2022年09月20日

タイの生命保険市場(2021年版)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―市場概況

2021年のタイ生命保険市場の正味収入保険料は前年比1.9%増の5,959億バーツ(約2.2兆円)となり、3年ぶりのプラス成長となった(図表1)。収入保険料の内訳を見ると、初年度収入保険料が1,647億バーツ(同7.9%増)と3年ぶりに増加した一方、次年度以降収入保険料が4,313億バーツ(同0.2%減)と減少した。

保有契約件数は前年比8.6%減の2,619万件、保有契約高は前年比6.2%減の20.8兆バーツ(約79.1兆円)となった(図表2)。結果として、1件当たりの保有契約高は79.4万バーツと、前年から2.1万バーツ増加した。

タイ経済は中長期的な成長ペースが低下基調にあるなか、2020年から新型コロナウイルスの感染拡大の影響により停滞している。2021年は新型コロナウイルスの変異株の感染が拡大したが、ワクチン接種が普及するにつれて重症化リスクが下がり、世界各国で社会経済活動の正常化が進むようになった。しかし、タイは先進国と比べてワクチンの普及が遅れたため、年央にデルタ株の感染拡大が生じると、政府が首都バンコクなど最大29都県で都市封鎖を実施したため、経済活動が一時停滞した。結果として2021年の名目GDP成長率は前年比3.5%増(2020年:同7.4%減)と、緩やかなプラス成長となったのに対し、個人消費は前年比1.5%増(2020年:同1.5%減)と小幅の増加に止まった。

2021年の生命保険販売の伸び悩みは、前年に続いてコロナ禍で対面営業が制限されたことや観光業や小売業の業績悪化に伴う雇用所得環境の悪化、家計債務の増加による消費者の購買力低下、そして低金利化による貯蓄型保険の販売が鈍かったことなどが挙げられる。
(図表1)正味収入保険料の推移/(図表2)保険契約高と保有契約件数
(国際比較)
スイス再保険会社1によると、2021年のタイの生命保険料(名目ベース)は前年比0.3%増の158億ドルとなり、世界全体の伸び率(同9.9%増)を大きく下回った。上述のバーツ建て保険料の伸び率(同1.9%)と比べてドル建ての保険料の伸び率が低いのは、2021年はタイ経済の回復の遅れと米国の金融引き締めの開始によりタイ・バーツが減価傾向を辿ったためである。

2021年のタイの保険密度(国民1人当たり生命保険料)は246ドル、生命保険浸透度(対GDP比生命保険料)は3.4%であり、日本や、韓国・台湾・香港・シンガポールといったNIEs(新興工業経済地域)4カ国と比べると依然として低水準に止まっている(図表3、図表4)。このことはタイ生命保険市場が将来の成長余地が十分にあることを示しており、それぞれの指標は今後も緩やかに上昇していく可能性がある。
(図表3)アジア各国の保険密度1人当たり生命保険料(2021年)/(図表4)アジア各国の生命保険浸透度対GDP比生命保険料(2021年)
 
1 スイス再保険会社Swiss Re,Sigma No3/2021

2―保険種類別の販売動向

2―保険種類別の販売動向

保険種類別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、普通保険が前年比7.8%減の814億バーツ、団体保険が同2.1%減の495億バーツ、個人傷害保険が同5.9%減の46億バーツ、年金保険が同23.0%減の22億バーツとなり、それぞれ減少した(図表5)。一方でユニット・リンク保険が同182.7%増の320億バーツ、(簡易保険やユニバーサル保険などの)その他の保険が同60.8%増の23億バーツと増加した。21年はユニット・リンク保険やユニバーサル保険などの投資型の保険販売が好調だった。

収入保険料を見ると、最大の普通保険が前年比0.3%減の4,659億バーツ、個人傷害保険が同5.9%減の46億バーツ、その他の保険が同4.9%減の102億バーツと減少した一方、団体保険が同2.0%増の725億バーツ、ユニット・リンク保険が同76.7%増の506億バーツと増加した。その結果、収入保険料シェアは普通保険が75.3%と、依然として大半を占めているものの、前年から▲3.1%ポイント低下した(図表6)。なお、タイでは主契約に医療特約を付加できるようになっている。2021年は医療特約の保険料が前年比10.2%増の801億バーツと、大きく増加した。

保険種類別の基調としてはユニット・リンク保険や年金保険、医療特約を付加した保険の販売が増える傾向にあり、保険商品の多様化は進んできている。
(図表5)保険種類別の新契約保険料/(図表6)保険種類別の収入保険料シェア

3―商品別の販売動向

3―商品別の販売動向

商品別に普通保険の新契約保険料(元受ベース)を見ると、タイで人気の養老保険は前年比12.6%減の507億バーツとなり、前年に続いて大きく減少した(図表7)。また終身保険は同2.0%減の251億バーツ、定期保険は同0.3%減の37億バーツとなり、それぞれ小幅に減少した。

収入保険料を見ると、最大の養老保険が前年比1.8%減の3,060億バーツと減少した一方、終身保険が同2.9%増の1,483億バーツと増加した。収入保険料シェアは養老保険が65.7%(前年から1.0%ポイント減)と依然として大半を占めているものの、終身保険のシェアが徐々に拡大してきている(図表8)。従って、低金利環境や所得向上などを通じて消費者ニーズは「貯蓄」をメインとした養老保険から「保障」をメインとした終身保険に移りつつあると言えるだろう。
(図表7)普通保険の商品別の新契約保険料/(図表8)普通保険の商品別の収入保険料シェア

4―販売チャネル別の販売動向

4―販売チャネル別の販売動向

販売チャネル別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、伝統的な主力チャネルであるエージェントが前年比9.0%増の561億バーツ、また近年好調の銀行窓販が同10.6%増の957億バーツと、それぞれ増加に転じた(図表9)。このほか、ブローカー(同5.3%減、133億バーツ)とメール・電話(同10.7%減、36億バーツ)が前年に続いて減少する一方、その他(同1.2%増、32億バーツ)が小幅に増加した。その他のチャネルのなかでは、職域(21億バーツ)、次いでインターネット販売(7億ドル)、来店型(2億ドル)の順に規模が大きい。

収入保険料を見ると、最大のエージェントが同2.4%増の3,240億バーツと底堅い成長が続き、銀行窓販が前年比6.5%増の2,452億バーツと3年ぶりの増加に転じた。またメール・電話が同1.5%増の145億バーツと増加した一方、ブローカーが同3.9%減の238億バーツと減少した。結果として、収入保険料シェアはエージェントが52.4%と最も大きかったが、前年から0.7%ポイント低下した。他方、銀行窓販は39.6%となり、前年から1.0%ポイント上昇した(図表10)。銀行窓販は2002年の解禁以降、銀行が有する堅固な顧客ネットワークを活用し、シンプルでわかりやすい商品内容が人気を集めて、近年マーケットシェアが拡大している。直近2年間は低金利が進み、主力の一時払い保険の販売が伸び悩み銀行販売のシェアが低下していたが、21年は3年ぶりにシェアが上昇した。
(図表9)販売チャネル別の新契約保険料/(図表10)販売チャネル別の収入保険料シェア

5―会社別の販売動向

5―会社別の販売動向

会社別に新契約保険料(上位10社、元受ベース)を見ると、最大手のAIA は新型コロナ対策の活動制限の緩和により保険販売が好調で390億バーツ(前年比33.8%増)となり、競合他社を大きく引き離した(図表11)。FWD(2019年にSCB Lifeを買収2)は239億バーツとなり、2位を確保したものの、前年から大きく減少(同17.9%減)した。3位のMuang Thai Lifeは237億バーツと増加(同9.9%増)、AIAと同じくエージェント販売が主力のThai Lifeは179億バーツ(同12.7%減)と大きく減少したものの、4位を確保した。そして5位がKrungthai AXA Life(126億バーツ、同7.1%増)、6位がPrudential Life(106億バーツ、同19.5%増)となり、ここまでは順位が前年と変わらなかった。7位のSoutheast Life(81億バーツ、同56.9%増)と8位のGenerali Life(67億バーツ、同56.9%増)は販売が好調でそれぞれ順位を2つ上げた。一方、9位のAllianz Ayudhya (65億バーツ、同0.8%増)と10位のBangkok Life(63億バーツ、同3.7%減)は伸び悩み、順位を下げることとなった。

収入保険料シェア(上位7社3)を見ると、新契約保険料が伸びた最大手のAIAは25.6%(対前年1.3%ポイント増)と4年連続でシェアが拡大した(図表12)。同じくエージェントの販売が主力のThai Lifeは14.7%(対前年0.5%ポイント減)は4年ぶりにシェアを下げることとなった。他方、銀行窓販が主力のFWDは13.2%(対前年0.2%ポイント減)、Muang Thai Lifeは11.9%(対前年0.7%ポイント減)、Krungthai AXA Lifeは8.1%(対前年1.0%ポイント減)となり、それぞれシェアを落とした。このほか、Bangkok Life(5.8%)とAllianz Ayudhya(5.2%)は前年から横ばいだった。
(図表11)会社別の新契約保険料/(図表12)会社別の収入保険料シェア
 
2 FWDの数値はSCB Lifeとの合算値を記載。
3 新契約保険料の上位10社と、(既契約を含む全契約から得られる)収入保険料の上位7社の構成は異なる。

6―資産運用状況

6―資産運用状況

2021年は世界的な金融緩和により国際金融市場の流動性供給が拡大すると共に、ワクチン接種の加速に伴う世界経済の再開により企業業績が改善してリスク資産に資金が向かった。タイの実態経済はデルタ株の感染拡大に苦しんだが、世界的な株高と金融緩和、ワクチン効果でタイ経済も正常化に向かうという期待が高まり、タイの代表的な株価指数であるSET指数は通年で前年比+14.4%と上昇した(図表13)。

また債券市場では、長期国債の金利が上昇した。タイ銀行(中央銀行)はコロナ禍で緩和的な金融政策を維持して政策金利を過去最低の0.5%で据え置いたが、主力産業の観光業の落ち込みによって経常収支が赤字化したほか、米国が11月に量的緩和政策のテーパリングを開始するなど金融引き締めに舵を切ると、タイからの資金流出圧力が強まり、タイ10年国債金利は通年で1.3%から1.9%まで上昇した。

タイ生命保険会社の運用資産構成割合を見ると、2021年は公共債が58.8%、民間債が23.8%、株式等が11.2%、貸付が4.5%となった(図表14)。2021年は新型コロナワクチンが普及するに従って経済活動の再開が進む中でリスクオンが強まったため、公共債のシェアが縮小する一方、民間債券と株式のウェイトが拡大した。

運用費用を差引いたネットの運用収益は、国債や社債の安定した利息収入を中心に1,216億バーツと、前年から12億バーツ減少(前年比1.1%減)した。
(図表13)タイ株価と10年国債金利の推移/(図表14)資産構成比の推移

7―収支動向

7―収支動向

2021年の生命保険業の収支動向を見ると、資産運用収益と保険料等収入が振るわず経常収益が前年比0.9%減の6,813億バーツと減少した(図表15)。一方、経常費用は保険金等支払と契約者配当が大きく増加した一方、責任準備金等繰入と手数料・コミッションが減少したため、前年比0.4%減の6,377億バーツと小幅に減少した。結果として、経常利益は前年比8.0%減の435億バーツとなり、2年ぶりに減少した。
(図表15)生命保険業の収支動向

8―おわりに

8―おわりに

2021年はコロナ禍からの社会経済活動の再開が遅れてタイ経済が伸び悩むと共に、低金利環境が続いたため、販売額の大きい養老保険と終身保険の新契約保険料が2年連続で減少した。しかし、新型コロナの流行による健康意識の高まりや株高の影響を受けて、医療特約の付いた保険や投資の運用成績に応じて受取額が増減するユニット・リンク保険の販売が伸長したため、タイ生保市場全体としては小幅に増加する結果となった。

2022年は年初からオミクロン株の流行による感染拡大が生じたが、ワクチン接種の進展により経済活動への影響は限定的だった。現在は感染改善により入国規制の緩和が進んだため、タイの主要産業である観光関連産業が回復し、景気は緩やかな拡大傾向にある。しかし、今年のタイ生保市場は1~7月累計の収入保険料が前年同期比1.6%減と小幅に減少している。タイ国内ではインフレが加速しており、家計の購買力低下が保険販売に影響を及ぼしているとみられる。今後も景気の持ち直しが続くなかで保険販売は再び上向くだろうが、世界的な景気後退懸念から株高が進んでいないため、投資型の保険商品は昨年ほど販売が伸びるとは見込みにくい。タイ生保市場が2年連続のプラス成長を確保できるかは不透明な状況だ。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2022年09月20日「保険・年金フォーカス」)

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【タイの生命保険市場(2021年版)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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