2022年07月26日

ワーク・エンゲイジメントと生産性のパネル分析~ワーク・エンゲイジメントと生産性(3)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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健康経営(R)1の推進にあたり、経済産業省では、取組の可視化の段階を終え、評価の可視化の段階であるとしており、健康経営度調査で、これまで収集していなかったワーク・エンゲイジメント等従業員の業務パフォーマンスについても現状の把握と向上に向けた取り組みの推進をはじめている。

ワーク・エンゲイジメントは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義される。

前稿「ワーク・エンゲイジメントと生産性の単年分析~ワーク・エンゲイジメントと生産性(2)」では、ニッセイ基礎研究所が実施している「被用者の働き方と健康に関する調査」の結果を使って、ワーク・エンゲイジメントと生産性について単年調査の結果を紹介した。その結果、性、年齢や勤務先の属性、およびストレス状況等の影響を調整したうえで、ワーク・エンゲイジメントが高い人で生産性は高かった。しかし、ワーク・エンゲイジメントも生産性も、アンケートによる自己評価を尋ねていることから、分析結果には、調査対象者本人の特性(例えば、どのような質問に対してもポジティブに回答する傾向がある等)の影響を受けている可能性があった。そこで本稿では、2020~2022年の3回にわたって調査に参加した人を対象に分析を行うことで、個人の特性を考慮した分析を試みる。
 
1 「健康経営」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。

1――はじめに

1――はじめに

1|本稿で使用したデータ
本稿で使用するデータは、ニッセイ基礎研究所が2019年3月から毎年実施している「被用者の働き方と健康に関する調査」である。調査はWEBで行っており、対象は、全国の18~64歳の被用者(公務員もしくは会社に雇用されている人)の男女である。全国6地区、性別、年齢階層別(10歳ごと)の分布を、国勢調査の分布に合わせて収集している。回収数は、2020年調査6,485件、2021年調査は5,808件、2022年調査は5,653件だった。

本稿では、このうち2020~2022年の3年にわたり調査に回答した3,418人分のデータを使った2
 
2 したがって、この3,418人は、全国6地区、性別、年齢階層別(10歳ごと)の分布が必ずしも国勢調査の分布にそっていない。
2|分析概要
2020~2022年でワーク・エンゲイジメント、ストレス状況、ワーカホリズムの状況の変化の状況を紹介し、生産性の変化との関係を分析する。

具体的には、個人にみられる特性が、2020~2022年まで変わらないと仮定し、まず、2020年と2022年の2時点におけるワーク・エンゲイジメントやストレスの状況の変化と、同じく2時点における生産性の変化との関係を確認する。そうすることにより、回答にみられる個人の特性の影響をなるべく小さくする。次いで、詳細な結果を得るため、こういった観測できない不変の特性の扱いを得意とする固定効果分析を行う。固定効果分析は、回帰分析の1つで、複数時点におけるデータを使うことで、こういった時間が経っても変わらない個人の特性の効果を消して推定を行う手法である。

2――ワーク・エンゲイジメント等の状況

2――ワーク・エンゲイジメント等の状況と2020~2022年の変化

1|ワーク・エンゲイジメント等の変数の概要
本稿では、前稿と同様に、ワーク・エンゲイジメントを、「仕事をしていると活力がみなぎる気がする」「職場での自分の役割に誇りを感じる」「仕事にのめり込んでいる・夢中になってしまう」という3つの質問で測定する。3の質問に対して5段階(あてはまる/ややあてはまる/どちらともいえない/あまりあてはまらない/あてはまらない)で回答をしてもらい、順に5~1点を配点し、3つの質問の合計をワーク・エンゲイジメント得点とした。

生産性の測定には「病気やけががないときに発揮できる仕事のできを100%として、過去4週間の自身の仕事を評価してください。」という自分が考える仕事のパフォーマンスを問う質問への回答を使った。

生産性に影響があると考えられているストレスの状況については、「職業性ストレス簡易調査票(57問)」を使用し、素点換算表3から高ストレス者を選定した。

また、同様に生産性に影響があると考えられているワーカホリズムは、「過度に働くことへの衝動性ないしコントロール不可能な欲求」「仕事中でなくても頻繁に仕事のことを考える」などの特徴が指摘されていることから、本稿では、同様の概念である「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答を使った。質問に対して5段階(あてはまる/ややあてはまる/どちらともいえない/あまりあてはまらない/あてはまらない)で回答をしてもらい、「あてはまる」と回答した人を1、それ以外を0とした4
 
3 厚生労働省ストレスチェック実施プログラム「数値基準に基づいて「高ストレス者」を選定する方法(https://stresscheck.mhlw.go.jp/material.html)」。
4 各変数の2020年調査における概要は、前稿「ワーク・エンゲイジメントと生産性の単年分析~ワーク・エンゲイジメントと生産性(2)」をご参照ください。
2|ワーク・エンゲイジメント等の変数の2020~2022年における変化
2020~2022年調査に参加した3418人を対象とし、2022年におけるワーク・エンゲイジメント得点、高ストレスかどうか、「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」に「あてはまる」かどうかにおける2020年からの変化を図表1に示す。

ワーク・エンゲイジメントは、変化なしは34.6%で、30.7%が悪化(得点が低下)し、34.6%が改善(得点が上昇)していた。ストレスチェック(職業性ストレス簡易調査票(57問))で高ストレスに該当するかどうかでは、78.1%が変化なしだった。悪化(高ストレスに該当していなかった人が、該当するようになった)は10.0%、改善(高ストレスに該当していた人が、該当しなくなった)は11.9%だった。「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」は49.3%が変化なしで、「あてはまる」に該当していなかった人が該当するようになった割合は25.9%、該当していた人が、該当しなくなった割合は24.9%だった。
図表1 2020年調査から2022年調査のワーク・エンゲイジメント、高ストレスに該当するか、「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答変化
ワーク・エンゲイジメント得点、高ストレスに該当するか、「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答の変化と生産性の変化の関係を図表2に示す。

まず、2020~2022年にかけて、全体では、生産性は+0.67%でほとんど変化はなかった。次に、2020年と比べて2022年のワーク・エンゲイジメント得点が上昇、ストレスチェックで「高ストレス」に該当しなくなった、「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」に「あてはまる」ではなくなったことと、生産性の上昇には正の関係があり、反対に、ワーク・エンゲイジメント得点が低下、ストレスチェックで「高ストレス」に該当するようになった、「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」に「あてはまる」ようになったことと、生産性の低下に正の関係があることがわかる。
図表2 2020年調査から2022年調査の「生産性」の変化(n=3418)
3|固定効果分析
続いて、個人の特性による影響を小さくするために、2020~2022年の調査に参加した3,418人を対象として、固定効果モデルによる推計を行った5。生産性を被説明変数とし、ワーク・エンゲイジメント、ストレスの状況、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」への回答を説明変数とした。職業6、仕事内容7、年収8、調査年は調整した。「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に対する回答が「あてはまる」を1、「ややあてはまる」「どちらともいえない」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」を0とした。

結果を図表3に示す。個人の特性の影響を排除しても、ワーク・エンゲイジメント得点は生産性と正の関係があり、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」人、また、高ストレス者は生産性と負の関係があった。
図表3 固定効果分析の結果
 
5 F検定、ハウスマン検定により固定効果分析が有効であることを確認している。
6 職業は、公務員(一般)/公務員(管理職以上)/正社員・正職員(一般)/正社員・正職員(管理職以上)/契約社員(フルタイムで期間を定めて雇用される者)/派遣社員(労働者派遣事業者から派遣されている労働者)とした。
7 仕事内容は、管理職・マネジメント/事務職(一般事務、コールセンター、受付等)/事務系専門職(市場調査、財務、秘書等)/技術系専門職(研究開発、設計、SE等)/医療福祉、教育関係の専門職/営業職/販売職/生産、技能職/接客サービス職/運輸、通信職/その他 とした。
8 年収は、300万円未満/300~700万円未満/700~1000万円未満/1000~1500万円未満/1500万円以上/収入はない/わからない・答えたくないとした。

3――おわりに

3――おわりに

以上より、ワーク・エンゲイジメントを、「仕事をしていると活力がみなぎる気がする」「職場での自分の役割に誇りを感じる」「仕事にのめり込んでいる・夢中になってしまう」という質問への回答で評価した結果、ワーク・エンゲイジメントが3年間で高まった人で、より高いパフォーマンスで働けていると認識する傾向が伺えた。ただし、ストレスチェックによって「高ストレス」と判定される人、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」人では、パフォーマンスと負の関係があり、ワーク・エンゲイジメントが上がっても、過度なストレスはもちろん、家にいても仕事のことが気になってしかたない程没頭するようになるのは、生産性にマイナスの影響がある可能性があった。

現在、従業員個人の生産性を高めることを念頭に、ワーク・エンゲイジメントを高める取り組みを行う企業が増えてきているが、今回の分析からは、ワーク・エンゲイジメント等と生産性との因果関係はわからず、自分自身のパフォーマンスが上がってきたと認識することによって、ワーク・エンゲイジメントが高まったり、ストレスが軽減されている可能性もある。したがって、従業員が自分自身でパフォーマンスの向上や悪化を判断できることも重要だと考えられ、ワーク・エンゲイジメント向上に向けた取り組みを行うと同時に、各従業員に求められる役割や業務量について、企業と共有することが必要だと考えられる。

なお、ワーク・エンゲイジメントの向上が生産性の向上によってもたらされるものだとしても、ストレス軽減など精神的不調の予防だけに注目するのではなく、精神的にポジティブな側面に注目し、向上させることは、より活力のある職場を作り、個々のパフォーマンスを上げるために有効だと思われる。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2022年07月26日「保険・年金フォーカス」)

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