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SDGs関連債務の情報伝達力-SDGsに対する取組を周知できるのか?
金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子
はじめに、194のサンプルの内訳を確認する。債券と融資の別では、債券が123、融資が71で債券の方がやや多い。初期のSDGs関連債務による資金調達が債券であったこと(後述)が主な理由と考えられるが、債券に比べて、融資の情報収集は難しく、網羅しきれていないことによる影響も考えられる。
また、SDGs関連債務による資金調達を複数回行う企業も多い。全サンプルの内116は当該企業において最初のSDGs関連債務による資金調達であるのに対し、残りの78が2回目以降のSDGs関連債務による資金調達である。
公表時期別にみた結果は、図表4の通りで、年々SDGs関連債務による資金調達が増えていること、特に近年、増加スピードが加速していることがわかる。
1 [顔菊馨, 2019]は、増資や転換社債を選択した企業群との比較で財務指標の特徴を評価しているのに対して、本稿では、TOPIXに採用されている同業種平均との比較である点に注意が必要である。
4――分析とその結果
はじめに、SDGs関連債務の細部の相違は無視した俯瞰的な分析に基づく結果を用いて、以下二つの仮説を確認する。
<仮説1-1>
SDGs関連債務による資金調達の公表後の株価の反応は、通常の債務による資金調達の公表後とは異なる。
<仮説1-2>
SDGs関連債務による資金調達には、「ESG経営の高度化に伴い中長期的な企業価値向上につながる」、「SDGs推進に積極的な企業として社会的な支持を獲得できる」などのメリットがあるので、通常の債務による資金調達よりもポジティブな反応を示す。
先行研究によると、通常の債券の場合はネガティブに反応する一方、融資の場合はポジティブに反応すると考えられる。このため、債券のSDGs関連債務に対する反応がネガティブでかつ融資のSDGs関連債務に対する反応がポジティブの場合、仮説1-1は棄却され、仮説1-2を検討する必要はない。
次に、債券のSDGs関連債務に対する反応がネガティブ、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がニュートラルの場合、債券のSDGs関連債務に対する反応がニュートラル、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がポジティブの場合、もしくは債券のSDGs関連債務に対する反応と融資のSDGs関連債務に対する反応が共にニュートラルの場合、仮説1-1の判定は不能とする。本当は仮説1-1を棄却すべきなのに、サンプルが少ないので統計的有意な結果が出ていないだけの可能性があるからである。
それ以外の場合、債券か融資のいずれか一方もしくは、両方が通常とは異なる反応を示しているため仮説1を支持する。仮説1-1を支持する結果のうち、債券のSDGs関連債務に対する反応がポジティブ、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がネガティブでない場合、仮説1-2も支持する。逆に、債券のSDGs関連債務に対する反応がポジティブではなく、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がネガティブな場合、仮説1-2は棄却する。最後に、債券のSDGs関連債務に対する反応がポジティブ、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がネガティブな場合、債券と融資で反応が異なるので仮説1-2は判定不能とする。
前節でSDGs関連債務による資金調達は、通常の債務による資金調達と比べてポジティブに反応することを確認した。当節ではSDGs関連債務による資金調達が通常の債務による資金調達とは異なる反応を示した点に焦点を当て、その原因を考察する。
通常の債務による資金調達とは異なる反応を示すためには少なくとも二つの条件を満たす必要がある。一つ目の条件は、SDGs関連債務による資金調達には通常の債務とは異なる情報が含まれていること、二つ目の条件が、異なる情報が新しい情報で、まだ株価に織り込まれていないことである。普通に考えると、通常の債務とは異なる情報は経営陣の思惑、つまりSDGs推進に積極的であるという情報である。しかし、多くの上場企業はサステナビリティレポートや統合報告書などを通じて、ESG経営に関する幅広い情報を既に開示しているので、SDGs推進に積極的であるという情報が新しい情報であるという二つ目の条件を満たしていることはまずないであろう。
但し、前述の通りSDGs関連債務による資金調達が通常の債務による資金調達とは異なる反応を示しているので、図表7の結果を説明する二つの可能性(仮説)を検討する。
<仮説2-1>
通常の債務とは異なる情報はSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報ではない。
<仮説2-2>
SDGs推進に積極的な企業はサステナビリティレポートや統合報告書などを通じて、ESG経営に関する幅広い情報の開示に努めているが、十分に周知されていない。
通常の債務とは異なる情報がSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報でないならば、具体的な使途やプロジェクト、もしくはKPIとSPTsの水準など(以下、具体的取組)が考えられる。具体的取組は個々のSDGs関連債務によって異なりうるので、投資家の評価も異なるだろうが、具体的取組の良し悪しが、企業にとって最初のSDGs関連債務であるか否かによって株価の反応が異なるとは考えにくい。つまり、SDGs関連債務による資金調達実績の有無によらず株価は同じ反応(ポジティブな反応)を示すと考えられる。
一方、通常の債務とは異なる情報はSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報であっても、サステナビリティレポートや統合報告書などによる情報開示だけではその単純な情報が十分に周知されていなければ、通常の債務による資金調達とは異なる反応を示すと考えられる。但し、SDGs関連債務による資金調達実績の有無によって株価の反応は異なり、初回のみポジティブな反応を示し、2回目以降は通常の債務による資金調達と同様に反応すると考えられる。SDGs関連債務による資金調達を行うたびに、周知が進む可能性はあるがそのインパクトは徐々に低減するはずだからである。
そこで、SDGs関連債務による資金調達実績の有無(企業にとって1回目か2回目以降か)別に株価の反応を確認した。結果は図表8の通りで、1回目と2回目以降では異なる反応を示すことがわかった。債券と融資を合わせた分析では、1回目はポジティブな反応が確認できたが、2回目以降は統計的に有意な反応は確認できなかった(ニュートラル)。債券に限った分析では、1回目はポジティブな反応が確認できたのに、2回目以降は微々たるものであるがネガティブな反応が確認できた。融資に限った分析では、1回目は統計的に有意な反応は確認できなかったが(ニュートラル)、2回目以降は微々たるものであるがポジティブな反応が確認できた。2回目以降の債券の微々たるものであるがネガティブな反応と融資のポジティブな反応は、それぞれ [顔菊馨, 2019]と [金子隆・渡邊智彦, 2005]の分析結果と整合的であり、通常の債務による資金調達公表後の反応と同じである。これより、仮説2-1は棄却し仮説2-2を支持する結果が得られた。
図表10に示す結果から、公表時期による差はSDGs関連債務による資金調達実績の有無によって株価の反応が異なる要因の一つと考えられる。一方、債券に着目すると、2021年以降であっても1回目に限ればポジティブな反応が確認できるので、公表時期だけで2回目以降のネガティブな反応を説明することはできない。
以上より、仮説2-1を棄却し、通常の債務とは異なる情報はSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報だけであると言い切ることは不適切だが、SDGs関連債務による資金調達を通じて、SDGsに積極的な企業であることに対する周知が進む効果も否定できない(仮説2-2も棄却すべきではない)。
03-3512-1851
- 【職歴】
1999年 日本生命保険相互会社入社
2006年 ニッセイ基礎研究所へ
2017年4月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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