- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経済 >
- アジア経済 >
- 一人当たりの国民所得が増えても普通の韓国人が豊かになれない理由
一人当たりの国民所得が増えても普通の韓国人が豊かになれない理由

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
その理由の一つとして国民所得の中には家計の所得だけではなく、企業や政府の所得も含まれている点が挙げられる。つまり、国民所得から政府や企業の所得を引いて、税金や社会保険料などの支出を除いた総所得を人口で割った1人当たりの家計総可処分所得(PGDI:Personal Gross Disposable Income、名目、ドル基準)の1人当たりのGNI(名目、ドル基準、以下、1人当たりの国民所得)に対する比率は2017年現在55.7%で、2016年の56.0%より低下している。また、1人当たりの国民所得の増加率が2000年から2017年の間に151%であったことに比べて、1人当たりの家計総可処分所得の増加率は122%で1人当たりの国民所得の増加率を下回っている。国民所得の中で家計の所得が占める割合が減少していることが、1人当たりの国民所得が増加しても国民が所得増加を実感しにくい一つの理由になっていると考えられる。
一方、韓国経済は貿易への依存度が高く、輸出額に占める大企業の割合が高いことも一般国民が所得の増加を実感できない一つの理由ではないかと思われる。例えば、2017年の対GDP比貿易依存度は68.8%で、日本の28.1%を大きく上回っている。さらに、企業数では0.9%に過ぎない大企業の輸出額が輸出総額に占める割合は66.3%(2017年)に達している。大企業で働いている労働者は輸出増加により企業の利益が増えると、成果給が支給されるので、景気回復を実感しやすいものの、輸出に占める割合が低い中小企業に従事している労働者は所得の増加を体験する可能性が低い。このような点を含めて、現在韓国社会は二極化が進んでいる。
文在寅政権は、2017年の大統領選挙時に雇用創出や格差是正などの解決を公約として掲げて、最低賃金の大幅引き上げや残業を含む労働時間の上限を週68時間から52時間に短縮するなどの改革を実施した。しかしながら、あまりに急な改革は社会にひずみを生み、非熟練労働者が多い卸・小売業、飲食業、宿泊業の雇用量が減っている。2019年第3四半期の全体失業率と若者の失業率はそれぞれ3.3%と8.1%で、前年同期の3.8%と9.5%と比べて、少し改善されているものの、雇用の質は改善されていない。つまり、最近の失業率の低下は、政府の財政投入による公共事業や福祉、サービス業における高齢者の短期雇用の増加が、影響を与えている可能性が高い。実際、製造業や働き盛りの30~40代の雇用者数は、継続して減少している。
さらに、韓国統計庁が2019年10月29日に発表した「2019年経済活動人口調査勤労形態別付加調査」によると、2019年8月時点の非正規労働者の割合は、2007年3月(36.6%)以来の高い水準である36.4%にまで上昇していることが明らかになった(2018年8月は33.0%)。
雇用が減少し非正規労働者が増加すると、今後所得格差が広がる恐れがある。韓国統計庁が11月21日に発表した「2019年第3四半期家計動向調査」によると、所得が最も低い所得下位20%世帯(第I階級)の「1カ月平均所得」は、政府等からの移転所得が増加(対前年同四半期比11.4%増)したことにより、対前年同四半期に比べて4.3%も増加した。しかしながら、所得下位20%世帯の「1か月平均勤労所得」は44.8万ウォンで、同期間に6.5%も減少している。一方、所得が最も高い所得上位20%世帯(第Ⅴ階級)の「1カ月平均勤労所得」は同期間に4.4%増加している。政府からの移転所得がなかったら所得格差はさらに広がっていたと考えられる。
また、2019年2月26日に経済正義実践市民連合(以下、経実連)が発表した調査結果によると、サムスン、現代自動車、SK、LG、ロッテという、いわゆる5大財閥グループ(以下、5大グループ)の土地の帳簿価格(会計上で記録された資産や負債の評価額)は2007年の23.9兆ウォンから2017年には67.5兆ウォンへ、43.6兆ウォンも増加していることが明らかになった。5大グループが保有している土地資産の帳簿価格は10年間に2.8倍も増加し、同期間における売上高の増加倍数2.1倍を上回っている。物価上昇等を反映した公示地価と実際の取引価格が帳簿価格を大きく上回っていることを考慮すると、土地の取得により企業が得ている利益はさらに大きいと考えられる。
さらに、地域間の格差も広がっている。人口は首都圏に集中し、過疎化が進む一部の地域の高齢化率は40%近くまで上昇している。外国人の投資もソウルを中心とした首都圏や一部の地域に偏り、財政力指数も地域間で大きな差を見せている。持てる者と持たざる者の間の意識の差も広がっており、文在寅政権を支持する層と支持しない層もはっきり分かれている。つまり、現在、韓国社会は経済や地域や意識などの多様な分野で二極化が進んでいると言える。
韓国政府が、家計の可処分所得の増加と国民の所得増加に対する満足度を高めるためには、大企業や貿易に偏っている現在の経済システムを変え、中小企業を育成すると共に、内需を活性化する対策を行わなければならないだろう。また、韓国社会に広がっている様々な二極化を解決し、皆が望む公正な社会を実現するために、どのような政策を優先的に実施すべきなのか等、継続的に議論を行い実行していく必要がある1。
1 本稿は、ニューズウィーク日本版に掲載された 金 明中(2020)「韓国を読み解く:一人当たりGDPが増えても普通の韓国人が豊かになれない理由」2020年1月8日を修正・加筆したものである。https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/01/gdp.php
(2020年01月22日「研究員の眼」)

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/03/18 | グリーン車から考える日本の格差-より多くの人が快適さを享受できる社会へ- | 金 明中 | 研究員の眼 |
2025/03/17 | 「共に民主党」の李在明代表の大統領の夢はどうなるのか?-尹錫悦大統領の釈放で政局は不透明な状況へと突入- | 金 明中 | 研究員の眼 |
2025/03/10 | なぜ退職代行サービスの利用が増えているのか?-退職時に会社へ伝えた理由と、実際の退職理由との間のギャップの解消を- | 金 明中 | 研究員の眼 |
2025/02/27 | なぜ韓国の出生率は9年ぶりに上昇したのか?-2024年の出生率は0.75に上昇- | 金 明中 | 基礎研レポート |
新着記事
-
2025年03月21日
東南アジア経済の見通し~景気は堅調維持、米通商政策が下振れリスクに -
2025年03月21日
勤務間インターバル制度は日本に定着するのか?~労働時間の適正化と「働きたい人が働ける環境」のバランスを考える~ -
2025年03月21日
医療DXの現状 -
2025年03月21日
英国雇用関連統計(25年2月)-給与(中央値)伸び率は5.0%まで低下 -
2025年03月21日
宇宙天気現象に関するリスク-太陽フレアなどのピークに入っている今日この頃
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
【一人当たりの国民所得が増えても普通の韓国人が豊かになれない理由】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
一人当たりの国民所得が増えても普通の韓国人が豊かになれない理由のレポート Topへ