2022年08月17日

不妊治療を支える国の施策とは?-中小企業への助成金や、不妊治療と仕事の両立支援を後押しする認定制度も開始-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

2022年4月から開始された不妊治療の保険適用1に伴い、「特定不妊治療助成事業」2では適用外であった「一般不妊治療」適用層が、治療に踏み込むことが大いに期待される制度改革となった。

また、厚生労働省は、次世代育成支援推進法の施行規則の改正を機に、不妊治療と仕事の両立支援にも積極的に取り組む企業を認定する「くるみんプラス」等の制度を2022年4月より新設した3

さらに、中小企業への補助金の支給や事業主・従業員向けのマニュアル等の整備が進んでいる。この様に、不妊治療と仕事の両立体制を現場レベルで支援する体制が整備されつつある。本稿では、の不妊治療と仕事の両立支援体制を支える国の施策について紹介していこう。
 
1 厚生労働省(2022)「不妊治療に関する取り組み」、不妊治療の保険適用より
 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-hoken/funin-01.html
2 特定不妊治療助成事業とは、2004年から2021年度まで実施されていた高度生殖補助医療にかかる医療費の補助事業である。2022年4月の保険適用に伴い原則的に廃止されている。
3 厚生労働省(2022)報道発表資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24410.html 

2――子育て支援や不妊治療と仕事との両立支援に取り組む企業認定制度

2――子育て支援や不妊治療と仕事との両立支援に取り組む企業認定制度

1|「くるみん」認定制度の変遷
まず、厚生労働省の認定制度である「くるみん」制度について紹介する。この「くるみん」認定制度とは、2003年に成立した「次世代育成支援対策推進法」に基づき、301人以上4の労働者を雇用する企業や法人が策定する「一般事業主行動計画」において、従業員の子育て支援のための行動計画を策定及び実施した企業に対し、一定の要件を満たした場合に、 厚生労働大臣の認定を受けることができる制度である。

この認定を受けた企業は、認定制度独自の証である「くるみん」マークを商品や広告に用いることができ、子育て支援に企業が積極的に取り組み、従業員もその制度を活用しながら仕事と子育ての両立体制を築いていることが分かるものとなっている。

また、2015年には、この「くるみん」認定を受けていた企業に対し、継続的な取り組みを推進するため、認定基準値を引き上げた「プラチナくるみん」認定制度が開始されている。さらに、2017年には、「くるみん」マークの見直しが実施され、最新の認定年度と認定回数を示す星印が記載されることとなり、より分かりやすいマークとなった。

そして、2022年4月からは、「くるみん」と「プラチナくるみん」の認定基準の引き上げに伴い、今までの「くるみん」の認定基準を引き継ぐ形で「トライくるみん」が新設され、くるみん認定は3種の類基準を設ける体制となり再始動している。
図表1.「子育てサポート企業」と「不妊治療と仕事の両立サポート企業」認証基準
 
4 厚生労働省(2022)次世代育成支援対策推進関係リーフレットより、次世代育成支援対策推進法に基づく「一般事業主行動計画」は、常時雇用101人以上の企業は義務、100人以下の企業は努力義務とされており、くるみん認定基準では300人以下の企業に対し特例措置がある。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/pamphlet/26_00001.html
|不妊治療と仕事の両立に特化したプラス認定制度
そして、2022年4月より、上記で説明した「くるみん」認定に加えて、不妊治療と仕事の両立サポートの体制について認定基準を満たした企業について、プラス認定を加える制度が開始された。これが、いわゆる「くるみん」プラス認定制度であり、今年度に新たに新設された制度部分となる。

これらの、認定制度の基準を満たした企業は、子育て支援や不妊治療に積極的に取り組む姿勢を外部に示すことができる上に、公共調達における加点評価を受けることもできる5。さらに、「くるみん」認定又は「プラチナくるみん」認定を受けている中小企業においては、「くるみん」助成金6として企業における子ども・子育て支援環境整備に要する費用について上限50万円が助成されるなどの優遇措置を受けることができるのである。
 
5 厚生労働省(2022)調達情報一覧参照 https://www.mhlw.go.jp/stf/shinsei_boshu/choutatsujouhou/chotatu/ichiran.html
6 内閣府所管助成事業 中小企業こども・子育て支援環境整備助成事業「くるみん助成金」「くるみん助成金ポータルサイト」参照 https://kuruminjosei.jp/ 
|くるみんプラス認定基準に「当日申請可能」と「休業」要件を!
ところが、不妊治療に特化した認定制度が新設されたものの、その認定基準をみていくと必ずしも不妊治療を受ける者のニーズとは合致していない内容も見受けられる。例えば、図表1のプラス認定基準である(1)をみると、不妊治療に取り組む上で、休暇制度を導入していることが最低限の条件であることが示されているが、前稿の「不妊治療を取り巻く企業の実態とは?」7で示したように、柔軟な休暇制度を設けた上で、短期間に集中的に不妊治療を受けられるように休業(休職)制度を導入している企業が存在していることが明らかとなっている。長期間の休業期間を設けることは、一定期間の労働力を失うため、企業側にとってマイナス面としてとらえられがちだが、両立のストレスが無い状況で短期間に不妊治療に集中することは、両立の困難要因にあげられていた頻回な受診やタイミングが読めない受診時期にも対応することができ、治療効率の上昇や後悔しない人生選択へとつながる上、企業からみても離職率を低減できるメリットが期待される。従業員のために、休暇制度に加え、休業(休職)制度を導入している企業についても認定が受けられるように基準に加える必要があると考える。

また、(1)の②の要件には、「不妊治療のために利用することができる、半日単位・時間単位の年次有給休暇、所定外労働の制限時差出勤、フレックスタイム制、短時間勤務、テレワーク のうちいずれかの制度」とあるが、次の受診タイミングが読めない不妊治療では、「当日申請可能である」ことを要件に加えた半日単位・時間単位の休暇制度を基準とする必要があると考える。

(2)と(3)については、社内イントラでの周知や社内の福利厚生制度をまとめたパンフレットの配付など、企業事例は見受けられるものの、(4)については、不妊治療などの家庭内の事情について会社や上司に知られたくない従業員と、不妊治療を受けている従業員の両立を支える上でもスケジュール等を把握する必要のある管理職との間で、相反する実態が見受けられる。不妊治療に限らず子どもや家族の看護等でも利用が可能な休暇制度の導入や、利用目的を知られない休暇申請方法の導入、男女とも相談ができるような外部相談サービス、オンライン相談等の工夫が求められる。これらの企業側の事情や工夫方法に沿った支援内容を後押しできる認定基準や支援内容を国は検討する必要があるだろう。
 
7 乾愛 基礎研レター「不妊治療を取り巻く企業の実態とは?」(2022年8月10日)

3――マニュアルやハンドブック、連絡カードの活用

3――マニュアルやハンドブック、連絡カードの活用

上記では、子育て支援や不妊治療と仕事の両立支援に取り組む企業を後押しする国の認定制度を紹介したが、厚生労働省では、現場レベルで活用できる情報資料を公開している。その中でも、職場づくりマニュアルや両立サポートハンドブック、連絡カードについては、現場での積極的活用が促されているため、各概要を紹介する。
1|事業主向け職場づくりマニュアル8
このマニュアルは、不妊治療と仕事との両立支援体制をサポートするために、令和4年3月に「不妊治療を受けやすい休暇制度等環境整備事業検討委員会」により作成されたもので、企業が両立を促す職場づくりに取り組むことで、離職防止、従業員のモチベーション向上、人材確保につながることなど企業が取り組む意義があると示されている。

内容としては、不妊症や不妊治療の基礎知識について触れ、不妊治療と仕事の両立支援に取り組む上での導入ステップ、両立支援のための各種制度、企業の事例が紹介されている。

図表2に示す通り、導入ステップとしては、1)自社の取組み方針の明確化と整備、2)社員の実態把握、3)制度設計・取組みの決定、4)運用、5)取組み実績の確認・見直し、となっており、同時に公表されている「チェックリスト」を用いて企業の現状評価と、「社員用アンケート」を用いて実態把握をする。その後、社員の両立体制を支えられる制度の検討や自社で導入できる勤務形態等を取り決め、実際に運用した後に、制度を利用した社員や管理職、人事部門へヒアリングし見直しを図るというサイクルで進めていくものである。
図表2.不妊治療と仕事の両立支援導入ステップ
実際に導入を検討する制度としては、1)不妊治療目的で利用が可能な休暇・休職制度、2)両立を支援する柔軟な働き方制度、3)不妊治療にかかる費用に対する助成制度、4)情報周知や相談体制等の確立のその他の4分類について検討するよう勧めている。

最後に、実際に制度導入した企業例が20社程紹介されているため、自社の規模や風土に似た事例を参考にすることができる。

このマニュアルでは、休暇制度に加えて休業制度の導入についても検討するよう明記されているが、「くるみん」プラス認定基準には、休業項目が見当たらないため、やはり認定基準として加えてもよいのではないだろうかと再度提言したい。
 
8 厚生労働省(2022)事業主・人事部門向け「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」参照 https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30k.pdf
2|上司や同僚向けサポートハンドブック9
次に、実際に職場で両立体制を支える上司や、同僚に向けたハンドブックを紹介したい。このハンドブックでは、「平成29年度不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査」に関する結果が紹介されており、職場での配慮ポイントとして上司編と同僚編が示されている。
図表3.上司や同僚向けサポートハンドブック 上司(管理職)編では、まず不妊症の基礎知識や治療スケジュールなどについて理解を深めた上で、1)相談対応、2)職場内の体制整備に努めることが明記されている。相談対応のポイントとしては、社員と企業がどの程度の内容までを共有する必用があるのかを事前に提示し、不必要な内容にまで立ち入らないよう注意を払いながら、治療のスケジュールや仕事への影響等を可能な範囲で聴取し、職場内で活用できる制度や勤務体制の変更等を提示する。また、業務調整を実施する上で、周囲の業務負荷等を把握し、適宜調整を実施しながら、職場における理解の醸成を図る必要がある。

同僚編では、治療スケジュールに応じて突発的な休暇や一定程度の配慮が必要になることがあることを理解した上で、妊娠や治療に関する否定的な発言や行動、家族計画の詮索等ハラスメントにつながる言動に十分留意することが明記されている。特に、突発的な対応は妊娠や不妊治療に関わらず起こりうるため、「お互い様」意識を持つことが重要なポイントとして示されている。
 
9 厚生労働省(2022)「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」参照
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30l.pdf
3|連絡カード10
そして、「不妊治療連絡カード」というものが存在する。これは、不妊治療を受ける従業員が、主治医や診察に基づいた治療や検査に必要な配慮事項等について、企業の人事担当者へ的確に伝達するために活用できる連絡カードである。
図表4.不妊治療連絡カード 従業員の口頭申告だけでは企業の両立支援を図るのが難しい場合や、不妊治療目的で取得する休暇・休業制度を取得するための証明書として用いることができる。

また、この連絡カードの説明ページには記載されていないが、この連絡カードを用いる上で留意いただきたい事項がある。例えば、不妊治療の各段階で必要となる採卵では、局所麻酔や静脈麻酔を用いることがあるため、処置後の出血や痛み、覚醒状態などを確認し、回復した状態を待っての帰宅となる。この処置手法や処置後の回復の程度(容体)は、個人により差が大きいため、連絡カードに事前に告知した内容通りにはいかないことがしばしば起こることが想定される。

やはり、連絡カードで事前申請する場合にも、治療手法やその後の体調により休暇を継続する場合があることや、その連絡調整自体が予定より遅くなることも十分理解した上で、従業員側も管理職側も用いていただきたい。
 
10 「不妊治療連絡カード」https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30b.pdf 

4――不妊症・不育症ピアサポーターの養成

4――不妊症・不育症ピアサポーターの養成11
 
上記の通り、企業側が制度の設計や認定申請、現場レベルで活用できる資料等提示してきたが、これらの内容を見る限り、社内で不妊治療に関する相談体制を築く必要性に気づかされる。

しかし、実際は管理職や職員全員に不妊治療に関する知識を充分に得る機会を確保することは難しく、できたとしても相当な時間がかかることが予想される。また、産業医や産業保健師など専門職の活用も全ての企業が実施できるわけでもなく、外部専門職の活用は費用もかかる。

そこで、活用可能な対応として、厚生労働省が日本助産師会に委託している「不妊症・不育症ピアサポーター養成研修」という事業を紹介する。

これは、不妊症や不育症などの様々な悩みを抱える方が相談できるピアサポーターを育成するために、相談や支援の基本的知識やスキルを習得するための無料の研修である。つまり、この事業を活用することで、社内の人材を活用しながら相談体制を整備することができるのである。

特に、不妊症に関しては妊孕性12の問題が年齢に依存していることを男女とも知識として知る必要があり、検査や治療に伴う身体的・精神的負担についても周囲が学ぶ必要がある。

また、続発性不妊症13や不育症14については、あまり知られておらず、知識を得られる機会がないため、企業内の理解醸成や職場風土を両立体制へ変革していくためにも大変重要な機会になるであろうと考える。是非とも、企業の積極的参加を推奨したい。
 
11 不妊症・不育症ピアサポーター養成研修より https://www.peersupporter.info/
12 妊孕性とは、生殖機能とほぼ同義語であり、男女における妊娠に必要な臓器・配偶子・機能のことを示している。一般的に、加齢(年齢因子)により、妊娠能力は低下することが知られている。(日本産婦人科医会より)
13 続発性不妊症とは、過去に1回以上妊娠(流産含)、出産歴があるが、その後妊娠しないことを指す。前回の妊娠や出産の影響で身体のホルモン値が変化すること等が原因とされているが、既に子どもがいる状態や流産経験があると、妊娠を望んでいることや不妊治療を続けることに否定的な意見を受けることがある。
14 不育症とは、妊娠はするが流産や早産を繰り返し、生児が得られないことを示す。妊娠女性の10%~20%の確率が起こることが報告されているが、あまり認知されていない。

5――まとめ

5――まとめ
 
本稿では、不妊治療と仕事の両立体制を支える国の施策を整理した。その結果、2022年4月から、不妊治療と仕事の両立サポートに取り組む企業を認定する「くるみんプラス」制度が新設されたことが明らかとなったが、認定基準に「当日申請可能」であることや、休暇制度に加えて「休業制度」も要件に加えることが実態に即した基準となるのではないかと推察された。

また、両立体制を整える上で、厚生労働省が公表している「職場づくりマニュアル」の導入ステップや、「サポートハンドブック」のお互い様意識の醸成、「不妊治療連絡カード」等が活用されること、さらには、「不妊症・不育症ピアサポーター養成研修」を活用して、職場内の相談体制や支援体制の強化を図ることが、企業には望まれる。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

(2022年08月17日「基礎研レター」)

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