2022年09月08日

気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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5――日本版の試作-試作にあたっての主な検討ポイント

本章では、北米とオーストラリアで開発されたアクチュアリー気候指数を参考に、日本での指数の試作に向けて検討していこう。指数の試作にあたり、そもそも気象に関するどの項目をみるべきか、という検討ポイントが考えられる。ただ、これについて検討を進めていくと、候補としてさまざまな項目が考えられて、収拾がつかなくなる恐れがある。そこで、今回は、北米やオーストラリアと同様に、高温、低温、降水、乾燥、強風、海面水位の6項目を用いることを前提とする。

今回の指数は、気象庁がホームページで公開している気象データ(「過去の気象データ・ダウンロード」(気象庁HP))と、潮位データ(「歴史的潮位資料+近年の潮位資料」(気象庁HP))を用いる。試作にあたって検討すべき点がいくつかある。以下、それぞれのポイントと設定について述べていく。

1|参照期間をどの期間に設定するか?―1971~2000年に設定
気候指数では、参照期間を設定してその期間の平均からの乖離度をもとに、気候変動の様子を捉えることが行われる。その際、まず検討点となるのが、参照期間である。

参照期間を考える際は、気象観測における「平年」と整合的であること、有用なデータが取得できることなどが要件となる。

まず、平年について。気象観測でよくいわれる平年値は、西暦年の一の位が1の年から、30年後の一の位が0の年までの30年間の平均値をいう。参照期間を平年と揃えて設定すれば、気象観測と気候指数の関係が保ちやすくなり、さまざまな点で都合がよいと考えられる。

つぎに、有用なデータが取得できること。一般に、古いデータほど、対象地域が限られていたり、データの観測方法が現在と異なっていたりするため、データの有用性は乏しくなる。たとえば、風速や潮位のデータについては、1960年代まではデータが一部欠損していたり、観測方法が異なっていたりするため、有用性に難がある。

これらを踏まえて、今回は参照期間を1971~2000年に設定することとした。

2|季節だけではなく月の指数も作るか?―月の指数も作る
オーストラリアでは、季節の指数だけを作成している。北米でも、主にグラフなどで公表しているのは季節の指数だ。そこで、月の指数は作るか、という検討点が生じる。

今回試作する結果は、主として季節の指数での表示を行うこととなる。しかし、月ごとに推移をみるニーズが皆無とは言えない。そこで、今回は、季節だけではなく月の指数も作ることとする。

3|どのように地域区分を設定するか?―今回は区分を設けない
地域区分をどのように設定するかは、気候指数を作成する上で、大きな検討点といえる。北米ではアメリカを7つ、カナダを5つの地域に分けている。また、オーストラリアは、12個の地域に区分している。

ただ、日本の場合、多くの地域がケッペンの気候区分でいう温暖湿潤気候(Cf)に属する19。このため、広い国土を持つ3国と同じように地域区分を設ける必要はない、という考え方がありうる。

一方で、日本は、太平洋側と日本海側、沿岸部と内陸部では、高温、低温、降水などの気象が異なっている。また、日本列島は南北に長いため、たとえば、冬季には北海道で気温が氷点下となるのに対して、沖縄では10℃程度にまでしか下がらない。このような地域ごとの気候の違いをもとに、日本独自の気候区分を設けることも考えられる。

ただ、今回は、初めての気候指数の試作ということもあり、そもそも取得データに限界があるうえに、指数計算システムの稼働能力にも制約がある。そこで、特に、地域区分を設けずに、東京、大阪、名古屋の3地点の指数を試作して、その推移をもとに、指数としての妥当性をみていくこととした。日本での地域区分の設定のあり方については、今後の検討課題とする。
 
19 北海道のほぼ全域と東北地方内陸部、北関東・甲信越・飛騨・北陸地方の高原地帯は、亜寒帯湿潤気候(Df)。沖縄の先島諸島の大部分や大東諸島南部は、熱帯雨林気候(Af)に属する。
4|閾値をどのように設定するか?―90%とする
北米、オーストラリアの先行の指数では、高温、低温、強風 (北米は降水も)の各項目について、参照期間のデータをもとに、閾(しきい)値を設定している。閾値の水準の設定は、どの程度の極端な気象を指数に反映させるか、を決定するものとなる。

具体的な水準として、北米のように90%とする、オーストラリアのように99%とする、またはそれ以外の値とするなど、さまざまな設定が考えられる。ただ、今回はデータが少ないため、99%などの高水準に設定すると、極端な気象の指数反映が厳しくなり、指数の変動が大きくなることが予想される。このため、北米と同様に、90%に閾値を設定することとする。

5|高温と低温の指数はどのように算出するか?―閾値をもとに算出する
高温と低温については、オーストラリアの指数の計算方法が参考になる。ある年の3月6日については、1981年から2010年までの3月6日とその前後5日間の、合計330日分のデータのうち、33番目に高いデータと低いデータが、それぞれ90%閾値、10%閾値となる。これらの閾値をもとに、指数を算出する。なお、前後5日間としている日数を3日間や10日間など、別の日数とすることも考えられる。ただ、少ない日数とすると閾値が変動しやすくなる。多い日数とすると3月6日との関係性が薄れる、といった問題がある。このため、今回の試作では、オーストラリアと同様、5日間とする。

6|降水の指数はどのように算出するか?―閾値を超過した日数から算出する
降水については、北米のようにデータ実数から直接乖離度を算出する方法と、オーストラリアのようにデータが閾値を超過した日数から乖離度を算出する方法が考えられる。データ実数から直接乖離度を算出する方法は豪雨などの極端な気象を反映しやすい。一方、閾値を超過した日数から算出する方法は、梅雨の季節など一定の時期の全体的な降水の状況を捉えやすい。

日本の場合は、北海道を除いて、毎年6月ごろに梅雨の時期がある。この時期の降水の状況を捉えるために、オーストラリアと同様、閾値超過日数から算出することとする。

7|強風の指数には平均風速と最大風速のどちらを用いるか?―平均風速を用いる
風速については、1日の平均値を用いるか、最大値を用いるかといった検討点がある。最大値を用いると、台風の襲来の影響などが反映されやすくなる。ただ、これは裏を返すと、台風の襲来の有無によって、指数が大きく変化することを意味する。

気候変動リスクの物理的リスクには、極端な気象による被害の発生である急性リスクと、気象パターンの変化になるゆっくりとした影響である慢性リスクがあるとされる。今回の気候指数は、長期の視点から気候の変化の様子を見ていくものであることを踏まえて、慢性リスクを反映することを目指す。そのため、風については、平均風速を用いることとする。

なお、北米では、風速の3乗に大気密度 を乗じて2で割り算をして、風力に変換している20。ただ、この変換により、2つの風速の大小関係が変わるわけではない。そこで、今回の試作では、平均風速のデータを風力に変換せずに、そのまま用いることとする。
 
20 風力は、風により単位面積が単位時間に受けるエネルギーを指すとしている。
8|乾燥の指数はどのように算出するか?―連続乾燥日から算出する
乾燥の指数は、北米やオーストラリアの指数と同様に、連続乾燥日から算出する。なお、乾燥日をどのように判定するかが検討ポイントとなる。降水量が0ミリメートルでも、わずかながら降水が見られる場合と、まったく降水が見られない場合があるためだ。

これについては、気象データにおいて観測単位(降水量0.5ミリメートル)未満で、降水の現象の有無の観測をした結果として表示されている「現象なし情報」を用いて判定することとする。

9|海面水位の指数には平均水位と最大水位のどちらを用いるか?―平均水位を用いる
海面水位については、月(季節)の水位の平均値を用いるか、最大値を用いるかという検討点がある。

そもそも海面水位については、他の5項目と異なり、日単位ではなく月単位のデータを用いる。

これは、地球は1日に1回自転するので、多くの場所では1日に2回の満潮と干潮を迎えること。さらに、月が地球の周りを約1か月の周期で公転するために、毎日約50分程度、満潮と干潮の時刻に遅れが生じること。その結果、満潮時と干潮時の潮位やそれらの差も、周期的に変化していることなどを踏まえたものといえる。最大値を用いるには、こうした周期的な変化が影響を及ぼす点に注意する必要がある。

また、最大値を用いると、台風による高潮の発生21のように、台風の襲来の有無によって指数が大きく変化することも考えられる。そこで、強風の場合と同様に、平均値を用いることとする。
 
21 台風により、気圧が下がり海面が吸い上げられる効果と、強風により海水が海岸に吹き寄せられる効果のために、海面が異常に上昇する現象を指す。
10|合成指数はどのように算出するか?―高温、降水、海面水位の3項目の平均とする
最後に、以上で算出された6項目の指数をもとに、どのように合成指数を算出するのかも検討点となる。

6項目の指数のうち、高温と低温はともに気温についての項目であり、相互に関連があるものと考えられる。また、降水と乾燥は、反対の事象を表す項目と言えるため、負の相関があるものとみられる。

さらに、風速についてはオーストラリアと同様、測定方法が変更されており、データの一貫性に難があるという課題も残っている。

このため、今回は、低温、乾燥、風速は合成指数の計算には用いず、高温、降水、海面水位の3項目の平均として合成指数を算出することとした。

以上の諸検討点について、北米、オーストラリアの指数と、今回の試作版の主な相違点をまとめておく。今回の試作版は、ACIとAACIの計算で用いられている方法を部分的に採用して、計算することとなる。
図表7. 各指数の計算方法の主な相違点

6――今回試作した気候指数の推移

6――今回試作した気候指数の推移

前章までの検討内容をもとに、東京、大阪、名古屋の気候指数を試作した。その結果を簡単に見ていこう。

(1) 東京
図表8. 指数推移 (5年平均) [東京]
東京の合成指数は、2000年代以降0.5前後で推移しており、2013年には1に迫る時期もあった。2022年春季(3-5月)には0.65となっている。この20年間で、参照期間からの乖離度が高まっている様子がうかがえる。特に、高温の指数は1前後にまで上昇している。高温の指数が合成指数を上回って推移している状況は、北米やオーストラリアと同じ傾向となっている。
 
22 1971年以降、平均風速データに欠測があった日の数は、東京27日、大阪23日、名古屋6日であった。
(2) 大阪
図表9. 指数推移 (5年平均) [大阪]
大阪の合成指数は、2000年代に0.5を超え、2012年には1を上回り、2022年春季には1.27に上昇している。高温の指数も同水準となっている。特に、海面水位の指数が上昇しており、2012年には2を超えている。参照期間からの乖離度が高まっていることがうかがえる。海面水位の指数が高い点は、北米と同じ傾向となっている。

(3) 名古屋
図表10. 指数推移 (5年平均) [名古屋]
名古屋の合成指数は、長らくゼロ近辺で推移してきていたが、2020年に0.5を超え、2022年春季には0.72に上昇した。高温の指数は徐々に上昇して1.5を超えて推移しているが、降水はゼロ近辺、海面水位は参照期間後にマイナス1程度に低下して、合成指数の上昇を抑える形となっていた。その後、2022年に海面水位が0近辺に戻ったことで、合成指数が上昇した。なお、風の指数が東京や大阪のように大きく低下していない点も特徴的といえる。

以上のとおり、東京、大阪、名古屋について気候指数の推移をみていった。3地点を取り上げただけでも、指数の傾向は大きく異なっていることがうかがえる。日本の気候指数をまとめるには、多数の観測地点の指数を作成して、それらの平均値をとるといった、より大規模なデータを用いた作業が欠かせないものとみられる。

7――おわりに (私見)

7――おわりに (私見)

本稿では、気候指数の試作を行った。指数の推移を通じて、東京、大阪、名古屋の3地点の長期的な気候変動の状況が示されるものとなっている。ただし、今回の気候指数はまだ試作の域を出ておらず、日本全体の気候変動の状況を示すものとは言えない。今後も、観測地点の追加や地域区分の設定など、充実、改善を図る必要性があろう。引き続き、その改良に向けて取り組んでいくこととしたい。

また、北米で開発されている気候リスク指数のような、気候変動が人命や財産に与えるさまざまなリスクの定量化の試みも必要と考えられる。ただし、先行する北米でも、ACRIバージョン1.0は、アメリカの財産の損害のみを対象とする、限定的なものにとどまっている。損害データの収集やモデル化のためには、多くの地道な取り組みが必要となるものと考えられる。

地球温暖化を背景とした気候変動の問題は、これからますます注目度が高まるものと考えられる。急性リスクとして、スーパー台風の襲来や、豪雨、南岸低気圧等による激甚災害の発生懸念が高まっている。一方、慢性リスクとして、南極やグリーンランドの氷床の融解、アフリカ山岳地域等の氷河の消失、ヨーロッパなどでの熱波や干ばつの発生など、人々の生活に深刻な影響が出始めている。

こうしたリスクを定量的に示すためには、気候指数、気候リスク指数といった、気候変動の状況の指数化が重要であると考えられる。今後、同様の取り組みが、日本を含めて、世界各国に広がっていくことが期待される。

引き続き、気候の極端さの指数化、気候変動リスクの定量化の動向について、ウォッチしていくこととしたい。

【参考文献・資料】
 
  1. 「広辞苑 第七版」(岩波書店)
  2. “Actuaries Climate Index - Development and Design”(The American Academy of Actuaries (AAA), The Canadian Institute of Actuaries (CIA), The Casualty Actuarial Society (CAS), 2016)
  3. “Australian Actuaries Climate Index - Design Documentation”(Actuaries Institute, 2018)
  4. “Extension of the Actuaries Climate Index to the UK and Europe-A Feasibility Study” Charles L. Curry (Institute and Faculty of Actuaries, Dec 2015)
  5. “Actuaries Climate Index® Values Calculated Using Version 1.1” (2022.5.4)
  6. “Actuaries Climate Risk Index-Preliminary Findings”(American Academy of Actuaries, Jan. 2020)
  7. “Australian_actuaries_climate_index_export_2021_3-nl” (Actuaries Institute)
  8. 「金融機関のための気候変動リスク管理」藤井健司著(中央経済社, 2020年)
  9. 「気候変動リスクへの実務対応-不確実性をインテグレートする経営改革」後藤茂之編著(中央経済社, 2020年)
  10. 「極端豪雨はなぜ毎年のように発生するのか-気象のしくみを理解し、地球温暖化との関係をさぐる」(化学同人, DOJIN選書090, 2021年)
  11. 「過去の気象データ・ダウンロード」(気象庁HP)
    https://www.data.jma.go.jp/risk/obsdl/index.php
  12. 「歴史的潮位資料+近年の潮位資料」(気象庁HP)
    https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/tide/sea_lev_var/sea_lev_var_his.php
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2022年09月08日「基礎研レポート」)

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