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韓国政府「週52時間勤務制」の見直しを推進-1週間の最大労働時間は80.5時間まで増えるだろうか?-
 
                                                生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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韓国では2018年2月に改正勤労基準法が成立し、同年7月1日から公共機関と従業員数300人以上の事業所を対象に「週52時間勤務制」 が施行された。そして、2020年1月からは従業員数50人以上299人以下の事業所に、さらに、2022年1月からは従業員数5人以上49人以下の事業所に改正法が適用されることになった。
「週52時間勤務制」とは、残業時間を含めた1週間の労働時間を52時間までに制限する制度である。違反した場合は2年以下の懲役または2000万ウォン(約200万円)以下の罰金が科される。「週52時間勤務制」の目的は、長時間労働の問題を解消することで労働者のワーク・ライフ・バランスを実現させること、そして既存労働者の労働時間減少により新しい雇用を創出することにある。
「週52時間勤務制」の実施以降、韓国の労働者の年間平均労働時間は2018年の1993時間から2021年には1915時間まで減少した。しかし、制度が急速に実施されたことで副作用も起きた。製造業などの現場では「週52時間勤務制」の実施により残業時間が減り、賃金総額が減少する問題が発生した。また、労働組合が存在する大企業は賃上げを行うことで、残業時間の減少により賃金総額が減少した労働者の賃金をある程度補填する措置を実施したものの、中小企業や零細企業の多くはこのような措置ができなかったことから、労働者の収入は大きく減少した。また、中小企業や零細企業の労働者不足問題はさらに深刻になった。
2022年3月の大統領選の際、当時の尹錫悦候補は「無理な労働時間の短縮よりは柔軟な働き方を推進する」との公約を掲げて、文政権の「週52時間勤務制」を大幅修正する考えを示した。そして、大統領に就任してから1カ月が過ぎた2022年6月23日に、雇用労働部は尹政権の労働市場改革推進の方向性を明らかにし、「週52時間勤務制」で週12時間に制限している残業時間を、現在の週単位から月単位に調整する意向を示した。また、実労働時間を短縮するために年次有給休暇の取得率を高め、在宅勤務を含むテレワークの実施など多様な働き方を提示した。さらに、研究開発分野のみ労働時間の清算期間を3カ月としている選択的勤務時間制(フレックスタイム制)を、その他の職種(清算期間は1カ月)にも拡大することも検討すると発表した。
また、労働時間や賃金体系の見直しを準備する専門家機構である「未来労働市場研究会」は、2022年11月に懇談会を開き、現在週単位である延長労働時間の管理単位を1カ月から1年までのいずれかの期間に広げる週52時間制の見直しの方向性について提示した。研究会が提案した労働時間の見直しのポイントは、企業が1週間単位である時間外労働時間の管理方法を1カ月、 1四半期、半年、1年のようにより柔軟に適用できるようにすることである。研究会は残業時間を弾力的に運営することに加えて、1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に、11時間の休息時間(インターバル)を設ける「勤務間インターバル制度」の導入も提案した。
11時間の「勤務間インターバル制度」が導入された場合、労働者は1日24時間のうち、最大で11.5時間が働けることになる。勤労基準法により労働時間4時間ごとに30分の休憩を取得することが規定されているからである。従って13時間のうち、休憩時間1時間30分を除いた11.5時間が1日働ける最大の時間になる。
ここに、勤労基準法55条1項「使用者は、勤労者に 1 週間に平均 1 回以上の有給休日を保障しなければならない」を適用すると、1週間最大6日働くことができるので1週間の最大労働時間は69時間(11.5時間×6日)になる。しかしながら、勤労基準法第 56 条1には、労働者が休日労働をした場合、加算手当を支給することが規定されているので、事業主が加算手当さえ支給すると、労働者を1週間に7日間働かせることも可能である。つまり、勤労基準法には1週間に7日間働いてはならないという条項はないので、週7日働いた場合、1週間の最大労働時間は80.5時間(11.5時間×7日)まで増加する。もちろん、このケースは極端な例であるものの、長時間労働により労働者の身体的・精神的健康が損なわれないように、期間ごとに適切に休暇あるいは休憩時間を設ける等の対策を考える必要がある。また、労働組合がない企業や労使間の合意が難しい零細企業の労働者が働きすぎにより、思わぬトラブルに巻き込まれないように法的措置を講じることも検討すべきだ。尹政権の「週52時間勤務制」の見直しが国内外で危機に見舞われている韓国経済にどのように影響を与えるか今後の動向に注目したいところである。
1 ※勤労基準法56 条
(1)使用者は、延長勤務(第53条・第59条及び第69条ただし書きにより延長された時間の勤務)、夜間勤務(午後10時から午前6時まで間の勤務)又は休日勤務に対して、通常賃金の100分の50以上を加算して支給しなければならない。
(2)前項にかかわらず使用者は、休日勤労に対しては、次の各号の基準による額以上を加算して労働者に支給しなければならない。
・8時間以内の休日勤務:通常賃金の100分の50
・8時間を超過した休日勤務:通常賃金の100分の100
(3)使用者は、夜間勤務(午後10時から次の日の午前6時までの間の勤務をいう。)に対しては、通常賃金の100分の50以上を加算して労働者に支給しなければならない。
(2023年01月06日「研究員の眼」)
 
                                        生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
                                研究・専門分野
                                高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
                            
03-3512-1825
- プロフィール
 【職歴】
 独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
 ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
 ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
 ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
 ・2021年~ 専修大学非常勤講師
 ・2021年~ 日本大学非常勤講師
 ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
 ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
 ・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
 東アジア経済経営学会理事
 ・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
 【加入団体等】
 ・日本経済学会
 ・日本労務学会
 ・社会政策学会
 ・日本労使関係研究協会
 ・東アジア経済経営学会
 ・現代韓国朝鮮学会
 ・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
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