2023年03月13日

YCCを撤廃した際の長期金利水準を推定する-日銀の金融緩和政策による長期金利の下押し効果の測定

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1――各金融政策による日本国債金利(10年物)に対する押し下げ効果の測定(2023年2月末時点)

2022年12月から2023年1月にかけて、サプライズを伴う日本銀行の金融政策の修正が立て続けに実施され、金利市場はボラタイルな環境に転換した。日本銀行は2022年12月の金融政策決定会合において、市場予想に反する形で市場機能の回復を企図したYCC(イールドカーブ・コントール)の修正を実施した。具体的には、「短期金利(無担保コールオーバーナイト物)を▲0.1%、長期金利(日本国債金利(10年物))をゼロ%近辺に推移する」とする枠組みには変更がなかったものの、長期金利の変動許容幅を±0.25%から±0.5%に拡大した。その結果、2022年11月末に0.25%近辺にあった長期金利は2022年12月末には0.50%手前にまで上昇した。日本国債金利(2年物)の水準も2022年11月末には▲0.05%とマイナス圏にあったが、2022年12月末には0.03%とプラス圏を推移するようになった。金利市場はさらなるYCC修正・撤廃だけではなく、マイナス金利政策の解除まで織り込むことになった(図表1)。

このような市場環境の変化を受けて、日本銀行は10年国債のカレント3銘柄を中心に国債の買い入れ(指値オペ)を強化した。その結果、残存9年から10年では、一部の銘柄について日本銀行の保有率が100%を超え、他の銘柄との金利差がさらに拡大した。100%を超えたのは、国債市場の流動性が低下して特定の銘柄の調達が困難になると、日本銀行保有の国債を市場参加者に一時的かつ補完的に供給する制度があるためである(国債補完供給)。さらに、日本銀行は2年物や5年物の共通担保資金供給オペ(共担オペ)も実施した。これらの共担オペでは、2年や5年といった長めの期間で低利の資金を市場参加者に貸し出し、国債の購入などを促すことで金利市場を安定させることを目的としている。共担オペの実施により、短中期金利は低下に転じ、2023年1月末の日本国債金利(2年物)は▲0.01%と再びマイナス圏を推移するようになった。しかしながら、長期金利は変動許容幅の上限(0.50%)近辺にあるものの、超長期金利はこれらの政策修正前よりも上昇しており、引き続きYCC修正・撤廃を織り込む水準に留まった。

2023年2月は金融政策決定会合がなかったこともあるが、金融政策の修正は行われなかった。日本国債金利(2年物)は▲0.05%とマイナス圏にあり、長期金利は0.5%に張り付いたままほとんど動きはなかったが、超長期金利は低下した。2023年1月の機関投資家による多額の国債売却があり、売り手不在の環境下であったが、2月末はNOMURA-BPIなどの国内債券インデックスに投資するパッシブファンドのリバランスなどで超長期国債に対して一定の購入需要があったことから、超長期金利の低下というイールドカーブの動きにつながったものと思われる。しかしながら、10年から25年までにかけて超長期金利は政策修正前よりも高い水準にあり、YCC修正・撤廃を織り込んでいると言える。
図表1:日本国債イールドカーブの形状変化(2022年11月~2023年2月:月末値)
2022年12月のYCCにおける変動許容幅の拡大を考慮に入れて、「連続指値オペの導入効果-日銀の金融緩和政策による長期金利の下押し効果の測定」のモデル設定を修正し、長期金利の適正水準(理論値)を計測すると、2023年2月末時点で1.68%であった。財務省のデータによると2023年2月末時点の長期金利は0.524%であったので、日本銀行の一連の金融政策によって長期金利が1.16%程度押し下げられていることになる。この評価結果に基づくと、需給によって一時的に上下することはあるだろうが、現時点で日本銀行がすべての金融政策を解除すると、この押し下げ効果が剥落することで1.2%くらいの長期金利の上昇が生じる可能性について留意しておくべきということになる。

また、上記のモデル設定では、日本銀行の金融政策に伴う長期金利の下押し効果を「日銀のバランスシート拡大の効果」「物価安定の目標の導入効果」「マイナス金利政策の導入効果」「イールドカーブコントロール(YCC)とオーバーシュート型コミットメントの導入効果」に分けて計測している。それぞれ「日銀のバランスシート拡大の効果」が0.663%、「物価安定の目標の導入効果」が▲0.181%1、「マイナス金利政策の導入効果」が0.223%、「YCCとオーバーシュート型コミットメントの導入効果」が0.453%となっている。つまり、もし仮に2023年2月末時点でYCCを撤廃していた場合の長期金利の推定値は0.98%ということになる。
図表2:本稿のモデルを用いた長期金利に対する各金融政策の効果の推移
 
1 マイナスは押し上げ効果を表す。

2――共担オペ拡充の長期金利への影響について

2――共担オペ拡充の長期金利への影響について

本稿の長期金利に関するモデル設定では、2023年1月より行われている共担オペ拡充(2年物と5年物)による影響を加味していない。その理由としては、以下の事情から、共担オペは主に2年や5年を中心に短中期金利を引き下げる効果はあったものの、長期金利に与える効果はこれまでのところ軽微であったと考察したためである。
 
  • オペ対象先が都市銀行、地方銀行、第二地方銀行、外国銀行、信託銀行、信用金庫、証券会社などの金融機関に限られており、特に大手の金融機関に対して相対的に厳しい金融規制(レバレッジ比率規制)があるため、バランスシートの拡大に一定の制約がある
     
  • また、これらの金融機関が共担オペで借り入れた資金でバランスシートを拡大する場合、バランスシートの拡大に対してある程度の収益(資本)の確保が求められる
     
  • 資産サイドの金融商品は「時価計上」(ただし、債券は満期保有目的であれば簿価計上可)、共通担保オペによる借入金は「簿価計上」となることが想定され、金利が変動すると資産サイドのみが変動するため、金利が上昇すると評価損が発生する
     
  • YCC修正・撤廃などで金利リスク上昇懸念がくすぶっている間は市場参加者のリスク許容度が高まるわけではないため、資産サイドを共通担保オペの規模・期間から乖離させる形で金利リスクをとるのは難しい

上記の考察から、今後、10年物の共担オペを実施するなど、さらに長い期間で実施した場合は、長期金利にも相応の影響を与える可能性があるため、その場合は本稿のモデルでも修正が必要になるものと考えられる。

3――ご参考:本稿の計測モデルについて

3――ご参考:本稿の計測モデルについて

本稿では、YCC導入時に日本銀行が公表した線形回帰モデル2を参考に、物価安定の目標や海外投資家の需給、2019年10月の消費増税も考慮に入れて各金融政策の効果測定を試みた。2007年11月から2023年月までの月末データを用いて、日本国債金利(10年物)について重回帰分析を行うと以下のようになった。
日本国債金利(10年物)についての重回帰分析
 
2 「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証【背景説明】」(P.48)のモデルで、本稿の記法を用いると、次式のようになる。日本銀行のモデルでは、実質GDP成長率予想にコンセンサス・フォーキャストを使用しており、係数に差異が生じている。なお、*は1%有意、**は5%有意であることを示す。

3 「「量的・質的金融緩和」導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証【背景説明】」の中で、「2014年入り後に1単あたりの国債買入れ効果が減少したと考えれば、統計的に良好な結果が得られることが分かった」とあり、本稿でもその結果を踏襲している。
 
 

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2023年03月13日「基礎研レター」)

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