2022年05月30日

医学研究にかかわる倫理指針-個人情報保護法とインフォームドコンセント

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2022年4月1日付で改正個人情報保護法が施行されたことについては、基礎研レポート「2022年改正個人情報保護法の施行」で解説を行った1。注目すべき改正点の一つが、研究機関の研究目的における個人情報の取得・利用・第三者提供について、これまでの規律の全面適用外であった点(改正前個情法76条1項3号)を変更し、個人情報保護法の規定を原則的に適用することとしたことである。ただし、同時に大幅に適用除外を定めることで学問の自由に対して抑圧的とはならないよう配慮されている。

本稿では、2022年4月1日より施行されている「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(以下、指針)」(令和3年文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号、令和4年3月23日一部改正)の内容を確認するとともに個人情報保護法(以下、個情法)との関係を整理してみることとする。

指針は「ヒト・ゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」と「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を統合したものであり、これら二つの倫理指針は廃止された(2021年6月30日付け)。なお、指針は個人情報保護だけを目的とするのではなく、研究対象となった人の尊厳等の人権を保護するものであり、研究の社会に与える影響も踏まえて策定されており、個人情報保護法の規定よりも厳重なものとなっている。

2――指針の概要

2――指針の概要

1|指針の適用対象
指針の適用対象となるのは、人を対象とする生命科学、医学系研究を行う研究である(指針第3の1)。これには二つのものが含まれる(指針第2(1))。一つ目は、以下の4点を通じて、国民の健康の保持増進又は患者の傷病からの回復若しくは生活の質に資する知識を得る活動である。具体的には、

(1) 傷病の成因(健康に関する様々な事象の頻度及び分布並びにそれらに影響を与える要因含む)の理解、
(2) 病態の理解、
(3) 傷病の予防法の改善又は有効性の検証、
(4) 医療における診断方法及び治療方法の改善又は有効性の検証である。

二つ目は、人由来の試料・情報を用いてヒト・ゲノム及び遺伝子の構造又は機能並びに遺伝子の変異又は発言に関する知識を得る活動である。

ここで留意しておくべきなのは、指針は臨床機関である医療機関の診療行為には適用されないことである。医療機関における症例研究、外部への症例報告、他の医療機関との連携、医療保険事務、専門医の取得のための症例登録について指針は適用されない2。これらの行為については個人情報保護法がそのまま適用され、具体的には「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイダンス3」が具体的な取り扱いについての参考となる。

また、企業が研究の資金や資材等を提供したり、研究を通じて得られた成果を利用したりするのみで研究の実務を行わない場合を除いて、通常、研究を実施する(研究に関する業務の一部を委託して実施する場合や、他の研究機関と共同して実施する場合を含む。)企業は、指針が適用される学術研究機関等4に該当する。
 
2 「個人情報保護法等の改正に伴う研究倫理指針の改正について(平成29年5月文部科学省、厚生労働省、経済産業省)p5参照。
3 https://www.ppc.go.jp/files/pdf/01_iryoukaigo_guidance4.pdf 参照
4 学術研究機関等の定義は個情法の定義を引用しており、大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属するものをいう(個情法16条8項)とする。
2|指針の概要
指針は10章からなっている。第1章(第1、第2、第3に項目立てされている)は定義や適用範囲などを定めている。適用範囲は上記1|で述べた通りの生命科学、医学系研究であって学術研究機関等が行うものである。ただし、

(1) 既に学術的な価値が定まり、研究用として広く利用され、一般に入手可能な試料・情報、
(2) 個人に関する情報に該当しない既存の情報、または、
(3) 匿名加工情報、のいずれかのみ用いる研究については指針の適用外である(第3の1)5

第1章で定める定義のうち、特に重要なのは、インフォームドコンセント(以下、IC)と個人情報の利用等に関する同意の違いである。指針では「IC」は侵襲や介入などによって、人から得られる試料・情報を基にした研究の実施または継続(試料・情報の取り扱いを含む)に関する研究対象者の同意とされている(侵襲、介入などについては下記5で後述)。他方、「適切な同意」は試料・情報の取得及び利用(提供を含む)に関する研究対象者の同意であって、個人情報保護法における同意に該当するものとされている。言い換えると、ICは自らの身体に対する影響や、起こりうる不利益、採取された試料の用途などへの理解・同意を含めた、単なる個人情報の利用許諾の同意を超える範囲に関するものと言える。大まかなイメージとしては図表1の通りである。
【図表1】個情法の同意とインフォームドコンセント
第2章(第4、第5に項目立て)は研究者等の責務を規定しており、(1)研究対象者の生命、健康及び人権を尊重すべきこと、(2)法令等を遵守し、倫理委員会の審査・研究機関の長の許可を受けた研究計画に従うこと、(3)原則としてICを取得すべきことなどが規定されている(第4の1)。

第3章(第6、第7に項目立て)は研究の適正な実施等について定めており、研究計画書の作成、倫理審査委員会への付議、学術研究機関等の長による許可等、及び研究の概要の厚労省データベースへの登録等が定められている。

第4章(第8、第9に項目立て)はICについて規定している。ICについては後述する。

第5章(項目としては第10)は研究により得られた結果等の取扱で、研究責任者は研究結果の特性等を踏まえ、研究対象者への説明方針を研究計画書に記載することなどが求められている。

第6章(第11~第14に項目立てされている)は研究の信頼性確保について規定しており、研究の倫理性・科学的合理性を損なうおそれがある場合の手続や利益相反の管理、研究に係る試料及び情報の管理が定められている。

第7章(項目としては第15)は重篤な有害事象への対応、第8章は倫理審査委員会(第16、第17に項目立て)、第9章(項目としては第18)は個人情報及び匿名加工情報、第10章(第19~第21に項目立て)その他となっている。
 
5 また、法令の規定により実施される研究、及び法令の定める基準の適用範囲に含まれる研究にも適用されない(指針第3の1アイ)。

3――個人情報保護法の概要

3――個人情報保護法の概要

1|個人情報の利活用にかかる一般ルール
ここで個人情報保護法を復習してみたい。まずは学術研究機関における学術研究目的で取り扱う場合を除く、一般ルールについてである。個人情報の取扱として(1)個人情報の取得、(2)情報取得時に特定した当初目的外の利用、(3)個人情報の第三者提供という三つのフェーズを取り上げる。

一般ルールにおいては、通常の個人情報と、病歴など不当な差別・偏見その他本人に不利益が生じかねないとされる要配慮個人情報(個情法2条3項)とで取り扱いは異なる。概要は図表2の通りである。
【図表2】個人情報保護法の一般ルール(概要)
まず、(1)個人情報の取得であるが、一般の個人情報については、利用目的を特定したうえで、利用目的の公表又は本人宛通知することが求められる(個情法17条1項、21条1項)。ただし、要配慮個人情報の取得にあたっては、公表・通知では足らず、本人の同意が必要となる(個情法20条1項)。

そして(2)個人情報の利用は、特定された利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲内でのみ利用できる6が、当初の利用目的の必要な範囲を超えて利用することには本人同意が必要である(個情法18条1項)7。これは要配慮個人情報でも変わらない。利用目的の変更については、本人の同意を得る必要があることが原則であることから、そのような同意取得の必要がない仮名加工情報(後述)とする手段が個情法には存在する(個情法41条1項、9項)8

最後に、(3)個人情報の第三者提供であるが、提供にあたっては本人の同意が必要とされる(オプトイン)のが原則である(個情法27条本文)。また、本人が拒否したときには第三者提供を停止することとしている場合であって、個人情報保護委員会への届出を行うなどの手続をしたうえで、第三者提供を行う手段(オプトアウト)もある(個情法27条2項)。ただし、オプトアウトは要配慮個人情報には利用できない(同項但し書き)。なお、要配慮個人情報9であっても匿名加工情報(後述)とすることによって第三者提供できるようにすることができる(個情法43条、44条、図表1)。
 
6 ただし、関連性が合理的に認められる範囲内であっても利用目的の変更にあたっては本人への通知または公表が必要である(個情法21条3項)。
7 当初目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲内での利用目的の変更は可能(個情法17条2項)だが、本人への通知・公表を行う必要がある(個情法21条3項)
8 個情法41条9項による17条2項(利用目的変更に本人の同意を要する)の適用除外や32条~38条(保有個人データについての公表、開示、訂正等、利用停止等など)の適用除外がある。ただし、仮名加工情報の第三者提供はできないこととされている(個情法42条1項)。
9 要配慮個人情報を匿名加工することは排除されていない。また、匿名加工を行うこと自体は、それを当初から目的に含めていなくても目的外利用にあたらないと一般に解されている(宇賀克也「新・個人情報保護法の逐条解説」(有斐閣2021年)p379~P380)。
2個人情報、仮名加工情報、匿名加工情報、個人関連情報
ここで、個情法が定義する(1)個人情報、(2)仮名加工情報、(3)匿名加工情報、(4)個人関連情報の4種の情報について確認をしておきたい。

まず、(1)個人情報は氏名等を含むことで特定の個人を識別できる情報(他の情報と容易に照合することができ、本人を識別できるものを含む)及び個人識別符号が含まれるものである。これは個情法の適用対象となる範囲を画するものである。

次に(2)仮名加工情報とは、本人を識別する記述(氏名など)や個人識別符号を削除することで、データそのものでは本人を識別できないものをいう(個情法2条5項)。ただし、仮名加工情報はデータごとにナンバリングを付し、そのナンバリングと個人の照合表を作るなどして、本人を特定する可能性があるものを指す。主に、データを保管する所管とは別の所管が、経営戦略や顧客対応改善を図るなどの目的でデータを個人に紐づかないように利用するような場合に用いられる。本人からの開示請求や利用目的による制限の不適用など個情法の一定の規律の適用がないものである。

そして、(3)匿名加工情報は本人を識別する記述を削除することなどを通じて本人を識別できないようにして作成する。仮名加工情報との相違は、匿名加工情報の場合は復元ができない(=本人を特定出来ない)ようにしたものを指す(個情法2条6項)。匿名加工情報は、主に第三者提供を行うために加工されることが想定されている。匿名加工情報は個人情報として取り扱われないが、個情法の定める一定の規律(安全管理措置など)が適用される。

最後に(4)個人関連情報であるが、これは生存する個人に関する情報であって、上記の個人情報、仮名加工情報、匿名加工情報のいずれにも該当しないものをいう(個情法2条7項)。個人関連情報については提供先の第三者において個人情報に該当することになることが想定されるものであって、提供先が本人から同意を得ていることを確認するなどの手続を経なければ当該第三者へ提供してはならないとされている(個情法31条)。まとめると図表3の通りである。
【図表3】個人に関する情報の区別
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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