2022年06月20日

ロシアのウクライナ侵略は「グローバル化の終わり」を告げるのか

氷見野 良三

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1――米国論壇の百家争鳴

この点について米国の論壇は百家争鳴の状態だ。

ピーターソン研究所のアダム・ポーゼン所長は、ポピュリズムと中国の台頭により、既にグローバル化の浸食は進行していたが、今回の事態で浸食を食い止めることが更に難しくなったとして、民主的な国家同士の共通市場の強化を提言する1。更に、ジャネット・イエレン米財務長官は、サプライチェーンを信頼できる国々の中に戻す「フレンド・ショアリング」を提言した2

他方、プリンストン大学のハロルド・ジェームズ教授は、味方か敵かは固定的なものではなく、むしろサプライチェーンの多様化・複線化によって強靭性を高めるべきだとする3。また、シカゴ大学のラグラム・ラジャン教授は、フレンド・ショアリングは実質上、豊かな国だけのクラブを作るのに等しいとして強く反対する4

グローバル化に従来から批判的だった論者はどうか。

ノーベル賞受賞者であるコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授は、今やグローバル化はその頂点に達したのであり、今後できることはグローバル化の下降局面をうまくマネージすることだけだ、とする5

ハーバード大のダニ・ロドリック教授は、ハイパー・グローバル化の下では民主主義、グローバル化、国家主権の3つを同時に成り立たせることは難しかった(トリレンマ)が、世界金融危機以降、ハイパー・グローバル化の退潮が始まり、今やその終わりが明確になったので、ハイパー・グローバル化の灰の中から「より良きグローバル化」を生み出していくべき、という6

経済史家たちはどうか。

カリフォルニア大バークレー校のバリー・アイケングリーン教授は、2016年のブレグジットやトランプ大統領の当選を受けて、「商品や資本や人の流れがGDPよりも何倍も早く成長する」という意味でのグローバル化の時代は世界金融危機以降既に終わっているが、「商品や資本や人の流れによって各国経済が互いに結び付けられている状態」としてのグローバル化は揺るがない、としていた7。最近でも、「仮にドルの覇権に後退が起こるとしても、徐々にしか進まないだろう」としている8

コロンビア大のアダム・トゥーズ教授は、今回の戦争がグローバル化の転換点になるといった予測をするのは時期尚早とする9

上述のハロルド・ジェームズ教授も経済史家だが、グローバル化の絶頂期には「グローバル化の終わり」という著書を出していたのに対し、本年4月には「インフレを抑える必要から、グローバル化の新たな時代が来るかもしれない」と、以前と逆方向にも見える見通しを述べている10
 
1 Adam S. Posen, The End of Globalization? What Russia’s War in Ukraine Means for the World Economy, Foreign Affairs, March 17, 2022
2 US Department of the Treasury, Remarks by Secretary of the Treasury Janet L. Yellen on Way Forward for the Global Economy, April 13, 2022
3 Harold James, Friends Without Benefits, Project Syndicate, April 29, 2022
4 Raghuram G. Rajan, Just Say No to “Friend-Shoring,” Project Syndicate, June 3, 2022
5 Joseph E. Stiglitz, Getting Deglobalization Right, Project Syndicate, May 31, 2022
6 Dani Rodrik, A Better Globalization Might Rise from Hyper-Globalization’s Ashes, Project Syndicate, May 9, 2022
7 Barry Eichengreen, Will globalisation go into reverse? Spinning beyond Brexit, Prospect Magazine, October 11, 2016
8 Project Syndicate, The Big Question: Is the US Dollar’s Global Hegemony at Risk?, May 5, 2022
9 Adam Tooze, Ukraine’s War Has Already Changed the World’s Economy
Global economics will never be the same—but not in the ways you might think, Foreign Policy, April 5, 2022
10 Harold James, Inflation may pave the way to a new era of globalization, Financial Times, April 4, 2022

2――グローバル化の歴史的な循環

2――グローバル化の歴史的な循環

経済史家を始め、これらの論者の議論は、かなり長期的な視点でなされているので、まずグローバル化の歴史を大まかに振り返ってみることとしたい。
グローバル化と分断化の歴史
蒸気船、鉄道、電信といった技術革新、そして自由貿易や金本位制といった制度面の革新に支えられ、1870年ごろから1914年までの世界は、「第一次グローバル化」とも呼ぶべき時代を迎えた。世界貿易と世界GDPのいずれの伸びが速いかがグローバル化の重要指標と考えられているが、この間は世界貿易の伸びの方が速かった。それが第一次世界大戦により世界貿易が鈍化し、大恐慌で一気に落ち込んだ。1930年代から第二次世界大戦中はブロック経済化の時代となった。

第二次世界大戦後、金・ドル本位制やGATTなどからなるブレトンウッズ体制が築かれた。1971年には固定相場制が崩壊し、資本の移動の自由化が進み、更に、金融技術革新や自由化とも相まって、金融のグローバル化が進んだ。1989年には冷戦体制が崩壊し、全面的なグローバル化加速の時代となった。

しかし、2008~2012年の世界金融危機を経て、国際的な資本移動も国際貿易も鈍化した。2011年には世界貿易機関(WTO)におけるドーハ・ラウンドが頓挫し、2012年にはIMFが一定の場合には資本管理を是認する方向に見解を修正、2016年には英国の国民投票でブレグジットが決定し、米国の大統領選挙でトランプ氏が勝利した。2020年に本格化したコロナ禍では医療品や半導体などのサプライチェーンの問題に焦点が当たった。そして、2022年のロシアのウクライナ侵略と対露経済・金融制裁に至った。

3――世界金融危機以降の「金融市場の分断」

3――世界金融危機以降の「金融市場の分断」

世界金融危機以降の展開は、金融行政というごく狭い領域だけを見ていた者にとっても、グローバル化が逆戻りしかねない気配を感じさせるものだった。

2019年、日本はG20議長国として、金融資本市場の分断(market fragmentation)の問題を取り上げた。トランプ大統領によるアメリカ・ファースト論やブレグジットといった大きな動きに加え、金融規制上の様々な具体的な動き11を背景に、「金融グローバル化の終わりの始まり」を懸念したためだ。

日本当局が最初にこの問題を取り上げる考えを示したのは2018年の秋だった12。日本の金融界からは殆ど反応がなかったが、欧米の主要金融機関からは直ちに強烈な反応があり、同じ懸念が共有されていることが確認できた。当時筆者は金融庁の金融国際審議官だったが、ウイーンの会議で欧米金融機関や業界団体の関係者に取り囲まれて質問攻めにあった。翌週には、多数の金融機関にアンケートを行った結果を携えて、そのうち一人が日本まで出張してきた。

日本の問題提起を受けて、金融安定理事会(FSB。主要国の金融規制当局・中央銀行・財務省と基準設定主体から構成されるフォーラム)は、2019年6月、市場の分断に関する報告書を取りまとめ、G20に提出した13。同報告書は、G20大阪首脳宣言でも、「我々は、市場の分断についての取組を歓迎し、その意図せざる、悪影響に対して、規制・監督上の協力等により対処する」として歓迎された。

その後出席したある国際会議では、基調講演に立った国際決済銀行(BIS)の総裁と、FSBの事務局長と、米証券取引委員会(SEC)の委員とが、こぞって市場の分断への対応を主テーマに話すのを目撃した。

提言の具体化についてはFSBや証券監督者国際機構(IOSCO)で作業が続いている。最近の例としては、本年1月、IOSCOが、証券会社等を監督する当局間で構成する「監督カレッジ」の運営に関する報告書を取りまとめている14

市場の分断の回避という問題意識は、様々な分野の作業で念頭に置かれるようになっており、例えば、気候変動問題についての金融面での対処を考える上でも、fragmentationの回避が必ず言及されるようになっている。
 
11 国際的に活動する銀行の資本と流動性を破綻時に備えて自国内に囲い込もうとする「リング・フェンシング」、中央清算機関を自国内に引き込むための規制上の措置、デリバティブ規制を巡る米欧当局のせめぎあいなど。
12 Ryozo Himino, Remedies for conflicting regulatory demands, Views: The EUROFI Magazine, pp.18-19, September 2018
13 Financial Stability Board, FSB Report on Market Fragmentation, June 2019
同報告書は、(1)店頭デリバティブの国際取引、(2)銀行の資本と流動性の国境を越えた管理、(3)国境を越えた情報共有、といった具体的な事例を挙げて、市場の分断を巡る現状を分析している。
その上で、今後の対応の方向性として、(1)実施上の齟齬を生じにくくするために国際基準の設定時に採りうる工夫や、(2)当局間の情報共有・連携のあり方、(3)各国が相互に相手国の規制を承認したり、相手国の規制に役割を委譲したりするためのプロセスの改善、などに関し提言を行っている。
14 The Board of the International Organization of Securities Commissions, Lessons Learned from the Use of Global Supervisory Colleges, Final Report, January 2022

4――ロシアのウクライナ侵攻と経済制裁

4――ロシアのウクライナ侵攻と経済制裁

しかし、こうした努力が世界金融危機後の「グローバル化の巻き戻し」の大きな流れをどれだけ抑えられたかと言えば、大局的に見れば「はかない抵抗」の域を出なかったかもしれない。

他方、ロシアのウクライナ侵略以降に行われた経済制裁・金融制裁は、必要かつ適切なものだったと考えられるが、それらが持つ「グローバル化の巻き戻し」を更に推し進める効果は、必ずしも一時的なものではなく、かなり不可逆的な面があるのではないかと考えられる。

戦争や制裁が今後どのような展開を見ようとも、多くの国々は様々な政策選択に際し、自分が経済制裁を科される場合のことと、制裁を科して返り血を浴びる場合のことの両方を念頭に置いて、グローバル化の様々なメリットと比較考量して判断していくことになるだろう。

なお、伝統的な反グローバル化運動は、グローバル化の中で仕事を失い、格差に苦しむ人々の気持ちを基盤とする面が強かった。他方、世界金融危機以降の金融市場の分断の動きは、「銀行は生きているときはグローバルだが、死ぬときはナショナルだ」(イングランド銀行キング元総裁)という、各国当局の痛切な体験が根本にある。更に、ウクライナ後の反グローバル化には、地政学的な考慮から行われる政府主導の反グローバル化の色彩が強い。グローバル化の巻き戻しの駆動力は重層化しているともいえよう。

5――もしこれがグローバル化の終わりだとしたら

5――もしこれがグローバル化の終わりだとしたら

我々が今グローバル化の終わりを目撃しているのかどうかは分からないが、これまで述べたような点に鑑みれば、その可能性は否定しきれないように思われる。では、仮にそうだとしたら、それは日本にとって何を意味するのだろうか。

資源を持たず、製造拠点がかなり海外に出ていて、本部機能とサービス業の比重が高い日本経済の構造は、グローバル化の終わりに対する脆弱性が高いとも考えられる。

金融関連の問題に絞って考えると、まず、長期的な展望としては、デフレの時代からインフレの時代への変化が考えられる。長年続いた世界的なデフレの時代が、グローバル化と技術革新とを二大ドライバーとしていたとすれば、グローバル化が終わり、気候変動対応によるコスト増などの要素も加われば、技術革新だけではデフレの時代が続かなくなる可能性があるだろう。

預金中心の日本の家計の資産構成は、インフレの時代に対しては脆弱な面がある。長い老後への備えを考えると、よりインフレ耐性の高い資産構成に変えていくことが望ましいのではないか。政府は、貯蓄から投資への流れを生み出し、成長の果実を多くの国民が手にする「資産所得倍増」を目指しているが、これはこうした意味でも大切な取組といえるだろう。

インフレの時代への移行は、低金利の時代から高金利の時代への移行も意味するだろう。長期的に見れば、デフレ脱却を目指す経済運営から、インフレにブレーキをかけながらの経済運営に移行するならば、実質金利が上昇していくことも考えられる。日本企業は全体としては健全な財務状況にあるが、例えばコロナの遺産としての過剰債務が長く残ると、それについては対応が難しくなるかもしれない。実質金利の上昇には、財政の持続可能性への影響も考えられる。

国際分散投資、金融業の収益源を海外に求める、日本を国際金融センターとすることを目指す、などのことを進めていくにあたっても、地政学的な考慮の重要性が増していくのではないか。

より広くは、世界共通の課題への対処、国際的なルール形成、アジアにおける協力・連携、西側の団結、冷戦後の国際秩序の再構築などを巡って、日本がどのような役割を果たしていったらいいのかも、更に重い課題となっていくだろう。G20が機能しにくい環境の中で来年G7議長国となる日本の役割については、別に論じたので、参照いただけると幸いだ15
 
 

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氷見野 良三

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(2022年06月20日「基礎研レター」)

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