2022年05月11日

拒否権のパワー-国連安保理で常任理事国と非常任理事国の投票力格差は?

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.302]

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

社会では、さまざまな会議で議決が行われる。代表的なものは、国際連合(国連)だ。その中でも、とくに安全保障理事会(安保理)は、各種制裁措置の決定などを審議する機関として重要である。じつは、国連の他の機関は、加盟国に対して勧告しかできない。国連憲章のもとで、加盟国に実施の義務づけを伴う決定を行う権限は、安保理だけが有している。その議決についてみてみよう。

◇ 常任理事国は拒否権を持っている

安保理の議決は、全15ヵ国中9ヵ国以上が賛成した場合に議案が可決・成立となる仕組みだ。重要問題である実質事項の議決では、常任理事国のうち1ヵ国でも反対すると議案は成立しない。これは、常任理事国が持つ拒否権といわれる。

この拒否権があるために、これまでさまざまな議案が否決されてきた。大国の利害の不一致が、安保理の機能不全を引き起こしてきたと指摘されるゆえんだ。

拒否権にはものすごいパワーがあることは直感的にもわかる。実際に、常任理事国は、他の理事国14ヵ国がすべて賛成している議案であっても、拒否権の発動により不成立にもっていける。

◇ 投票力を示す指数

では、拒否権には、実際にどれくらいのパワーがあるのか?具体的に数字で表したい。ここで、よく使われるのが、会議での採決や投票で各投票者の投票力を表示する、「シャープレイ=シュービック指数」という指標だ。これは、アメリカの経済学者である、シャープレイ氏とシュービック氏が開発した指数だ。ゲーム理論の中では、協力ゲームと呼ばれるものの分析に出てくる。議決の安定性や、投票力の分析などに用いられる指標だ。

◇ 指数の考え方は意外と簡単

この指数の考え方は、それほど難しくない。5人が投票して、過半数で可決・成立となる議決を例にみていこう。

投票者は、ある議案に順番に賛成票を投じていくとする。まず、このような投票順が何通りあるか、計算してみる。これは、5の階乗(5!)=120通り。つぎに、ある投票者が投票する前には成立しておらず、その投票者が投票したことによって成立する、という投票順の個数を数えてみる。3人目が賛成票を投じた段階で過半数となるので3人目の投票者となる投票順の数で、それぞれ24通りずつだ。そして、この2つの投票順の数を割り算する。24÷120=0.2で、どの投票者も5分の1ずつ投票力を持つことになる。

◇ 安保理での投票力を計算すると…

それでは、この指数を使って、国連安保理の常任理事国と非常任理事国の投票力をそれぞれ計算してみよう。まず、15ヵ国が投票する投票順の数は、15の階乗(15!)=1,307,674,368,000通りとなる。

つぎに、ある常任理事国が投票した時点で、議案が成立する投票順の数を計算してみると、256,657,766,400通りある。この2つの数を割り算すると、19.627%となる。他の常任理事国も同じパワーを持つから、常任理事国全体では、約98.135%(≒19.627%×5)。非常任理事国は、全部合わせても残りの1.865%のパワーに過ぎない。非常任理事国のうちの1ヵ国は、さらにその10分の1で、0.1865%となる。つまり、常任理事国は、非常任理事国の約105倍( ≒19.627%÷0.1865%)のパワーを持っていることになる。拒否権には、ものすごいパワーがあることが数字で表されたわけだ。

◇ もし議決方法を変更したら…

それでは、架空の話として、もし常任理事国2ヵ国の反対がないと拒否権は発動されない、というように拒否権の発動要件を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で16.830%、非常任理事国は1ヵ国で1.5851%となる。常任理事国は非常任理事国の約11倍(≒16.830%÷1.5851%)のパワーを持つ。

また、ある常任理事国が拒否権を発動した場合でも、他の14ヵ国(他の常任理事国4ヵ国と非常任理事国10ヵ国)が賛成することによって、再可決して議案を成立できるよう、議決方法を変更したらどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で14.865%、非常任理事国は1ヵ国で2.5674%となる。常任理事国は、非常任理事国の約6倍(≒14.865%÷2.5674%)のパワーを持つようになる。まだ、約6倍もパワーの違いは残るが、現在の約105倍の違いに比べれば、常任理事国と非常任理事国の投票力の格差は、だいぶ縮まることとなる。

今回は、国連安保理の議決を取り上げたが、他の会議の議決でも、この指標を用いて投票力を測ることができる。会議で誰かが拒否権を発動しそうなときには、そのパワーを計算してみるとよいだろう。
 
* 計算細部については次をご参照下さい。
・「拒否権のパワー-国連安保理で常任理事国と非常任理事国の投票力格差は?」(研究員の眼, 2022年3月1日)
・「拒否権のパワー [もう一度]-常任理事国と非常任理事国の投票力格差を別の指標でみると…」(研究員の眼, 2022年4月12日)
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2022年05月11日「基礎研マンスリー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【拒否権のパワー-国連安保理で常任理事国と非常任理事国の投票力格差は?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

拒否権のパワー-国連安保理で常任理事国と非常任理事国の投票力格差は?のレポート Topへ