コラム
2022年01月26日

企業会計基準委員会(ASBJ)小賀坂委員長を悼む

氷見野 良三

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日本の会計基準設定主体である「企業会計基準委員会(ASBJ)」の小賀坂 敦(こがさか あつし)委員長は、昨年 11月16日、急逝された1。享年59だった。

日本の会計基準を作る仕事は、1954年以降、大蔵省を事務局とする企業会計審議会が担当していたが、国際的な流れも踏まえ、2001年以降は、独立した民間の主体であるASBJが担うこととなった。

小賀坂委員長は2001 年 のASBJ設立とともに同委員会の専門研究員に就任し、記念すべき第1号基準の草稿を取りまとめられた。一旦監査法人トーマツに戻られたが、その間もリース会計基準のプロジェクトを主導された。2009 年、ASBJに戻り、主席研究員としてスタッフを統括するリーダーの立場に立ち、2013 年には副委員長、そして2019 年 4月 からは委員長の任にあった2

新しい独立の基準設定主体としてASBJが生まれ、そして様々な課題にぶつかりながら大きく発展する、その最初の20年余りを、まさにASBJと共に歩んでこられたのが小賀坂さんだった。長年の蓄積を生かし、委員長として卓越したリーダーシップを発揮されていたさなかの逝去であり、悔やんでも悔やみきれない。

ASBJの仕事は極めて難しい。会計基準が企業や監査の現場でどのように機能しているかについての知識・経験は不可欠だが、それに加えて、あるべき基準の姿を思い描く構想力も必要になる。学問的な見識も大切だ。

会計基準は政治の強い関心事項でもある。この20年間、政治や行政の国際会計基準に対する考え方は、さまざまな変遷をたどってきた。真空の中の独立性ではなく、経済界、会計士界、投資家、アナリスト、政治、行政などと建設的な対話を続けながら、独立の基準設定主体の価値について、ステークホルダーの信頼をかち得ることが求められる20年だったと思う。

また、この20年は、ASBJと、国際会計基準理事会(IASB)や米国の財務会計基準審議会(FASB)との間で、基準収斂(コンバージェンス)に向けた共同プロジェクトが進み、大きな成果を挙げるとともに、一部の面では行き詰っていった20年でもあった。ASBJには、海外の専門家を説得し、信頼を得られるような、普遍性のある議論・貢献を行う力も求められた。

これらの難しい課題に見事に立ち向かわれる小賀坂委員長の姿には、いつも頭の下がる思いがした。IASBやFASBの専門家からの信頼が極めて厚かったことや、金融行政当局が全幅の信頼を寄せていたことは、自信をもって証言できる。ASBJの歴代の委員長からも、経済界、会計士界、学界からも、たいへん頼りにされていたと思う。

これは八方美人で実現できることではない。悩み事を持ち込むと、小賀坂さんは明るく開かれた気持ちで私どもの置かれた状況を理解し受け止めた上で、金融庁なら金融庁の考えの足りない点、無理なところも率直におっしゃり、そして今後の進め方を建設的に考えて下さった。戦術的な柔軟性と、戦略的な方向の明確性とを兼ね備えておられた。どんな厄介な議論をしても、後味がさっぱりしているのが小賀坂さんの持ち味だった。委員長になられた後も、若々しく溌溂とした印象は変わらなかった。

明るく、プラグマティックで、知恵の豊かな小賀坂さんの長逝は残念でならない。小賀坂さんを語るのにずっとふさわしい方は他にたくさんおられるだろうし、具体的なご業績の整理も今後なされていくことと思うが、わたしなりに追悼の微衷を捧げさせていただきたい。

小賀坂さん、本当にどうもありがとうございました。
 
1 公益財団法人 財務会計基準機構「企業会計基準委員会 委員長逝去のお知らせ(訃報)」2021 年 11 月 22 日(https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/news_release_20211122.pdf
2 小賀坂氏の前々任の委員長である西川郁生氏による「<追悼>ASBJ委員長 小賀坂敦さんを偲んで」(週刊経営財務2021年12月6日号)を参照させていただいた。
 
 

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(2022年01月26日「研究員の眼」)

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