民を通じたスギの伐採加速化計画の策定・実行、外国材から国内材への転換による需要拡大、花粉の少ない健全な森林への転換などの発生源対策、(2)花粉飛散予報の抜本的改善や予報内容の充実、飛散防止剤の実用化などの飛散対策、(3)舌下免疫療法など根治療法の普及に向けた環境整備、花粉症対策製品等の開発・普及などの曝露・発症対策をあげている。

本稿では、花粉症対策について、国内と諸外国の違いに着目し、紹介する。
 
1 首相官邸WEBサイト「花粉症に関する関係閣僚会議」2023年4月14日(https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202304/14kafunsho.html

2――花粉症の患者増加の背景

2――花粉症の患者増加の背景

1|患者数は増加
全国の耳鼻咽喉科医本人とその家族を対象とする「鼻アレルギーの全国疫学調査2」によると、国内のスギ花粉症の有病率は1998年以降、10年ごとに10ポイント以上ずつ増加しており、2019年調査では38.5%となっている。同調査では、すべての年代で有病率が増加していること、自然寛解が少ない疾患であることから年齢を重ねるほど有病者が増えていること、発症が低年齢化していることが指摘されている。

また、「花粉症は海外でも増加3」で紹介したとおり、日本だけでなく、海外でも花粉症に苦しむ人は増えている。世界アレルギー機構のWorld Allergy Week 2016の報告資料4によると、13~14歳の小児における花粉症の有病率は、世界全体で22.1%だった。地域別にみると、アフリカ29.5%、アジア23.9%、東地中海20.1%、インド亜大陸15.8%、中南米23.7%、北米33.3%、北欧・東欧12.3%、オセアニア39.8%、西ヨーロッパで21.2%と、患者は世界中にいて、患者数も多い。さらに、過去15年間で患者数は年間平均0.3%増加しているという。地域によって生育する草木が異なるため、花粉症を引き起こす草木も異なり、ヨーロッパの各地ではイネ科、アメリカではブタクサ等、オーストラリアではアカシア(ミモザ)、南アフリカではイトスギ等が有名だ。
 
2 松原篤他「鼻アレルギーの全国疫学調査 2019 (1998 年, 2008 年との比較) : 速報―耳鼻咽喉科医およびその家族を対象として」日本耳鼻咽喉科学会会報 123 巻 (2020) 6 号
3 村松容子「花粉症は海外でも増加」ニッセイ基礎研究所 基礎研レター(2022年3月8日)https://www.nli-research.co.jp/files/topics/70450_ext_18_0.pdf?site=nli
4 POLLEN ALLERGIES: Adapting to a Changing Climate How are you managing pollen allergies in a changing global climate? , World Allergy Organization(https://www.worldallergy.org/UserFiles/file/waw16-slide-set.pdf
2|花粉症増加の背景~国内では植林政策が、諸外国では気候の温暖化が注目されている
(1) 国内の状況
スギは、二酸化炭素を大量に吸収するほか、材木として加工がしやすく、成長スピードが速いため、古くから積極的に植林されてきた。戦時中から木材の需要が増え、森林が大量に伐採された結果、台風等による大規模な山地災害や水害が発生したことや、経済成長によって高まった木材需要に応えるために、1950年代からスギ・ヒノキなどの植林が国を挙げて行われた5。しかし、その頃植林した木が利用できるほど成長した頃には、海外から安い材木の輸入することが増え、想定したほど伐採が進まなかった。その結果、花粉を放出すると考えられている樹齢30年以上の人工林の面積は、1980年から2012年の間に、スギ人工林が106万haから419万haへ、ヒノキ人工林は 50万 haから226万haへ拡大し6、これが、近年の花粉症患者増加の大きな要因と考えられている。
 
5 林野庁「平成25年度 森林・林業白書」
6 小山瑞樹「花粉発生源対策の現状と課題」国会図書館 調査と情報1233号(2023年4月4日)
(2) 諸外国の状況
諸外国でも花粉症の患者は増加していることは既述のとおりだ。諸外国では、花粉の発生源は、街路樹7などの植樹による場合もあるが、必ずしも人工的な植樹によるものばかりではなく、自生している植物の場合や、花粉が近隣諸国からの飛来してくる場合も多いようだ。植樹によるものと違って、発生源を取り除くことが難しいケースが多い8ためか、花粉の発生源を取り除くこと以外の花粉症対策への関心が高い。

特に、気候変動は、花粉症患者増加の根本原因9として関心が高い。上述の世界アレルギー機構のWorld Allergy Week 2016の報告資料でも、気候変動は、花粉生産量や大気中の花粉濃度、花粉飛散時期、植物や花粉の空間分布、花粉アレルギーの起こしやすさなどに影響を与えることが指摘されている。また、気候の温暖化にともない、花粉の飛散量がどの程度増えるか、飛散期間がどのように変わるかについての試算が草木の種類ごとに、また地域ごとに多数行われている10。例えば、北米では、30年前と比べて、花粉の飛散が平均20日早く始まり、8日長く続いており、空気中に放出される花粉の量は20%増えている。さらに、花粉の飛散は最大40日早く始まり、19日長く続き、飛散の量は2100年には40%まで増える11と予測されている。
 
花粉と食物のアレルギーに関連があること12や、特に都市部において、大気汚染が花粉症を悪化させることへの関心は、国内においても諸外国においても高いようだ。
 
7 街路樹では、実ができない雌雄異株の雄の木が好まれることがある。
8 Jae-Won Ohcorresponding “Pollen Allergy in a Changing Planetary Environment”, Allergy Asthma Immunol Res. 2022 Mar; 14(2)
9 World Economic Forum 「気候変動で長期化する花粉シーズン」(2023年4月12日)
10 EUでは、The European Environment Agencyが北半球の花粉のデータを使って最近の花粉飛散期間の推移を紹介している。例えば、Date of birch pollen season onset from 2010 to 2019 derived from reanalysis等(https://cds.climate.copernicus.eu/cdsapp#! /software/app-health-birch-pollen-season-onset-current-climate?tab=overview
11 ナショナルジオグラフィック「花粉症は温暖化でより過酷に 米研究、21世紀末に4割増」(2023年4月4日)
12 厚生労働省「第 14 回アレルギー疾患対策推進協議会」(2021 年7月 29 日)

3――国内における対策の特徴

3――国内における対策の特徴

花粉症の起源は古い。海外では1800年代に既に花粉によるくしゃみや涙目といった症状に関する記述があるという13。日本では、1960年代に花粉症の最初の系統的な研究が行われており、ブタクサ花粉症やスギ花粉症が報告されている14が、対策は進んでこなかった。課題として認識されにくかった理由としては、憶測であるが、全員が発症するわけではないことや、死に直結するケースが少ないこと15、花粉の飛散は自然現象であること、地域差や季節差があり患者数の多さが認識しにくいことが理由としてあげられるだろうか。ところが、例えば、東京においてはおよそ半数が花粉症であると推計している等16、今では患者数が増えていることや、花粉症による就労者のプレゼンティーズムの低下が広く認識されてきたこと、既述のとおり発症の低年齢化が指摘されていること、他のアレルギーとの関連が明らかになってきていること等によって、課題として取り上げられることが増えたように思われる。

「森林・林業基本計画(2021年閣議決定)」では、花粉症対策に資する苗木の生産や植栽、広葉樹の導入による針広混交の育成複層林への誘導等により花粉の少ない森林への転換を図ることを目標としている。花粉症対策の苗木は1996年頃から開発が進み17、林野庁の「花粉の少ない苗木生産量について18」には1999年度からの生産量が公表されている(図表1)。2007年度に「花粉発生源対策プロジェクトチーム」が設置され、少花粉の苗の研究が盛んに行われるようになり、花粉症対策の苗木の生産量が増加した19

国は、2032年度までに、スギの苗木の全生産量の約7割とすることを目指しているが、2020年度にはまだ5割程度であり、残りの5割は花粉症対策ではない苗木が生産されている。花粉症対策の苗木の生産量の割合が低い理由として、花粉症対策スギ苗木の生産体制の遅れ等に伴う供給不足、開発されて日が浅い苗木の品質の見極め20等があげられている。また、花粉を放出するのは樹齢30年頃からと言われていることから、花粉症対策の苗木の植え替えの効果が現れるのはかなり先のことになる。
図表1 花粉の少ないスギ苗木の生産量の推移
 
13 例えばNational Geographic, “A brief history of allergies. ”(2018年12月3日)(https://www.nationalgeographic.com/science/article/partner-content-brief-history-of-allergies
14 安髙志穂「国会における花粉症対策に係る議論の動向-国会会議録を分析して-」Journal of Forest Economics Vol.65 No.1(2019)
15 2016年オーストラリアで悪天候によって、花粉が微小な粒子となり、喘息を誘発したことで、死亡に至った事例があるようだ。
16 松原篤他「鼻アレルギーの全国疫学調査 2019 (1998 年, 2008 年との比較) : 速報―耳鼻咽喉科医およびその家族を対象として」日本耳鼻咽喉科学会会報 123 巻 (2020) 6 号によると、東京都の49.1%がなんらかの花粉症だとされている。
17 星比呂志他「花粉症対策スギ品種の開発とその普及への取組み~少花粉品種を中心に」東北森林科学会誌第14巻第2号(https://www.jstage.jst.go.jp/article/tjfs/14/2/14_KJ00008661722/_pdf
18 林野庁「花粉の少ない苗木生産量について」(https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/kafun/naegi.html
19 2007年林野庁「今後の花粉発生源対策の推進方法について~花粉発生源対策プロジェクトチーム検討報告~」(https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/kafun/pdf/190307.pdf
20 毎日新聞「伸び悩み 木材の需要減/品質が不安」2019年2月23日

4――今後への期待

4――今後への期待

患者増加の背景の捉え方が異なることから、対策として、国内では、スギ・ヒノキの植林計画の見直しに注目が集まっているのに対し、諸外国では、人工的な植林によるものは伐採が検討されているものの、主な対策は、飛散する花粉量のより正確な予測を行うことや医薬品、治療法の開発となっていると考えられる。長期的には温暖化抑制への関心が高い。

花粉症対策の苗木の植え替えが進まない理由として、花粉症対策スギ苗木の供給不足等や、国産木材の需要の低迷によって伐採が進まないこと、所有者や境界線が不明な民有林が多いことがあげられることを踏まえれば、花粉症対策にこれまで以上に力を入れることで、花粉症対策の苗木への植え替えスピードの向上は期待できるかもしれない。また、新たな国産木材の需要の獲得、所有者や境界の明確化、林道の整備や機械化、担い手不足の解消など、林業が抱える課題の解消に期待する声もある。ただし、森林は災害防止や温暖化防止等に貢献していることから、一度に森林を伐採することはできないため、長期にわたる取組み継続が必要となる。

なお、今回の対策は、スギ・ヒノキの再利用と伐採、植え替えが中心となっているが、諸外国の例を踏まえれば、国内でも気候変動の影響を考える必要があるだろう。例えば、スギ・ヒノキは日本固有種と言われることから海外での気候変動とスギ・ヒノキ花粉との関係についての研究例は少ないと思われる。また、温暖化にともない、諸外国と同様にブタクサなどの雑草の花粉の影響も現在より深刻になる可能性がある。国内においても気候変動にともなう花粉飛散への影響についての知見の蓄積が必要だろう。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2023年05月09日「基礎研レター」)

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