2022年09月16日

東南アジア経済の見通し~当面は観光関連産業が持ち直し、景気の回復傾向が続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシアは2020年に新型コロナウイルスの感染が広がると経済が停滞して実質GDP成長率が前年比▲5.6%に落ち込んだ。また21年にもデルタ株の出現に伴う感染再拡大が生じて、政府が6月に全国規模の都市封鎖を実施したため再び経済が停滞したが、ベース効果により成長率は前年比+3.1%に上昇した。その後は現在まで経済の回復が続いており、22年4-6月期の成長率は前年同期比+8.9%と、1-3月期の同+5.0%から上昇した(図表7)。

4-6月期の高成長は、前年同期の実質GDPがデルタ株の感染拡大を受けて落ち込んだことによるベース効果の影響が大きいが、オミクロン株の感染状況の改善により経済活動の再開が進んだため内需は堅調だった。マレーシア政府は4月にワクチン接種完了を条件に隔離なしの入国を再開、飲食店・小売店の営業時間規制や人員制限を廃止、5月には屋外でのマスク着用義務を撤廃するなど規制緩和を続けた結果、小売・娯楽関連施設への移動量は4-6月平均がコロナ前比+3.1%(1-3月平均:同▲10.3%)と改善した。こうして経済活動が活発化する中で雇用環境が改善、インフレ圧力が安定していたことも民間消費(同+15.3%)の追い風となった。また世界的に一次産品や半導体の需要が高まるなかで石油・ガスやパーム油、電気・電子製品の出荷が増したほか、入国規制の緩和により外国人観光客が増加し、財・サービス輸出(同+10.4%)も堅調に拡大した。

先行きのマレーシア経済は、7-9月期もベース効果の影響により高成長となり、その後は成長ペースが鈍化するが、景気の回復傾向は続くと予想する。今後も感染拡大と活動制限措置によって経済活動が抑制される可能性はあるが、ワクチン接種などの感染対策の進展により都市封鎖は回避されると想定している。政府は9月に屋内のマスク着用義務を撤廃するなど更なるコロナ規制の緩和を進めている。今後は対面型サービス業を中心に経済活動の正常化が続くものとみられ、雇用情勢や企業・消費者マインドが改善するほか、交易条件の改善により内需の拡大が続くだろう。外需は世界経済の減速や資源需要の減退により財貨輸出の増勢鈍化が予想されるが、外国人旅行者の受け入れ拡大が進むためサービス輸出の拡大が下支えとなるだろう。

金融政策は、マレーシア中銀が今年5月に金融引き締めに舵を切り、これまでに政策金利は1.75%から2.5%に引き上げられている(図表8)。7月の消費者物価上昇率は前年同月比+4.4%と、政府の補助金により燃料価格が抑制されているが、上昇傾向にある。先行きは国内経済の回復と食品価格の値上がりを受けて更なるインフレ加速が見込まれる。マレーシア中銀は通貨リンギと物価の安定に向けて緩やかな金融引き締めを継続、年内に2回の追加利上げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は22年が+6.9%(21年:+3.1%)と上昇、23年が+4.4%に鈍化すると予想する。
(図表7)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイは2020年に新型コロナウイルスの感染が広がると経済が停滞して実質GDP成長率が前年比▲6.2%と減少した。また昨年後半にもデルタ株の感染拡大が生じて、政府が活動制限措置を厳格化したため再び実質GDPが落ち込んだが、その後は活動制限の緩和により経済が回復傾向にある。そして22年4-6月期の成長率は前年同期比+2.5%となり、1-3月期の同+2.3%から小幅に上昇、3四半期連続のプラス成長となった。(図表9)。

4-6月期は、1-3月期に広がったオミクロン株の感染状況が落ち着いて経済活動の再開が進んだため景気回復が続いた。感染者数は4月中旬まで1日2万人台で推移した後、感染状況が改善に転じると、タイ政府は5月に新型コロナに対する警戒レベルを「レベル4」から「レベル3」(レベル5が最高)に引き下げた。また6月にはパブやバーなどの娯楽施設の営業を再開したほか、月末にかけて公共の場でのマスクの着用義務を解除した上、全国の新型コロナの警戒レベルを最も低い水準に引き下げ、飲食店や娯楽施設などの通常営業を可能するなど制限解除が進められた。足元の高インフレは消費の重石となったが、民間消費は前年同期比+6.9%(1-3月期:同+3.5%)と上昇して経済の牽引役となった。またタイ政府が5月に隔離なしの入国制度テスト・アンド・ゴーと入国時検査の廃止など規制を緩和したため外国人旅行者数は大きく増加したものの、財貨輸出の鈍化により財・サービス輸出は同+8.5%(1-3月期:同+12.1%)と減速した。

タイ経済の先行きは、昨年デルタ株の感染拡大を受けて経済が停滞した反動により年後半は高めの成長が続いた後、来年は成長ペースが鈍化するが、景気の回復傾向は続くと予想する。今後も感染拡大と活動制限措置によって経済活動が抑制される可能性があるが、ワクチン接種などの感染対策の進展により都市封鎖は回避されると想定している。タイ政府は7月から入国申請システム「タイランド・パス」や医療保険証の提示義務を廃止、また10月から新型コロナウイルスのエンデミック宣言を計画しており、これにより入国規制が完全に解除されると、観光関連産業の回復が加速するだろう。引き続き高インフレが消費の重石となるものの、国内の雇用環境の改善や10月の最低賃金の引き上げが追い風となり民間消費は堅調な伸びを維持するだろう。一方、世界経済の減速により財貨輸出の増勢が鈍化するほか、コロナ関連の政府支援の縮小により公共部門の景気の押し上げは期待できない状況が続くとみられる。

金融政策はコロナ禍で低金利に据え置かれていたが、タイ銀行(中央銀行)が今年8月に0.25%の利上げを実施、金融引き締めに舵を切った(図表10)。8月の消費者物価上昇率は前年同月比+7.9%と上昇し、中銀の物価目標(+1~3%)を大幅に上回っている。当面は食料品の値上がりや賃金上昇などでインフレが続くと予想されるため、タイ中銀は引き続き段階的な利上げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は22年が+3.4%(21年:+1.5%)、23年が+3.7%と上昇すると予想する。
(図表9)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表10)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシアは新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を背景に2020年に経済が停滞して、実質GDP成長率が前年比▲2.07%と落ち込んだが、昨年4-6月期以降は前年同期の落ち込みからの反動増(ベース効果)や経済活動の再開によってプラス成長が続き、21年の成長率が前年比+3.69%と上昇した。そして今年の成長率は1-3月期が前年同期比+5.01%、4-6月期が同+5.51%と、堅調な伸びが続いている(図表11)。

4-6月期は民間消費の持ち直しと外需の拡大を受けて景気が回復した。インドネシアでは今年初にオミクロン株による感染拡大が生じて政府が新型コロナ対策の活動制限(PPKM)についてジャワ・バリ両島のリスク区分を今年2月に一時「レベル3」に引き上げたが、4-6月は感染状況が落ち着いていたため「レベル1~2」まで引き下げた。また断食明け大祭で人の移動が活発化したこともあり、小売・娯楽施設への人流は4-6月平均がコロナ前と比べて+13.2%と、1-3月平均の同+6.4%から改善、4-6月期の民間消費は前年同期比+5.51%(前期:同+4.34%)と上昇した。また資源ブームや外国人観光客の増加により財・サービス輸出(同+18.03%)が好調だった。

先行きのインドネシア経済は、昨年デルタ株の感染拡大が直撃して経済が停滞した反動により7-9月期の成長率が上昇、その後は成長率が低下するが、堅調な伸びが続くと予想する。今後も感染拡大と活動制限措置によって経済活動が抑制される可能性はあるが、ワクチン接種などの感染対策の進展により都市封鎖は回避できると想定している。8月には政府が国内移動する際にワクチンのブースター接種を義務化するなどコロナ規制を強化する向きもあるが、依然として活動制限措置は緩和的である。このため当面は対面型サービス業を中心とした経済活動の正常化により、企業・消費者マインドや雇用情勢の改善、更には交易条件の改善によって内需が拡大して景気の牽引役となるだろう。もっとも今後は物価上昇に伴い家計の購買力が低下すると共に、来年には財政健全化のため新型コロナ対策として実施してきた国家経済復興(PEN)プログラムがなくなるため、民間消費の増勢は次第に鈍化することとなりそうだ。このほか、世界経済の減速や資源需要の減退により同国の輸出の鈍化するため、外需の成長率寄与度は僅かにマイナスに転じるものとみられる。

金融政策はコロナ禍で低金利に据え置かれていたが、インドネシア中銀が今年8月に0.25%の利上げを実施、金融引き締めに舵を切った(図表12)。8月の消費者物価上昇率は前年同月比+4.7%と上昇し、中銀の物価目標(+2~4%)の上限を上回っている。当面は国内経済が堅調に推移する中、食料品の値上がりや補助金対象の燃料価格の引き上げによりインフレ加速が見込まれるため、中銀は物価と通貨の安定に向けて金融引き締めを強めるものと予想する。

実質GDP成長率は22年が+5.2%(21年:+3.7%)、23年が+4.9%と堅調な伸びを維持すると予想する。
(図表11)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表12)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピンは新型コロナウイルスの感染拡大を背景に2020年に経済が停滞して実質GDP成長率が前年比▲9.5%と減少したが、昨年4-6月期以降は前年同期の落ち込みからの反動増(ベース効果)や経済活動の再開によってプラス成長が続き、21年の成長率は前年比+5.7%と上昇した。そして22年4-6月期の成長率は前年同期比+7.4%となり、1-3月期の同+8.2%から低下したものの、高成長を維持した(図表13)。

4-6月期は内需の拡大が経済成長をけん引した。1-3月はオミクロン株の感染拡大が生じて、フィリピン政府が首都圏の外出・移動制限措置の警戒レベルを5段階中3番目に厳しい水準に引き上げるなど短期的に活動制限を強化したが、4-6月は感染状況が落ち着いていたため外出・移動制限措置が緩い水準で維持された。このため小売・娯楽施設への人流は4-6月平均がコロナ前と比べて+10.3%(1-3月平均:同▲3.5%)と改善した。また5月の総選挙・大統領選挙に伴う政党等の選挙関連支出が加速して、民間消費(同+8.6%)と投資(同+13.2%)が好調を維持した。一方、財・サービス輸出(同+4.3%)は中国都市封鎖の影響や世界的な景気減速が重石となり鈍化した。

先行きのフィリピン経済は成長ペースが鈍化するものの、回復傾向が続くと予想する。今後も感染拡大と活動制限措置によって経済活動が抑制される可能性はあるが、ワクチン接種などの感染対策の進展により都市封鎖は回避できると想定している。政府は2月から段階的に入国規制を緩和、9月に屋外のマスク着用義務を解除するなど全面的な規制解除に向けて動き出している。特にコロナ禍の影響を色濃く受けていた対面型サービス業を中心に経済活動の正常化が続き、企業・消費者マインドや雇用情勢の改善を通じて内需の回復傾向が続くだろう。また内需は海外出稼ぎ労働者の本国送金の増加や大型インフラ整備計画の継続が追い風となる一方、足元の高インフレと金融引締め策が重石となるだろう。このほか、世界経済の減速により輸出の増勢が鈍化するため、外需の成長率寄与度はマイナス圏で推移するとみられる。

金融政策は、フィリピン中銀が今年5月に金融引き締めに舵を切り、政策金利は過去最低の2.0%から3.75%まで引き上げられている(図表14)。8月の消費者物価上昇率は前年同月比+6.3%と、中銀の物価目標圏(+2~4%)を5ヵ月連続で上回っている。当面は食料品の値上がりや景気回復を背景とする最低賃金の引上げ等によりインフレ率が高止まりするが、23年は原材料価格上昇の影響が一巡して低下に転じるだろう。中銀は高インフレや通貨ペソの安定化、景気回復の継続などを理由に当面は金融引き締めを継続すると予想する。

実質GDP成長率は22年が+6.7%(21年:+5.7%)と上昇するが、23年が+5.6%に低下すると予想する。
(図表13)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表14)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナムは2020年の世界的な新型コロナの感染拡大に対し、政府の感染対策によりウイルスの抑え込みに成功してプラス成長(前年比+2.9%)を確保したが、21年は4月から国内各地で厳しい規制が導入され、7月以降に感染状況が悪化すると製造業などで操業停止が余儀なくされる事態が続出して経済活動が停滞、通年の成長率が前年比+2.6%に鈍化した。しかし、22年の成長率は1-3月期が前年同期比+5.1%、4-6月期が同+7.7%となり、景気回復が強まってきている(図表15)。

4-6月期は、新型コロナの感染状況の改善と規制緩和による経済の回復が続いた。1-3月期はオミクロン株の感染が拡大したが、3月半ばに感染状況が改善に転じると、ベトナム政府は入国者の強制隔離を廃止、4月上旬には首都ハノイでバーなどの娯楽施設の営業を解禁した。その後も4月下旬に入国時の医療申告義務を廃止、5月中旬に入国者の陰性証明書の提示義務を廃止するなど入国規制の更なる緩和を進めた。こうした規制緩和により宿泊・飲食業や卸売・小売業が急速に回復してサービス業が同+8.6%(前期:同+4.6%)と上昇、製造業も感染改善に伴う人出不足の緩和や輸出の堅調な拡大により同+11.5%(前期:同+7.7%)の二桁成長となった。

先行きのベトナム経済は、昨年の感染拡大に伴う経済停滞の反動により7-9月期が高めの成長を記録した後、成長ペースが鈍化するが、順調な経済成長が続くと予想する。今後も国内外の感染動向と活動制限措置によって経済活動が抑制される可能性があるが、ワクチン接種などの感染対策の進展により厳格な社会隔離措置の再実施は回避されると想定している。当面は観光関連産業を中心に力強い回復が続く中で雇用情勢が改善、最低賃金の引き上げも加わり家計の購買力が増加するため、サービス業は堅調に拡大するだろう。また製造業は世界経済の減速を背景とする財貨輸出の鈍化や中国からの部材調達の遅延などから減速するだろうが、国内経済の回復や中国のゼロコロナ政策や米中貿易摩擦を背景とした生産移転による投資の流入が続いて底堅い成長を維持すると予想する。

金融政策は、ベトナム中銀が2020年4月以降、政策金利を4.0%で据え置いている。8月の消費者物価上昇率は前年同月比+2.9%と、石油価格の値下げにより3ヵ月ぶりに+3%台を下回った(図表16)。今後は石油製品の値下げの影響が製造業の生産コストに波及するとみられるが、賃金や食品価格の上昇、ドン安による輸入インフレを受けて物価の上昇傾向は続くと予想する(ただし政府目標の+4%を下回る)。ベトナムは世界的な金融引き締めを受けてドン安圧力が高まり、輸入物価の上昇がインフレを加速させる恐れがあるため、年内に利上げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は22年が+7.4%(21年:+2.6%)とウィズコロナ政策下の行動制限の緩和により上昇するが、23年が輸出の増勢鈍化により+6.7%に低下すると予想する。
(図表15)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表16)ベトナムCPI上昇率
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2022年09月16日「Weekly エコノミスト・レター」)

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