2022年06月08日

2022年度の年金額は0.4%減額、2023年度は増額だが目減りの見込み-(前編)年金額改定ルールの経緯や意義

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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(2) 特例:受給者の生活に配慮
基本的な考え方は上記の通りであるが、年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)にも、特例ルール(いわゆる名目下限ルール)が設けられている。特例ルールは、a:基本ルールどおりに調整率を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合と、b:本来の改定率がマイナスの場合、に適用される(図表8左の特例aと特例b)。大雑把に言えば、特例aは物価や賃金の伸びが小さいとき、特例bは物価や賃金が下落しているときに適用される。

特例aの場合は、単純に調整すると調整後の改定率がマイナスになるので、名目の年金額が前年度を下回ることになる。これを避けるため、実際に適用される調整率の大きさ(絶対値)を本来の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%にされる。特例bの場合は、本来の改定率がマイナスなので、この場合も名目の年金額が前年度を下回ることになる。そこで、年金財政健全化のための調整を行わず、本来の改定率の分だけ年金額が改定される。
図表8 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)のイメージ (2016年改正後)
2017年度までは、これらの特例ルールに該当した場合に生じる未調整分は繰り越されていなかった。しかし、前述した本来の改定率と同様に多くの年度で特例に該当する状況だったため(図表9)、2016年の法改正で見直された。具体的には、2018年度分から未調整分が累積され、2019年度以降で特例に該当しない年度、すなわち基本ルールどおりに当年度の調整率を適用しても調整後の改定率がプラスになり、さらなる調整余地が残っている年度に、当年度分の調整と未調整分を合わせて調整する仕組みになった(図表8右の繰越適用(基本)、厚生労働省の資料では「キャリーオーバー」と称される仕組み)。なお、当年度分の調整率と繰り越した未調整分の合計を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合には特例aが適用され、当年度の調整率と未調整の繰り越し分の合計のうち本来の改定率と同水準までを調整して調整後の改定率はゼロ%になり、未調整分はさらに繰り越される(図表8右の繰越適用(特例a))。また、本来の改定率がマイナスの場合には特例bが適用され、当年度の調整率と未調整の繰り越し分の合計がさらに繰り越される(図表8右の繰越適用(特例b))。
図表9 2004年改正以降における改定パターンの推移
図表10 本来の改定ルールの全体像(原則と特例) 【図表3の再掲】
年金財政の健全化のための調整ルールの特例が適用される場合には、年金財政の健全化に必要な措置(いわゆるマクロ経済スライド)が十分に働かないことになるため、年金財政の悪化要因となる(図表11左の黒線)。その結果、年金財政の健全化に必要な調整期間の長期化が必要となり、将来の年金の給付水準(所得代替率)が低下することになる。改正後は、未調整分が繰り越されて調整されれば、特例ルールに該当した年度では未調整分の先送りが生じて給付費の実質的な減額ができないものの(図表11左の点線と赤線で囲まれた部分)、それ以降に調整率が本来の水準に戻っていき、改正前の制度よりも給付費の実質的な削減が進む可能性が出てくる(図表11左の①の部分)。その結果、改正前の制度よりも調整期間の短縮が図られ、将来の給付水準の低下が抑えられることになる(図表11の丸い吹き出し)。

しかし、デフレが継続した場合などでは、当年度分の調整と繰り越した未調整分を合わせた大幅な調整が適用できない場合も考えられる。その場合は未調整分が持ち越され続け、結果として改正前の制度と同じ事態になる可能性がある。また、このような経済状況のリスク(不確実さ)に加えて、政治的なリスクもある。未調整分を精算できるほど本来の改定率が高いケースには、物価上昇率がかなり高い場合もあり得る。この場合は物価が大幅に上がる中で年金の改定率を大幅に抑えることになるため、年金受給者からの反対や、実際に生活水準が大きく低下して困窮する受給者がでてくる可能性がある。そういった状況では、この見直しを予定どおりに実施するかが政治問題になる可能性がある。
図表11 特例ルールの見直し(未調整分の繰越)で年金財政健全化に必要な調整期間が短縮するイメージ
後編(別稿)では、前編(本稿)で確認した年金額改定の仕組みを踏まえて、2022年度分の改定で改定ルールがどう機能したかを確認するとともに2023年度分以降の見通しを考察する。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2022年06月08日「基礎研レポート」)

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