コラム
2021年11月09日

オストロゴルスキーのパラドックス-少数派が多数決で勝つにはどうしたらよいか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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ある集団で、何か物事を決めようとするとき、どんなことをするだろうか? まず、メンバーが集まって、話し合いをするだろう。その結果、全員の意見が一致すれば、めでたしめでたしだ。それでは、話し合いの結果、意見が分かれたままだったとしたらどうするか? こんな場合、多数決を行うのが、一般的な集団での意思決定方法となる。
 
多数決は、民主主義の基本である。議論を尽くしても、どうしても意見がまとまらないときには、多くの人が賛同する内容で、集団の意思をまとめるというのは、妥当であろう。
 
ただし、意見が割れたときには、なんでもかんでも多数決で決めるというやり方には、問題がある。内容によっては、少数派の人の人権を侵害するような場合さえある。多数決を乱用して、弱い立場の少数の人々の意見を排除してしまうことは、あってはならないことだ。
 
それでは、僅差で数的不利の状況にある少数派が、自分たちの意見を通すにはどうしたらよいだろうか?―— 多数決の結果を変える方法について、少し、考えてみよう。
 
例として、A、B、C、D、Eの5人が、ある懇親会のパーティーをレストランで開くことを企画しているとする。開催するお店には、洋風レストランと、和風レストランの2つの候補があるとしよう。
 
Aさんと、Bさんは、パーティーを和風レストランで開催したいと考えている。一方、残りのCさん、Dさん、Eさんは、懇親会を洋風レストランで開いてはどうかと思っている。
 
もし、このまま多数決をとれば、和風派2人 対 洋風派3人で、洋風レストランに軍配が上がるだろう。Aさんと、Bさんは、なんとかして、集団の決定を、和風レストランに覆したいと考えている。
 
そこで、Aさんと、Bさんは、パーティーを開くお店を決めるにあたって、何がポイントになるか、をいろいろと検討してみた。

―「やはり、料理がお酒に合うことは欠かせない。いろいろなお酒に合う料理がよいだろう。」
―「それと、お店の雰囲気も大事。店内がうるさ過ぎると、会話がしづらくなる。」
―「さらに、コスパも重要だ。値段があまり高いと、せっかくのパーティーの楽しみが半減する。」
 
これら3つのポイントを胸に、Aさんと、Bさんは、洋風派の3人に対する説得工作を開始した。
 
まず、2人は、Cさんと話をした。

「料理がお酒に合うかどうか、がポイントだ。日本酒や焼酎からワインまで、幅広いお酒に合うという点で、和食が中心の、和風レストランの方がいい。」

Cさんは、その考えに納得した。Cさんは雰囲気やコスパの点では洋風レストランの方がいいと思っているが、2人の説得により、料理については、和風の方がいい、と考えるようになった。
 
次に、2人は、Dさんと話をした。

「パーティーを開く以上、お店の雰囲気が大切だ。洋風レストランは店内が騒がしいことがあって、話がしづらいかもしれない。その点、和風レストランはいつも静かで、落ち着いて話ができる。」

Dさんは、その考えを理解した。Dさんは、洋食が好みで、コスパも洋風レストランの方がいいと思っているが、雰囲気に関しては、和風の方がいい、と少し意見を変えた。
 
最後に、2人は、Eさんと話をした。

「いくら、いい雰囲気でおいしいものを味わっても、値段が高過ぎると、楽しみが半減する。和風レストランには、ドリンク飲み放題のプランがあり、それを頼めば割安で楽しむことができる。」

Eさんは、その考えに同意した。Eさんは、料理、雰囲気については洋風派のままだが、コスパの点では、和風の方がよい、と少し気が変わった。
 
状況を整理すると、次の表のようになる。総合評価では、依然として、洋風が多数派だ。このままメンバーが集合して、単純に多数決をとれば、2人 対 3人で、洋風レストランに決まりそうだ。
状況の整理
しかし、Aさんと、Bさんは、多数決のやり方について、つぎのような提案をした。

「お店を選ぶのには、いくつかのポイントがある。ポイントごとに多数決をとって、多くのポイントで勝っている、お店を選ぶことにしてはどうか。」
 
他のメンバーは、この提案を受け入れた。早速、各ポイントで多数決をして、評価してみた。
 
すると、まず、お酒に合うかどうかについては、3人 対 2人で和風。お店の雰囲気についても、3人 対 2人で和風。コスパも、3人 対 2人で和風が多数となった。
 
つまり、3つのポイントのいずれでも、和風が多数となった。この結果、パーティー会場は、和風レストランに決まった。Aさんと、Bさんの、多数派工作が、首尾よく成功したわけだ。
 
これは、「オストロゴルスキーのパラドックス」といわれる話の焼き直しだ。19~20世紀のロシアの政治思想家である、オストロゴルスキー氏にちなんで、そう呼ばれている。じつは、同氏自身が、このパラドックスを論じたわけではないが、政党政治に対する反対者とみられていた同氏の名前をとって、そう呼ばれるようになったという。
 
このパラドックスは、多数決による選挙制度が必ずしもうまく機能しない典型事例として、社会科学では有名なものだ。個別の政策での多数派と、政党選択での多数派が異なる場合がある、ということの事例として、よく取り上げられる。
 
それにしても、懇親会のパーティーを和風レストランにするために、Aさんと、Bさんは、ここまで念入りの多数派工作をする必要が本当にあったのだろうか?
 
もし、Aさんと、Bさんが、残りの3人に対して、素直に、自分たちの意見を主張していたらどうだっただろうか? 2人の熱意によって、意外と、すんなり和風レストランに落ち着いたかもしれない。
 
多数決の結果を動かそうと、手の込んだ多数派工作をする前に、まずはよく話し合って、みんなが納得のいく意思決定にこぎつけることが大事だと思われるが、いかがだろうか。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年11月09日「研究員の眼」)

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