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FRBが短期金融市場金利を引き上げると、預金金利と預金の量にどう影響するかが議論された。短期金融市場金利に対する預金金利の感応度は、しばしば「預金ベータ」として論じられる。預金ベータは、短期金融市場金利(通常、フェデラル・ファンド(FF)・レート)の動きに対応して預金金利がどれだけ上下するかの比率をいう。過去数十年に亙って預金ベータは40パーセントでだいたい安定していた。つまり、FFレートが1パーセント下がると預金金利は40ベーシスポイント下がり、FFレートが1パーセント上がると預金金利は40ベーシスポイント上がる。預金金利の反応が限定的なのは、顧客と銀行の関係に粘着性があるからかもしれない。また、預金金利は、普通、短期金融市場金利よりも低いが、こうなる理由の少なくとも一つは、顧客の預金口座が単なる短期の運用商品ではなく、決済サービスやその他の機能を有しており、そのためのコストが市場金利と預金金利のスプレッドに織り込まれていることにある。
シンポジウムの参加者は、今後数四半期に亙って米FRBの連邦公開市場委員会がFFレートを引き上げていく際には、預金ベータが過去の循環の際と異なることとなるかもしれない理由を幾つか指摘した。機械的に言えば、現在は預金金利も短期金融市場金利もみなゼロに押し付けられているので、 FFレートがゼロから引き上げられても預金金利は通常よりも反応が少なく、金利水準間のスプレッドが開き、結果として初めのうちは預金ベータが低くなるかもしれない。そうした関係は、5年前に直近の引き締めが始まった際にも観察された。結果として、預金金利とFF金利の関係は非線形となり、FFレートが上がるにつれて預金ベータも増していく、という展開になるかもしれない。更に、今や銀行アプリや自動引落としサービスがどこでも使われるようになっているので、預金取引の粘着性が増し、預金金利の感応度が引き下げられているかもしれない。他方、インターネット・バンキングやノンバンクの勃興により、預金を巡る競争が高まっている可能性もある。預金とMMFの間での資金移動を容易にした銀行もあるので、このことも市場金利に対する預金の感応度を高めるかもしれない。
FFレートの上昇に預金金利がどう反応するかの問題と切り離せないのが、預金の量がどう反応するかの問題だ。過去2年間、預金金利と短期金融市場金利は基本的にはゼロで同水準であったし、また、極めて大きな財政刺激がなされたので、顧客は数千億ドル単位で預金を増やした。市場金利が上昇し、こうした預金を維持する機会コストが増せば、多くの顧客は資金をMMFに移すだろうし、法人顧客の場合には直接、短期金融市場商品へも移すだろう。こうした動きに対抗して預金を維持しようとする銀行が多いほど、預金金利は市場金利と共に上昇することになる。しかし、銀行の中には、預金の大量流入で得た資金を主に流動性の高い低金利の短期商品で運用してきたところもあり、そうした銀行は預金の流出に抵抗しないと見込まれる。他方、預金を長期の運用に充ててきた銀行は、より積極的に競争するかもしれない。これまで銀行がどういう投資を選択してきたかは、自行の顧客の粘着度に関する銀行側の期待を反映しているものと想定される。銀行にとって、預金を維持することの価値は、貸出の伸びにも大きく依存する。現在、預貸率は極めて低い水準にあり、貸出を行うために既存預金全部を必要としているわけではないが、景気拡大が続けば貸出しの伸びが上向くかもしれない。
シンポジウムの参加者は、預金がどこに流れるかについても議論した。もちろん預金の総量は銀行顧客の預金に対する需要や銀行の預金供給に関する選好が変わるに応じて増減しうるが、しかし、預金の水準がいわば「閉じたシステム」により決まってくることも忘れてはならない。顧客が預金をMMFに移しても、(例えばMMFが銀行でない主体の発行する負債や財務省証券を流通市場で購入すれば)別の預金が生まれるかもしれないし、(例えばMMFが銀行CPや財務省証券を発行市場で購入すれば)預金総量は減少するかもしれない。重要な可能性の一つとして、MMFはFRBのオーバーナイト・リバース・レポ・ファシリティ(ON RRP)を用いて資金をFRBに貸すことができるので、その場合は顧客が銀行に預ける預金と、銀行がFRBに持つ預金(準備預金)は両方減少することになる。
2)から4)についても、米国の金融市場の今後、金融システムの安定を考える上での重要論点と考えられる。関心のある向きは脚注1に示したネルソン氏のレポートを参照されたい2。
1 Bill Nelson, Informal Symposium on Monetary Policy, Bank Regulations, and Money Markets, Bank Policy Institute, February 22, 2022 (https://bpi.com/informal-symposium-on-monetary-policy-bank-regulations-and-money-markets/)
2 なお、こうした問題をめぐる当局間の国際的な議論の状況については、氷見野良三「『三月事件』の後始末」、週刊金融財政事情2月1日号、を参照されたい。
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(2022年03月08日「研究員の眼」)
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