2023年01月30日

堅調な米個人消費は持続可能か-金融引締めの継続に伴う金融環境の引締まりや、労働市場の減速から個人消費の伸びは鈍化へ

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

文字サイズ

1.はじめに

米国の個人消費はインフレ率が一時およそ40年半ぶりとなるなどインフレが深刻化していることに加え、FRBによる大幅な金融引締めに伴う金融環境の引締まりなどの逆風にも関わらず、堅調を維持している。

本稿では個人消費を取り巻く環境や個人消費が堅調な要因について概観するほか、今後の見通しについて解説した。結論から言えば、FRBはインフレ抑制のために金融引締めを継続する姿勢を明確にしており、金融環境の引締まりが見込まれるほか、最近の人員削減報道にみられるように労働市場の減速に弾みがつくとみられることから、今後の個人消費の減速は不可避だろう。

2.米個人消費の動向

2.米個人消費の動向

(10-12月期の個人消費)3期連続で堅調な伸びが持続
実質GDPにおける個人消費は22年10-12月期が前期比年率+2.1%と3期連続で2%近辺の堅調な伸びを維持した(前掲図表1)。10-12月期の個人消費の内訳をみると、サービス消費が前期比年率+2.6%(前期:+3.7%)と前期からは鈍化も、堅調な伸びが継続していることを確認したほか、財消費が+1.1%(前期:▲0.4%)と4期ぶりにプラスに転じた。

財消費は自動車・自動車部品やガソリン・エネルギーが前期からプラスに転じたこともあって、耐久財が+0.5%(前期:▲0.8%)、非耐久財も+1.5%(前期:▲0.1%)といずれも前期からプラスに転じた。

サービス消費は、娯楽サービスが+3.2%(前期:+3.6%)、医療サービスが+3.7%(前期:+5.5%)と堅調を維持するなど広範な分野で消費拡大が続いている。なお、個人消費は21年4-6月期以降、サービス消費の伸びが財消費を上回っており、サービス消費主導の回復となっている。

一方、実質可処分所得は前期比年率+3.3%(前期:+1.0%)と2期連続のプラスとなったほか、前期からプラス幅が拡大した。当期は可処分所得の伸びが個人消費の伸びを上回っており、貯蓄率が7期ぶりに上昇に転じるなど、貯蓄を取り崩して消費する状況は一服した。
(個人消費への逆風)インフレ高進、FRBによる金融引締めに伴う金融環境の大幅な引締まり
米国では消費者物価の総合指数が22年6月に前年同月比+9.1%とおよそ40年半ぶりの水準となるなど、インフレが深刻化している(後掲図表8)。一般的に消費者物価の急激な上昇は実質購買力の低下を通じて個人消費を減少させる。

また、FRBはインフレ抑制のために22年3月から政策金利の引上げを開始し、22年12月までに政策金利を合計4.25%ポイント引上げた(図表2)。政策金利は6月会合から11月会合まで4会合連続で通常(0.25%)の3倍となる0.75%引上げられるなど、これまでの利上げペースはフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標を主要な金融政策手段とした90年代以降で最も早くなっている。

金融引締めの結果、株式、信用スプレッド、為替、金利など一連の市場指標を元にゴールドマン・サックスが推計した米国金融環境指数は、22年初の97近辺から、10月下旬には一時101弱と新型コロナ感染拡大の懸念を背景に金融環境が大幅に引締まった20年3月以来の水準に急上昇した(図表3)。金融環境の引締まりは時間差で高額な耐久財など金利に敏感な分野を中心に個人消費を減少させる。
(図表2)政策金利引き上げペース比較/(図表3)米国金融環境指数
(個人消費が堅調を維持している要因(1))雇用増加、堅調な賃金の伸び
インフレ高進や金融環境の引締まりにも関わらず、個人消費が堅調を維持している要因として雇用増加が続いているほか、労働需給の逼迫を背景に賃金の伸びが堅調なことが挙げられる。

非農業部門雇用者数は22年12月が前月比+22.3万人となったほか、22年の月間平均増加ペースが+37.5万人と新型コロナ流行前(19年3月~20年2月)の平均である+19.8万人を上回っており、堅調な雇用増加が持続している(図表4)。また、22年12月の失業率が3.5%と1969年以来の水準に低下しており、労働需給の逼迫を示している。

労働需給の逼迫は、求人数が1,000万人超と新型コロナ流行前(20年2月)の700万人を大幅に上回り、労働需要が堅調である一方、労働供給を示す労働参加率は22年12月が62.3%と新型コロナ流行前(20年2月)の63.3%を依然として1%ポイント下回るなど、労働供給の回復の遅れていることが背景にある(図表5)。

一方、時間上がり賃金(前年同月比)は22年12月が+4.6%と22年3月につけたピークの+5.6%からは低下しているものの、労働需給の逼迫を背景に新型コロナ流行前(20年2月)の3.0%を1.6%ポイント%上回るなど堅調な伸びが続いている。
(図表4)米国の雇用動向(非農業部門雇用増と失業率)/(図表5)賃金上昇率および労働参加率
(個人消費が堅調を維持している要因(2))良好な家計のバランスシート、過剰貯蓄
家計のバランスシートが良好なことや家計の過剰貯蓄も個人消費が堅調な要因と考えられる。家計の純資産残高は22年7-9月期が143.3兆ドルと21年10-12月期の150.1兆ドルからは3期連続で減少したものの、依然として新型コロナ流行前(19年10-12月期)の116.5兆ドルを26.7兆ドル上回っている(図表6)。同時期に住宅ローン残高(+1.9兆ドル)や消費者信用残高(+0.5兆ドル)の増加を反映して負債残高が+2.7兆ドル増加したものの、住宅価格や株価の上昇を反映して不動産(+12.9兆ドル)や株式・投信(+3.9兆ドル)の残高が増加したほか、コロナ禍の経済対策に伴う家計への直接給付の効果などで現金・預金(+5.0兆ドル)の残高が増加したことなどで資産残高が+58.9兆ドル増加したことが大きい。

一方、個人所得と個人消費のデータを用いて、新型コロナ流行前の18年および19年のトレンドラインと実際の個人所得、個人消費の差から推計される累積の過剰貯蓄残高は、21年7-9月期の2.5兆ドル弱からは減少したものの、22年10-12月期時点でも1.6兆ドル強(名目GDP比6%程度)となっている(図表7)。

家計の良好なバランスシートや過剰貯蓄はインフレや金融環境の引締まりによる個人消費への悪影響を一定程度緩和しているとみられる。
(図表6)米国の家計金融資産・純資産/(図表7)家計の累積過剰貯蓄試算
(個人消費が堅調を維持している要因(3))インフレ低下、消費者センチメントの底入れ
消費者物価は前述の通り、一時40年半ぶりの水準に上昇したものの、22年6月(+9.1%)をピークに低下基調が持続しており、22年12月は+6.5%に低下した(図表8)。とくに、ガソリン価格(1ガロン当たり)は22年7月の4.9ドルのピークから足元は3.2ドルとピークから▲3割以上下落している。

また、物価の基調を示す食料品とエネルギーを除いたコア指数も22年9月の+6.6%をピークに3ヵ月連続で低下し、12月は+5.7%となっており、FRBが目標とする2%を大幅に上回っているものの、インフレは既にピークアウトした可能性が高い。

一方、FRBは金融引締め政策の継続を明確にしているものの、消費者物価の低下基調が持続していることを好感して、金融市場では23年後半での金融緩和政策への転換を一部織り込み、株式市場や債券市場が上昇したことから金融環境指数は足元で100割れに低下するなど、金融環境は緩和している(前掲図表3)。

また、ガソリン価格の下落や金融環境の緩和を好感して、ミシガン大学の消費者センチメントは23年1月が64.9と22年11月の56.8から2ヵ月連続で増加しており、足元で消費者センチメントの改善がみられている(図表9)。

同センチメントのうち、大型耐久消費財、自動車、住宅の購入意欲指数は100を下回っており、現在が購入時期として「悪い」と回答した割合が依然として高いことを示しているものの、いずれも11月から2ヵ月連続で改善した。

このため、FRBの金融引締めが継続しても、労働市場の回復が継続し、金融金融環境の緩和が継続すれば個人消費が当面堅調を維持する可能性はある。
(図表8)消費者物価指数(前年同月比)/(図表9)消費者信頼感指数および消費者の購買意欲
(図表10)実質個人消費(前月比) (個人消費は年末に向けて減速)月次データは個人消費が年末にかけて減速した可能性を示唆
前述のように、実質GDPにおける実質個人消費は四半期ベースでは22年10-12月期まで堅調な伸びを維持した。しかしながら、10-12月期を仔細にみると前月比で10月は+0.4%と増加を示したものの、11月が▲0.2%、12月が▲0.3%と年末にかけての減速したことが示されている(図表10)。

個人消費の内訳では財消費が10月の+0.9%から11月が▲1.0%、12月が▲0.9%と2ヵ月連続で大幅なマイナスとなったほか、サービス消費についても10月と11月の+0.2%から12月は横這いに低下しており、財・サービスともに減速したことが分かる。

3.今後の見通し

3.今後の見通し

これまでみたように、個人消費はインフレ高進やFRBによる大幅な金融引締めに伴う金融環境の引締まりなどの逆風下にあっても堅調を維持してきた。

しかしながら、FRBは23年もインフレ抑制のために金融引締めを継続する姿勢を明確にしているほか、利上げ停止後も長期に亘り政策金利を据え置く方針を示していることから、金融市場が織り込む23年後半での金融緩和政策への転換は行き過ぎであり、今後は金融環境が再び引締まる可能性が高いとみられる。この結果、消費者センチメントは再び悪化に転じる可能性があろう。

一方、堅調な労働市場についても22年末から大幅な人員削減を発表する企業が増加しており、今後は雇用増加ペースが大幅に鈍化する可能性が高い。実際に、フェースブックの親会社であるメタ(▲1.1万人)やツイッター(▲0.5万人)、アルファベット(▲1.2万人)、マイクロソフト(▲1.0万人)、アマゾン(▲1.8万人)などのテクノロジー企業をはじめ、ゴールドマン・サックス(▲0.3万人)などの金融、生活雑貨のベット・バス&ビヨンドなどの小売企業で大幅な人員削減が発表1されたが、景気減速から人員削減の動きは加速することが見込まれる。また、労働需要の低下に伴う労働需給の緩和から、今後は賃金の伸びも鈍化が見込まれる。

これらの状況を考慮すると、個人消費がこれまでのような堅調な伸びを維持することは難しく、個人消費の鈍化は不可避だろう。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年01月30日「Weekly エコノミスト・レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【堅調な米個人消費は持続可能か-金融引締めの継続に伴う金融環境の引締まりや、労働市場の減速から個人消費の伸びは鈍化へ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

堅調な米個人消費は持続可能か-金融引締めの継続に伴う金融環境の引締まりや、労働市場の減速から個人消費の伸びは鈍化へのレポート Topへ