2022年05月09日

ロシアのウクライナ侵攻が試す欧州金融システムのレジリエンス

経済研究部 研究理事   伊藤 さゆり

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ロシアによるウクライナ侵攻は長期化の様相を呈し、西側は、ウクライナへの経済面、軍事面、人道面での支援とともにロシアへの経済.金融制裁を強化している。ウクライナにおける戦争は、ロシアとウクライナの需要の縮小だけでなく、コロナ禍の回復過程にあって、侵攻前から値上がりしていたエネルギーと一次産品の供給、侵攻前からひっ迫傾向があった物流網、そして金融システムや企業、家計の心理(マインド)を通じて世界経済に影響を及ぼす(図表1)。
図表1:ロシアによるウクライナの侵攻の世界経済への波及経路と影響
経済・金融制裁は、範囲が拡大し、強度が上がれば、制裁を受けた側のダメージとともに制裁を科した側への跳ね返りも大きくなる。相互依存関係が強ければ強いほど、双方が受ける影響は大きくなる。欧州は、ロシアに依存してきたエネルギー供給の途絶につながるリスクを負うなど制裁の影響を受けやすい。金融ルートでも、国際決済銀行(BIS)の統計から、フランス、イタリア、オーストリアの銀行のロシアへの与信残高の大きさが確認できるなど影響を受けやすいことがわかる(図表2)。しかし、ロシア向け与信の不良債権化は、与信残高が大きい個別行の業績に一定の影響を及ぼすが、リーマン・ショックのように欧州の金融システムの不安に直結することはなさそうだ。
 
そもそも、直接的な与信の規模は、各国の銀行システムの総資産比で見て最も高いオーストリアでも1.5%、続くイタリアで0.5%、フランスで0.2%、その他は0.1%とごく限定的である。ユーロ圏の銀行監督を一元的に担う欧州中央銀行(ECB)の銀行監督委員会のエンリア委員長も、ユーロ圏の銀行のロシアへの与信総額の約1,000億ユーロ(筆者注:ユーロ圏の21年のGDPの0.8%相当)のうち、直接制裁対象となっているのはごく一部に過ぎない。与信の大半はロシアの現地子会社を通じて行われているが、現地子会社が撤退を余儀なくされるような極端なケースでも、グループ全体の監督上の資本やバッファーの要件を割り込むことはないとの判断を示した1
図表2:銀行国籍別ロシア向けの与信残高
世界金融危機からユーロ圏の債務危機のプロセスで形成されたユーロ圏の銀行同盟、すなわち単一のルール、一元的な銀行監督、破綻処理体制も、金融システムの安定に役割を果たすと期待される。金融制裁の発動は、ロシアの最大手行でロシア政府が過半の株式を保有するズベルバンクの欧州部門の流動性危機を引き起こしたが、2月28日のECBの判断を受けて、3月1日には単一破綻処理委員会(SRB)がクロアチアとスロベニアの子会社の破綻処理を決め、地元の銀行に全株式を譲渡、3月2日には混乱なく営業が開始された。ロシア第2位でやはりロシア政府が過半の株式を保有するVTB銀行の欧州子会社RCBのキプロスでの資産売却と全預金の払い戻しによる段階的な業務縮小もECBの監督の下で進められている2
 
但し、金融システムの安定性に関わる評価は、制裁開始初期の段階の暫定的なものに過ぎない。残念ながら戦争の早期終結、制裁の早期解除は期待できそうにない。エンリア委員長も、エネルギー、一次産品市況や金融市場のボラティリティー、EUのマクロ経済見通しの全般的な悪化などの間接的な影響を注視する構えだ。
 
EU経済は、脱ロシア・エネルギー、食品の供給網に生じた問題からのインフレ圧力、不確実性の高まりによる強い逆風を受ける。コロナ禍で積みあがったペントアップ需要と過剰貯蓄、さらにエネルギー価格安定化政策などがバッファーとなるが、エネルギー供給が途絶すれば経済活動は大きく制約される。戦争の地域的な拡大のリスクも排除できない。高インフレがインフレ期待の高まりを引き起こした場合には、ECBも緩和縮小のピッチを速めざるを得なくなる。金融システムのレジリエンスが試されるのはこれからだ。
 
 
1 3月31日の欧州議会での公聴会での発言(Introductory statement by Andrea Enria, Chair of the Supervisory Board of the ECB ‘Hearing at the European Parliament’s Economic and Monetary Affairs )Committee’ 31 March 2022
2 Single Resolution Board ‘SRB Bi-annual reporting note to Eurogroup (EG)’ 04 April 2022
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経済研究部   研究理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州経済

(2022年05月09日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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