コラム
2023年04月10日

生涯“貢献”社会の創造を~新たな長寿価値「貢献寿命」の提案

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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「長生きを喜べる社会」の実現を追究する研究プロジェクトが昨年度(2022年度)からスタートしている。それは公益財団法人長寿科学振興財団1が令和4年度から新たにスタートさせた研究助成事業「長生きを喜べる長寿社会実現研究支援」(長寿科学研究者支援事業)である2。令和4年度開始の公募(53件)に対して2件、令和5年度開始の公募(50件)に対して1件が採択され、計3件の研究プロジェクトが現在進められている。このうち下表①のプロジェクト「貢献寿命への挑戦!~高齢者が活躍するスマートコミュニティの社会実装(以下、当プロジェクト)」は、ニッセイ基礎研究所も研究メンバーであり、筆者がプロジェクト・マネジャーを務めている。以下、どのようなプロジェクトであるか、その概要を紹介したい。
<採択プロジェクト>(研究プロジェクトテーマとPJ代表者)
 
1 令和元年に設立30周年を迎えた当財団(長寿科学振興財団)は、「健康で生きがいのある高齢者を増やす~長生きを喜べる長寿社会の実現~」を新たなビジョンに掲げ、ビジョン達成のための課題解決となるアイディアから社会実装まで一気通貫の課題解決型のプロジェクトを支援していく(当財団資料より)
2 令和5年度公募概要https://www.tyojyu.or.jp/zaidan/about-jigyo/koueki1/new-shien-2.html

■提案に至る経緯(検討段階)

まず提案に至った経緯からお伝えしたい。当事業が求める主課題は、「健康で生きがいのある高齢者を増やす~長生きを喜べる長寿社会の実現~」ということである。この課題は筆者(弊社)が取り組むジェロントロジー研究のまさに目的そのものである。公募情報を得た段階でさっそくプロジェクト提案に向けて始動し、長年にわたり指導をいただいている東京大学の秋山弘子教授4と相談を重ねるなか、提案の骨格を一定程度固めた上でその実現に必要なメンバーに参加を求めた。最終的に、一橋大学、東京大学、(株)リクルートマネジメントソリューションズ及びニッセイ基礎研究所のメンバー5によるプロジェクト提案チームを組成し検討を重ねた。

では、どのような提案を行ったのか。「長生きを喜べる長寿社会の実現」という大きな命題ととともに当財団から指示のあった「提案にあたって留意すべき要点(キーワード)6」も踏まえるなかで、最初に注目したテーマは“生涯現役社会”の実現ということであった。年齢関わらずいつまでも社会の中で活躍し、人との交流を継続していくことは、高齢者本人の健康や生きがいに大いに寄与する。このことは様々な先行研究等が支持していることである。

しかし、生涯現役というニュアンスは、とかく「就労」というイメージを惹起しやすい。また、高齢になってまで働くことについては受け止め方に個人差があり、誰もがそのことを望んでいるわけでもない。さらには、就労あるいは活動していることの価値を強調しすぎると、年齢や体調などの理由から活動を終えた場合、その人は社会に何も貢献していないような誤ったメッセージを社会に与えることにもなる。“長生きをして何が幸せか、どのようなこと・状態にあることが喜びにつながるのか”、熟考を重ねた結果、策定したのが次の研究プロジェクトである。
 
4 秋山弘子(東京大学名誉教授、東京大学高齢社会総合研究機構/未来ビジョン研究センター客員教授)
5 研究プロジェクトメンバー:檜山 敦(一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科 教授)、秋山弘子(東京大学名誉教授、東京大学高齢社会総合研究機構/未来ビジョン研究センター客員教授)、菅原育子(東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員)、吉田涼子(東京大学高齢社会総合研究機構 学術専門職員)、今城志保(㈱リクルートマネジメントソリューションズ 主幹研究員)、前田展弘(㈱ニッセイ基礎研究所 ジェロントロジー推進室 上席研究員) ※順不同、敬称略
6 研究プロジェクトの提案にあたって留意すべき要点(キーワード):1)高齢者のQOL・生きがい・健康・活力のエンパワメント 2)弱っても安心して活き活き過ごせるまちづくり 3)認知機能が低下しても個人の尊厳を尊重した普段の生活における様々な意思決定支援 4)高齢者にやさしいテクノロジー・デジタル技術の開発・実装

■プロジェクトの目的と概要

「貢献寿命への挑戦!~高齢者が活躍するスマートコミュニティの社会実装」

まず提案の前提となる「長生きを喜べる長寿社会」についてどのように考えたか。それは「何歳になっても社会とつながり、役割を持って生きる、収入を伴う仕事に限らず、些細なことでも『ありがとう』と感謝されるそうした自分であり続けられる、そうした高齢期の日々を最期まで歩んでいける社会」というものである。当プロジェクトでは、この社会における基本的価値(概念)として「貢献寿命7」という新たな長寿価値を構築し、社会全体でこの“貢献寿命の延伸”をはかっていくことを目的とした。この概念自体はかねてから秋山弘子教授が考案していたものであるが、現時点ではまだ社会的に確立されたものではない。当プロジェクトでは仮の定義としてこれを「社会とつながり役割を持ち、誰かの役に立つ、感謝されるといった関わりを持ち続けられる人生期間」と定めることとした。この上で、当プロジェクトでは、(1)新たな長寿価値「貢献寿命」を開発し社会に広く提唱する、(2)貢献寿命延伸につながる要素である「就労や貢献活動の選択肢」を広げる、(3)GBER8というICTプラットフォームを利活用し、貢献寿命延伸に向けた取り組みを地域ごとに推進していくことを主なねらい(成果目標)として取り組んでいくこととした。なお、具体的な活動としては、基礎的研究活動として、i)貢献寿命の概念構築、指標と尺度の開発、ii)シニア向け就労・貢献活動の選択肢の体系化とモザイク化(1つの仕事や役割を細かく分解し細分化すること)、地域への実装活動として、iii)GBERによるシニア就労等マッチング活動の展開(熊本県、福井県、東京都世田谷区、神奈川県鎌倉市の4地域で展開)、ⅳ)GBER運用組織の創設と事業化、ⅴ)本プロジェクトの効果検証等の5つのタスクに分けた上で、それぞれのタスクを進めていく計画である(2022~2024年度の3カ年計画)。
<当研究プロジェクトの概要>
 
7 秋山弘子「貢献寿命の延伸を」(健康長寿ネット、2022年11月) https://www.tyojyu.or.jp/net/topics/tokushu/koreisha-shuro-shakaisanka/kokenjumyo-enshin.html
8 檜山教授(一橋大学)が開発したICTプラットフォーム(ウェブアプリ)。GBER:Gathering Brisk Elderly in the Region(「地域の元気シニアを集める」の意味)

■生涯“貢献”社会の創造を~「貢献寿命」の意味合い

さいごに、当プロジェクトを通じて提唱する「貢献寿命」の意味合いについて補足しておきたい。「貢献」という表現は、ボランティアや奉仕といった我が身を捧げるような意味合いで受け止められやすいが、当プロジェクトが提唱しようと考えている意味合いはもう少し広い。“自分の存在や行動が他者や社会に役立っている、プラスのポジティブな影響を与えている“というより広い意味で「貢献」という表現を用いている。英語では、エンゲージメント(engagement)という表現が近しい。「就労(働く)」は社会に「貢献」していると言いやすいが、例えば、80代の方が子ども世帯の家事をサポートしたり、孫の面倒をみたり、友人の話し相手になったりする行為も「互助的」な貢献と言える。また、自分の存在自体がメンター(相談者、指導者等)として他人に安心感を与えていることも他者に対する「精神的」な貢献と考えられる。さらには、積極的に消費したり寄付行為を行うことも社会に対する「経済的」な貢献と言えることである。以上に限らず、自分が他者や社会に貢献するあり様は様々あるが、これらのことは自分が他者や社会に役立っていると実感できることであり、自らに”喜び“としてフィードバックされることと考える(自己効力感という概念とも近しいが、それよりも広い意味合いで捉えている)。当プロジェクトでは、こうした概念(価値観)を意識しながら、特に高齢期の生活を歩むことが、長生きすることの一つの価値になるのではないかと考えているのである。

これまでの人間の長寿に向けた大きな目標は、「平均寿命」から「健康寿命」の延伸、つまり「寿命を延ばす」から、「健康で長生きできるようにする」ということでであったと考えるが、これからは「貢献寿命」を延ばすことが、まさに人生100年時代の未来社会において相応しい長寿価値ではないかと考える次第である。「長生きを喜べる」社会を創造していくことは、高齢者だけに限った話ではなく、全ての世代に共通する重要な課題であり目標となりえることではないだろうか。“生きづらい、育てづらい”という少子化の根源的問題にも関連することであろう。だからこそ、より多くの人が貢献寿命という価値を共有し、社会全体で「生涯“貢献”社会」の実現を目指すという方向に世の中が進むことを願う。今後、当研究プロジェクトを進めていくなかで、こうした考えについてより多くの人の声をうかがいながら、筆者としても本当に長寿を喜べる社会の実現に向けてまさに“貢献”していきたいと考えている。なお、当プロジェクトの進捗については適宜報告していく予定である。
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

(2023年04月10日「研究員の眼」)

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