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拒否権のパワー [もう一度]-常任理事国と非常任理事国の投票力格差を別の指標でみると…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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以前、この「研究員の眼」のコラムで、国連安保理の議決について取り上げたことがある。そのときは、「シャープレイ=シュービック指数」という投票力の指標をもとに、「常任理事国は非常任理事国の約105倍のパワーを持っている」ことを示した。(※)
(※) 「拒否権のパワー-国連安保理で常任理事国と非常任理事国の投票力格差は?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所, 研究員の眼, 2022年3月1日)
ただ、投票力を示す指標は他にもある。1つの指標だけで拒否権のパワーを数値化することは、一面的な見方につながりかねない。そこで、今回は別の指標を用いて、もう一度みていくこととしたい。
◇ 拒否権を持つ常任理事国にはものすごいパワーがある
安保理の議決は、全15ヵ国のうち9ヵ国以上が賛成した場合に議案が可決・成立となる。ただし、重要問題である実質事項の議決では、常任理事国のうち1ヵ国でも反対すると議案は成立しない。これが、常任理事国が持つ拒否権だ。
この拒否権があるために、これまでさまざまな議案が否決される事態が生じてきた。安保理の機能不全の大きな原因と指摘されている。
拒否権にはものすごいパワーがある、ということは直感的にもわかる。実際に、常任理事国は、他の理事国14ヵ国がすべて賛成している議案であっても、拒否権発動により不成立にもっていける。
◇ 「シャープレイ=シュービック指数」で数値化すると…
安保理の理事国15ヵ国の投票力の合計を100%とすると、常任理事国は1ヵ国で19.627%、非常任理事国は1ヵ国で0.1865%となる。つまり、常任理事国は非常任理事国の約105倍(=19.627%÷0.1865%)のパワーを持っている、との結論だった。
架空の話として、もし常任理事国2ヵ国の反対がないと拒否権は発動されない、というように拒否権の発動要件を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で16.830%、非常任理事国は1ヵ国で1.5851%となる。常任理事国は非常任理事国の約11倍(=16.830%÷1.5851%)のパワーを持つようになる。(*)
また、議決方式を見直して、ある常任理事国が拒否権を発動した場合でも、他の14ヵ国(他の常任理事国4ヵ国と非常任理事国10ヵ国)が賛成することによって、再可決して議案を成立できるよう、議決方法を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で14.865%、非常任理事国は1ヵ国で2.5674%となる。常任理事国は、非常任理事国の約6倍(=14.865%÷2.5674%)のパワーを持つようになる。
◇ 「バンザフ指数」は、勝利提携をイメージ
バンザフ指数は、投票者の提携に着目した指数だ。各投票者は、賛成か、反対かのどちらかを表明するものとして、すべての投票者の賛成、反対の組み合わせを「提携」という。それぞれの投票者が賛成か、反対かの2通りずつある。
そして、議案が可決に至る提携を「勝利提携」、否決に至る提携を「敗北提携」と呼ぶ。
そのうえで、ある投票者の投票力を計算する。まず、この投票者が賛成して、議案は可決しているとする。もし、この投票者が賛成から反対に投票行動を変えたら、議案が可決から否決に変わる(勝利提携から敗北提携に変わる)という場合、この投票者は「スウィング」の機能を持つという。スウィングの機能を持つ提携の数が多い投票者は、議決に対する影響力が大きいといえる。
そこで、各投票者ごとにスウィングの機能を持つ提携の数を数えて、それを投票者全体で合計する。
ある投票者の投票力は、その投票者のスウィングの機能を持つ提携の数を、投票者全体の合計で割り算することで、示すことができる。この投票力は、「バンザフ指数」といわれる。(※※)
(※※) 文献によっては、ある投票者の投票力を表す指標として、その投票者のスウィングの機能を持つ提携の数を、その投票者以外の投票者の賛成・反対の提携の種類の数(投票者が全部でn人の場合は、2 n-1)で割り算したものを「バンザフ指数」と呼び、そのバンザフ指数を、すべての投票者のバンザフ指数の合計で割り算したものを「相対バンザフ指数」と呼ぶ場合もある。本稿では、その場合の相対バンザフ指数の意味で、バンザフ指数という用語を用いている。
◇ バンザフ指数では、常任理事国は非常任理事国の約10倍のパワーを持つ
勝利提携は、常任理事国5ヵ国がすべて賛成し、かつ、非常任理事国10ヵ国のうち、4ヵ国以上が賛成した提携ということになる。これは、848通りある。
ある常任理事国からみると、この848通りの勝利提携すべてで、スウィングの機能を持っている。反対、つまり拒否権を発動すれば、勝利提携ではなくなるからだ。
一方、ある非常任理事国からみた場合、話は大きく異なってくる。この国がスウィングの機能を持つのは、常任理事国5ヵ国がすべて賛成し、かつ、賛成する国が自分も含めてちょうど9ヵ国のときだけとなる。これは、84通りある。それ以外のときは、自分が賛成から反対に転じても、全体の議案の可決・否決には影響がない。
理事国15ヵ国で合計すると、のべ5,080通り(=5×848通り+10×84通り)となる。その結果、常任理事国1ヵ国の投票力は、16.693%(=848÷5,080)。非常任理事国1ヵ国の投票力は、1.6535%(=84÷5,080)となる。
常任理事国は、非常任理事国の約10倍(=16.693%÷1.6535%)のパワーを持つことになる。(**)
◇ バンザフ指数でみたときには、議決方式見直しの格差是正効果が異なる
また、議決方式を見直して、ある常任理事国が拒否権を発動した場合でも、他の14ヵ国(他の常任理事国4ヵ国と非常任理事国10ヵ国)が賛成することによって、再可決して議案を成立できるよう、議決方法を変更した場合はどうなるか。この場合は、常任理事国は1ヵ国で16.540%、非常任理事国は1ヵ国で1.7298%となる。常任理事国は、非常任理事国の約10倍(=16.540%÷1.7298%)のパワーを持つことになる。14ヵ国の賛成による再可決の提携の数が限られているため、バンザフ指数でみた場合には、議決方式変更の効果があまり出てこないこととなる。
バンザフ指数でみたときには、シャープレイ=シュービック指数でみたときと異なり、「常任理事国2ヵ国の反対がないと拒否権は発動されない」としたときのほうが、「他の14ヵ国の賛成により再可決できる」としたときよりも、常任理事国と非常任理事国の投票力格差が縮まるわけだ。
これら2つの指標で、どちらを用いるべき、どちらが正しい、といったことではない。投票力を示す指標は複数あるので、それぞれの指標でみていこうという話だ。
ただ、いずれの指標でみても、現行の議決方式では、常任理事国と非常任理事国の投票力格差は大きい。
国連安保理の機能不全といわれる現状を踏まえれば、議決ルールになんらかの見直しが必要とも考えられるが、いかがだろうか。
(2022年04月12日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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