2022年06月08日

医療機関・介護サービス事業者・健保組合における個人情報保護

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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4――健康診断に関する個人情報

1|個人情報の流れ
健康保険組合等の事業として最も大きな柱としては、被保険者から保険料を徴収し、審査支払機関から送られてきたレセプトに対して診療報酬の支払いを行うことである。

もうひとつの重要な事項としては、40歳以上の被保険者に対する特定健康診断と特定保健指導がある。いわゆるメタボ健診であり、生活習慣病予防のための健診と健康指導である。健保組合の行う特定健康診断と事業者が行う労働安全衛生法に基づく健康診断を併せて行い、従業員等の健康について現状を把握して、環境の改善及び生活習慣の改善指導を行うことなどを通じて健康状態の改善を図る取り組みをコラボヘルスという(図表5)。
【図表5】特定健診とコラボヘルス
健保組合等の保有する個人情報の例としては、(1)適用関連(保険者番号、被保険者記号、氏名、生年月日等)、(2)現物保険給付関連(レセプト記載情報7)、(3)現金保険給付関係(療養費、移送費関連、傷病手当金関連、出産手当金・出産、埋葬費関連)、(4)保険事業関連(健康診査、保険指導関連)8である(健保ガイダンス、別表1)。
 
7 診療年月日・日数、受診医療機関名称・所在地、傷病名、診療内容、医療費に係る情報を含む。
8 受診年月日、健診機関名称・所在地、健診・問診結果、指導結果を含む。
2|本人同意取得に関する取扱い
健保組合の個人情報の利用および第三者提供に係る利用の目的は図表6の通りである。
【図表6】健保組合の主な利用目的
本人同意を得る方法としては、被保険者等への保険給付等のために通常必要と考えられる個人情報の利用範囲をホームページへの掲載、パンフレット、窓口掲示等により明らかにしておき、被保険者等から特段の明確な反対・留保の意思表示がない場合には、i)被保険者等の利益になるもの、またはii)医療費通知など被保険者等の個々の同意をとることが組合の膨大な負担となり、かつ同意取得が被保険者等にとっても合理的と言えないもの、については、個人情報の利用について同意が得られているものとの考え方をとる(健保ガイダンスP13)。

このことからすると直接健保組合と被保険者とで書面のやり取りが生ずる場面である特定健診のときを除いては、このような黙示の同意を取得する方法により、個人情報を利用することができると考えられる。

また、健保ガイダンスでは「健保組合等においては、第三者への提供を目的として個人情報を取得することは通常想定されない」とされている。この唯一の例外とも考えられるのが事業者とのコラボヘルスである。ただ、コラボヘルスは法的には第三者提供ではなく、健保組合と事業者の個人情報の共同利用(個情法23条5項)という形態をとっている。個人情報を取得するにあたって健保組合と事業者とで共同で個人情報を管理することについて、健康診断の問診票などで同意を得ていることが通例と思われる9
 
9 健保組合は、事業者が健康増進事業を行っている場合は、健診結果などの情報を提供するよう求めることができる(健康組合法150条2項⇒個情法20条2項1号)

5――医療機関・介護サービス事業者、健保組合関連の研究と個人情報

5――医療機関・介護サービス事業者、健保組合関連の研究と個人情報

1|医療機関のデータを生かした研究
医療機関においては治療を実施した情報にその結果(アウトカム)情報が連結されている。このような医療情報については、(1)医療機関自身の研究として利用する場合、(2)他の事業者に研究目的として提供する場合、(3)医療ビッグデータ法に基づいて提供する場合の3つが考えられる。(1)(2)については、基礎研レポート「医学研究にかかわる倫理指針」で述べたところである。
(1)医療機関自身の研究として利用する場合 この場合としては、大学医学部の付属病院など医療機関自身が学術研究機関として研究するケースが考えられる。通常の診療行為にともなって情報等を取得する場合、侵襲(注射など)や介入(薬物投与)、あるいは試料の収集(血液の採取)などが行われることが通例であると思われるので、文書によるICまたは口頭でICをとって記録を残すことが求められる(指針第8の1(1))。当初は医療目的であったが、取得後に学術研究目的に変更することは、学術研究機関である医療機関では本人同意がなくても可能とされる(医療ガイダンスp26、個情法18条3項5号)10。ただし、試料を用いる研究では改めてICをとるか、これが困難な場合は研究対象者が拒否できる機会を保障するなどの手続を経て利用が可能になる(指針第8の1(2))。

他方、学術研究機関ではない医療機関(民間病院など)についてであるが、医療機関内部の症例研究にとどまるのであれば、診療時の情報取得の目的に含まれる。病院の医師が学会などで発表する場合は、学術研究機関(学会も学術研究機関とされている)への学術研究目的での提供となるため、次の(2)の問題となる。
 
10 ただし、指針では既存の資料または情報を利用する場合として、仮名加工情報にすることなどが求められる(指針第8の1(2))。
(2) 他の学術研究機関に研究目的として提供する場合 民間病院などの医療機関から他の学術研究機関へ学術研究目的で提供する場合、個情法では、学術研究機関への学術研究目的での提供になるため、研究対象者の同意は不要である(個情法20条2項5号)、ただし学術研究機関による研究対象者宛ての通知又は公表が必要である(個情法21条1項)。また、倫理指針においては、個人が識別できる生のデータであれば、提供にあたって研究対象者の文書ICまたは口頭IC+記録を改めて求めることが必要となる。ただしICが取得困難な場合は、簡易化されたICと研究対象者が拒否できる機会を付与するよう努める、あるいはこれも困難な場合は、通知・公表し、拒否の機会を保障することが必要である(第8の1(3))11

他方、匿名加工情報とすることで個人を識別しない形での試料・情報提供であれば、個情法、指針いずれのルールにおいても何らの手続を要せず、学術研究機関への提供は可能である。

なお、学術研究機関以外の医療機関や製薬会社に研究目的で提供する場合には本人同意が必要であるが、所在不明であって本人同意が取得できない場合はそのまま提供できる(医療ガイダンスp26、個情法18条3項3号(公衆衛生の向上等))。
 
11 なお、既存試料・情報の提供のみを行うものは本文に記載した方策をとると同時に体制整備などの義務を負う(指針第8の1(4))。
(3)は次世代医療基盤法(医療ビッグデータ法)による情報の利用 上記(2)ではICなどの手続が行えない場合には匿名加工情報とするほかはないが、この場合、医療機関自身が匿名加工しなければならないため、大規模な病院などを別として個々の医療機関が行うことには無理がある。そこで独立した医療情報取扱事業者に対して、医療機関がオプトアウト(=患者から拒否の申し出があった場合に提供を取りやめる)の手続で医療情報を提供する。これを受け、医療情報取扱事業者が匿名加工するという手続が法定されている。すなわち、医療情報といった要配慮個人情報は、個情法によってはオプトアウトの手続で第三者提供ができない(個情法23条2項)が、次世代医療基盤法によってオプトアウトが特例的に認められている。
2|介護サービス事業者のデータを生かした研究
介護サービス事業者における個人情報の取扱いについては、純粋な介護サービスの提供情報以外は医療情報と密接な関係にある場合が多い。たとえばアルツハイマー型認知症による生ずる各種の症状、あるいは身体障がいの度合いといったものは疾病にかかる情報でもあり、要配慮個人情報に該当する(個情法2条3項、施行令2条1項1号、施行規則5条1号~3号)。医療機関における医療情報の取扱いは上記1|で述べたところである。介護事業者が自社で研究を行うというのは考えづらいとすると、介護事業者の保有するデータを研究機関等に提供するということが考えられる。これについては、上記1|で述べた(2)他の事業者に研究目的での提供で述べたところと同様の結果となる。
3|健保組合のデータを生かした研究
健康保険組合の事業は保険者として保険料を徴収し、医療給付に対して診療報酬を支払うことであり、学術研究機関には該当しない(健保ガイダンスp16)。また、上述の通り、研究目的がどうかにかかわらず、第三者提供は通常想定されていない。

ところで健保組合にはもう一つの大きな事業、すなわち健康診断12と保健指導、およびレセプトのデータが存在する。これら情報を利用して健診の精度向上や保健指導の品質向上のために関係者・関係機関と共有して検討することは保健事業の一環と考えられており、上述の研究に該当しない(指針ガイダンスp6)。健保組合と事業主との間で行われるコラボヘルスにおいては、この保健事業の一環として行われていると捉えることができる13

コラボヘルス実施にあたっては、外部の事業者を利用することがある。この場合は健保組合の業務委託に伴って個人情報を提供しているものであるため、第三者提供に該当しない(個情法23条5項1号)。利用目的についても当初目的に含まれているため(上記図表6参照)、本人同意を必要としない。したがって生のデータを業務委託先にそのまま提供することも可能である。

外部の事業者においても、健保組合の組合事業の業務改善支援の目的で分析を行うことは上述の通り、研究に該当しない。他方、レセプト等の情報を用いて生活習慣病の病態の理解や予防方法の有効性の検証などを通じて国民の健康の保持増進等に資する知識を得ることを目的として実施される活動は指針の適用される「研究」に該当する可能性がある(指針ガイダンスp6)とされる。

ただし、既に作成されている匿名加工情報のみを受け取って研究を行う事業者(研究機関)には、そもそも指針の適用はない(指針第3の1ウ③)。また匿名加工情報は個人情報ではないので、個情法による利用目的による制限はかからない14。なお、匿名加工情報を受領した匿名加工情報取扱事業者は識別行為の禁止(個情法45条)と安全管理措置等の実施(個情法46条)が求められる。
 
12 厳密には健康診断結果は事業主が保有し、特定健診結果は健保組合が保有するが、ここではコラボヘルスを実施しており、共同利用の要件を満たしていることを前提とする。
13 なお、病歴の情報でもあるレセプト情報は、健保組合から事業主には提供されない。
14 宇賀克也「新。個人情報保護法の逐条解説」(有斐閣、2021年)p380参照。

6――おわりに

6――おわりに

医療については黙示の同意が認められやすく、介護については文書で本人同意を取得することまで求められるのは、不整合という気がしなくもない。ただ、医療については関係者が少なく、治療を受けること、また健康保険制度を利用していることは常識として理解されている。これと比較すると介護保険制度の歴史は浅く、かつ関係者が多い。また、介護サービスのうちでも居宅型であれば事務所に本人が行く機会もない。したがって文書でどのような情報をどこまで開示するかを本人に開示することには意味があると思われる。

医療については医療ビッグデータ法といった研究の素地となる法制度がある。他方、介護サービスにはこれに類する仕組みはない。ただ、昨今では科学的介護が提唱され、国が関与する中でPDCAを回しながら介護水準の向上が図られる取組が行われるようになった。介護サービス業者に中小業者が多いという事情はあるとしても民間での研究を促進するような仕組みは考えられないであろうか。今後の検討課題である。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2022年06月08日「基礎研レポート」)

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