2022年09月08日

気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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はじめに

気候変動問題が議論されるようになって久しい。温室効果ガスの排出に伴う地球温暖化は、豪雨やスーパー台風等の極端な気象の頻発、南極やグリーンランドの氷床やアフリカ山岳地域等の氷河の融解、ヨーロッパなどでの熱波や干ばつの発生、各地での大規模森林火災の多発など、地球環境にさまざまな影響をもたらしている。

ただ、ニュース報道等で極端な気象や災害など1つ1つの事象をみることはできても、「国や地域全体でどれくらい極端さが高まっているのか」― 気候変動の状況、を把握することは簡単ではない。そこで、こうした気候変動の状況を指数化して、その動きを把握しようとする取り組みが、北米やオーストラリアのアクチュアリーの間で始まっている。ヨーロッパでも、検討が進められている。

本稿では、これらの先行事例を参考にしながら、もし日本で気候指数を作成するとしたら、どのように行うべきか。実際に、気候指数の試作を行いながら考えてみることとしたい。

本稿が、気候変動問題について、読者の関心を高める一助となれば幸いである。

1――気候指数の目的

1――気候指数の目的

そもそも、いま、なぜ気候指数が求められるのだろうか? まず、その点から考えてみよう。

1|気候指数には慢性リスク要因の定量化が求められる
近年、気候変動問題が環境問題の枠を超えて、幅広く議論されるようになっている。ただ、ひとくちに気候変動問題と言っても、気候を構成する要素にはいくつかの種類がある。たとえば、豪雨、強風、乾燥など極端な気象の発生により、大規模な風水災や森林火災の多発が問題となっている。これは、短時間のうちに急激に環境が損なわれるという意味で、「急性リスク」と位置づけられる。

一方、温暖化により南極やグリーンランドの氷床が融解することで、海面水位が上昇して沿岸地域の居住が失われたり、永久凍土の中にあったメタンや二酸化炭素といった温室効果ガスが放出されて、温暖化を加速させたりするといった問題も出ている。こうした問題は、長期間に渡って徐々に環境を破壊していくもので、「慢性リスク」とされる。食糧・水・エネルギーの確保、生活インフラの維持をはじめ、さまざまな社会・経済基盤に深刻な影響をもたらしかねない。

気候指数が求められる背景には、自然災害として目立つ急性リスクの発現だけではなく、徐々に進行する環境破壊の慢性リスクの要因を定量的に示していく、という考え方がある。
2|海外ではアクチュアリーが気候指数を開発しているケースもある
一般に、気候という言葉は、長期に渡る気象の状態を指すものとされる1。近年発生している気温上昇や降水量の増大などを、短期間の変動ではなく、長期的な変化という視点でとらえる必要がある。

そこで、気候変動の状況を映す指標があると有用である。この指標は、気候変動を全体的に示す客観的な尺度であることが求められる。

特に、保険会社では、自然災害による損害を補償する損保、気候変動から生じる生命や健康のリスクを保障する生保など、さまざまな形で、気候変動リスクを引き受けている。こうした保険引受リスクの管理にあたり、気候指数の開発・活用が役に立つものとみられる。

先行事例として、北米(アメリカ、カナダ)では、2016年に「アクチュアリー気候指数」(Actuaries Climate Index, ACI)が開発され、定期的に指数値の公表が行われている2。また、オーストラリアでは、2018年に「オーストラリアアクチュアリー気候指数」(Australian Actuaries Climate Index, AACI)が開発され、定期的な指数値の公表が行われている3,4

本稿では、それらの内容を踏まえつつ、同様の指数の日本での試作に取り組むこととしたい。
 
1 辞書では、気候とは、「各地における長期にわたる気象(気温・降雨など)の平均状態。ふつう30年間の平均値を気候値とする。」 気象とは、「③〔気〕(weather)大気の状態および雨・風・雷など、大気中の諸現象。」(①と②は省略) (「広辞苑第七版」(岩波書店))とされている。
2 ACIについては、“Actuaries Climate Index - Development and Design”(The American Academy of Actuaries (AAA), The Canadian Institute of Actuaries (CIA), The Casualty Actuarial Society (CAS), Society of Actuaries (SOA), 2016)が参考になる。
3 AACIについては、“Australian Actuaries Climate Index - Design Documentation”(Actuaries Institute, 2018)が参考になる。
4 ヨーロッパのアクチュアリーの間でも、気候指数の検討が進められている。具体的には、“Extension of the Actuaries Climate Index to the UK and Europe-A Feasibility Study” Charles L. Curry (Institute and Faculty of Actuaries, Dec 2015)といったペーパーが公表されている。しかし、まだ指数の開発、公表には至っていない模様。

2――北米の気候指数

2――北米の気候指数

まず、北米で開発・運用されている気候指数(ACI)について、簡単に見ておこう。

1|北米を12の地域に分けて、地域ごとに指数を開発
北米地域は、北部の北極地域から、南部のメキシコ湾岸まで、広大な地域に及ぶ。気候区分で言えば、フロリダ半島の一部が属する熱帯気候、ラスベガス近辺の乾燥帯気候、太平洋岸・大西洋岸の温帯気候、カナダの広範囲を占める亜寒帯気候、北極付近の寒帯気候と、多様な気候を有している5。そこで、気候が類似する地域として、アメリカとカナダを、それぞれ7つ、5つの地域に分けて、指数を設けている。併せて、アメリカ全体、カナダ全体、北米全体の指数も、設定している。
図表1. 北米の12の地域区分
 
5 ドイツの気候学者ケッペンが考案した、ケッペンの気候区分法が有名。この区分法では、世界各地の植生の相違を、気温と降水量に置き換えることで、区分の明確化を可能としている。
2|月ごとと季節ごとの指数がある
指数は、月ごとおよび四半期の季節単位(12月~2月、3月~5月、6月~8月、9月~11月)に設けられている。そして、単月(季節)の指数と併せて、月の5年移動平均、季節の5年移動平均の指数も設定されている。これは、気候変動を、日単位や週単位ではなく、より長いスパンで捉えようとするものと考えられる。

3|指数はゼロを基準に、プラスとマイナスの乖離度の大きさで表される
ACIは、6つの項目の乖離度をもとに計算される。6つの項目とは、高温、低温、降水、乾燥、強風、海面水位を指す。計算にあたり、1961年~1990年の30年間を、参照期間とする。そして、あらかじめ、各項目の計数値について、参照期間中の平均と標準偏差を求めておく。

ある1つの項目に、注目する。この項目について、ある月の乖離度を求めることにしよう。そのためには、その月の計数値から、参照期間中の平均を引き算する。その引き算の結果を、参照期間中の標準偏差で割り算する。このようにすることで、その月の計数値が、標準偏差の何倍くらい、平均から乖離しているかという、乖離度が計算できる。

乖離度が標準正規分布に従うものと想定すると、-1から1の間に入る確率は、約68.3%となる。逆に、乖離度が1を超える確率は、約15.9%となる。乖離度が2を超えるのは珍しいことで、その確率は、約2.3%。乖離度が3を超えるのは大変珍しいことで、約0.1%の確率となる。このようにして、気候に関する極端さの度合いが、定量化される。この乖離度を、6つの項目それぞれで計算して、その平均をACIとする。

4|6つの項目と合成指数で、気候変動の推移をとらえる
以下では、ポイントを絞って、項目別に、作成方法を概観していく。いずれも、極端さの度合いを示すものとして、乖離度を用いるという方針が貫かれている。

(1) 高温は、上側10%に入る日の割合から算出
高温は、Global Historical Climatology Network(GHCN) のデータを用いる6。参照期間中の気温分布に照らした場合に、月(もしくは季節)のうち、上側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をとる。気温は、1日のうちにも変動するため、最高気温と最低気温のそれぞれについて、その割合をとる。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、それぞれの乖離度が計算される。そして、その和半をとって、高温の乖離度とする。
 
6 GHCN-Dailyと呼ばれる。世界の180を超える国と地域の地表に設置されている90,000ヵ所を超えるステーションの気候データを統合したデータベース。アメリカ海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration, NOAA)が所管している。地表を経度、緯度とも2.5度ごとの区域に分けて、各区域の気候データを収集している。
(2) 低温は、下側10%に入る日の割合から算出
低温は、高温と同様に、参照期間中の気温分布に照らした場合に、月(もしくは季節)のうち、下側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をとる。1日の最高気温と最低気温のそれぞれについて、その割合をとる。この割合から、参照期間の平均を差し引き、その結果を参照期間の標準偏差で割り算して、それぞれの乖離度が計算される。そして、その和半をとって、低温の乖離度とする。なお、低温の乖離度は、負値で表示される。そこで、他の項目の乖離度と比較する際には、マイナス記号を付けて正の値に変換される。

(3) 降水は、5日間の降水量の最大値から算出
降水は、月(もしくは季節)のうち、連続する5日間の降水量(降雪も含む)の最大値を、ミリメートル単位でとる。高温や低温と同様に、参照期間中の降水分布に照らして、月(もしくは季節)の、参照期間からの乖離度が計算される。

(4) 乾燥は、乾燥日が連続する日数から算出
乾燥は、降水量が1ミリメートル未満の、乾燥日が連続する日数について、データをとる。気温や降水と異なり、乾燥については、GHCNのデータからは年間でのデータしか取得できない。このため、年間データを線形補間して、月(もしくは季節)のデータとする。気温や降水と同様に、参照期間中の乾燥日数に照らして、月(もしくは季節)の、参照期間からの乖離度が計算される。

(5) 強風は、上側10%に入る日の割合から算出
強風は、参照期間中の日中平均風力分布に照らした場合に、月(もしくは季節)のうち、上側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をとる。そのために、まず、風速のデータが、風力に変換される。風力は、単位面積が単位時間に受けるエネルギーを指す。具体的には、風速の3乗に、大気密度7を乗じて、2で割り算をして得られる。風速のデータは、National Centers for Environmental Prediction(NCEP)のデータ8を用いる。

参照期間中の強風の分布に照らして、月(もしくは季節)の、参照期間からの乖離度が計算される。
 
7 大気密度は、1.293kg/m3という固定値とされている。
8 National Center for Atmospheric Research(NCAR)と合同で行われた調査のデータ。経度、緯度とも2.5度ごとの区域に分けた上で、取得される地表の風速データが用いられる。
(6) 海面水位は、参照期間中の同じ月のデータから算出
海面水位は、時系列の海面水位データから算出される9。ただし、季節によって海面水位の高さは変わる。そこで、参照期間中の30年間の毎月(もしくは季節)のデータのうち、1月のデータ、2月のデータ、…(冬季のデータ、春季のデータ、…)など、同じ月(季節)の30個のデータをもとに、参照期間の平均や標準偏差を計算する。これらをもとに、参照期間からの乖離度が計算される。

これらの6項目の指数の単純平均として、ACI合成指数が計算される。ただし、海に面していない観測地点では、海面水位を除いて合成指数が計算される。
 
9 Permanent Service for Mean Sea Level(PSMSL)の76ヵ所のステーションのデータが用いられる。これは、経度、緯度とも2.5度ごとの海域ごとに設けられた計潮器がベースとなる。得られたデータは、地上に対する相対的な海面水位であるため、陸地の上下動の影響を除いた、絶対的な海面水位のデータに調整する必要がある。そのために、ICE-5Gと呼ばれる調整モデルが利用される。
5|ACIの合成指数は上昇傾向
ここで、これまでの推移を見ておこう。指数には、毎月の指数と季節ごとの指数がある。また、それぞれに単月(季節)の指数と、5年平均の指数がある。アメリカとカナダのアクチュアリー会が、主として公表しているのは、季節ごとの5年平均の指数の推移となっている。これを、ACI合成指数(以下、ACI)と、各項目ごとに示すと、次の図表の通りとなる。
図表2. 指数推移 (5年平均)
1961年から1990年は参照期間であり、この期間に渡るACI等の平均は0となる。ACI等の推移を見ると、実際に、横軸の付近で推移している。1991年以降、ACIの数値は、徐々に高くなっている。2022年冬季(12~2月)には、5年平均のACIは、1.18となっている。近年、北米の気候の極端さが高まっていることが、定量的に示されている。

項目ごとに見ると、高温、低温の負値10、降水、海面水位の4つは、長期的に上昇傾向にあることがうかがえる。これらは、ACIと同様、それぞれの極端さが高まっているものと見ることができる。

一方、乾燥と強風の2項目については、ACIとはあまり関係なく、独自の変動を見せている。特に、乾燥は、他の項目に比べて、上下の振幅の幅が大きい。これらについては、年ごとの違いの観測を、慎重に進めていく必要があるものと考えられる。
 
10 6つの項目のうち、低温だけは、乖離が負の方向に進んでいく。このため、低温は負値をとってみていく必要がある。ACIの計算式では、低温は負値をとって、他の項目との平均を計算する。

3――北米の気候リスク指数

3――北米の気候リスク指数

極端な気象が、社会経済に与える影響を定量的に表すために、アクチュアリー気候リスク指数(ACRI)の開発が進められた。2020年に、そのバージョン1.0が公表された11。その内容をみていこう。
 
11 実は、この前に、Solterra Solutionsが作成したバージョン0.1がある。このバージョン0.1は、アクチュアリー会では未承認だが、考え方の基礎をなしているとされる。
1|ACRIバージョン1.0の対象地域はアメリカのみ
ACRIは、ACIと同様、アメリカとカナダを対象とすることを目指している。しかし、バージョン1.0は、アメリカの7つの地域のみが対象とされた。これは、アメリカとカナダで取り扱う災害データの内容が異なり、カナダのデータ数が少なかったことによる12
 
12 カナダのデータでは、分析対象の3,360地域・月 (=5地域×56年(1961~2016年)×12月) のうち、約8%の275地域・月にしか損害のデータがなかった。
2|ACRIバージョン1.0は財産の損害のみ
ACRIは、人命の損失・負傷など、さまざまな損害を対象とすることを目標としている。しかし、バージョン1.0は、財産の損害に限られた。これは、ベースとしている災害データうち、信頼度の高いデータとして、財産の損害のみを取り扱ったためとされる。

ACRIは、全米海洋大気庁(NOAA13)のStorm Events Database というデータベースをもとに作られた、SHELDUS14と呼ばれるデータが使用されている。Storm Events Databaseには、アメリカで発生した50種類以上の自然災害について、物的損害、作物の損害、人命の損失・負傷が含まれている。
 
13 NOAAは、National Oceanic and Atmospheric Administrationの略。
14 SHELDUSは、Spatial Hazard Events and Losses Database for the United Statesの略。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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