2022年09月07日

企業主導のSDGs祭りから国民主役のESG投資へ

日本生命保険相互会社 執行役員/PRI(国連責任投資原則)理事 木村 武

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1――日本独特のSDGsブーム

このところやや落ち着いてきたようにみえるが、一昨年から昨年にかけてのメディアにおけるSDGs関連の記事やテレビ番組の多さは突出していた。「SDGs」に対する日本国民の関心度合いをGoogleトレンドからみても、急激な盛り上がりが確認できる(図1)。これほどのSDGsブームは、海外ではみられない日本独特のものといえる。Googleの検索語句から「SDGs」の人気度について、国別ランキングのスコア(0~100)をみると、1位の日本の100に対して、2~4位は途上国(ルワンダ62、ジンバブエ33、ウガンダ27)が続き、米国をはじめ他のG7諸国のスコアは全て3未満と水準が極めて低くなっている。
(図1)Google検索における「SDGs」の人気度
Google検索における「SDGs」の関連キーワード(SDGsを検索した人は他にどういった語句を検索しているか)をみても、日本の特異さが浮かび上がる(図2)。SDGsの17目標のリストに関する検索は各国共通であるが、日本の検索者の注目テーマには、他の先進国ではみられない「SDGsバッジ」や「SDGs経営」、「SDGs 未来 都市」が上位に並んでいる。他の先進国では、「パリ協定」や「国連グローバル・コンパクト」、「ESG」との関連性、あるいは、サステナビリティに関する国際情報開示基準を提供するNGOの「GRI(Global Reporting Initiative)」との関連性などが、上位の注目テーマとしてあがっているのとは対照的である。

日本では、企業がSDGs経営に横並びで取組み、地方自治体も国からSDGs未来都市の認定を受けるべく取組みを横並びで積極化させたことが背景にあるとみられる。企業の従業員も自治体の職員も皆がこぞってSDGsバッジを胸につける光景は、海外ではみられない日本独特のものとなった。
(図2)Google検索における「SDGs」の関連キーワード

2――SDGsブームの効果

2――SDGsブームの効果

日本のこうしたSDGsブームの背景には、サステナビリティ分野でのこれまでの取組みの遅れを官民それぞれが競って挽回するためという目的があったと考えられる。実際、SDGsスコアをみると、日本の金融機関のスコアは欧米金融機関に比べ低く1、非金融業のスコアも欧州企業に比べ低めである(図3)。こうした状況の改善に向けて、各企業がサステナビリティ経営に対して前広にコミットしてきたと考えられる。もっとも、日本企業の直近のSDGsスコアは、前年からほとんど改善していない2。非金融業について言えば、日本企業のスコアが(欧州企業より依然低めでも)米国企業に比べ見劣りしているわけではないため、スコアの改善がみられないからといって殊更問題視すべきではないという見方もあろう。しかし、これだけ派手に「SDGs祭り」をしただけに、改善の実態が十分伴わなければ、SDGsウォッシングとみなされるリスクがあることには注意が必要である。
(図3)企業のSDGsスコア(Global Compact スコア)の分布:国際比較
一方、企業や自治体の取組みとSDGsのロゴの紐づけという広報活動は、国民のSDGsに対する認識を広げる効果が大いにあった。実際、アンケートによれば、日本国民の約8割が「SDGsを知っている」状況にある(図4)。ただし、認識の広がりと実際の行動は必ずしも一致していない。消費者の身の回りのSDGsに関するアンケート調査によれば、日本は、エコバッグの使用などは他国に比べ普及しているが、食品ロスへの対応やリサイクル活動に対する取組みは全般に他国に比べ拡がりを欠いている3。また、消費者の持続可能性(サステナビリティ)に関するスタンスをみても、日本は、(1)「次世代につなぐためにできることをしている」人よりも、「今の生活を守ることに精一杯」とする人の割合が、新興国を含む他国よりも高いほか、(2)持続可能な製品のために、追加金額(プレミアム)を払うとする人の割合が他国よりも少ない(図5)。日本の消費者のSDGsに対する基本スタンス(ファンダメンタルズとしての側面)に変化がみられなければ、企業のSDGsへの取組み成果も限定的となり、SDGsブームはSDGsバブルで終わってしまう。
(図4)日本国民のSDGsとESGの認知度
(図5)家計の持続可能性(サステナビリティ)に対する関心度合い
 
1 日本の金融業の内訳をみると、主に地銀のSDGsスコアが低い。
2 Arabesque S-RayのGC(Global Compact) scoreをみると、日本企業の平均点の改善幅は、過去1年間で1点にも満たない(2021/9/26:53.2点→2022/9/2:53.9点)。
3 電通・電通総研「サステナブル・ライフスタイル意識調査2021」、調査時期:2021年7月

3――SDGsとESGの(アン)バランス

3――SDGsとESGの(アン)バランス

日本の消費者のSDGsに対する基本スタンスが消極的な背景には、過去30年間、一人当たりの名目所得が増加していないことが影響している可能性が考えられよう。所得が増加しないから、「次世代につなぐ」よりも「今の生活を守ることで精一杯」になったり、持続可能な製品のために追加金額(プレミアム)を払う余裕がない、ということかもしれない。一方、新興国では、一人当たり名目所得の水準が日本よりも低いが、先行きの成長率に対する期待は高く、それを実現するためにも人々の持続可能性(サステナビリティ)に対するスタンスが前向きになっているのかもしれない。

また、ESGに対する理解不足が、日本の消費者のSDGsに対する基本スタンスを消極的にしている可能性も考えられる。企業がESG課題(リスクと機会)に適切に対処しながら、自社の生産活動を通してSDGsに貢献するプロセスにおいて、投資家は実社会と企業の橋渡しの役割を担っている(図6)。すなわち、投資家は、ESGスコアの高い企業や実社会に対して高いインパクトを有する企業へ投資を行ったり、スチュワードシップ活動を通して企業のESG課題への対応を促すことで、SDGsに貢献することができる。しかし、資金の最終的な出し手である家計(受益者や顧客)がこうしたESG投資のメカニズムを理解しなければ、資金拠出に消極的になり、結果として、ESG投資からのリターンを享受する機会もなく、SDGsの達成が家計にもたらし得る長期的な恩恵に対する期待も高まらない。
(図6)企業と実社会を結ぶ機関投資家
アンケートによれば、日本国民の約7割がESGについて知らない状況にあり、SDGsとESGに対する認識のアンバランスさが際立っている(前掲図4)。また、Googleトレンドによれば、多くの国において「SDGs」よりも「ESG」の検索頻度の方が高いが、日本は「SDGs」の検索頻度が圧倒的に高く、「ESG」の検索頻度は相対的に少ない(図7)。グローバルな傾向として、「ESG」を検索する人々はその多くが投資テーマに注目している。こうした点を踏まえると、日本国民のESG投資に対する関心度や理解度は、グローバル平均に達していないと考えられる。実際、世界33か国の個人投資家を対象に行ったアンケートによれば、「リスクと分散の程度が維持されても、ポートフォリオ全体をサステナブル投資に入れ替えること」について、日本の投資家は最も消極的なスタンスにある(図8)。
(図7)「SDGs」と「ESG」のGoogle検索の人気度比較
(図8)ESG投資(サステナブル投資)に対する個人投資家のスタンス:国際比較
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日本生命保険相互会社 執行役員/PRI(国連責任投資原則)理事 木村 武

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