2023年03月29日

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高齢者向けにインセンティブ付きのイベントを開いて、外出を促す。

坊: チョイソコは様々な媒体で紹介されていますが、当初はどちらかというと、協賛会社を募って広告収入を募り、収益性を向上させるという、スキームが大変注目されていたと思います。全国で公共交通事業者が乗客減少で経営が悪化し、補助金が増えて自治体財政がひっ迫する中では、新たなファイナンスの仕組みと受け取られてきたからだと思います。でも、事業開始から5年経ち、全国51か所に広がり、これだけ継続、拡大しているのは、「外出目的作り」という、むしろ運行開始後の運営に、独自性があるのではないかと私は思っているところです。

加藤氏: 我々は「外出モチベーションの向上による健康寿命延伸への取組」として、営業とは別の企画チームを編成して、イベントを企画し、その情報を全国のチョイソコ走行エリアに共有しています(図1)。こんなイベントをしたら男性が来たよ、女性が来たよ、というようなものです。結論的には、イベントに胃袋を満たすプランをセットにすると参加者が増えるのですが。

チョイソコは、道路運送法の区分では「区域運行」という種類で、一つの市区町村の中でしか運行できないのですが、逆に言えば、利用者を市区町村の中で回遊させることができる。街のシャッター街になっているところにも、停留所を設ければ連れて行けるので、高齢者は市外のショッピングセンターまで行く必要がなくなります。域内で人が移動、回遊すると、地域経済を活性化できるんじゃないかと思っています。
図1 チョイソコ運行エリアで開催されている多彩なイベント
今年1月には、介護施設の利用者さんの外出促進にもトライしました(図2)。全国のデマンド交通は車椅子を対象にしていません。自分で乗り降りできる人を対象にしているのですが、私は、できるだけ自分で乗り物に乗って、外に出られる人を増やしたい。そこで、介護施設の入所者に対して、どこに行きたいと思っているか調べて、「ボウリング組」と「買い物組」などに分かれ、トヨタ車体さんから車椅子2台が積める車両を借りて、外出イベントをしました。満足度は非常に高かったです。これ専用の事業にすると採算が難しいのですが、これまでの経験で、チョイソコの需要が少ない時間帯が分かってきたので、その時間は一般の利用をブロックして、車いすの方の送迎時間にあてることもできる。そうすれば、一般チョイソコの費用の中で介護施設の方にも移動する喜びを提供できるし、介護施設の方にも一緒についてきてもらえるので安心できる。介護施設の利用者には、時間のフレキシビリティがあるので、決まった時間でも利用してもらえる。ニーズとシーズがマッチしていくのではないかと思い、この活動を広げようと思っています。
図2 チョイソコによる車椅子の高齢者の外出支援
今日、お二人のお話を聞いてぜひ紹介したいと思ったのが、岐阜県各務原市のハーブ園における取組です。最近聞くのは、チョイソコの往復利用料が400円でも高いという声、経済的に苦しい高齢者が増えてきたという話です。そういう人たちに、外出したら報酬がもらえる機会を作って、おでかけを促したい。実は、ハーブの収穫というのは機械化が難しく、手で摘まないといけないので、非常に人手がかかる。そこで、チョイソコで高齢者を連れて行って、1時間ハーブ摘みをすると、本来は利用料750円の温浴施設に無料で入れるというものです。

産業によっては、人手がかかって、猫の手も借りたいけど人材不足だ、というところがある。それならぜひ、高齢者に働いてもらいましょう、高齢者の通勤手段は我々チョイソコが提供しますから、と言ってます。これまでにもそういう呼びかけをしていたところ、今までに話が出てきたのが、ブルーベリー狩り、ミニトマト摘み、ベビーシッターです。そのように、高齢者が活躍する場を全国に作って、高齢者が出かけて体を動かし、誰かとコミュニケーションし、その上、報酬を得られたらこんなに良いことはないんじゃないか。我々は、いろんな業界に「短時間でもいいので、高齢者にできる作業があればぜひ紹介してください、我々が現場まで高齢者を送迎しますから」と投げかけています。

高齢者の外出促進に関しては、異業種連携も進めています。花王さんやアシックス商事さんと、高齢者向けのお化粧体験のイベントや、体操や転倒防止セミナーなどのイベントを開いています。このように、アイシンだけではできないところを、高齢者向けのビジネスを考えている企業さんと協業することで、イベントに幅が出てきています。

2か月間の実証実験

2か月間の実証実験で、チョイソコに乗って頻繁に外出した高齢者は、健康指標が改善した。

加藤博巳氏 加藤氏: 最後に、健康寿命延伸に関する実証実験の結果をご紹介します。私たちが今まで高齢者とお付き合いして感じたのは、健康に関して専門家等から言われている目標が曖昧なことです。「血圧が高いから塩分を控えなさい」とか、「肥満ですね、もっと運動しなさい」など。でも、どれだけ塩分を減らさないといけないのか、どこまで運動しなければいけないのかを具体的に言われている人は少ないようです。じゃあそれを我々ができないか、と考えてやっているのが、埼玉県入間市での国のプロジェクトです。

高齢者にウェアラブル端末を配布して、歩数と体温、脈拍数を取り、目標値を定めて歩いてもらいます。実験内容には、スーパーでの買い物を通じてリハビリを促進する「ショッピングリハビリ」という取組も組み合わせています。足が悪くなった人を対象に、両肘を乗せて体重をかけることで負担が少なく歩ける特別な買物カートを用意し、歩きやすくする。買い物を通じて歩行したり、店員と会話したりすることでリハビリ効果を生むというもの。このように、単にチョイソコで外出するだけでなく、外出した先でも、しっかり動くことによってリハビリにつながる。最終的に介護給付費が下がり、浮いた財源でチョイソコを運用し、また外出促進をする、というサイクルにできたらと思っています。

入間市の実証実験は、令和3年度に始めたところ、すばらしくきれいに結果が出ました。積極的に歩いた人は「FIM」という体の健康を表す数値が、たった2か月の実証実験で上がりました。逆に、家からあまり出なかった人は大幅なマイナスになりました。一緒に実証実験をやった埼玉医科大学の先生たちも「こんなにきれいに結果が出るとは思わなかった」と驚いて、論文にもしていただきました。今年も実証実験を続けていますが、参加者には、運動などに関して、ちゃんと具体的な目標値を提示して、達成したらご褒美がもらえる、という形にしています。

ただし、入間市の令和3年度の実証実験では、男性が全然家から出てきてくれなかったので、今年度は男性が出てきやすいイベントをたくさん用意しました。イオンでメダルゲーム体験をしたり、ミニゴルフ大会をしたりした結果、去年は登録者のうち9%だった男性の参加率が、今年は3割を超えました。来年以降もこれを続けることによって、単に移動手段確保だけをやったら良いと思っている自治体の方々のマインドを変えたい。外出する意味、外出した効果を検証したいと思っています。

坊: チョイソコという乗合サービスを運行して、外出手段を提供すると同時に、外出する動機づくりを企業や自治体と連携して継続的にされている。今ご紹介があったように、実際に、チョイソコを利用して外出が増え、体を動かしたりコミュニケーションする機会が増えた人は、健康数値が大きく改善したということです。まさに、健康寿命を延ばすという目標に向けて進んでいる。また最近は、経済状態が厳しい方が増えているということで、外出したら報酬がもらえるような仕組みを作っているのは、高齢者にとっても大きな動機付けになるし、報酬を支払う企業側にとっても人手確保につながる、画期的な取組だと思いました。

高齢者の外出を回復させる鍵

高齢者の外出を回復させる鍵は、普段から活動の種類を増やしておくこと。

坊: ここからはクロストークに入りたいと思います。まず一つ目のテーマは、コロナ禍で外出が減った高齢者に、どうやったら活動再開してもらえるか。山田先生、先ほどのご発表では、コロナ禍2年目には、ワクチン接種も進み、いったん活動量が回復したのに、3年目になってまた落ちたということでした。ただ、全員が活動減少したのではなく、そのまま戻った人もいれば、落ちた人もいたと思いますが、活動を再開した人とそうではない人の差は、どうやって生まれるのでしょうか。何らかの働きかけによって、行動変容に成功したのでしょうか。「これをやったら奏功した」というようなことがあれば、教えてください。
山田実氏 山田氏: まず活動を再開できた人、よく動けるようになった方と、そうでない人の違いは、コロナ禍で何かの仕掛けがあったかどうかというよりは、もともとのご本人の持っているものの違いだと思います。もともと活動の種類をたくさん持っている方は、コロナ禍で一時的に活動が制限されても十分に回復できていました。例えば、同じように仕事に行かれている人をとっても、外に行く用事が仕事しかないと、いざ仕事がなくなったら外に出なくなりますが、外に行く機会が仕事、スーパー、ドラッグストア、地域の寄合所など複数あると、仕事がなくなっても動けるので、数が多いほど回復はかなり良好です。おそらくそれがかなり影響してると思うので、私は高齢の方に話す時も、「外に行くきっかけをたくさん作った方が良いですよ」と話しています。

坊: 高齢者のもともとの活動の種類をたくさんにしておく、というお話には納得しました。ともあれ、セーフティネットに関するものは、一つの手段じゃ足りない。例えば移動手段であれば、乗合タクシーや普通のタクシー、家族や地域ボランティアによる送迎、買い物バスや移動販売車など、いろいろ提供されている中で、個人の状況やその時の環境によって、そのうちのどれかを使って解決していくものだと思っています。外出も、仕事や趣味、地域の用事など、目的がいっぱいある方が回復しやすい。「重層的」ということが大事なのかと思いました。

山田氏: 私は高齢者の足の問題にも非常に関心があって、どういう交通機関を、どのように利用したら外に行けるのかなと普段からいろいろ考えています。チョイソコの場合は、あらかじめ予約すれば利用できるのですか。

加藤氏: はい、そうです。予約が前提になります。我々はオンデマンドタクシーの中でも「フルデマンド」と言って、その都度予約を受けて、現在の車の位置や前後の予約を調べて何時に行けるかを伝えて送迎する、という形ですが、世の中には「セミデマンド」といって、例えば12時にどこへ行く、と予め決まっているような形式もあります。

山田氏: 先ほどのご説明で、高齢者にハーブ摘みの仕事をしてもらってインセンティブを与えるという取組は非常に良いと思いました。この取組は単発でやったのか、または継続してできているのですか。

加藤氏: ハーブは毎日行っています。ミニトマト摘みも毎日です。高齢者個人で見ると、週2回ぐらい行ってます。岐阜県各務原市の場合だと、チョイソコの利用料は往復600円で、1時間のハーブ摘みをすれば、750円分の温浴施設のチケットがもらえます。じゃあ差し引きして、ハーブ摘みをした時給は150円かと言われることがありますが、普段の外出では、カラオケへ行くにしても何にしても、お金はかかっても返ってくることはない。また、ミニトマト摘みの場合は、収穫作業をしたら、そこの農家が作っている野菜を一袋ごそっとくれるというインセンティブがついています。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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