2022年11月22日

SDGs関連債務の情報伝達力-SDGsに対する取組を周知できるのか?

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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3分析対象データ(特徴)
はじめに、194のサンプルの内訳を確認する。債券と融資の別では、債券が123、融資が71で債券の方がやや多い。初期のSDGs関連債務による資金調達が債券であったこと(後述)が主な理由と考えられるが、債券に比べて、融資の情報収集は難しく、網羅しきれていないことによる影響も考えられる。

また、SDGs関連債務による資金調達を複数回行う企業も多い。全サンプルの内116は当該企業において最初のSDGs関連債務による資金調達であるのに対し、残りの78が2回目以降のSDGs関連債務による資金調達である。

公表時期別にみた結果は、図表4の通りで、年々SDGs関連債務による資金調達が増えていること、特に近年、増加スピードが加速していることがわかる。
【図表4】 公表時期別サンプル数の内訳
次に、SDGs関連債務による資金調達を行う企業の財務指標の特徴を確認する。債務による資金調達の影響を評価する場合、伝統的なトレードオフ理論の影響も考慮した方がよい。伝統的なトレードオフ理論を考慮するには、公表前の負債の割合が企業固有の水準を超えているか否かが要であるが、企業固有の水準を把握することは困難である。企業固有の水準は事業リスクと密接に関係すると考えられる為、同業種平均に比べることで企業の財務指標の特徴を確認する。具体的にはTOPIX採用全銘柄を対象に、年度別、東証33業種別に求めた財務指標の平均値及び標準偏差を用いて、各企業の財務指標を標準化した値を確認する(図表5)。
 
標準化した値 = ( 各企業の財務指標 - 平均値 ) ÷ 標準偏差
図表5】 SDGs関連債務による資金調達を行う企業の財務指標(標準化)の特徴
各財務指標は標準化しているので、0が基準(同年度、同業種の平均値)である。負債比率は0.60と0.67で明らかに平均より高く、債券と融資との比較では融資の方がわずかに高い。資産総額は0.97と0.78、極端に規模の大きい企業の影響を緩和するために対数変換した資産総額に至っては1.31と1.01で明らかに平均より大きく、債券と融資との比較では債券の方が大きい。これに対し、ROA、価格変動率、トービンのQは▲0.3程度で、平均より低いことがわかる。債券と融資との比較では、ROAは債券の方が高く、価格変動率とトービンのQは融資の方が高いが、いずれも差は微々たるものである。株価収益率は0.06と僅かに平均を上回るが、統計的に有意な結果ではないのに対し、融資の株価収益率は▲0.18で、平均より低いことがわかるなお、負債比率が相対的に高く、資産総額が相対的に大きい点、そしてROAとトービンのQが相対的に低い点は [顔菊馨, 2019]が分析に用いたサンプルの特徴と一致する1
 
1 [顔菊馨, 2019]は、増資や転換社債を選択した企業群との比較で財務指標の特徴を評価しているのに対して、本稿では、TOPIXに採用されている同業種平均との比較である点に注意が必要である。

4――分析とその結果

4――分析とその結果

本稿の目的は、SDGs関連債務による資金調達の公表後の株価の反応が、通常の債務による資金調達の公表後とは異なるか否かを確認することである。しかし、2章で示した通り、債務であっても債券か融資かで異なる結果を示しうるだけでなく、時期によって投資家の考え方すら変わりうる。一方、分析サンプルが194と限られるので、詳細に分類することも困難である。このため、初めにSDGs関連債務の細部の相違は無視した俯瞰的分析を行う。その後、可能な範囲で分類別の分析を行い、SDGs関連債務による資金調達の公表後の株価の反応に対する理解を深める。
1俯瞰的分析
はじめに、SDGs関連債務の細部の相違は無視した俯瞰的な分析に基づく結果を用いて、以下二つの仮説を確認する。
 
<仮説1-1>
SDGs関連債務による資金調達の公表後の株価の反応は、通常の債務による資金調達の公表後とは異なる。
 
<仮説1-2>
SDGs関連債務による資金調達には、「ESG経営の高度化に伴い中長期的な企業価値向上につながる」、「SDGs推進に積極的な企業として社会的な支持を獲得できる」などのメリットがあるので、通常の債務による資金調達よりもポジティブな反応を示す。
 
先行研究によると、通常の債券の場合はネガティブに反応する一方、融資の場合はポジティブに反応すると考えられる。このため、債券のSDGs関連債務に対する反応がネガティブでかつ融資のSDGs関連債務に対する反応がポジティブの場合、仮説1-1は棄却され、仮説1-2を検討する必要はない。

次に、債券のSDGs関連債務に対する反応がネガティブ、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がニュートラルの場合、債券のSDGs関連債務に対する反応がニュートラル、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がポジティブの場合、もしくは債券のSDGs関連債務に対する反応と融資のSDGs関連債務に対する反応が共にニュートラルの場合、仮説1-1の判定は不能とする。本当は仮説1-1を棄却すべきなのに、サンプルが少ないので統計的有意な結果が出ていないだけの可能性があるからである。

それ以外の場合、債券か融資のいずれか一方もしくは、両方が通常とは異なる反応を示しているため仮説1を支持する。仮説1-1を支持する結果のうち、債券のSDGs関連債務に対する反応がポジティブ、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がネガティブでない場合、仮説1-2も支持する。逆に、債券のSDGs関連債務に対する反応がポジティブではなく、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がネガティブな場合、仮説1-2は棄却する。最後に、債券のSDGs関連債務に対する反応がポジティブ、かつ融資のSDGs関連債務に対する反応がネガティブな場合、債券と融資で反応が異なるので仮説1-2は判定不能とする。
【図表6】 SDGs関連債務による資金調達に対する反応と仮説との関係
結果は図表7の通りである。サンプル数が少ないこともあり、 [顔菊馨, 2019]の結果より統計的に有意な傾向が確認されるまでに時間を要するが、債券も融資のいずれもSDGs関連債務による資金調達後に株価はポジティブに反応する傾向がある。この結果は、仮説1と仮説2を共に支持する。なお、伝統的なトレードオフ理論に基づいて考えると、債券もポジティブな反応が確認された理由は、投資家がSDGs推進に積極的な企業をポジティブに評価したからではなく、単に支払利子の節税効果の可能性も考えられるが、図表5の通り、サンプルは負債比率が業種平均より高い企業が多いのでその可能性は低い。
【図表7】 SDGs関連債務による資金調達後の株価の反応
2SDGs関連債務による資金調達実績の有無と株価の反応
前節でSDGs関連債務による資金調達は、通常の債務による資金調達と比べてポジティブに反応することを確認した。当節ではSDGs関連債務による資金調達が通常の債務による資金調達とは異なる反応を示した点に焦点を当て、その原因を考察する。

通常の債務による資金調達とは異なる反応を示すためには少なくとも二つの条件を満たす必要がある。一つ目の条件は、SDGs関連債務による資金調達には通常の債務とは異なる情報が含まれていること、二つ目の条件が、異なる情報が新しい情報で、まだ株価に織り込まれていないことである。普通に考えると、通常の債務とは異なる情報は経営陣の思惑、つまりSDGs推進に積極的であるという情報である。しかし、多くの上場企業はサステナビリティレポートや統合報告書などを通じて、ESG経営に関する幅広い情報を既に開示しているので、SDGs推進に積極的であるという情報が新しい情報であるという二つ目の条件を満たしていることはまずないであろう。

但し、前述の通りSDGs関連債務による資金調達が通常の債務による資金調達とは異なる反応を示しているので、図表7の結果を説明する二つの可能性(仮説)を検討する。
 
<仮説2-1>
通常の債務とは異なる情報はSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報ではない。
 
<仮説2-2>
SDGs推進に積極的な企業はサステナビリティレポートや統合報告書などを通じて、ESG経営に関する幅広い情報の開示に努めているが、十分に周知されていない。
 
通常の債務とは異なる情報がSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報でないならば、具体的な使途やプロジェクト、もしくはKPIとSPTsの水準など(以下、具体的取組)が考えられる。具体的取組は個々のSDGs関連債務によって異なりうるので、投資家の評価も異なるだろうが、具体的取組の良し悪しが、企業にとって最初のSDGs関連債務であるか否かによって株価の反応が異なるとは考えにくい。つまり、SDGs関連債務による資金調達実績の有無によらず株価は同じ反応(ポジティブな反応)を示すと考えられる。

一方、通常の債務とは異なる情報はSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報であっても、サステナビリティレポートや統合報告書などによる情報開示だけではその単純な情報が十分に周知されていなければ、通常の債務による資金調達とは異なる反応を示すと考えられる。但し、SDGs関連債務による資金調達実績の有無によって株価の反応は異なり、初回のみポジティブな反応を示し、2回目以降は通常の債務による資金調達と同様に反応すると考えられる。SDGs関連債務による資金調達を行うたびに、周知が進む可能性はあるがそのインパクトは徐々に低減するはずだからである。

そこで、SDGs関連債務による資金調達実績の有無(企業にとって1回目か2回目以降か)別に株価の反応を確認した。結果は図表8の通りで、1回目と2回目以降では異なる反応を示すことがわかった。債券と融資を合わせた分析では、1回目はポジティブな反応が確認できたが、2回目以降は統計的に有意な反応は確認できなかった(ニュートラル)。債券に限った分析では、1回目はポジティブな反応が確認できたのに、2回目以降は微々たるものであるがネガティブな反応が確認できた。融資に限った分析では、1回目は統計的に有意な反応は確認できなかったが(ニュートラル)、2回目以降は微々たるものであるがポジティブな反応が確認できた。2回目以降の債券の微々たるものであるがネガティブな反応と融資のポジティブな反応は、それぞれ [顔菊馨, 2019] [金子隆・渡邊智彦, 2005]の分析結果と整合的であり、通常の債務による資金調達公表後の反応と同じである。これより、仮説2-1は棄却し仮説2-2を支持する結果が得られた。
【図表8】 SDGs関連債務による資金調達実績の有無と株価の反応
一方で、SDGs関連債務による資金調達実績の有無によって株価の反応が異なる原因が、実は公表時期による差にすぎない可能性も考えられる。当たり前だが、2回目以降が1回目に先行することはないので、1回目のサンプルと2回目以降のサンプルでは公表時期が相違するからである。1回目のサンプルと2回目以降のサンプル別の公表時期の差を確認すると、公表時期の差は債券では大きいのに、融資ではさほど大きくないことがわかる(図表9)。これは、融資は2021年以降公表が8割程度に及び、1回目に限定しても2020年以前公表は約25%にとどまるからである。そして、株価の反応は、経営陣の意思決定から投資家が何を読み取り、それをどのように評価するかに依存する。このため、時期によって株価の反応が異なる可能性はあり、特にSDGs関連債務のように歴史の浅い資金調達手法の場合、初期にだけ異なる反応を示す可能性は十分ある。
【図表9】 1回目のSDGs関連債務と2回目以降のSDGs関連債務との公表時期の相違
そこで、企業にとって最初のSDGs関連債務に限定して発行時期別に株価の反応を確認し、その結果を図表10に示す。債券と融資を合わせた分析では、2020年以前はポジティブな反応が確認できたが、2021年以降は統計的に有意な反応は確認できなかった(ニュートラル)。債券に限った分析では、いずれもポジティブな反応が確認できたが、2020年以前に比べると2021年以降の反応が弱いように見える。なお、企業にとって最初のSDGs関連債務が融資であるサンプルは31しかなく、更に時期で分割すると十分なサンプル数が確保できない為、融資に限った分析は実施していない。

図表10に示す結果から、公表時期による差はSDGs関連債務による資金調達実績の有無によって株価の反応が異なる要因の一つと考えられる。一方、債券に着目すると、2021年以降であっても1回目に限ればポジティブな反応が確認できるので、公表時期だけで2回目以降のネガティブな反応を説明することはできない。

以上より、仮説2-1を棄却し、通常の債務とは異なる情報はSDGs推進に積極的であるか否かといった単純な情報だけであると言い切ることは不適切だが、SDGs関連債務による資金調達を通じて、SDGsに積極的な企業であることに対する周知が進む効果も否定できない(仮説2-2も棄却すべきではない)。
【図表10】 SDGs関連債務による資金調達時期による株価の反応の確認
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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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