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ロシアのウクライナ侵略は「グローバル化の終わり」を告げるのか
基礎研REPORT(冊子版)8月号[vol.305]

氷見野 良三
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1―米国論壇の百家争鳴
ピーターソン研究所のアダム・ポーゼン所長は、ポピュリズムと中国の台頭により、既にグローバル化の浸食は進行していたが、今回の事態で浸食を食い止めることが更に難しくなったとして、民主的な国家同士の共通市場の強化を提言する。更に、ジャネット・イエレン米財務長官は、サプライチェーンを信頼できる国々の中に戻す「フレンド・ショアリング」を提言した。
他方、プリンストン大学のハロルド・ジェームズ教授は、味方か敵かは固定的なものではなく、むしろサプライチェーンの多様化・複線化によって強靭性を高めるべきだとする。また、シカゴ大学のラグラム・ラジャン教授は、フレンド・ショアリングは実質上、豊かな国だけのクラブを作るのに等しいとして強く反対する。
グローバル化に従来から批判的だった論者はどうか。
ノーベル賞受賞者であるコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授は、今やグローバル化はその頂点に達したのであり、今後できることはグローバル化の下降局面をうまくマネージすることだけだ、とする。
ハーバード大のダニ・ロドリック教授は、ハイパー・グローバル化の下では民主主義、グローバル化、国家主権の3つを同時に成り立たせることは難しかった(トリレンマ)が、世界金融危機以降、ハイパー・グローバル化の退潮が始まり、今やその終わりが明確になったので、ハイパー・グローバル化の灰の中から「より良きグローバル化」を生み出していくべき、という。
経済史家たちはどうか。
カリフォルニア大バークレー校のバリー・アイケングリーン教授は、2016年のブレグジットやトランプ大統領の当選を受けて、「商品や資本や人の流れがGDPよりも何倍も早く成長する」という意味でのグローバル化の時代は世界金融危機以降既に終わっているが、「商品や資本や人の流れによって各国経済が互いに結び付けられている状態」としてのグローバル化は揺るがない、としていた。最近でも、「仮にドルの覇権に後退が起こるとしても、徐々にしか進まないだろう」としている。
コロンビア大のアダム・トゥーズ教授は、今回の戦争がグローバル化の転換点になるといった予測をするのは時期尚早とする。
上述のハロルド・ジェームズ教授も経済史家だが、グローバル化の絶頂期には「グローバル化の終わり」という著書を出していたのに対し、本年4月には「インフレを抑える必要から、グローバル化の新たな時代が来るかもしれない」と、以前と逆方向にも見える見通しを述べている。
2―グローバル化の歴史的な循環
![[図表]グローバル化の歴史](https://www.nli-research.co.jp/files/topics/71965_ext_15_3.jpg?v=1659590863)
それが第一次世界大戦により世界貿易が鈍化し、大恐慌で一気に落ち込んだ。1930年代から第二次世界大戦中はブロック経済化の時代となった。
第二次世界大戦後、金・ドル本位制やGATTなどからなるブレトンウッズ体制が築かれた。1971年には固定相場制が崩壊し、資本の移動の自由化が進み、更に、金融技術革新や自由化とも相まって、金融のグローバル化が進んだ。1989年には冷戦体制が崩壊し、全面的なグローバル化加速の時代となった。
しかし、2008~2012年の世界金融危機を経て、国際的な資本移動も国際貿易も鈍化した。2011年には世界貿易機関(WTO)におけるドーハ・ラウンドが頓挫し、2016年には英国の国民投票でブレグジットが決定し、米国の大統領選挙でトランプ氏が勝利した。
2020年に本格化したコロナ禍では医療品や半導体などのサプライチェーンの問題に焦点が当たった。そして、2022年のロシアのウクライナ侵略と対露経済・金融制裁に至った。
3―ロシアのウクライナ侵略と経済制裁
戦争や制裁が今後どのような展開を見ようとも、多くの国々は様々な政策選択に際し、自分が経済制裁を科される場合のことと、制裁を科して返り血を浴びる場合のことの両方を念頭に置いて、グローバル化の様々なメリットと比較考量して判断していくことになるだろう。
なお、伝統的な反グローバル化運動は、グローバル化の中で仕事を失い、格差に苦しむ人々の気持ちを基盤とする面が強かった。他方、世界金融危機以降の金融市場の分断の動きは、「銀行は生きているときはグローバルだが、死ぬときはナショナルだ」(イングランド銀行キング元総裁)という、各国当局の痛切な体験が根本にある。更に、ウクライナ後の反グローバル化には、地政学的な考慮から行われる政府主導の反グローバル化の色彩が強い。グローバル化の巻き戻しの駆動力は重層化しているともいえよう。
4―もしこれがグローバル化の終わりだとしたら
資源を持たず、製造拠点がかなり海外に出ていて、本部機能とサービス業の比重が高い日本経済の構造からすれば、グローバル化の退潮に伴う影響を真剣に考える必要があるだろう。
金融関連の問題に絞って考えると、まず、長期的な展望としては、デフレの時代からインフレの時代への変化が考えられる。長年続いた世界的なデフレの時代が、グローバル化と技術革新とを二大ドライバーとしていたとすれば、グローバル化が終わり、気候変動対応によるコスト増などの要素も加われば、技術革新だけではデフレの時代が続かなくなる可能性があるだろう。
預金中心の日本の家計の資産構成は、インフレの時代に対しては脆弱な面がある。長い老後への備えを考えると、よりインフレ耐性の高い資産構成に変えていくことが望ましいのではないか。政府は、貯蓄から投資への流れを生み出し、成長の果実を多くの国民が手にする「資産所得倍増」を目指しているが、これはこうした意味でも大切な取組といえるだろう。
インフレの時代への移行は、低金利の時代から高金利の時代への移行も意味するだろう。長期的に見れば、デフレ脱却を目指す経済運営から、インフレにブレーキをかけながらの経済運営に移行するならば、実質金利が上昇していくことも考えられる。
日本企業は全体としては健全な財務状況にあるが、例えばコロナの遺産としての過剰債務が長く残ると、それについては対応が難しくなるかもしれない。実質金利の上昇には、財政の持続可能性への影響も考えられる。
国際分散投資、金融業の収益源を海外に求める、日本を国際金融センターとすることを目指す、などのことを進めていくにあたっても、地政学的な考慮の重要性が増していくのではないか。
より広くは、世界共通の課題への対処、国際的なルール形成、アジアにおける協力・連携、西側の団結、冷戦後の国際秩序の再構築などを巡って、日本がどのような役割を果たしていったらいいのかも、更に重い課題となっていくだろう。
G20が機能しにくい環境の中で来年G7議長国となる日本の役割については、本誌6月号で別に論じた。
(2022年08月05日「基礎研マンスリー」)
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