2022年07月25日

日本の従業員エンゲージメントの低さを考える

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

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6―従業員エンゲージメントをいかに高めるか?

ところで、米ハーバード大学他の研究者の論考によれば、昨今、パンデミックを機に米国で起きている“Great Resignation”(大量離職)への対応として、従業員エンゲージメントを高めるために、重要なポイントを抽出し、以下のように提示した15

1. 従業員の行動と、何を大切にしているのかを結びつける
(1) 組織のミッションステートメント16を見直し、従業員の価値観と結びつける
(2) 従業員の仕事が組織の目的とどう関連しているかを示す
(3) 多様な関心や目的をもつ従業員の集団への支援・資金提供を行う

2. 仕事そのものをよりストレスの少ない、楽しめるものにする
(1) 新しい仕事に挑戦する柔軟性を与え、従業員が自分の本質的な興味を発見できるようにする
(2) 従業員により多くの自律性を与える
(3) 従業員の自信を高める

3. 「時間の豊かさ」の創造
(1) 金銭だけでなく、時間でも従業員に報いる
(2) 時間節約型商品への投資を奨励する
(3) 営業時間外のメールを抑制するツールを導入する

1-(1)については、組織のミッションが社会的インパクトを与えるものであれば、従業員は自らの目標や価値観を組織のミッションに合わせやすく、自分が組織に適合していると感じられるとされる。1-(2)に関しては、組織のミッションと、自らの日々の仕事との間のつながりを認識することが必要である。ジョブ・クラフティング17を行い、想像力を働かせて自らの仕事を再設計することが有用とされる。1-(3)は、同じような経歴や興味を持つ個人を集めた自発的なコミュニティ18を指す。従業員が同じ価値観や目標を持つ仲間とつながることができる場を提供することで、価値観の一致を促すことに効果的とされる。

2-(1)は、同じ業務でもその捉え方は従業員によって区々であり、どの業務が従業員の内発的動機につながるかを判断する機会を提供するために、比較的短期間に複数のポジションを経験するジョブ・ローテーション・プログラムが例示される。2-(2)は、従業員の内発的なモチベーションを育むためには自律性が必要であり、従業員に一定の自由と責任を与え、日常業務に変化を起こし、自律性を高めることを推奨している。2-(3)は、人はやり遂げる自信のない仕事を避ける傾向があることから、従業員が前向きに仕事を始めるようにするには、自信を持たせることの支援が重要である。そのために、メンター制度19の導入を推奨している。

3-(1)は、従業員への報酬として、金銭に加えて有給休暇等の時間を与え、「時間の豊かさ」を実感させることが効果的とする。3-(2)は、時間節約型商品(ハウスクリーニング、食事宅配サービス、税務申告サービス等)、従業員の余暇時間を増やすサービスへのアクセスのサポートをすることが、時間の豊かさの実感につながるという。3-(3)は、営業時間外のメールの流入を一時停止するツールを活用することで、従業員が「オフ」の時間をより多く持てるようになる。
 
上記は米国企業の例であり、彼我の雇用慣行には大きな差異がある。しかし、従業員を定着させ、長く働いてもらい、良いパフォーマンスを挙げ続けてもらうことは、企業の生産性向上に欠かせないのは、共通することと考えられる。先に見た通り、従業員エンゲージメントが高い企業や部署は、離職率も低い。労働力不足の深刻化が予想される日本の企業においても、従業員を確保するためには従業員エンゲージメント向上に向けた、より一層の働き方の改革が必要になろう。
 
 
15 Stein, Daniel et al.(2021) “How Companies Can Improve Employee Engagement Right Now”, Harvard Business Review, October 13, 2021 https://hbr.org/2021/10/how-companies-can-improve-employee-engagement-right-now (2022年7月14日閲覧、訳は引用者による)
16 企業活動におけるミッション(mission)とは、企業と従業員が共有すべき価値観や果たすべき社会的使命などを意味します。従来の「経営理念」や「社是・社訓」がこれにあたりますが、そうした自社の根本原則をより具体化し、実際の行動に資する指針・方針として明文化したものを、とくに「ミッションステートメント」(mission statement)と呼びます。(日本の人事部 https://jinjibu.jp/keyword/detl/311/ 2022年7月14日閲覧)
17 「ジョブ・クラフティング(Job Crafting)」は、従業員一人ひとりが仕事に対する認知や行動を自ら主体的に修正していくことで、退屈な作業や“やらされ感”のある仕事を“やりがいのあるもの”へと変容させる手法のこと。会社や上司の指示・命令ではなく、働く人々が自分自身の意思で仕事を再定義し、自分らしさや新しい視点を取り込んでいくことで、モチベーションが高まり、パフォーマンスの向上につながるという考え方です。(日本の人事部 https://jinjibu.jp/keyword/detl/779/ 2022年7月14日閲覧)
18 企業内のサークルと考えられる。
19 業務だけに限定せず精神面でのサポートも行う「メンター制度」は、人材育成はもとより、社員の定着率の向上に貢献する制度です。近年、多様な人材の雇用が進むなかで浮上している、チームワークや組織風土における課題を解決する糸口としても注目されています。(日本の人事部 https://jinjibu.jp/keyword/detl/44/ 2022年7月14日閲覧)

7―骨太方針と従業員エンゲージメント

7―骨太方針と従業員エンゲージメント

そのような中、政府の骨太方針にもエンゲージメント20は記載されている。初めて登場したのは「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2021」で、ポストコロナの経済社会のビジョンを描く中で、強い経済を作りあげ、改革・イノベーション志向であり続ける社会に向け、多様な人材がそれぞれの能力を発揮し、エンゲージメントを高めながら活躍することを説いている。最新の「骨太方針2022」では、新しい資本主義に向けた重点投資分野のひとつ、人への投資と分配の中で、多様な働き方の推進として、人的資本投資の取り組みとともに、働く人のエンゲージメントと生産性を高めていくことを目指して働き方改革を進める、としている。

日本は、少子高齢化による労働力人口の減少が止まる見通しは立たず、今後女性や高齢者により一層働くことが求められる。これに加えて、政府も生産性の向上のためには、従業員エンゲージメントの向上が必須であると捉えていると思われる。従業員エンゲージメントの向上が、生産性、安全性、顧客満足度等の改善に繋がることは先に見た通りである。そのためには、第6章に記したように、新しい仕事に挑戦する柔軟性を与え、従業員が自分の本質的な興味を発見できるようにする等、従業員が熱意をもって、安心して働ける環境を企業が作ることが大前提となる。
 
20 骨太方針におけるエンゲージメントの定義は「働き手にとって、組織目標の達成と自らの成長の方向が一致し、仕事へのやりがい・働きがいを感じる中で、組織や仕事に主体的に貢献する意欲や姿勢を示す概念」

8―従業員エンゲージメントに対する批判

8―従業員エンゲージメントに対する批判

従業員エンゲージメントは、企業・従業員双方にとってWIN-WINでありメリットしかなく、向上させることは善である、という見方が大勢を占めると考えられる。しかし、批判的な見方も存在する。例えば、コンサルタント企業によって公表される調査結果の方法の詳細が明らかでないことや、調査対象のほとんどがフルタイム従業員である、といった点が指摘される。また、高水準のエンゲージメントによって従業員が費やす時間やエネルギーについて触れられていないこと、例えばエンゲージした従業員が自宅に仕事を持ち帰って残業時間が増えたり、健康を害したりする懸念もある。更には、使用者側がエンゲージメントの高さを当たり前のように求めることで、新たな従業員搾取の手法になるのではないかという批判もある。21そういう状況が続くと、逆にバーンアウト(燃え尽き症候群)22を起こしてしまうことも考えられ、従業員にとっても企業にとっても不幸な事象に繋がってしまう。

これらの懸念や批判に対して適切に応えることが、従業員エンゲージメントの向上に必須であると思われる。
 
21 橋場(2022)「我が国の従業員エンゲージメントに関する一試論-批判的見解を含む示唆的所論を手掛かりに-」
22 「燃え尽きた」ように仕事に対する意欲を失い、休職・離職に至る症状のこと

9―おわりに

9―おわりに

少子高齢化による労働力人口の減少、特に若い労働力の減少は、極めて大きな問題である。これをカバーするため、女性労働力やシニア層のより一層の活用が模索されている。併せて、現在働いている人々の労働生産性を引き上げることも重要である。そのためには、従業員が生き生きと、献身的に働くことが必要であり、従業員エンゲージメントの向上が急がれる。世界的に見て低位にある日本の従業員エンゲージメントを改善することができれば、より生産性、収益性の向上が見込まれよう。今後進んでいくデジタルトランスフォーメーションの過程の中で、必要とされるスキルは変化していくと思われる。従業員エンゲージメント向上の要件として、企業側が十分なトレーニングの機会を提供することも挙げられる。従業員エンゲージメントは一方通行の貢献ではなく、企業と従業員がお互いに必要とし、必要とされている実感を得られることが肝要である。

今後、多くの企業で、これまで以上に従業員エンゲージメントを意識した経営がなされると思われる。従業員エンゲージメントの調査結果だけを見て一喜一憂するのでなく、それぞれの企業の特性に応じた、適切な施策が講ぜられることが必要だ。多くの企業において従業員エンゲージメントが高まることで、生産性や収益性の向上につながり、その結果、日本経済のより一層の活性化に資すること、そして、より輝いて働ける人が増えることを望む。

(参考文献)

・橋場俊展(2013)「高業績を志向する管理の新潮流-従業員エンゲージメント論の考察-」、『名城論叢』、第13巻第4号、PP.255-279.
・橋場俊展(2022)「我が国の従業員エンゲージメントに関する一試論-批判的見解を含む示唆的所論を手掛かりに-」、『名城論叢』、第22巻第4号、PP.111-135.
・岩﨑敬子(2020)「幸福度が高まると労働者の生産性は上がるのか?-大規模実験を用いた因果関係の検証:プログレスレポート-」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート、2020年1月15日
・岩澤誠一郎(2016)「日本企業におけるワーク・エンゲイジメントとマネジメント・スキル」、『経済社会学会年報』 第38巻、PP.72-90.
・経済産業省(2020)『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書 ~人材版伊藤レポート~』
・経済産業省(2022)『人的資本経営の実現に向けた検討会報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~』
・経済産業省(2022)『未来人材ビジョン』
・内閣府(2021)『経済財政運営と改革の基本方針2021』
・内閣府(2022)『経済財政運営と改革の基本方針2022』
・内閣官房(2022)『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』
・ロッシェル・カップ(2015)『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』、クロスメディア・パブリッシング
・柴田彰(2018)『エンゲージメント経営』、日本能率協会マネジメントセンター
・島津明人(2015)「ワーク・エンゲイジメントに注目した個人と組織の活性化」、『日本職業・災害医学会会誌 JJOMT』、Vol.63, No.4、PP.205-209.
・髙橋好江・武村雪絵・市川奈央子(2021)「仕事におけるエンゲージメントの概念整理と今後の方向性:組織で働く看護職の特性を踏まえて」、『日本医療・病院管理学会誌』、Vol.58, No.4、PP.96-104.
・塚田知香(2017)「ワーク・エンゲイジメントの国内での研究動向及び浸透について~国内文献レビューとネット検索結果から~」、『経営論集』第6号、PP.43-53.
・Macey, William and Schneider, Benjamin(2008)“The Meaning of Employee Engagement”, Industrial and Organizational Psychology, 1(2008), PP.3-30.
・Paul, Angela and Young, Stephen(2021)“Why is employee engagement important?”, WTW https://www.wtwco.com/en-US/Insights/2021/05/why-is-employee-engagement-important(2022年7月14日閲覧)
・Stein, Daniel et al.(2021) “How Companies Can Improve Employee Engagement Right Now”, Harvard Business Review, October 13, 2021  https://hbr.org/2021/10/how-companies-can-improve-employee-engagement-right-now (2022年7月14日閲覧)

 
 
 

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総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

(2022年07月25日「基礎研レター」)

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