コラム
2022年03月17日

「易経」で読むウクライナ情勢

氷見野 良三

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10年余り前に、中国の古典「易経」についての本を上梓した1。「易経を古代ギリシアの悲劇に当てはめると、ぴったり当てはまるだけでなく、易経の理解にも悲劇の理解にも資する」というのが主な主張だった。ごく一部の評者・読者からは「奇書と呼んでいいがトンデモかというと多分ちがう」(文芸評論家の千野帽子氏)といった好意的な感想をいただいたが、多くの知友からは「呆れて途中で放りだした」等の率直な感想もいただいた。

ロシアのウクライナ侵攻以降、知友の方々から、「得意の易経で情勢を占って見ろよ」という言葉をいただく。「易経にあてはめていろいろ考えてみると、特定の局面を構成する主要なアクター間の相互関係について考える参考になるが、易経で将来が分かるわけではない」と答えているが、参考になるが分からない、という辺りはなかなか納得いただけない。

そこで、以下では、どういう風に参考にするのか、一例を示してみることとしたい。

まず、局面を構成する主要なアクター6者を選ばなければならない。ここでは、交戦国としてウクライナ、ロシア、ベラルーシを選び、また、交戦国への影響が大きな主体として米国、中国、欧州を選ぶこととしたい。これらを地位なり力の順に並べなければならないが、おおよその国力のイメージで、米国、中国、欧州、ロシア、ウクライナ、ベラルーシと並べてみる。

次に、それぞれのアクターが陽か陰かを判定する必要がある。明るい暗い、道徳才能の有無、剛強か柔弱か、など、局面の性質に沿って陰陽を判断する基準を考える必要があるが、現下の情勢では他の5者に比べウクライナのゼレンスキー大統領に圧倒的に陽の印象があると思い、ウクライナのみ陽、他を陰と措いてみた。

ここまでやると、「陰、陰、陰、陰、陽、陰」という6ビット・デジタル信号が特定される。易経式に図にすると、下図のようになる。
(図表)易経式を図にすると
これで、易経にある64の局面類型のどれに当てはまるかが分かる。この場合は、大軍を動かしての戦争に処する道を説く「師」の局面に当たることになる。と、申し上げると、もっともらしすぎて眉に唾をお付けになるかもしれないが、もう少し我慢して、それぞれのアクターに対して易経が何をいうかにもお付き合いいただきたい。

まず、ベラルーシについては、「大軍を率いた戦争は規範に則って行うべき。そうでなければ戦に勝っても凶」という。易経は国際法に則った振る舞いの重要性を説いているのであろうか。

次に、ウクライナについては、「大軍を率いた戦争にあって過不足なく的確である。吉であり、批判されるような点はない。つまり天寵を受ける。王から深く信認される。つまり万邦を懐ける」という。最後のところは、多くの諸国の支援・支持を得ている現状を指しているのであろうか。

ロシアについては、「大軍を率いた戦争を行うが、あるいは死骸を車に載せて帰るようなことになるかもしれない。つまり、手柄は全然ない。凶」と、この当てはめの場合には厳しい言葉となっている。

ヨーロッパについては、「軍隊を退却させる。批判されるような点はない。戦争の常道をまだ外れていない」という。あるいは、対ロシア関与政策の撤回や、NATO加盟国の外には軍を出さないことについて述べているのであろうか。

中国については、「田んぼに鳥がいる。言挙げすればよく、批判されるような点はない。徳のある者を任ずべきで、才能道徳のない者を用いると死屍累々となり、正しい戦でも凶だ」という。これをどう読んだらいいのかはよく分からない。ただ、この局面で行う選択で、「批判されるような点はない」になるか、「凶」になるか、結果が分かれる、といっているようにも見える。

米国については、「戦争終結後、功績のある者には地位を与えて褒美とする。すなわち、正しく功績を賞する。だが、道徳の乏しい小人物は用いない。必ず国を乱すからだ」という。米国の役割としては、今回の戦争自体もさることながら、その終結後に、どのように国際秩序を再構築するのか、冷戦終結後の国際秩序が変曲点を迎えている中で、新秩序構築のリーダーシップをどう取るかが大切だ、といっているようにも見える。

易経はこの局面全体についても述べている。「大軍を率いた戦争を行うには、正しい道を固く守るべきだ。徳望のある人が司令官となれば吉であり、批判されるような点はなくなる。人々を正しい道へと率いる人が王となり、険難なことであっても天理人心に従って行えば、天下の人々の被害は大きいが、民はこれに従う。吉であり、なんの失敗があろうか」という。

以上、ウクライナ情勢についても国際政治についても知識が乏しい中で易経への当てはめをやってみた。事態についてもっと洞察のある方であれば、別のアクターを選んだり、別の陰陽の判断を行ったりすることができ、より事態の本質に即した言葉にたどり着けるのではないかと思う。また、言葉の読み方も別の読み方になるのではないかと思う。

なので、今後上記のような展開になる、というつもりは毛頭ない。あまり真剣に受け止めていただくと困るが、「主要アクター間の多角的相互関係の中で局面の特性と各アクターの役割を考える」という易経のアプローチに関心を持っていただく一助となればと思い、あえてご笑覧に供することにした。
 
1 「易経入門:孔子がギリシア悲劇を読んだら」文春新書、2011年。
 
 

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(2022年03月17日「研究員の眼」)

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