2022年05月30日

医学研究にかかわる倫理指針-個人情報保護法とインフォームドコンセント

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3|学術研究機関等の学術研究目的利用
「1―はじめに」で述べた通り、学術研究機関等における学術研究目的の利用については、2022年4月1日から個人情報保護法の適用がされているが、要配慮個人情報の取扱いについての特則がある(図表4)。
【図表4】学術研究機関特例(概要)
具体的には、

(1) 学術研究機関等が学術研究目的で要配慮個人情報を取得する場合に、一般には求められている本人同意取得の必要がない(個情法20条2項5号)。また、共同研究の場合であって、学術研究機関等から、他の民間事業者(個人情報取扱事業者)が要配慮個人情報を取得するときも本人同意は不要である(同項6号)10。ただし、情報の取得にあたっては、本人への通知又は公表を行う必要がある(個情法21条1項)。
【図表5】学術研究機関等による要配慮個人情報取得の特例(※)
上記の一つ目は学術研究機関が民間事業者、たとえば民間の病院から情報等を取得するケースが想定される。また、二つ目は大学などの学術研究機関から、共同研究を行っている民間病院へ情報を提供するような場合が想定される。
 
10 5号、6号とも、個人の権利利益を不当に侵害されるおそれがある場合を除く。また、提供と取得は表裏の関係にあり、本条5号は個情法27条1項7号に対応し(前掲注9宇賀p217)、本条6号は個情法27条1項6号に対応する(前掲注9宇賀p259)。
(2) 学術研究機関等において当初目的と関連性を有する合理的範囲を超えて利用目的を変更する場合であっても、その変更後目的が学術研究目的であれば、本人同意は不要とされている(個情法18条3項5号)。また、民間事業者から学術研究機関に対して、学術研究目的で提供する場合も本人同意は不要である(同項6号)11。ただし、利用目的の変更を伴う場合は、本人への通知又は公表を行う(個情法21条3項)(図表6)。

下記図表6のうち、一つ目は同一の学術研究機関内で既存試料を基に新たに研究を行う場合などである。二つ目は民間病院などがその医療情報を学術研究機関へ学術研究目的で提供するケースが想定される。このような情報提供方法は改正前行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(8条2項4号)、改正前独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(9条2項4号)において、学術研究機関等に対しての学術研究目的のための提供について、本人同意不要で認めていたものを個情法のルールとして導入したものである12
【図表6】学術研究機関等において学術研究目的に利用目的を変更する場合の特例(※)
 
11 5号、6号とも、目的の一部が学術研究目的である場合を含み、個人の権利利益を不当に侵害されるおそれがある場合を除く。
12 提供は利用の代表例であり、本号は法27条1項6号、7号に対応する(前掲注9宇賀p210参照)。
(3) 個人情報の第三者提供については、それが要配慮個人情報であっても、1)学術研究機関等の成果公表又は教授のためにやむを得ないとき、あるいは2)共同研究にあたって、学術研究機関等から学術研究目的のために提供されるとき、3)提供先が学術研究機関等であって学術研究目的で取り扱う場合には、本人同意を要さないこととされた(個情法27条1項5号、6号、7号、図表7)。
【図表7】学術研究機関等における第三者提供特例(※)
上記図表7のうち、一つ目は学術研究を行うことそのものではなく、その成果の公表・教授にあたって個人情報を取り扱うことも適用除外とするものである。たとえば特異な症例であったり、説明に患者の写真を表示することが不可欠であったりする場合などが想定される。研究成果を公表・教授にあたっては、個人情報を開示することがやむを得ない場合に限り、第三者提供が可能とされている。

二つ目は、上記(1)の二つ目に対応しており、共同研究を行う民間事業者に、学術研究目的で第三者提供を行う学術研究機関等においても、本人同意を取得することが不要であると定めたものである。

三つめは上記(1)の一つ目および(2)の二つ目に対応しており、学術研究機関等に対して、学術研究目的のための第三者提供を行う民間事業者においても、本人同意取得が不要であることを定めたものである13
 
13 本条6号、7号については前掲注10参照。

4――指針におけるICと個人情報保護法

4――指針におけるICと個人情報保護法

1|総論
指針のICは上記に述べたように個人情報保護に限定されない権利・利益を確保するためのものであるため、個人情報保護法とは異なる規律の仕方をしている。試料・情報の取得に関する区分がある。

試料・情報の取得にあたって、(1)侵襲(=研究対象者の身体・精神に傷害又は負担を生じさせるもの14)を行うもの、(2)介入(=健康に影響を与える要因の有無又は程度を制御する行為15)を行うもの、(3)介入を行わないものである。(3)の介入を行わないものは、さらに(3)-1試料(排泄物等)16を用いるもの、(3)-2要配慮個人情報(個人の病歴が含まれるもの、ゲノム情報17)を用いるもの、(3)-3それ以外に分けられる。特に侵襲や介入を行うもの、試料を用いるものについてはICが求められる場合が多い(イメージとして図表8)。
【図表8】指針によりICが求められる場合(イメージ)
 
14 具体的には、穿刺、切開、薬物投与、放射線照射、心的外傷に触れる質問等を指す(指針第2(2))。
15 健康の保持増進につながる行動及び医療における疾病の予防、診断又は治療のための投薬、検査を含み、通常の診療を超える医療行為であって研究目的で実施するものを含む(指針第2(3))。
16 血液、体液、組織、細胞、排せつ物及びこれらから抽出したDNA等、人の体の一部であって研究に用いられるもの(死者に係るものを含む)をいう(指針第2(4))。
17 ゲノム情報とは、ゲノムデータ(塩基配列を文字列で表したもの)をもとに塩基数列に解釈を加えて意味を有するものとされている(前掲注1、p12)。
2|試料・情報取得とIC
(1)試料・情報取得にあたっての手続
試料・情報の取得にあたって、侵襲・介入を行う場合及び試料を用いる研究の場合はIC取得が必要である。試料を用いない情報取得であって要配慮個人情報を含むものは簡易化されたIC18取得が必要である。そして、要配慮個人情報を含まないものには本人による拒否の機会の保障を行う。

新規の試料等の収集にあたっては、原則として文書でICを取得するものとされるが、例外がある。具体的には図表6の通りであるが、1)侵襲を行うものは文書によりICを取得する手続以外は認められていない。2)介入を行うもの、または3)介入を行わないが試料を用いる研究については口頭にてICを取得し、記録をしておくことが認められる。試料を用いないもののうち、4)要配慮個人情報を取得するものについては、ICではなく個情法の規定する本人同意を要し、これが困難な場合は、簡易化されたICを行うことで情報を取得できる19。さらに5)要配慮個人情報にも該当しないものは拒否の機会保障だけが求められる(図表9)。なお、個情法の研究機関特例では要配慮個人情報の取得については本人への通知または公表が必要とされているだけである。
【図表9】新規の試料・情報取得
ここで拒否の機会保障とは、公表または本人への通知を行い、本人に拒否の機会を保障するという手続であって、個人情報保護法のオプトアウト(個人情報保護委員会への届出を要する)手続とは厳密には異なる点に注意が必要である。
 
18 簡易化されたICとは研究計画に従って、研究対象者集団に対する広報を行い、事後説明等を行う手続きである(指針第8の9)。
19 ただし、研究対象者にとって不利益にならない、あるいは同意取得が困難であるといった一定の要件がある(第8の1(1)イ(イ)②(ⅰ)、第8の9(1)(2))
3|既存試料等を用いた研究とIC
次に自らの学術研究機関に既に存在する試料・情報を用いた新たな研究を行う場合の規律である。個情法でいう利用目的変更に相当する。既存の試料を用いる場合は原則として口頭のICと記録をとる必要があるが、仮名加工情報を利用することで追加的な手続を不要とするなどの特例もある。他方、試料を用いない場合では、ICは原則として不要とされているが、仮名加工情報としたり、仮名加工ができない場合において研究対象者に通知・公表や同意取得等をしたりするなどの手続をとる必要がある。

具体的に、試料を用いる場合は原則として文書でのICまたは口頭のICと記録を行うこととされている。ただし、例外として①既存の仮名加工情報や個人関連情報など本人を識別できない情報であるときには手続が不要となる。②本人識別が可能であるが、ICを得ることが困難であるときであって、研究目的が当初の目的との関連性が合理的にあるときは利用目的等の事項を通知または公開を要する。③本人識別可能であり、かつ目的も当初目的との関連性が合理的に認められないときにおいては、社会的に重要な研究であって、本人に利用目的等を通知して適切な同意(ICではない)を得たときに利用ができる。最後に④学術研究機関において変更後の目的が学術研究目的である場合には本人に拒否の機会を保障することにより利用することができる(第8の1(2)ア)。

他方、試料を用いない場合は原則としてICをとる必要がないとされている。具体的には①匿名加工情報など本人が識別できない場合は手続不要である。次に②本人が識別可能ではあるが、ICの改めての取得は困難であるが、当初目的との関連性がある場合には通知・公表を、③当初目的と関連性がない場合は通知と適切な同意を必要とする。最後にIC取得困難で学術研究機関が学術兼研究目的で利用する場合は研究対象者による拒否の機会の保障を担保する必要がある(第8の1(2)イ)(図表10)。なお、個情法の学術研究機関特例に該当する場合の、当初目的外の利用にあたっては本人への通知または公表が必要とされている。
【図表10】目的外利用の方法
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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