2022年07月12日

変わるEUの対中スタンス-2022年7月アップデート

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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4|ドイツの新政権と2022年上半期EU理事会議長国フランスの動き
EUを牽引してきたドイツとフランスは、共にCAIの凍結解除には否定的で、戦略目標実現のための規制強化、通商政策の活用を支持する。

ドイツで21年12月に発足したショルツ政権は、16年にわたる在任期間中に12回訪中するなど、中国への傾斜を強めたメルケル政権に比べて中国に強硬な姿勢を採ると見られている。連立を構成する3党の協定には、メルケル首相が取りまとめに尽力したCAIのEU理事会による承認は不可能としている。連立協定には、南シナ海、東シナ海、台湾海峡に関する記述のほか、「台湾の国際機関への実質的参加支持」、「新疆ウイグル自治区の問題を含む中国の人権弾圧に対してより明確に発言」、「香港の一国二制度の復活を目指す」など、中国政府の反発を招きかねない文言も盛り込まれた27。外相に、人権問題により厳しい立場をとる緑の党のベーアボック氏が就任したことも、ショルツ政権が中国に対して強硬な姿勢を採るとの思惑につながっているようだ。

ショルツ政権も、EUと同じく中国を「パートナーであり、経済的競争相手であり、体制上のライバル」と位置付けている。中国への過度の依存を是正し、競争条件の公平化を目指すことは優先課題の1つだが、こうした軌道修正は、すでに第4次メルケル政権期には始まっており、非連続的な形で、政策スタンスが厳格化する訳ではない。
ロシアによるウクライナ侵攻は、ロシアとの相互依存関係が安全保障につながるとの期待を打ち砕くものであり、ドイツはウクライナへの武器の供与や国防費の2%への即時引き上げなど歴史的な政策転換を迫られている。エネルギーの脱ロシアも急務であり、対中政策はやや後景に退いている感がある。

フランスは、22年上半期のEU理事会の議長国として「EUの主権の強化」、「新しい欧州成長モデルの構築」、「人道的なヨーロッパ」を3本の柱を掲げた(図表4)28。「新しい欧州成長モデルの構築」では、水素、バッテリー、宇宙、半導体、クラウド、防衛、健康、文化・クリエイティブ産業での欧州チャンピオンの創出、ルール形成力の発揮を目指す。環境・気候政策の推進とともに競争条件公平化のための2030年の気候目標達成のための政策パッケージ「Fit for 55」に盛り込まれた国境炭素調整措置(CBAM)や、通商協定への環境・社会的要件の組み入れを強化する方針を示していた。

結果として、フランスの議長国の期間中に、ロシアによるウクライナへの大規模軍事侵攻が始まったことで、防衛政策は大きく後押しされることになり、気候変動対策は、エネルギー安全保障政策としても重要度を帯びるようになった。近隣諸国支援では、ウクライナ支援が最重要課題となり、同国とともにEU加盟を申請したモルドバ、ジョージアの加盟問題への対処を迫られた。

中国とのCAIについてはフランスでも早期発効への政治的機運は失われている。マクロン大統領は、CAIの大筋合意に至ったテレビ会談に、ミッシェルEU首脳会議議長、フォンデアライエン欧州委員会委員長、当時の議長国であるドイツのメルケル首相(当時)とともに参加している。メルケル首相の招待によるものとされるが、マクロン大統領も、この時点では、合意を積極的に支持していたと思われる。しかし、合意からおよそ1年後の演説では、CAIへの言及はない。リステール貿易・誘致担当相はメデイアのインタビューで「中国の対応が変わらない限り、批准はできない」との見方を示していた29

フランスのマクロン大統領は22年4月の大統領選挙で再選され二期目に入った。外交・安全保障政策の権限を担う大統領の交代によるEU政策の大幅な路線の転換やEUの不安定化といった事態は回避された。しかし、22年6月の国民議会選挙で議会の過半数を失い、国内での政策実行力は大きく低下した。EUにおけるリーダーシップにも影を落としそうだ。マクロン大統領の二期目もEUの戦略的自立を目指す立場は変わらない。ウクライナの復興支援への意欲も高く、同時にロシアに対しては汎欧州の安全保障の立場から、「プーチン大統領に屈辱を与えるべきではない」との姿勢も示しており、ロシアへの脅威認識が強く、一斉の妥協をすべきでないとする中東欧と温度差も垣間見える。
図表4 EU理事会議長国としてのフランスの優先課題
図表4 EU理事会議長国としてのフランスの優先課題

4――EU・中国の関係変化と日本への示唆

1|EU・中国の投資・貿易関係の変化
EUの政策スタンスの変化は、EUと中国の経済関係の希薄化につながるのだろうか。

現時点では、変化の兆しはあるが、必ずしも関係の希薄化に向かっているとは言えない。そもそもEU・中国間の経済関係は、中国側の政策の影響を受ける傾向が強い。

中国からEUへの直接投資は、EUが世界金融危機に続くユーロ危機の打撃に苦しんだ2010年代に大きく増加し、2016年のピークには400億ユーロを超えていた。その後、減少に転じ、コロナ禍が始まった2020年には65億ユーロまで縮小した(図表5)。中国からEUへの直接投資の殆どが、グリーンフィールド投資ではなく、M&A(合併と買収)によるものであり、先端技術の取得が狙いと考えられている。縮小傾向への転機は、16年11月の中国政府の資本流出規制にあり、足もとではコロナ禍による不透明感、過度な資本流出への警戒や米国の規制強化を反映した中国当局の管理強化、そして本稿で紹介したEUと加盟国による直接投資スクリーニング制度導入30などの複合的な影響でM&Aの減少傾向が続いている。EUが警戒する国有企業による投資の割合も低下しているが(図表6)、鉄道車両メーカー・中国中車(CRRC)によるスペインの建設会社アルデサの買収、同社の子会社・中国中車株洲電力機車による独総合鉄道メーカー・フォスローの機関車事業部門(フォスロー・ロコモティブ)の買収、中国長江三峡集団(CTG)によるポルトガルのエネルギー供給会社EDPの株式取得などは認められている。

M&Aの減少の一方、20年には、新たに企業を設立する新規投資(グリーンフィールド投資)は、中国からEUへの全FDIの20%に相当する13億ユーロと過去最高額に達した。Kratz et al(2021)では、注目されるグリーンフィールド投資の動きとして通信機器大手のファーウェイ、PCメーカーのレノボ、テクノロジー企業のバイトダンス、家電のハイアールやハイセンス、電池企業のエスボルトの事例に言及している。うちエスボルトのドイツでの電池工場建設は複数年にまたがる大規模な計画で21億ユーロを投じる。

EUから中国への投資も、米シンクタンク・ローディアム・グループによる集計31では、伸び悩んではいるものの、失速もしていない。投資金額が大きいのはフォルクス・ワーゲン、BMW、BASFなどであり、ドイツ・メーカーの「中国離れ」の兆候はない32。米中関係でも、政治的な対立は先鋭化しても、米国の金融資本の活動は活発であるなど、米中の経済関係は「デカップリング(分離)」どころか緊密化しているとの指摘もある33。EUと中国の間でも双方向で成長が見込まれる分野での投資の流れは続いているように感じられる。

規制強化が企業活動に及ぼす影響についても実体を見極めて、慎重に判断する必要がある。
図表5 EU27と英国向けの中国のFDI/図表6 EU27と英国向けの中国のFDIに占める国有企業の投資の割合
EUと中国間の財の貿易を通じた結び付きもコロナ禍にあって、むしろ強まっている。EUの輸入に占めるシェア、コロナ禍による医療防護具やデジタル機器への需要シフトもあり20年には上昇、21年も高止まりしている(図表7)。EUからの輸出に占める中国のシェアも、主要国・地域で最も高い成長を維持する中国への依存度は高まっている(図表8)。

他方で、英国は輸出入の両面でシェアを落としている(図表7、8)。21年に特に輸入(英国の輸出)のシェアが低下しているのは、EUからの「完全離脱」による非関税障壁の出現が響いたものである。「体制上のライバル」である中国との結び付きが強まる一方、「価値観を同じくするパートナー」である隣国との関係が希薄化するという皮肉な結果である。
図表7 EU27の財輸入に占めるシェア/図表8 EU27の財輸出に占めるシェア
 
30 完全適用1年目のスクリーニング(審査)結果の報告書(European Commission (2021))によれば、加盟国が実施したスクリーニング1793件のうち、無条件承認が79%、条件付き承認が12%、中止が7%、禁止が2%で、EUが11の加盟国から通知を受けた265件のうち80%は詳細な調査は不要、14%を精査し、6%は報告書作成段階でも継続中とした。265件の最終投資家の国籍は米国が45%、英国が9%、中国が8%で中国が必ずしも高いシェアを占める訳ではないが、2020年のM&Aの最終投資家に占める中国の割合2.5%よりは高い。
31 Rhodium Group ‘Cross Border Monitor (CBM) Peoples Republic of China 〈 〉European Union Direct Investment 2Q 2021’ July 2021
32 米中間の摩擦が深刻化する中での欧米企業の中国におけるビジネス動向についてはJETROがまとめている「特集 中国における欧米企業などの動向」が参考になる。
33 地政学的リスク分析を専門とするコンサルティング会社・ユーラシア・グループが毎年作成する「10大リスク(Top Risks 2022)」で米中が新冷戦に向かう「冷戦2.0」を「レッドヘリング(リスクもどき)」に分類する理由として双方の貿易は活発に行われており、高度に複雑な供給網で結びついていること、ウォール・ストリートの中国のプレゼンスは拡大しており、双方の通商担当者は財の貿易の結び付きの安定化を望んでいることなどを挙げている。
2|EU・中国関係をどう理解すべきか?
民主主義、法の支配、基本的人権という価値観を重視するEUのスタンスは、バイデン政権の米国と一致する。EUのボレル外務・安全保障政策上級代表が、EUが自らの道を行く「戦略的自立」を強調した「シナトラ・ドクトリン」と称する20年9月の論考34でも、米中対立にはEUは独立した姿勢を採るが、「共有する歴史の長さと価値観の共通性」から立場は米国に近いとしている。

EUの対中スタンスは厳格化しているとは言っても、覇権争いとしての性格を有する米国とは自ずと温度差がある。EUは、人権問題や、南シナ海、東シナ海、香港、台湾情勢への関心を高めてはいるものの、安全保障上の脅威としての中国への認識は、地理的な要因もあり希薄である。中国の切り離し(デカップリング)は、相互依存関係が強すぎて不可能であり、中国を排除しても、グローバルな問題は解決しない、という意識も強い。

EUと中国関係の理解という面では、EUが一枚岩ではないことにも留意を要する。EU機関では欧州議会、EU加盟国の間でも中国に対する姿勢には違いがある。足もとでは、全体として慎重姿勢に転じていることは、本稿で紹介した通りだが、今後も、加盟国間での駆け引きや、政権交代の影響を受けることにもなり、流動的な側面がある。

EUの「パートナーであり、経済的競争相手であり体制上のライバル」であるという中国の位置づけのどこに重点が置かれるかは、米中の政策スタンスにも影響を受ける。EUと中国はともに「世界を多極化、ないし多元化のプリズムを通して観察」しているため、「米国が単独行動主義や米国第一主義をとる傾向がある場合に、EUと中国の接近を可能とさせてきた」が、「中国の行動が、EUの規範に対して重大な挑戦となるとき、限界を迎える」35からだ。

ロシアによるウクライナ侵攻でEUと中国の関係の遠心力が強まっていることから、今後はバリューチェーンの切り離しの動きが具体化してくるように思われる。果たして実際にそうなるのか。多面的な視点から分析し、理解する必要があるだろう。

5――おわりに-日本はどう向き合うべきか?

5――おわりに-日本はどう向き合うべきか?

EUは、米中対立の狭間で戦略的利益のための動きを強め、ルール形成を通じた優位を築こうとしてきた。ロシアによるウクライナ侵攻は、米国との距離を縮め、EUの戦略的自立への意思を強める要因となるだろう。価値観を共有する国々と協働する必然性は増しており、日本にとってビジネス・チャンスの拡大や経済安全保障につながる側面もある。しかし、同時に、EUによる競争条件公平化のためのルール強化から、日本も脱炭素化の加速や、供給網の見直しなどの対応を迫られる側面もある。

日本は、EUと同じ2050年の温室効果ガス実質ゼロの目標を掲げ、SDGsにもコミットしているが、日本が、一方的にEUのルールを受け入れる立場に陥ることは回避しなければならない。

まずは、EUの動きへの理解を深めた上で、グローバルなルール形成への働きかけの強化、日本企業にとって有利な状況を生み出す戦略作りという課題に向き合う必要がある。

果たしてどのようなアプローチが有効なのか36、今後の研究課題として考察して行きたい。
 
36 「意識的に自己の立場の普遍性を向上させるとともに、それがなぜ普遍的であるのかを言語化する努力を継続」し「既存の国際組織または二国間関係のなかで利用できる機会を活用する」こと「アジアを中心とした非欧米諸国との建設的な議論が不可欠」という提言(須網(2021)350頁)や「EUのルールづくりは加盟国の合意が欠かせない」という観点から中東欧への支援などの活用(「「脱炭素、地経学の観点で」 国際協力銀行・前田総裁」日経電子版2021年12月29日)、より抜本的な対策として「英国などのように国際標準の人材育成」のための「半官半民の組織」の構築する(「グリーンポリティクス 国際ルール、日本も参画を 多摩大学ルール形成戦略研究所・客員教授 市川芳明氏」日経電子版2021年11月24日)提言などがある。

<参考文献>

・明田ゆかり(2015)「規範政治とEU市民社会」臼井陽一郎編『EUの規範政治 グローバルヨーロッパの理想と現実』第6章(ナカニシヤ出版)
・石原雄介・田中充祐(2021)「大国間競争に直面する世界 コロナ禍の大洋州と欧州を事例に」防衛研究所『東アジア戦略概観2021』第1章
・金山亮(2016)「ルールメーキング戦略を組織的に推進する「コーポレート・アフェアーズ」機能」国分俊文、福田峰之、角南篤編著『世界市場で勝つルールメーキング戦略 技術で勝る日本企業がなぜ負けるのか』第10章(朝日新聞社)
・唐鎌大輔(2021)『アフターメルケル 「最強の次にあるもの」』日本経済新聞出版
・須網隆夫(2021)「日本が世界における役割を果たすために」須網隆夫+21世紀政策研究所編『EUと新しい国際秩序』第5章(日本評論社)
・鈴木一人(2012)「EUの規制力の定義と分析視角」遠藤乾・鈴木一人編『EUの規制力』第1章(日本経済評論社)
・田中素香(2021)「EUから見た国際秩序-EU中国関係」須網隆夫+21世紀政策研究所編『EUと新しい国際秩序』第4章第1節(日本評論社)
・刀祢館久雄「揺れる欧州の対中関係――実利優先から新たな距離感模索へ」(2020)宮本雄二、伊集院敦、日本経済研究センター 編著『技術覇権 米中激突の深層』第7章(日本経済新聞出版)
・福田耕治・坂根徹(2021)「持続可能な開発目標(SDGs)政策と国際行政」『国際行政の新展開 国連・EUとSDGsの国際ガバナンス』第7章(法律文化社)
Kratz, Agatha, Zenglein Max J. , Sebastian Gregor(2021) ‘Chinese FDI in Europe 2020 update’ MERICS report June 2021
European Commission (2021)’Reports from the Commission to the European Parliament and the Council First Annual Report on the Screening of Foreign Direct Investment into the Union and Report on the implementation of Regulation (EU) 2021/821 setting up a Union regime for the control of exports, brokering, technical assistance, transit and transfer of dual use items, November 
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2022年07月12日「ニッセイ基礎研所報」)

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