2022年09月14日

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1. はじめに

東京都心部Aクラスビル1の空室率は、在宅勤務の普及等に伴い、企業によるオフィス戦略の見直しが進むなか上昇基調で推移し、3%台後半に達した。成約賃料は、3万円を下回る水準まで下落した。本稿では、東京都心部Aクラスビル市場の動向を概観し、2026年までの賃料と空室率の予測を行う。
 
1 本稿ではAクラスビルとして三幸エステートの定義を用いる。三幸エステートでは、エリア(都心5区主要オフィス地区とその他オフィス集積地域)から延床面積(1万坪以上)、基準階床面積(300坪以上)、築年数(15年以内)および設備などのガイドラインを満たすビルからAクラスビルを選定している。また、基準階床面積が200坪以上でAクラスビル以外のビルなどからガイドラインに従いBクラスビルを、同100坪以上200坪未満のビルからCクラスビルを設定している。詳細は三幸エステート「オフィスレントデータ2021」を参照のこと。なお、オフィスレント・インデックスは月坪当りの共益費を除く成約賃料。

2. 東京都心Aクラスオフィス市場の現況

2. 東京都心Aクラスオフィス市場の現況

2-1. 空室率および賃料の動向
東京都心部Aクラスビルの空室率は、2020年第4四半期以降、上昇基調で推移している。2022年第2四半期は3.8%(前期比+0.8%)となり、2017年第1四半期以来となる3%台後半に達した。

Aクラスビルの成約賃料(オフィスレント・インデックス2)は、需給バランスの緩和に伴い、下落基調で推移しており、2022年第2四半期は29,073円(前期比▲0.4%、前年同期比▲17.7%)と大幅な下落となった(図表-1)。在宅勤務の普及等に伴い、企業によるオフィス戦略の見直しが進むなか、拠点集約・統合や賃借面積の一部解約が行う企業が増えており、空室面積が増加している。
図表-1 都心部Aクラスビルの空室率と成約賃料
Bクラスビル及びCクラスビルでも、空室率が上昇し成約賃料も弱含みで推移している。2022年第2四半期の空室率はBクラスビルで5.1%(前期比+0.5%)、Cクラスビルで4.8%(前期比+0.3%)となり(図表-2)、成約賃料はBクラスビルで18,731円(前期比▲5.0%、前年同期比▲7.5%)、Cクラスビルで16,776円(前期比▲3.8%、前年同期比▲0.4%)となった(図表-3、図表-4)。

賃料と空室率の関係を表した「賃料サイクル3」をみると、東京オフィス市場は2020年第3四半期以降、「空室率上昇・賃料下落」の局面が継続している(図表-5)。
図表-2 東京都心部の空室率/図表-3 東京都心部の成約賃料
図表-4 東京都心部の成約賃料(前年同期比)/図表-5 東京都心部Aクラスビルの循環図
 
2 三幸エステートとニッセイ基礎研究所が共同で開発した成約賃料に基づくオフィスマーケット指標。
3 賃料サイクルとは、縦軸に賃料、横軸に空室率をプロットした循環図。通常、(1)空室率低下・賃料上昇→(2)空室率上昇・賃料上昇→(3)空室率上昇・賃料下落→(4)空室率低下・賃料下落、と時計周りに動く。
2-2. オフィス市場の需給動向
三幸エステートによると、2022年上期の東京都心Aクラスビルの「賃貸可能面積」は、218.9万坪となり、半年前から+0.1万坪増加した。これに対して、テナントによる「賃貸面積」は、211.0万坪(前期比▲1.1万坪)に減少した。この結果、「空室面積」は7.9 万坪となり+1.2万坪増加した(図表-6、図表-7)。
図表-6 東京都心Aクラスビルの賃貸可能面積・賃貸面積・空室面積
図表-7 東京都心Aクラスビルの賃貸可能面積・賃貸面積・空室面積の増減
2-3. 企業のオフィス戦略見直しを踏まえた、今後のオフィス需要を考える
企業がオフィス戦略の見直しを進めるなか、最適な「オフィス面積」の検討は重要な課題の1つである。在宅勤務が浸透したことで、「座席数(在籍人数 × 出社率4 × 席余裕率5)× 1席あたりオフィス面積」でオフィス面積を捉える考え方が広がっている。

以下では、(1)今後の「在籍人数」を見通すうえで重要となる「オフィスワーカー数の動向」、(2)「出社率」をはじめとする「在宅勤務の状況」、(3)「席余裕率」に影響する「フリーアドレス6の導入状況」、(4)「1席あたりオフィス面積」を定める「オフィス環境整備の方針」について概観し、今後のオフィス需要への影響を考察する。
 
4 オフィスと在宅での勤務割合
5 出社するワーカー1 人に対する席数割合
6 従業員が固定した自分の座席を持たず、業務内容に合わせて就労する席を自由に選択するオフィス形式。
(1) オフィスワーカー数の動向~就業者数は回復、人手不足感は依然として強い
総務省「労働力調査」によれば、東京都の就業者数(対前年同期比)は2020年第1四半期(▲0.2万人)以降一進一退の動きとなっていたが、2021年第3四半期から4期連続でプラスとなり、2022年第2四半期は+33.8万人と大幅に増加した(図表-8)。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「関東地方」の「従業員数判断BSI」(全産業)7は、2020年第1四半期の+20.3から2020年第2四半期の+4.6へ大きく低下した後、緩やかな回復が続いており、2022年第2四半期は+15.1となった(図表-9)。新型コロナウィルス感染拡大によって雇用環境は一時悪化したが、その後は順調な回復を示している。

業種別にみても、「製造業」、「非製造業」ともに回復しており、2022年第2四半期に「製造業」は+9.2、「非製造業」は+17.9となった。オフィスワーカーの割合の高い「非製造業」は、人手不足感がより強いと言える。

このように、東京都の就業者数は、回復の兆しがみえ、オフィスワーカーの割合の高い非製造業では人手不足感がより強いと言える。引き続き、雇用情勢を注視する必要があるが、東京都心部のオフィスワーカー数が減少する懸念は小さいといえよう。
図表-8 東京都の就業者数(対前年同期比)/図表-9 従業員数判断BSI(関東地方)
 
7 従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。
(2) 在宅勤務の状況~「在宅勤務」の普及に伴い、オフィス戦略の見直しが進む
新型コロナウィルス感染拡大への対応で、東京では「在宅勤務」が急速に普及した。都内企業のテレワーク実施率をみると、緊急事態宣言・まん延防止等重点措置の発令期間(2021年1~3月、4~6月、7~9月、2022年1~2月)は60%台、それ以外の期間は50%台で推移しており、2022年6月調査では55%となった(図表-10)。

ザイマックス不動産総合研究所の調査によれば、コロナ禍収束後に想定する出社率について、「100%(完全出社)」との回答は全体で24%となった。業種別をみると、「100%(完全出社)」の回答は「卸売業、小売業」が34%、「建設業」が31%と高くなる一方で、「金融業、保険業」は10%、「情報通信業」は8%に留まった(図表-11)。オフィスワーカー比率の高い「情報通信業」等では、「在宅勤務」との親和性の高い業務も多く、コロナ禍収束後も、「オフィス勤務」と「在宅勤務」を組み合わせたハイブリッドな働き方が定着すると想定される。
図表-10 都内企業のテレワーク実施率/図表-11 コロナ危機収束後の出社率の将来意向
こうしたなか、オフィス戦略の見直しに着手する企業が増えている。「在宅勤務」を取り入れた勤務形態への変更に伴い、オフィス拠点集約・統合や賃貸面積の一部解約、自社オフィスからサードプレイスオフィス利用への変更等を行っている(図表-12)。また、ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査 2021 秋」によれば、「ワークプレイス戦略の見直しの着手状況」に関して、東京23区では、「既に着手している」との回答は約3 割を占め、着手予定を含めると全体で約7割に達する(図表-13)。

このように、「在宅勤務」を取り入れた勤務形態に変更する企業が増えている一方で、対面でのコミュニケーションを必要とする職種では、「在宅勤務」は非効率で生産性が低下するとの指摘もある。CBREの調査によれば、「今後拡張・増設を予定しているスペース」について、「在宅勤務」の普及に対応した「一人で電話やWEB会議を行うためのスペース」(66%)との回答が最も多かったが、「グループでコラボレーションし、新たなアイデアを生み出すためのスペース」、「同僚とカジュアルな会話をするためのスペース」、「同僚と緊密に協力して作業を行うためのスペース」等、従業員間のコミュニケーションを促すスペースが上位に挙がった(図表-14)。「従業員がコミュニケーションを図り共創する場」としてのオフィスの重要性が再認識され、ミーティングスペース等を充実させる企業が増加している。
図表-12 「在宅勤務」の導入に伴うオフィス戦略の見直し(2022年~)
図表-13 ワークプレイス戦略の直しの着手状況/図表-14 今後拡張・増設を予定しているスペース
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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