コラム
2025年04月11日

万博のミャクミャク硬貨の向こう側-記念と責任の間に

総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆

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1――はじめに

職場の同僚が「銀行で両替してきた」と言って見せてくれたのが、ミャクミャクが刻まれた500円の記念貨幣だった。大阪・関西万博を記念して財務省が発行した法定通貨であり、買い物にも使える1。中央は銀白色、外周は黄金色の二層構造で、金属の質感を活かした彫刻によりキャラクターが立体的に浮かび上がる。実際には通常の500円硬貨と同じ素材・サイズ・重量であり、見た目の特異性とは裏腹に、日常の中に溶け込みやすい設計となっている。

記念貨幣という存在自体は目新しいものではない。今回の万博に際しても、10,000円金貨や1,000円銀貨といった高額かつ豪奢な貨幣がすでに発行されている。しかし、それらは専用申込による購入制であり、日常生活ではほとんど目にする機会がない。一方で、この500円記念貨幣は、全国の金融機関を通じて実際に流通している。日常の延長線上にある、“公共空間で多くの人に触れられる記念”として、多くの人の目に触れる存在となっている。

こうした中、先日覗いた東京の複数の書店では『大阪・関西万博ぴあ』が品切れとなっており、Amazonでも一時「お届けまで1週間以上」との表示が出ていた。関西主導のイベントではあるが、開幕直前になり、東京でも徐々に機運が高まってきたことの一端かもしれない。

そのような中、この500円貨幣を手に取ったとき、改めて感じるのは———これは単なる記念グッズではなく、国家的事業の象徴であり、公共性のある資金の使途や優先順位のあり方を問いかける存在でもある、ということである。
 
1 2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)。以降本稿での「万博」はこれを指す。

2――国家が「記念する」とはどういうことか

日本における記念貨幣の歴史は、1964年の東京オリンピックにさかのぼる。100円銀貨が最初の発行例である。以降、天皇陛下の御在位や沖縄の本土復帰、長野冬季五輪、東日本大震災の復興支援など、国として「記憶に残すべき節目」にあたって記念貨幣が発行されてきた2

これらは単なる収集品ではない。記念貨幣の発行は、法律に基づいて内閣が閣議決定を経て行われるものであり、発行の対象となる出来事は、形式的には「国家として記念に値するもの」として一定の重みをもって扱われている。今回の500円記念貨幣も、発行枚数が約220万枚とされ、全国の金融機関で両替を通じて流通している。近年では2020年東京オリンピック・パラリンピックでも500円を含む複数の額面の記念貨幣が発行されたが、そのうち500円貨と100円貨は今回と同様に、銀行窓口での引換えを通じて流通する形式が採用された。

ミャクミャクの硬貨も、かわいらしさの裏に、そうした行政手続きの重みや国としての思いを背負って存在している。
 
2 記念貨幣は、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」第5条第2項により、内閣の閣議決定を経て、国家的記念事業として発行される。このため、一般的には、国民がこぞってお祝いするような事柄(皇室の御慶事、国家的事業の完成等)や国際的な行事(オリンピック、万国博覧会など)が挙げられる。(財務省)
同法第五条 (貨幣の種類)貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。
 2 国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は、前項に規定する貨幣の種類のほか、一万円、五千円及び千円の三種類とする。
 3 前項に規定する国家的な記念事業として発行する貨幣(以下この項及び第十条第一項において「記念貨幣」という。)の発行枚数は、記念貨幣ごとに政令で定める。

3――揺らぐ費用構造と責任の構図

(図表1)万博建設費予算の推移(億円) ところで、大阪・関西万博における建設コストに関する負担スキームは、国、大阪府・市、経済界の三者が1/3ずつを担うという明快な構図である。しかし、当初の見込みを上回る資材費や人件費の上昇等を受けて、建設費は増額された(図表1)。結果として、国費や大阪府・市、さらには経済界の拠出額も当初計画を大きく上回る規模となっている。
(図表2)万博の前売券販売状況(枚) 加えて、注目されているもう一つの課題が、運営費の構造である。万博の運営費は入場料収入を主な財源とする計画だが、その販売実績は想定を下回っており、収支の均衡には不透明感がつきまとう。収支を均衡させるためには少なくとも約1,800万枚のチケット販売が必要とされている2(図表2)。しかし、4月2日時点の販売実績は累計870万枚と、前売券目標枚数の1,400万枚を大きく下回る。

さらに、特に注目されるのが「赤字が発生した場合に誰が責任を負うのか」という論点である。万博協会は公益社団法人であり、収支バランスを保つ努力が求められるが、事業の性質上、その運営には国・自治体・経済界の三者が深く関与している3

2023年12月、自見英子万博担当相(当時)は「政府として赤字を補填する考えはない」と表明した4。大阪府・市も同様に、公費による補填を否定していた5。吉村大阪府知事は最近の定例記者会見で、「赤字になった場合は三者(国・大阪府市・経済界)で協議する」と述べたが、それは裏を返せば、いまだ責任分担の実態が固まっていないことを示している6

報道によれば関西経済連合会の松本会長は2024年4月15日の記者会見で「赤字になるとややこしい。誰が払うんやとなるわけで」と語っており、経済界の立場を代弁する慎重な姿勢がうかがえる7。仮に赤字が生じ、追加的な財源措置が必要となれば、その原資は最終的に国費や公費に頼る形となる可能性もある。納税者自身がその一端を担うことにもつながり得る以上、責任の所在と判断の透明性は一層重要な論点となってくる。

万博の開催地選定に際してビッドドシエ(立候補申請文書)を提出したのは、日本政府(当時の安倍内閣)であるが、これは万博を主管する博覧会国際事務局(BIE)の手続に基づき、開催国政府が責任主体として提出する仕組みによるものである8。一方で、万博招致の発案、会場選定や準備体制の形成にあたって、大阪府知事や大阪市長を中心とした地方政治の主導が強かったという事実もある。そうした中で、企業に対して過度な責任を求める議論には慎重さが求められる。むしろ企業側は、前売券購入支援やスポンサー活動などを通じて積極的に協力し、開催を支えているという現実がある。
 
2 「関西広域エリアの人口、インバウンドの増加から、大阪・関西万博では想定来場者数2820万人を設定(通期パス・夏パスの複数来場を勘案し、2300万枚のチケット販売を想定)。愛知万博と同様、前売りで6割となる1400万枚の販売を目指す。うち700万枚を経済界での購入を期待。」(万博協会臨時理事会会議資料2024年2月6日)
「赤字かどうかの損益分岐点は1,800万枚になります。つまり万博開始前にもう1,000万枚を超えましたので、残りの期間中で残りの800万枚をクリアすれば赤字にはならないということです。ですから始まる前から既に損益分岐点の半分以上の前売券が販売されているという状況です。」(吉村大阪府知事 定例記者会見(令和7年4月9日))
https://youtu.be/wISiLuJme7I?t=2434
3 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会の略称。大阪・関西万博の主催者。
4 「現在と今後もですが、法律上も大阪関西万博の事業の責任は事業主体である博覧会協会が負うということが大前提ですので、政府として赤字を補填をするということは考えてございません。その上で、本博覧会の最終的な損益が赤字にならないように、博覧会協会を監督する経済産業省を中心に、内閣官房も含めて政府としても協会による適切な業務運営の確保に努めてまいりたいと考えてございます。」(内閣府 自見内閣府特命担当大臣記者会見要旨 令和5年12月12日)
https://www.cao.go.jp/minister/2309_h_jimi/kaiken/20231212kaiken.html
5 横山大阪市長「運営費につきましては、平成29年4月の閣議了解におきまして、会場運営費は適正な入場料の設定等により賄うものとし、国庫による負担や助成は行わないこととされておりまして、それに沿いまして府市も負担することは考えておりません。このような状況の下、赤字が発生した場合の報道が先行されておりますが、大事なのはまずは赤字にならないようにすることが重要であると考えております。早期にその芽を摘み取り、対策を取っていくことが不可欠と認識しておりまして、府市といたしましても博覧会協会の経費の収支状況をしっかりと確認、検証していきたいと思います。」(令和6年1月31日 2025年日本国博覧会の推進について 会議録)https://ssp.kaigiroku.net/tenant/cityosaka/SpMinuteView.html?council_id=3554&schedule_id=2&minute_id=1&is_search=true
6 「誰がどう負担するか、まだ決めていませんので、どういう状況になるかまだわからないということになります。この赤字の負担をどうするのかということについては、国と府市と経済会が協議して決めるということまでですので、誰がどうするというところまではまだ決まっていないという状況です。」(吉村大阪府知事 定例記者会見(令和7年4月9日))
https://youtu.be/wISiLuJme7I?t=2824
7 FNNプライムオンラインhttps://www.fnn.jp/articles/-/689532?utm_source=chatgpt.com (2024年4月23日)
8 「2025年国際博覧会の大阪誘致に向けて立候補と開催申請を行うことが閣議了解されました」(2017年4月11日)(経産省)https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11038495/www.meti.go.jp/press/2017/04/20170411001/20170411001.html
国際博覧会条約に基づき、開催国は誘致活動およびビッドドシエの提出にあたり、国としての責任を持つ。したがって、日本政府(当時の安倍内閣)が提出者であることは制度上の要請である。

4――おわりに

ミャクミャクの記念貨幣を手にしたことをきっかけに、万博という国家的プロジェクトの背景にある費用構造や意思決定のあり方について、あらためて考えさせられた。誰の判断で、誰の負担によって進められているのか——その問いは、たとえ万博が開幕したあとであっても有効であり続けるはずだ。

今後、吉村知事の発言にあるように、SNS等の効果から来場者数が増加し、入場料収入が想定以上に確保されることによって、当初懸念されていた運営費の赤字が回避される可能性もないわけではない9。そのような形で懸念が杞憂に終わることは歓迎すべきことである10

もっとも、仮に収支面で黒字となったとしても、ここまでの経緯を通じて責任の所在が曖昧なままであったことは事実として残る。この構造的な不明瞭さに対する省察は、将来の大型国家事業の企画・実行プロセスにとっても意義深いはずである。

祝祭のにぎわいのなかで立ち止まり、その背後にある構造を見つめ直すこと。それもまた、未来へのレガシーの一部になるのではないか。
 
9 「この機運というのは近くなればなるほど高まってくると思いますし、開幕すれば、誰もまだ経験していない万博の会場内に実際に入って、そして経験することになります。あの会場を1回経験すると、皆さんの報道もあると思いますし、SNSでもどんどん発信されて、口コミも広がっていく中で、行ってみたいなという方は、僕は増えると思っています。」(大阪府 令和7年2月4日知事記者会見内容)https://www.pref.osaka.lg.jp/o070050/koho/kaiken2/20250204.html
10 なお、2000年のドイツ・ハノーファー万博においては巨額の赤字が計上され、24億マルクに達すると推計された。連邦政府が2/3、ニーダーザクセン州が1/3を負担すると、州広報担当者が述べた(もともとは、赤字の場合連邦政府と州政府で半分ずつ負担との取り決め)。 DER SPIEGEL、2000年11月29日。
https://www.spiegel.de/politik/deutschland/expo-defizit-bund-uebernimmt-doch-zwei-drittel-a-105434.html

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(2025年04月11日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   主任研究員

小原 一隆 (こばら かずたか)

研究・専門分野
経済政策・人的資本

経歴
  • 【職歴】
     1996年 日本生命保険相互会社入社
          主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
         (海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
     2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
    ・公益社団法人日本証券アナリスト協会

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