2023年01月10日

気候変動問題-転換点への意識-エンドゲームに入る前にどれだけ効果的な対策を打てるか

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――死亡率・罹患率への波及

気候変動が転換点に達すると、人間の死亡率や罹患率にも影響が生じる可能性がある。転換点を超えた後はエンドゲーム(終盤戦、大詰め6の状態といえる。PNASによると、エンドゲームの状態では、主に4つの波及経路が考えられるという。食料不足、極端な気象、紛争、媒介生物に起因する疾患である7
 
6 エンドゲームは、もともとチェスの用語で、勝負の行方を決する終盤戦を意味する。
7 “Climate Change and Environmental Risks”(Society of Actuaries, Dec. 2020)などの内容を筆者がまとめた。
1食料不足の懸念には具体的な経路がいくつも考えられる
気候変動問題が食料不足を引き起こし、人々の健康に悪影響をもたらす可能性がある。飽食の時代ともいわれる現在の日本では、なかなかイメージしづらいかもしれない。

しかし、世界的には、小麦などの穀倉地帯で干ばつが進み、穀物生産が大きく低下するリスクが強く懸念されている。干ばつは、水資源確保に伴う紛争の問題とも関係するため、根が深いといえるだろう。

また、生物学的な視点からは、昆虫による作物の受粉の停滞が考えられる。気候変動による環境変化は、さまざまな生物種に特異な変化をもたらす。昆虫の発生と作物の開花の時期がずれると、作物は受粉できない。その結果、作物の生産が滞る。

別の例として、海洋の酸性化が挙げられる。海洋環境が損なわれれば、魚類や貝類などの養殖が打撃を被り、海産物の生産減少につながる。

他にも山林火災によって、山林の保水力が低下することで豪雨時に洪水や土砂災害が起こり、田畑が被害を受けるケース。気温上昇が、作物の生育を妨げて収穫量を低下させるケース。害虫の繁殖が増えて、作物の枯死を招くケース、などさまざまな経路が考えられる。
2高温状態では、温度が上がるにつれ急速かつ非線形に死亡率が上昇
一般に、先進主要国では、暑さによる死者よりも、寒さによる死者の方が多い。暑さと寒さの死亡率への影響の仕方は異なるとされる。

寒さによる死亡リスクについては、生存可能な最低温度を下回る低温では、温度が下がるごとに緩やかに直線的に上昇する。一方、暑さによる死亡リスクに関しては、過度の高温状態になると、温度が上がるごとに急激に上昇するとの研究結果もある8

したがって温暖化に伴う気温の上昇により、高温期(北半球では夏季)の死亡増加分が、低温期(同冬季)の死亡減少分を上回り、年間を通じた死亡リスクが高まる可能性がある。
 
8 “Climate change and temperature extremes: a review of heat- and cold-related morbidity and mortality concerns of municipalities”Carina J. Gronlund, Kyle P. Sullivan, Yonathan Kefelegn, Lorraine Cameronc, Marie S.O’Neill (Maturitas 114 (June): 54–59., 2018)が研究結果の例。それによると、アメリカ・デトロイトでの死亡率に対する気温の影響に関する研究で、極度の暑さで死亡率と入院が急激に上昇する一方で、低温での死亡率は明確な閾値がなく緩やかに上昇することが指摘されている。
3気候変動問題に関連する紛争も死亡リスクを高める
気候変動問題が転換点を超えると、世界各地で干ばつが進み、水不足が生じる恐れがある。水資源を巡る紛争が発生して、戦乱に伴う人命の損失はもとより、交通やパイプライン等の社会インフラの毀損が起こり、人々の生活に支障が生じることが考えられる。

その結果、例えば、エネルギー供給が滞り、夏季や冬季にエアコンや暖房機器が使用できないために、熱中症や低体温症が増加する恐れがある。
4媒介生物に起因する疾患や死亡も増加
媒介生物が繁殖することで、熱帯性の感染症などの病気が流行する可能性もある。エキノコックス、野兎(やと)病、ウエストナイルウイルス、ハンタウイルス、ダニ媒介性脳炎、ライム病、シンドビスウイルスを含む多くの病気が、寒冷地域で増加するとの予想もある。

特に、マラリアをはじめ、ジカ熱、デング熱、チクングニア熱などの、蚊が媒介する疾患が流行し、世界的に感染症のリスクを高めるとの予想も数多く出されている。
5エンドゲームでの対策は効果が限られる
以上のように、主に4つの経路で死亡率・罹患率への波及が考えられる。これらの波及を軽減する対策は、対症療法的なものとなりがちで、効果は限られる。転換点に達したエンドゲームの状態では、地球温暖化が進んでしまうため、根本的な対策は打ちにくいこととなる。
やはり、気候変動問題は、エンドゲームに入る前の現在の段階で、どれだけ効果的な対策を打てるかがカギといえるだろう。9
 
9 気候変動問題を、人間の健康状態で例えれば、現在は重病に至る前の未病段階と言えるだろう。この段階で、療養や摂生を効果的に開始すれば、健康状態を取り戻せる可能性が高い。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿では、気候変動問題の波及の複雑さや転換点などについて見ていった。2022年11月にエジプトのシャルムエルシェイクで開催されたCOP27(国連気候変動枠組み条約 第27回締約国会議)では、世界平均気温を産業革命前(1850~1900年平均)に比べて、1.5℃に抑えるという目標に向けて、温暖化ガスの削減目標の強化と実施を進めることが確認された。この1.5℃を超えて、2℃を上回るようだと、2℃近辺にあるといわれるいくつかの転換点に達してしまう恐れがある。

世界平均気温はすでに2011~20年(10年平均)で産業革命前に比べて1.09℃上昇しており、1.5℃目標まで残り「0.41℃」となっている。

本稿で見たとおり、転換点に達してエンドゲームに入ってしまうと、根本的な対策は打ちにくいものとみられる。そうなる前の現在の段階で、効果的な対策を打つことが必要と考えられる。

引き続き、気候変動の動向や、各国の打ち出す対策について、注意していくこととしたい。

(2023年01月10日「基礎研レター」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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