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- 「楽しい日本」は実現するのか?-堺屋太一の構想と石破政権の政策-
コラム
2025年02月04日
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1――はじめに
「楽しい日本」は、どのように実現されるのか。堺屋太一氏(以降敬称略)は生前、この概念を次代の日本の目指すべき社会像として構想した。その後、2025年には石破首相が政策の中核に据えている。両者は「楽しい日本」を目指す点で一致しているが、その具体的なアプローチには明確な違いがある。
本稿では、堺屋の著書『三度目の日本』で示された「楽しい日本」と、石破政権が掲げる「楽しい日本」の相違点を明らかにしつつ、両者に共通する要素や影響関係についても考察する1。
1『三度目の日本』(祥伝社新書、2019年)は、堺屋が死の直前に書き残した最後の提言。本書では、日本が「三度目の敗戦」ともいえる価値観の大転換期を迎えているとし、これを乗り越えるための未来像を提示する。幕末、第二次世界大戦後に続く「敗戦」の中で、日本は新たな価値観を築き、「楽しい日本」を目指すべきだと主張する。
本稿では、堺屋の著書『三度目の日本』で示された「楽しい日本」と、石破政権が掲げる「楽しい日本」の相違点を明らかにしつつ、両者に共通する要素や影響関係についても考察する1。
1『三度目の日本』(祥伝社新書、2019年)は、堺屋が死の直前に書き残した最後の提言。本書では、日本が「三度目の敗戦」ともいえる価値観の大転換期を迎えているとし、これを乗り越えるための未来像を提示する。幕末、第二次世界大戦後に続く「敗戦」の中で、日本は新たな価値観を築き、「楽しい日本」を目指すべきだと主張する。
2――堺屋太一の「楽しい日本」
堺屋は『三度目の日本』の中で、日本の近代史を三つの時代に分類し、それぞれの転換点を「敗戦」と表現した。「敗戦」とは、単なる戦争の敗北ではなく、社会全体の価値観や行動様式が劇的に変わることを意味している。
彼が定義する「一度目の日本」は、明治維新から第二次大戦の敗戦までの時代を指し、江戸時代の「天下泰平」という安定志向から、「勇気と進取」による富国強兵を伴う近代化へと価値観が転換した時期である。
「二度目の日本」は、第二次世界大戦後の占領期と高度経済成長期にあたる。戦争の敗北によって軍国主義が否定され、価値観は「国家の強さ」から「物質的な豊かさ」へとシフトした。大量生産・大量消費社会が形成され、経済発展が国民の幸福と直結する時代となった。
そして、「三度目の日本」は、21世紀の日本が転換の過程にある中で、これから形成される新たな社会像として描かれている。バブル崩壊後の低成長や少子高齢化、第四次産業革命といった要因が、従来の「経済成長=豊かさ」という価値観を揺るがしつつある2。堺屋は、「三度目の日本」では「創造性」や「多様な生き方」がより重視されるとし、従来の「経済成長=豊かさ」という価値観が相対化されると予測した。執筆時点ではまだ「二度目の日本」の末期であり、「三度目の日本」はこれから到来するものとして描かれている。
• 一度目の日本:「強い日本」(幕末・明治維新~第二次世界大戦)
〇黒船来航による「第一の敗戦」を経て、江戸時代の価値観が覆され、明治維新による中央集権化のもと、殖産興業を推進し、国力を高めることで富国強兵を実現した。明治期に殖産興業が進められ、日清・日露戦争を経て、国家の軍備強化と国際的地位の向上が進んだ時代。
• 二度目の日本:「豊かな日本」(戦後復興~高度経済成長)
〇第二次世界大戦の敗戦後、「第二の敗戦」を迎え、戦後は「豊かな日本」を目指して規格大量生産の社会を構築し、経済大国となった。しかし、バブル崩壊後、そのモデルも行き詰まりを見せた。
• 三度目の日本:「楽しい日本」(2020年代~)
〇堺屋は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを契機に、「第三の敗戦」が決定的になるだろうと予測し、その後の日本を「楽しい日本」と定義。多様な価値観を尊重し、一人ひとりが創造性を発揮できる社会を目指す3。
堺屋は、戦後の高度経済成長を支えた官主導の経済、教育、産業政策、社会制度などあらゆる分野での統制が変化を迫られる中、これからは個人が創造性を発揮し、主体的に社会を構築できる仕組みが必要だと主張した。
2 堺屋のいう第四次産業革命とは、「多様性と大量性を両立させる産業革命(前掲書P.20)、「分かりやすく言えばロボットとドローン、自動運転、そしてビッグデータによる変化」(同P.182)。
3 東京オリンピック・パラリンピックは、新型コロナウイルスの世界的流行により延期され、2021年に開催された。堺屋の著書の刊行は2019年で、まだパンデミックは発生していなかった。
彼が定義する「一度目の日本」は、明治維新から第二次大戦の敗戦までの時代を指し、江戸時代の「天下泰平」という安定志向から、「勇気と進取」による富国強兵を伴う近代化へと価値観が転換した時期である。
「二度目の日本」は、第二次世界大戦後の占領期と高度経済成長期にあたる。戦争の敗北によって軍国主義が否定され、価値観は「国家の強さ」から「物質的な豊かさ」へとシフトした。大量生産・大量消費社会が形成され、経済発展が国民の幸福と直結する時代となった。
そして、「三度目の日本」は、21世紀の日本が転換の過程にある中で、これから形成される新たな社会像として描かれている。バブル崩壊後の低成長や少子高齢化、第四次産業革命といった要因が、従来の「経済成長=豊かさ」という価値観を揺るがしつつある2。堺屋は、「三度目の日本」では「創造性」や「多様な生き方」がより重視されるとし、従来の「経済成長=豊かさ」という価値観が相対化されると予測した。執筆時点ではまだ「二度目の日本」の末期であり、「三度目の日本」はこれから到来するものとして描かれている。
• 一度目の日本:「強い日本」(幕末・明治維新~第二次世界大戦)
〇黒船来航による「第一の敗戦」を経て、江戸時代の価値観が覆され、明治維新による中央集権化のもと、殖産興業を推進し、国力を高めることで富国強兵を実現した。明治期に殖産興業が進められ、日清・日露戦争を経て、国家の軍備強化と国際的地位の向上が進んだ時代。
• 二度目の日本:「豊かな日本」(戦後復興~高度経済成長)
〇第二次世界大戦の敗戦後、「第二の敗戦」を迎え、戦後は「豊かな日本」を目指して規格大量生産の社会を構築し、経済大国となった。しかし、バブル崩壊後、そのモデルも行き詰まりを見せた。
• 三度目の日本:「楽しい日本」(2020年代~)
〇堺屋は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを契機に、「第三の敗戦」が決定的になるだろうと予測し、その後の日本を「楽しい日本」と定義。多様な価値観を尊重し、一人ひとりが創造性を発揮できる社会を目指す3。
堺屋は、戦後の高度経済成長を支えた官主導の経済、教育、産業政策、社会制度などあらゆる分野での統制が変化を迫られる中、これからは個人が創造性を発揮し、主体的に社会を構築できる仕組みが必要だと主張した。
2 堺屋のいう第四次産業革命とは、「多様性と大量性を両立させる産業革命(前掲書P.20)、「分かりやすく言えばロボットとドローン、自動運転、そしてビッグデータによる変化」(同P.182)。
3 東京オリンピック・パラリンピックは、新型コロナウイルスの世界的流行により延期され、2021年に開催された。堺屋の著書の刊行は2019年で、まだパンデミックは発生していなかった。
3――石破政権の「楽しい日本」
石破政権も、堺屋の『三度目の日本』を踏まえた上で、「楽しい日本」を政策の柱と位置づけている。
石破首相は施政方針演説や年頭記者会見で、「楽しい日本」について、強さ、豊かさといった先人が築いた功績の上に、世界平和の下、すべての人々が安心と安全を感じ、多様な価値観を持つ一人ひとりが、今日より明日はよくなると実感し、夢に挑戦し、互いに尊重し合いながら自己実現を図れる活力ある国家であると述べている。
石破政権が掲げる主な政策の方向性は、人的資本の視点を取り入れつつ、以下のように整理できる。
• 個人の挑戦を支援する社会
〇「今日より明日はよくなる」と実感できる仕組みを整備。
〇若者・女性が地方で働きやすい環境づくり。
• 「令和の日本列島改造」=地方創生2.0
〇中央から地方への人の流れを生む政策。
〇デジタル技術や新産業の創出を促進。
• 人財尊重社会の実現
〇賃上げと投資がけん引する成長型経済。
〇AI・DXを活用し、地方経済を支える。
これらの政策を通じて、政府の制度設計と民間の活力を組み合わせたアプローチを模索している。
石破首相は施政方針演説や年頭記者会見で、「楽しい日本」について、強さ、豊かさといった先人が築いた功績の上に、世界平和の下、すべての人々が安心と安全を感じ、多様な価値観を持つ一人ひとりが、今日より明日はよくなると実感し、夢に挑戦し、互いに尊重し合いながら自己実現を図れる活力ある国家であると述べている。
石破政権が掲げる主な政策の方向性は、人的資本の視点を取り入れつつ、以下のように整理できる。
• 個人の挑戦を支援する社会
〇「今日より明日はよくなる」と実感できる仕組みを整備。
〇若者・女性が地方で働きやすい環境づくり。
• 「令和の日本列島改造」=地方創生2.0
〇中央から地方への人の流れを生む政策。
〇デジタル技術や新産業の創出を促進。
• 人財尊重社会の実現
〇賃上げと投資がけん引する成長型経済。
〇AI・DXを活用し、地方経済を支える。
これらの政策を通じて、政府の制度設計と民間の活力を組み合わせたアプローチを模索している。
4――「楽しい日本」の対比
堺屋と石破政権の「楽しい日本」は、官(官僚機構)の役割や技術革新の捉え方において異なるアプローチを取っている。堺屋は、官主導の枠組みをできる限り縮小し、個人や地域が自律的に動くことで創造性と多様性を活かす社会こそが「楽しい日本」につながると考えた。官が指導・統制するのではなく、社会が自発的に活性化する仕組みを重視した。一方、石破政権は、官が制度設計を主導し、民間の活力を引き出すことで、経済成長と社会の安定を実現することを目指している。そのため、官の関与は限定的ではなく、積極的に環境整備を進めることに重点が置かれている。これは、堺屋の描いた「楽しい日本」とは異なり、官が一定の役割を果たしつつ民間の活力を促すというアプローチである。
技術活用の面でも違いがある。堺屋は、第四次産業革命が「三度目の日本」の形成を促す重要な契機となると考えた。彼は、ロボットやAIの発展が産業構造や働き方を根本から変革し、人類の価値観や生き方そのものに影響を与えると指摘した。一方、石破政権は、第四次産業革命を活用し、GX(グリーントランスフォーメーション)や、DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じた生産性向上に加え、地域経済の再活性化を促進する。「令和の日本列島改造」の実現を通じ、持続可能な社会の構築を目指している。
技術活用の面でも違いがある。堺屋は、第四次産業革命が「三度目の日本」の形成を促す重要な契機となると考えた。彼は、ロボットやAIの発展が産業構造や働き方を根本から変革し、人類の価値観や生き方そのものに影響を与えると指摘した。一方、石破政権は、第四次産業革命を活用し、GX(グリーントランスフォーメーション)や、DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じた生産性向上に加え、地域経済の再活性化を促進する。「令和の日本列島改造」の実現を通じ、持続可能な社会の構築を目指している。
5――「楽しい日本」をどう実現するか
石破政権が進める「楽しい日本」は、制度改革と技術革新を通じた持続可能な成長を軸に据えている。その中で、「人財尊重社会」の実現が掲げられ、人的資本を重視する政策が打ち出されている。企業の成長だけでなく、個人が能力を最大限に発揮できる環境を整備することで、経済と社会の持続的な発展を目指している。
こうした政策の延長線上にあるのが、単なる経済成長ではなく、社会全体の幸福度の向上である。人的資本経営の観点からも、労働環境の改善やリスキリング支援、ダイバーシティ推進などが進められている。これにより、個々の働きがいやウェルビーイングを高めることが、日本全体の持続可能性にも繋がると考えられている。
とはいえ、「楽しい日本」の実現には、制度や技術革新だけでなく、社会全体の価値観の変化、つまり堺屋が「敗戦」と表現したような大きな転換も求められる。そして、その変化は既に始まりつつあると考えられる。今後、石破政権の政策がどう具体化されるかを見極めることが重要である。私たち一人ひとりが自らの選択を通じて社会の変化を受け止め、そのあり方を形作ることが求められる。
こうした政策の延長線上にあるのが、単なる経済成長ではなく、社会全体の幸福度の向上である。人的資本経営の観点からも、労働環境の改善やリスキリング支援、ダイバーシティ推進などが進められている。これにより、個々の働きがいやウェルビーイングを高めることが、日本全体の持続可能性にも繋がると考えられている。
とはいえ、「楽しい日本」の実現には、制度や技術革新だけでなく、社会全体の価値観の変化、つまり堺屋が「敗戦」と表現したような大きな転換も求められる。そして、その変化は既に始まりつつあると考えられる。今後、石破政権の政策がどう具体化されるかを見極めることが重要である。私たち一人ひとりが自らの選択を通じて社会の変化を受け止め、そのあり方を形作ることが求められる。
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(2025年02月04日「研究員の眼」)
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03-3512-1864
経歴
- 【職歴】
1996年 日本生命保険相互会社入社
主に資産運用部門にて融資関連部署を歴任
(海外プロジェクトファイナンス、国内企業向け貸付等)
2022年 株式会社ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・公益社団法人日本証券アナリスト協会
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