2023年04月06日

「ご当地」VTuberの可能性-ご当地VTuber「沢ところ」へのインタビューから見えてきたコト

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――周央サンゴ と 志摩スペイン村

「混雑していないからこそ他施設より 2000%遊びたい放題」「待ち時間ほぼゼロ!」「空いているから映え放題」。これは、2019年当時の三重県志摩市のテーマパーク「志摩スペイン村」の公式サイトに実際に掲載されていたキャッチコピーである。志摩スペイン村は、1994年に開園したスペインをテーマにした複合リゾート施設で、アトラクションやフラメンコショー、スペイン料理レストランなど、スペインを満喫できるテーマパークとして人気を博していたが、ここ数年は客足が伸び悩み「いつでも空いてる」「並ばない」といった“空いている”ことを推したキャンペーンを展開していた。しかし、今そんな志摩スペイン村が話題のスポットになっている事を読者の皆さんはご存じだろうか。きっかけはANYCOLOR株式会社が運営するにじさんじ所属の人気VTuber(バーチャルユーチューバ―)の「周央サンゴ」が2021年末に「志摩スペイン村」の魅力について配信したところ、その様子をまとめた切り抜き動画が拡散されたことで、志摩スペイン村にも注目が集まり、志摩スペイン村の公式Twitterのフォロワーは1.5万人から約5万人まで増加した。実際に周央サンゴをきっかけに訪れる来園者も多く、志摩スペイン村も彼女の影響力を認識しており、2022年8月には志摩スペイン村と周央サンゴのコラボYouTube動画も投稿された。

このような経緯を経て2023年2月11日~4月2日の期間、志摩スペイン村は「周央サンゴ」を期間限定で「志摩スペイン村バーチャルアンバサダー」に任命し、テーマパークとホテル志摩スペイン村にてコラボイベントを開催した。彼女のコラボイベントに参加しようと日本中から彼女のファンが志摩スペイン村に足を運び、初日の来場者数は7000人であった。これは前年同日の来場者数3000人に比べて2.3倍の来園者数であった1。彼女が美味しいと紹介したパーク内で販売しているチュロスは1000本(前年同日40本)を売り上げ過去最高となった。芸能人やインフルエンサー、YouTuberなど著名人の存在が消費者の購買行動に大きな影響を与えることを我々は認識しているが、その中でもVTuberの存在感は日に日に増している。周央サンゴのおかげで来場者が増えた志摩スペイン村や近隣のホテルや交通機関などは、彼女のおかげで観光振興や地域復興に繋がっている訳だが、あくまでも周央サンゴは個人で活動しているVTuberであり、志摩スペイン村の公式VTuberというわけではなく、志摩市をプロモーションするために活動している訳ではない。
 
1 谷井将人,ITmedia「スペイン村に人がいる……だと!? VTuber「周央サンゴ」コラボで来場者2.3倍、チュロス販売25倍」2023/02/13 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2302/13/news079.html

2――ご当地VTuber「沢ところ」

2――ご当地VTuber「沢ところ」

VTuberの中には、自分たちの地元や魅力的な観光地を紹介することを主たる目的として活動する「ご当地VTuber」2と呼ばれるジャンルが存在する。彼女たちは大手事務所で活動するVTuberや、企業系VTuberのようにまだまだ知名度があるわけではないが、地元の魅力を伝えたいという熱意は熱く、今後彼女たちがゆるキャラのように地域に密着して観光振興や地域活性化に貢献していくと筆者は期待している。そんな中筆者は、全国各地のご当地VTuberのプロフィールや活動内容を整理した「ご当地VTuber図鑑」と呼ばれるWebサイトを運営するご当地VTuber「沢ところ」3に出会った。沢ところは、埼玉県所沢市の魅力をPRするため2021年にデビューをしたご当地VTuberである。今回筆者は彼女へのインタビューを行い、なぜあえて「ご当地系」のVTuberとして活動しているのか、また、「ご当地VTuber図鑑」を始めたきっかけなどをインタビュー行った。今回彼女へのインタビューを通して、読者の皆さんにはご当地VTuberが地元へ貢献したいという熱意や、まだまだ発展段階のご当地VTuberというジャンルに対して、少しでも親しみやすさを感じ取ってほしいと考えている。
図1 沢ところ キービジュアル

3――沢ところはなぜご当地VTuberになったのか

3――沢ところはなぜご当地VTuberになったのか

ご当地VTuberに限らず、VTuber人口は増加している。株式会社ユーザーローカルによれば、2022年11月時点で、VTuberの人数が20,000人に到達した4。それだけ人口は増えてはいるが、VTuberは2Dまたは3Dのアバター(キャラクター姿)を使って動画が投稿されるため、動画配信者の素性や実生活の人となりが明かされないことが一般的であり、どのような経緯で彼ら彼女たちがVTuberになったのか、という話を耳にすることはあまりない。

以下は、VTuber沢ところとのインタビュー内容である。
 
Q.なぜご当地VTuberになったのですか?
沢:もともと声優さんになりたくて2020年から声優養成所に通っていて、2021年夏に埼玉バーチャル観光大使(VTuber)オーディション開催の情報を発見しました。自分の声を使って生まれ育った地域の為に活動が出来るなんて凄い…と感銘し、オーディションを受けましたが不合格に。ただそれがきっかけで、VTuberの活動に強く感銘を受け、自分も地域の為に活動をしたい、という思いで個人的に地元の魅力を発信していこうと思いました。
 
Q.市町村公認というわけではなく、あくまでも個人での活動と言う事ですか?
沢:はい。公認になれたら嬉しいな、とは思いますが、今は自分のできる時間に、自分のできる範囲で、自身が訪れた所沢のグルメ・観光・イベント情報を発信しています。中でもSNSで『#tokotabi』というハッシュタグを付けて所沢の魅力を投稿していたところ、活動を応援してくださる方から「私もこのハッシュタグを使って良いですか?」との反応を頂き、私自身の活動も認知されるようになりましたし、そのハッシュタグを使用して多くの人が所沢の魅力を発信し合っていることに喜びを感じています。
 
Q.具体的にはどのような形で所沢をPRしているのですか?
沢:2021年11月にVTuberデビューして以降は、YouTubeやSNSを中心に所沢の情報を発信していたところ、自身の地道な活動を認知してくださった企業やメディアとコラボレーションをする機会も増え、私自身や活動を認知していただける機会も増えました。
 
表1は、沢ところへのインタビューを基に筆者が作成した彼女の活動年表である。
表1 沢ところの活動年表
2022年2月に埼玉りそな銀行と電子通貨のコラボレーションを皮切りに、地元のラジオや所沢に店舗を構えるディスカウントストアのドン・キホーテの公認VTuberに就任したり、家電量販店のビックカメラの所沢駅店オリジナルキャラクターとコラボレーションをするなど、地元に密着しながら多岐にわたって活動の幅を広げている。その中でも、一際異色なのが「ご当地VTuber図鑑」のWebサイト開設である。
 
Q.なぜ「ご当地VTuber図鑑」を開設したのですか?
沢:ご当地VTuberとしての活動をしていく際、埼玉県のご当地VTuberの皆様をお手本に、いろんな動画やTwitter投稿を拝見していたのですが、調べていくうちに、様々な地域で活躍されているご当地の魅力をPRするVTuberの存在を知りました。私自身が旅行が大好きなこともあり、地元のコアな情報を面白く楽しく紹介されている様子に、どんどん『ご当地VTuber』の魅力にハマっていき、全国各地にどんなご当地VTuberがいるのか調べてみたのですが、全国各地一覧になっているサイトが見つからなかったため、自分で作ろう!と思い立ちました。
 
Q.サイトを運営する上で大変だったことは何ですか?
沢:パソコンに関する知識がなかったため、パソコン教室に通い、一通り使用方法を学んで、デザインから自分の理想の形のサイトを作成しました。各地域に分け、各県に何人いるのか一目で分かるように、シンプル且つ必要な情報がわかるデザインにしました。活動を始めたばかりのしがないVTuberである私(沢ところ)が作る、まだ形の見えないサイトに掲載させてくれるご当地VTuberはいるのかと不安な側面もありましたが、正しい情報や画像を先方が納得のいく形で掲載したかったので、ご当地VTuber一人一人に声をかけ、掲載依頼・素材の提供依頼をかけていきました。地道な活動の甲斐もあり、サイトオープン時の2022年11月1日には60名の方を掲載することができ、現在では130名以上の方を掲載しています。
 
Q.多くのご当地VTuberが沢ところさんのように個人で活動されているのですか?
沢:はい。私と同じように個人で活動されている方が大半だと思います。私も未だにそうですが、ご当地VTuberとして活動して上でのノウハウを自分で築かなくてはいけないため、みんな試行錯誤していると思います。特に企業案件など大きな事務所や市町村公認で活動されている方々は、企業にとって窓口がわかりやすくコラボがしやすいですが、個人で活動していると活動が軌道に乗るまで依頼が来なかったり、自分で営業をする必要があります。事務所というわけではないですが、「ご当地VTuber図鑑」がプラットフォームのように企業とご当地VTuberとの接点になればと思います。全国各地の都道府県、市町村、企業、メディアがご当地VTuberをより起用してくれたらと思いますし、この『ご当地VTuber図鑑』がその可能性を広げる一役を担えばと思っています。
 
通常VTuberは視聴者にエンターテインメント性を提供することに注力するが、改めてご当地VTuberは地元の魅力を伝えるにはどうすればいいのかという点に大きな目的や使命感を抱いているということをこのインタビューを通して再認識した。ただ、コンテンツが地元の話題に限られてしまうため幅広い層に自身の活動がリーチしにくく、特に個人で活動を行う上では企業等のコラボレーションは大きなハードルになっていることを認識した。そのなかで「ご当地VTuber図鑑」は企業とご当地VTuberとの接点となり、活動の幅を広げるプラットフォームになるだろうし、また「ご当地VTuber図鑑」は事務所ではないため案件主とご当地VTuber が直接やり取りができることから、当サイトを運営する沢ところが関与せずに契約が行われるという点に特異性を感じた。沢ところ自身は、自身のためにサイトを作ったと語ってはいるが、個人で活動するご当地VTuberにとっては無料で自身を知ってもらうきっかけを生んだり、そのサイトに登録されている他のご当地VTuberに対して帰属意識を見出しやすく、自分以外も頑張って活動しているんだ、というモチベーションを得ることができる場を提供しているという観点から見ても、まだまだ発展途上のご当地VTuberというジャンルに大きな貢献をしていると筆者は考える。

4――ご当地VTuberの可能性

4――ご当地VTuberの可能性

もともと町おこしの手段として活躍している「ゆるキャラ」は、いわゆる着ぐるみを着て販促活動を行ったり、キャラクターがデザインされたグッズやご当地品が発売されることが中心であった。ゆるキャラの多くが口を利かないケースが一般的であるが、そのキャラクターの声を固定してしまうと、販促活動に行くたびに声優も同伴しなくてはいけないため、コストの増加や活動範囲に制限が生まれる。もちろん口を利かなくとも、何かを伝えようとしている仕草そのものが「ゆるキャラ」の魅力であるため、その点を否定するつもりはないが、何かを宣伝したり、プロモーションするためには、他の誰かが代弁する必要があり、ゆるキャラではない別の人の声に消費者は耳を傾けなくてはならない。

一方、ご当地VTuberの多くが地域に根差した明確な活動目的を持っており、目的やコンセプトが明確であることから、ゆるキャラ同様にその地域の特色を表現した記号を組み合わせたビジュアルをしており、地域性や特色を反映したストーリー性やアイデンティティを擁することができる。併せて、VTuberの構成要素に「声」があるため、ゆるキャラとは異なり彼ら、彼女たちのコトバで地元の魅力をプロモーションできる事は大きな強みであると筆者は考える5

なにより、新型コロナウイルス流行時、ステイホームが強いられ、気軽な外出や旅行が難しかった頃にも、いつかパンデミックが終息して、また観光客が戻ってくるようにと、献身的に自分たちの地元や好きな地域の魅力をご当地VTuberは発信してきた。確かにまだまだご当地VTuberそのものの認知度は高くなく、拡散力や情報発信力は大手事務所の人気VTuberには劣るかもしれないが、自分の地元の魅力を発信したいという純粋な思いが彼女たちの原動力になっており、自分たちの目線で、自分たちのできる範囲で、という等身大の活動が彼女たちの魅力なのである。このような背景からも、ご当地VTuberの存在は今後、観光産業にも大きく貢献できると筆者は期待している。
 
5 廣瀨涼「VTuberの魅力をわかりやすく解説してみた-VTuberを構成する2つの魅力」基礎研レポート、2022/12/28 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73382?site=nli
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2023年04月06日「基礎研レポート」)

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