2022年09月01日

新型コロナと少額短期保険

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

新型コロナウイルス感染症の収束が見えない。2022年に入ってからすぐに第6波が来たあといったん沈静化すると思われたが、7月には第7波が来て一日ごとの感染者が過去最大を記録した。新型コロナの現在の型が弱毒化したためか、あるいは国民の間にワクチン接種が進んだためか、過去の波のときと比較して新規感染者に対する重症者や死者の割合は少ないようであるが、医療機関はひっ迫しており、いずれにせよ油断はできない。

ところで、保険業界、特に少額短期保険業界に対しては、

(1) 新型コロナ感染者は波が来るたびに増加し、思ったよりも拡大したこと、

(2) PCR検査を経ないみなし陽性者を認めたこと、および

(3) -1 給付金(保険金)が支払われる約款上の入院とは、伝統的には医療機関へ入り、医師の管理下で治療に専念することとされているところ、新型コロナ感染拡大期に緊急的に医療機関への入院に代えて宿泊療養施設での宿泊療養、あるいは自宅療養が求められ、これらの場合にも給付金を支払うこととした1こと、または

(3) -2 商品によってはそもそも新型コロナ感染自体を給付事由とする設計であること
などが相まって大きな影響を及ぼした。

以下では、マスコミでも大きく取り上げられたjustInCase少額短期保険(justInCase少短)の保険金削減と、第一スマート少額保険(第一スマート少短)の販売停止を見ることとし、これらのことについて法令や約款がどう扱っているのかを確認したい。
 
1 なお、このような解釈は新型コロナウイルス感染症が弱毒化したり、ワクチン接種が進むなどしたりすることで、感染者が入院は原則不要といえる場合になったとしても維持されるのかは疑問である。

2――justInCase少短、第一スマート少短の事例

2――justInCase少短、第一スマート少短の事例

justInCase少短が販売していたのはコロナ助け合い保険等である。この保険は1年契約であり、自動更新とされている。傷害若しくは疾病により入院したときに一時金を支払うというシンプルな保険である。保険期間中に一時金の支払いは一回に限定されている2

同社は2022年4月6日にプレスリリースを出しているが、それによると、当社の販売したコロナ助け合い保険(シンプル医療ほけん、歩くとおトク保険を含む)について、入院(医療機関以外の療養施設、自宅療養含む)にかかる保険金に関して、4月6日までに入院した場合はその全額を支払うこととする。一方、4月7日以降入院した場合は当初約定保険金の10分の1を支払うこととするが、医療機関への入院については、残りの10分の9をお見舞金として支払うこととされた3。つまり既存契約についての保険金削減が行われた。またコロナ助け合い保険については新規の引受・更新を行っていない。なお、保険金の削減に至った会社のリスク管理態勢等について業務改善命令が出されている4

ちなみに、同社のリリースに掲載された図表を見ると、2022年3月の保険料収入が3000万円程度なのに比して、保険金支払いが1億8000万円程度となっており、収支の不均衡は明らかである。

第一スマート少短の販売した保険はコロナminiサポ保険(特定感染症保険)である。こちらは保険期間が3か月であるが、やはり自動更新条項がある。3か月更新という短期型にしたところが新型コロナの大規模な拡大を想定したものであろう。新型コロナウイルス感染症などの特定感染症にり患したと医師が診断した場合に特定感染症一時金を支払い、契約は消滅することとされている5

同社は2022年7月11日にプレスリリースを出しているが、それによると2022年7月11日10時以降の引受を行わないとしている。こちらの商品は発売当初の保険料が980円であったが、発売中止となる直前には8000円程度まで増額されていた。同社商品は毎月保険料が変動(新規加入・更新後3カ月は固定)するという特徴を持っていた。

同社は既存契約の一時金の削減は行っておらず、新規引受け・更新を停止しただけである。行政からの措置も受けていない。

3――保険業法上の建付け

3――保険業法上の建付け

保険業法施行規則では少額短期保険業者が普通保険約款に記載すべき事項として「保険料の増額又は保険金の削減に関する事項」(規則211条の5第4号)が定められている。そして、そのことを契約概要(重要事項説明書)に記載することとされている(少額短期保険業者に対する総合的な監督指針II3-3-2(1)②)。つまり少額短期保険業者では保険金削減に関する事項に関して約款上定めることとされ、そしてその内容を開示すべきことが法令上定められている。ちなみに保険会社では第三分野保険で基礎率変更権を約款上設けることができるが、その場合は、基礎率変更権に関して説明のうえ書面を交付し(規則227条の2第3項11号)、一年ごとに所定の事項を開示しなければならない(規則53条1項2号)。ただし、これらの義務については基礎率変更権を導入した場合において要求されるにとどまっている。

また、もともと少額短期保険の商品の保険期間は1年(損害保険商品は2年)という上限がある(保険業法2条17項、令1条の5)。また、保険金額にも上限があり、傷害疾病保険については上限が80万円とされている(令1条の6)。したがって収支が不均衡になった契約を最大1年で収束させることも想定されると言える。

保険期間を制限し、かつ保険金額を制限するといったことは、仮に万一、少額短期保険業者の収支が悪化し、経営が苦しくなり、あるいは破綻に至ったとしても、情報開示を前提として契約者の「自己責任を問うことも可能であると考えられること」6という立法の経緯に沿ったものである。
(削除)
 
6 金融審議会金融分科会第二部会「根拠法のない共済への対応について」(平成16年12月14日)p4参照。

4――約款の記載

4――約款の記載

justInCase少短の保険約款を見るとその5条2項に「当社は、保険期間中の保険金支払が当社の想定を超えて著しく増加し、保険金のお支払いのための財源が不足する場合には、当社の定めるところにより、保険金を削減して支払うことがあります。」との規定がある7。そしてこの点については同社の重要事項説明にも記載がある。したがって保険期間中でも保険金を削減することができることが契約者に明示されている。なお、保険金削減にあたっては契約者に通知を行うこととされ、通知前の保険金を削減することはできない(同社約款5条3項)。

第一スマート少短でも同様に「特定感染症が全国的かつ急速に蔓延したこと…によって特定感染症に罹患したと医師により診断された被保険者の数の増加が、当会社の健全性に著しい影響を及ぼすと認めたときは、当会社は、その影響の程度に応じ、特定感染症一時金を削減して支払うことがあります」とある(同社約款83条4項)。この約款からは、同社は事情によっては既存契約の保険金削減も可能であったにかもしれない。ただし、上述の通り同社は、保険金削減を行ったわけではなく、引受けを停止した。

この点、保険会社の医療保障を見ると、たとえば日本生命の約款を見ると「(1)地震、噴火又は津波によるとき、(2)戦争その他の変乱によるとき」であって「保険の計算の基礎に影響を及ぼすとき」のみに保険金の削減があるとしている(みらいのカタチ「入院総合保険」第3条)。すなわち、この約款の規定に基づくと、これら地震等の事実がないときの保険金削減は認められない。ちなみに保険会社が保険金を削減する場合には破綻処理手続において(保険業法250条以下)か、あるいは将来に向かって基礎率を変更するのであれば、契約条件変更の手続がある(保険業法240条の2以下)。

5――おわりに

5――おわりに

少額短期保険業者は根拠法なき共済が保険業法の規制対象になるときに設けられた事業形態である。この際、規制を保険会社に対してよりも簡素なものとすることの見返りとして、保険金額や保険期間に上限を設け、破綻などの事業停止の際にも困窮する契約者が出ないように配慮された。

昨今では、少額短期保険業者は生損保商品の両方を引き受けることができることや、商品の販売にあたっては届出だけでよく、かつ保険料の算定には金融庁の確認を必要とせず、保険計理人の確認だけでよいことなど少額短期保険業の身軽さを利用して様々な商品が販売されてきた。少額短期保険業者も根拠法なき共済の受け皿というよりも、新たな保険商品の実験場としての事業という性格が強くなってきたと思われる。既存の保険会社が子会社として保有するケースも増えており、デジタルネイティブ世代など「新たな市場や顧客層の開拓」で競争が活性化し、商品の選択肢が増加することは、顧客や契約者にとってメリットにも繋がる流れであるとの見方ができるかもしれない。そして、前例のない新たな取り組みには不確実性というリスクがつきものである中で、今回、国民生活全体に甚大な影響を及ぼしている新たな感染症に対し保障の提供を行ったこと自体は一定の評価に値するとみることもできる。

とはいえ、いくら法律が想定しており、重要事項説明書に記載があるからと言って、既存契約について期途中で保険金を削減するというのは、契約者は通常、予期していない。また、今回のjustInCase少短の事例についてはリスク選択上の問題も行政から指摘されており、そもそも契約者が納得できるものかどうかということも問題となる。既存契約の保険金削減が簡単に起こるようでは業界全体の信頼にもかかわる事態にも直結し得る。今回のjustInCase少短の事例を通じて得られた示唆をしっかりと受け止め、業界全体として適正かつ健全な競争が行われていく一助とする必要があるのではないか。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2022年09月01日「保険・年金フォーカス」)

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【新型コロナと少額短期保険】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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