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韓国で「週4日勤務制」は導入可能だろうか-来年の大統領選で争点になる可能性が高い-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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2021年3月に求人・求職サイト「ジョブプラネット」が実施したアンケート調査によると、週4日勤務制の導入について回答者(週4日勤務制等短縮勤務を経験したことがない労働者)の97.2%が賛成すると答えた。但し、週4日勤務制の導入により労働時間が減少する代わりに給料が減額される場合には63.8%が、また年次有給休暇が減らされる場合は60.1%が導入に反対すると回答した。
週4日勤務制の導入に賛成する理由としては、「ワーク・ライフ・バランスが実現しやすい」が57.7%で最も高く、次いで、「生産性向上」(26.3%)、「休日増加による内需活性化」(8.9%)の順であった。一方、反対する理由としては「給料削減」(38.9%)、「導入が難しい業種もあるので公平性の問題がある」(33.3%)、「労働強度が高まる」(16.7%)等が挙げられた。
週4日勤務制の導入により休む時間が増えた場合、やりたいことは、「趣味生活」が67.1%で最も高く、次いで「何もやらずゆっくり休む」(16.4%)、「副業・兼業をする」(13.9%)の順であった。
一方、経営者と人事担当者に対する調査では87.6%が週4日勤務制の導入を「検討していない」と答えており、労働者の意見とは大きな差を見せた。週4日勤務制の導入を躊躇する理由は、「業務スケジュールを合わせることが難しい」(57.1%)、「生産性低下」(41.6%)、「業種の特性上導入が難しい」(39.9%)が上位3位を占めた。
調査結果からは、週4日勤務制の導入に関する意見は労働者と経営者の間に大きな隔たりがあることが明らかになった。労働者側はより多様でワーク・ライフ・バランスが実現できる働き方を求めていることに対して、経営者側は週4日勤務制の実施による生産性低下や費用の増加を懸念していることが分かる。
但し、週4日勤務制は韓国政府が2018年7月1日から施行した「週52時間勤務制」が定着する前には定着が難しいと考えられる。「週52時間勤務制」とは、残業時間を含めた1週間の労働時間の上限を従来の68時間から52時間に制限した制度であり、今年の7月1日からは従業員数5人以上~49人以下の小規模企業まで拡大適用された。「週52時間勤務制」に違反した事業主には、2年以下の懲役または2千万ウォン(約200万円)以下の罰金が科される。
「週52時間勤務制」が実施される前までも、残業時間を含む1週間の最大労働時間は、勤労基準法の規定上は52時間であったが、「法定労働時間」を超える労働、すなわち「時間外労働」(韓国では「延長勤務」という表現を使用する)に「休日勤務」は含まれないと雇用労働部が解釈したため、労働者は1週間の法定労働時間40時間に労使協議による1週間の最大時間外労働12時間、そして休日勤務16時間を合わせた合計68時間まで働くことが許容されてきた(法律ができてから2018年7月に勤労基準法が改正されるまで)。
また、2018年の法改正までは法定労働時間の例外適用が認められていた「特例業種」が存在していた。しかしながら、労働組合側は特例業種の認定は無制限労働をもたらすと、全面廃止を要求してきた。そこで改正法では法定労働時間の例外適用が認められていた特例業種を従前の26業種から5業種(陸上運送業、水上運送業、航空運送業、その他運送関連サービス業、保健業)に縮小した。
一方、満15歳から満18歳未満の年少労働者の法定労働時間は1週間に40時間から35時間に、そして延長勤務時間は6時間から5時間に制限される。
韓国政府が「週52時間勤務制」を実施した理由は、長時間労働を解消し、労働者のワーク・ライフ・バランスの改善(夕方のある暮らし)を推進すると共に、新しい雇用創出を実現するためである。「週52時間勤務制」を実施する前の2017年の韓国の平均年間労働時間は2,018時間で、データが利用可能なOECD加盟国の中で韓国より労働時間が長いのはメキシコ(2,149時間)のみであった。
しかしながら、「週52時間勤務制」の施行による問題も現れた。賃金等処遇水準が高い大企業の場合は、既存の従業員が働けなくなった残業時間分を埋める労働力を相対的に容易に確保できたものの、処遇水準が低い中小企業の場合は労働力確保に苦しんでいる。労働力が確保できない場合はICT 投資の増加等を通じて労働生産性の引き上げを図る方法もあるものの、中小企業は資金調達が難しく、ICT 投資を増やすことも簡単ではない。また、労働力を確保した場合でも新たに社会保険料等の費用が増加することで、企業経営が厳しくなる問題も発生し得る。
一方、「週52時間勤務制」の施行以降、従業員の残業時間を一部しかカウントせず、実際働いた分より少ない賃金しか支払わないケースも発生した。制度施行以前には、時間外勤務に対しては働いた分の残業代が支払われていたが、制度施行以降は働いた分より少ない残業代しか支払われず、賃金が減少するケースが現れた。また、隠れ残業が増える問題も発生した。
従って、今後、「週4日勤務制」を普及させるためには、先ずは「週52時間勤務制」を定着させる必要がある。これから大統領候補らの選挙運動が本格的に始まると、週4日勤務制をめぐる議論はさらに白熱すると考えられる。大統領選挙への出馬を宣言した野党「正義党」の沈 相奵(シム・サンジョン)議員は、すでに「国民は、週4日勤務を享受する権利がある」と主張しながら、「週4日勤務制」の実現を選挙公約として挙げている。他の候補も労働者階級の支持を得るために、これに相当する政策を公約として挙げる可能性が高い。長時間労働の是正やワーク・ライフ・バランスの実現のために,候補ごとにどのような労働政策を提示するのか注目されるところである1。
1 本稿は、「韓国で「週4日勤務制」は導入可能か」ニューズウィーク日本版 2021 年 9 月22日に掲載されたものを加筆・修正したものである。
https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2021/09/post-44.php
(2021年09月22日「研究員の眼」)
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生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
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