2023年01月10日

気候変動問題-転換点への意識-エンドゲームに入る前にどれだけ効果的な対策を打てるか

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

気候変動問題を巡る動きが世界中で活発になっている。日本では、台風や豪雨などの極端な気象現象による災害の激甚化・頻発化が懸念されている。世界では、南極やグリーンランドの氷床の融解による海面水位の上昇、大規模な干ばつや山林火災の発生など、地球温暖化によるさまざまな影響が出始めている。

ただ、一般に気候変動問題はさまざまな要素が関係・影響するため、複雑でわかりにくい。ある要素と事象の間に相関関係があることが確認できても、因果関係があるのかどうかは未解明というケースもある。その一方で、地球温暖化の転換点が迫りつつある、との声も高まっている。

本稿では、気候変動問題が抱える複雑さを踏まえたうえで、いくつかの転換点を意識することで、その深刻度を把握していくこととしたい。

2――気候変動の波及の複雑さ

2――気候変動の波及の複雑さ

まず、気候変動問題が複雑で理解しにくい点について、簡単に確認していこう。

1因果関係が不明瞭
気候変動問題に限らず、社会で起こるさまざまな問題には複数の要因があって、しかも要因ごとに問題への影響の仕方が異なることが一般的と言えるだろう。ただ、気候変動問題の場合は、要因の全貌がわからなかったり、要因の問題への波及構造が不明確であったりすることが多い。
2波及は連鎖的、循環増幅的、非線形的に進む
次の図は、2022年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)1に記載された、問題事象と要因の関係性を表した図を参考に、筆者が作成した波及関係の例だ。地球温暖化が、極端な気象の発生や海面水位の上昇などを引き起こし、国際紛争・地域紛争や、食料・エネルギー・水資源の不足などにつながり、死亡率の上昇といった影響をもたらすことが描かれている。各事象・要因が複数の矢印につながっており、波及関係が複雑であることがうかがえる。
図表1. 気候変動問題の事象と要因の波及関係の例
この図には、気候変動問題の波及の特徴が、いくつか描かれている。

(1) 連鎖的 (カスケード)
波及は、1つの要因が次の要因に影響し、更にその次の要因の発現につながる、といった連鎖的な構造を持っている。ドミノ倒しのような波及だ。このような構造では、一旦走り出してしまうと、次々に波及が進んでしまう。

(2) 循環増幅的 (フィードバック)
波及には、正のフィードバック効果もある。いくつかの要因の間を循環するうちに、波及の勢いが増幅していくというものだ。雪だるま式の増大と言うこともできる。転がり出した雪だるまがなかなか止められないのと同様、加速した気候変動の波及を止めるのは難しいものと考えられる。

(3) 非線形的 (ノン・リニア)
波及は、非線形的に進む。例えば、気温が2度上昇した場合には、1度上昇した場合に比べて、台風などの極端な気象の発生の可能性が2倍ではなく、それを超えて高まる。この非線形性は、非常に小さな出来事が予想もつかない大きな出来事につながる、という「バタフライ効果」にも通じる2
 
1 PNASは、The Proceedings of the National Academy of Sciencesの略。
2 そもそもバタフライ効果という言葉は、気象の数値予報から生じた。1972年に気象学者のエドワード・ローレンツ氏が行った『ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』というタイトルの講演に由来している。蝶の羽ばたきのような初期条件のわずかな違いが、遠く離れた場所での竜巻の発生につながるかもしれない。そのため、計測の精度をどれだけ向上させても、気象を正確に予測することは困難、という趣旨だ。

3――さまざまな転換点

3――さまざまな転換点

上記の通り、気候変動問題の波及は複雑である。この複雑な波及構造は、気候変動にさまざまな転換点を生じさせる。転換点に達すると、突然の変化が起こったり、不可逆的な変化があらわれたりするとされる。

1転換点に達すると突然の変化が起こる
米国研究評議会(NRC)のレポート3によると、気候変動問題における突然の変化には、物理的な気候システムの突然の変化である「突然の気候変動」。徐々に変化する気候変動によって生じる、物理学的、生物学的、または人間のシステムへの突然の影響である「突然の気候影響」、の2つのタイプがあるという。

このうち、「突然の気候変動」は、通常、数年から数十年といった時間軸で、気候システムが変化して、別の局面に移行することを指す。いわば、局面の変化である。その背景には、物質の相変化4や、化学反応などの、物理や化学上の変化があることが一般的である。

一方、「突然の気候影響」は、人間や自然のシステムが、適応困難なほど急激かつ不意に変化する影響を受けることをいう。海岸堤防を例にとれば、温暖化による海面水位の上昇を背景に、堤防と水位の差が縮小していく。そして、あるとき低気圧の襲来に伴って堤防を超える高潮が発生して、沿岸地域が水没してしまう被害に見舞われる、といった状況が考えられる。
 
3 “Abrupt Impacts of Climate Change – Anticipating Surprises”(NRC, 2013)を指す。なお、NRCは、National Research Councilの略
4 固体・液体・気体といった相の変化のこと。
2不可逆的な変化が生じる
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第1ワーキンググループが2021年に公表した、第6次評価報告書は、気候変動の不可逆的な変化について説明している。それによると、ある状態からの自然なプロセスによる回復が、対象となる時間軸に比べて大幅に長くかかる場合、「特定の時間軸で、不可逆的である」とされる。不可逆的な変化には、回復までに何千年もの時間を要するものもある。また、ある生物種が絶滅することにより、生態系が変化してしまい、完全に同じ姿に回復することはできない、といった事象も含まれる。
3転換点が示されている
IPCCの第6次評価報告書では、15個の転換点要素が示されている。

モンスーンや植生から、海氷、氷床、海洋酸性化など、さまざまな要素をもとに気候変動の状況を把握していくことが企図されている。そして、各要素ごとに、突然の気候変動の可能性や、不可逆性の評価が短い文章で表現されている。なお、これらの表現には、確信度や可能性についての言及がなされており、各要素の転換点の深刻度をうかがい知ることができる。5
図表2. IPCC評価報告書に示された15の転換点要素
 
5 転換点要素は以前の評価報告書や特別報告書でも取り上げられ、評価されている。第6次評価報告書では、「評価の変更」として、以前の報告書での評価との違いを示している。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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