コラム
2022年04月12日

拒否権のパワー [もう一度]-常任理事国と非常任理事国の投票力格差を別の指標でみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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いま、国際連合(国連)安全保障理事会(安保理)の議決ルールや拒否権への注目度が高まっている。
 
以前、この「研究員の眼」のコラムで、国連安保理の議決について取り上げたことがある。そのときは、「シャープレイ=シュービック指数」という投票力の指標をもとに、「常任理事国は非常任理事国の約105倍のパワーを持っている」ことを示した。(※)
 
(※) 「拒否権のパワー-国連安保理で常任理事国と非常任理事国の投票力格差は?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所, 研究員の眼, 2022年3月1日)
 
ただ、投票力を示す指標は他にもある。1つの指標だけで拒否権のパワーを数値化することは、一面的な見方につながりかねない。そこで、今回は別の指標を用いて、もう一度みていくこととしたい。

◇ 拒否権を持つ常任理事国にはものすごいパワーがある

まず、少し、国連安保理の議決ルールを振り返っておこう。安保理は、全部で15ヵ国からなる。そのうち、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の5ヵ国は、常任理事国で改選されない。残り10ヵ国は、それぞれ2年の任期で毎年半数が改選される、非常任理事国だ。
 
安保理の議決は、全15ヵ国のうち9ヵ国以上が賛成した場合に議案が可決・成立となる。ただし、重要問題である実質事項の議決では、常任理事国のうち1ヵ国でも反対すると議案は成立しない。これが、常任理事国が持つ拒否権だ。
 
この拒否権があるために、これまでさまざまな議案が否決される事態が生じてきた。安保理の機能不全の大きな原因と指摘されている。
 
拒否権にはものすごいパワーがある、ということは直感的にもわかる。実際に、常任理事国は、他の理事国14ヵ国がすべて賛成している議案であっても、拒否権発動により不成立にもっていける。

◇ 「シャープレイ=シュービック指数」で数値化すると…

以前のコラムでは、「シャープレイ=シュービック指数」を使って、拒否権のパワーを数字で示した。

安保理の理事国15ヵ国の投票力の合計を100%とすると、常任理事国は1ヵ国で19.627%、非常任理事国は1ヵ国で0.1865%となる。つまり、常任理事国は非常任理事国の約105倍(=19.627%÷0.1865%)のパワーを持っている、との結論だった。
 
架空の話として、もし常任理事国2ヵ国の反対がないと拒否権は発動されない、というように拒否権の発動要件を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で16.830%、非常任理事国は1ヵ国で1.5851%となる。常任理事国は非常任理事国の約11倍(=16.830%÷1.5851%)のパワーを持つようになる。(*)
 
また、議決方式を見直して、ある常任理事国が拒否権を発動した場合でも、他の14ヵ国(他の常任理事国4ヵ国と非常任理事国10ヵ国)が賛成することによって、再可決して議案を成立できるよう、議決方法を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で14.865%、非常任理事国は1ヵ国で2.5674%となる。常任理事国は、非常任理事国の約6倍(=14.865%÷2.5674%)のパワーを持つようになる。

◇ 「バンザフ指数」は、勝利提携をイメージ

投票力を示す、別の指標として、「バンザフ指数」も有名だ。バンザフ氏は、アメリカの法律学者で、この指数を提唱した人物だ。この指数は、ゲーム理論の中で、協力ゲームと呼ばれるものの分析に出てくる。議決の安定性や、各投票者の投票力の分析などに用いられる。
 
バンザフ指数は、投票者の提携に着目した指数だ。各投票者は、賛成か、反対かのどちらかを表明するものとして、すべての投票者の賛成、反対の組み合わせを「提携」という。それぞれの投票者が賛成か、反対かの2通りずつある。
 
そして、議案が可決に至る提携を「勝利提携」、否決に至る提携を「敗北提携」と呼ぶ。
 
そのうえで、ある投票者の投票力を計算する。まず、この投票者が賛成して、議案は可決しているとする。もし、この投票者が賛成から反対に投票行動を変えたら、議案が可決から否決に変わる(勝利提携から敗北提携に変わる)という場合、この投票者は「スウィング」の機能を持つという。スウィングの機能を持つ提携の数が多い投票者は、議決に対する影響力が大きいといえる。
 
そこで、各投票者ごとにスウィングの機能を持つ提携の数を数えて、それを投票者全体で合計する。
 
ある投票者の投票力は、その投票者のスウィングの機能を持つ提携の数を、投票者全体の合計で割り算することで、示すことができる。この投票力は、「バンザフ指数」といわれる。(※※)
 
(※※)  文献によっては、ある投票者の投票力を表す指標として、その投票者のスウィングの機能を持つ提携の数を、その投票者以外の投票者の賛成・反対の提携の種類の数(投票者が全部でn人の場合は、2 n-1)で割り算したものを「バンザフ指数」と呼び、そのバンザフ指数を、すべての投票者のバンザフ指数の合計で割り算したものを「相対バンザフ指数」と呼ぶ場合もある。本稿では、その場合の相対バンザフ指数の意味で、バンザフ指数という用語を用いている。

◇ バンザフ指数では、常任理事国は非常任理事国の約10倍のパワーを持つ

それでは、実際に、バンザフ指数を使って、国連安保理の常任理事国と非常任理事国の投票力を計算してみよう。
 
勝利提携は、常任理事国5ヵ国がすべて賛成し、かつ、非常任理事国10ヵ国のうち、4ヵ国以上が賛成した提携ということになる。これは、848通りある。
 
ある常任理事国からみると、この848通りの勝利提携すべてで、スウィングの機能を持っている。反対、つまり拒否権を発動すれば、勝利提携ではなくなるからだ。
 
一方、ある非常任理事国からみた場合、話は大きく異なってくる。この国がスウィングの機能を持つのは、常任理事国5ヵ国がすべて賛成し、かつ、賛成する国が自分も含めてちょうど9ヵ国のときだけとなる。これは、84通りある。それ以外のときは、自分が賛成から反対に転じても、全体の議案の可決・否決には影響がない。
 
理事国15ヵ国で合計すると、のべ5,080通り(=5×848通り+10×84通り)となる。その結果、常任理事国1ヵ国の投票力は、16.693%(=848÷5,080)。非常任理事国1ヵ国の投票力は、1.6535%(=84÷5,080)となる。
 
常任理事国は、非常任理事国の約10倍(=16.693%÷1.6535%)のパワーを持つことになる。(**)

◇ バンザフ指数でみたときには、議決方式見直しの格差是正効果が異なる

架空の話として、もし常任理事国2ヵ国の反対がないと拒否権は発動されない、というように拒否権の発動要件を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で13.184%、非常任理事国は1ヵ国で3.4081%となる。常任理事国は非常任理事国の約4倍(=13.184%÷3.4081%)のパワーを持つようになる。
 
また、議決方式を見直して、ある常任理事国が拒否権を発動した場合でも、他の14ヵ国(他の常任理事国4ヵ国と非常任理事国10ヵ国)が賛成することによって、再可決して議案を成立できるよう、議決方法を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で16.540%、非常任理事国は1ヵ国で1.7298%となる。常任理事国は、非常任理事国の約10倍(=16.540%÷1.7298%)のパワーを持つことになる。14ヵ国の賛成による再可決の提携の数が限られているため、バンザフ指数でみた場合には、議決方式変更の効果があまり出てこないこととなる。
 
バンザフ指数でみたときには、シャープレイ=シュービック指数でみたときと異なり、「常任理事国2ヵ国の反対がないと拒否権は発動されない」としたときのほうが、「他の14ヵ国の賛成により再可決できる」としたときよりも、常任理事国と非常任理事国の投票力格差が縮まるわけだ。

◇ いずれにしても、常任理事国と非常任理事国の投票力格差は大きい

以上、国連安保理の拒否権のパワーを、別の指標でみていった。2つの指数でみた、投票力の計算結果をまとめると、つぎのとおりとなる。
表. 国連安保理決議での投票力
現行の議決方式では、常任理事国と非常任理事国の投票力格差は、シャープレイ=シュービック指数で約105倍、バンザフ指数で約10倍となった。
 
これら2つの指標で、どちらを用いるべき、どちらが正しい、といったことではない。投票力を示す指標は複数あるので、それぞれの指標でみていこうという話だ。
 
ただ、いずれの指標でみても、現行の議決方式では、常任理事国と非常任理事国の投票力格差は大きい。
 
国連安保理の機能不全といわれる現状を踏まえれば、議決ルールになんらかの見直しが必要とも考えられるが、いかがだろうか。
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篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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