2022年04月26日

新型コロナウイルスと保険金支払-「自宅療養」「みなし陽性」「自主療養」、入院給付金は支払われるのか

保険研究部 上席研究員 兼 気候変動リサーチセンター 気候変動調査部長 有村 寛

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1――はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大やそれに伴う医療現場や保健所の逼迫により、重症者等に対して重点的に医療を提供する観点から、「軽症者等」については、病院ではなく、宿泊施設や自宅等で安静・療養を行ういわゆる「自宅療養」も生じており、保険会社の多くが2020年より入院給付金の支払対象としている。

加えて、2022年に入ってからのオミクロン型の感染拡大に伴い、新型コロナウイルス関連報道において、「みなし陽性」、「自主療養」といった言葉も散見されるようになり、複雑な状況になっている。

それらに伴う保険金支払がどうなるのかについても、各種報道の通り、保険会社でも議論がなされてきたようであるが、ここにきて各社の取扱の方向が定まってきたと考えられるため、それぞれの概要ならびに保険会社の取扱いについて、整理し、紹介したい。

2――自宅療養

2――自宅療養

1約款規定ならびに保険会社の取扱い
新型コロナウイルスの感染拡大、ならびに医療現場や保健所の逼迫を受け、新型コロナウイルス感染対策本部より示された「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(2020年3月28日)に従い、病院ではなく、宿泊施設や自宅等で安静・療養を行ういわゆる「自宅療養」が発生することとなった。

多くの保険会社では、約款上、(疾病)入院給付金の支払事由について、(1)「責任開始時以後の疾病を直接の原因とする入院」であり、(2)「治療を目的とした病院または診療所への入院」であることが定められている。当該約款規定(「病院または診療所への入院」)からは、自宅療養は、入院給付金の支払事由には該当しないように見える。

しかしながら、保険会社各社は、上記の「自宅療養」の場合でも、医師または医療機関の証明書等を提出することにより、入院給付金の支払を行っている。

言ってみれば約款規定を超えた取扱いのように見えるが、医療機関等の逼迫に伴う社会的要請を受けての対応であると考えられる1,2

また、生命保険協会では、医療従事者や保健所等の事務負担軽減のため、業界統一の簡易な「宿泊・自宅療養証明書(新型コロナウイルス感染症専用)」(以下、統一証明書)を作成、2020年5月15日付で公表している3
統一証明書
 
1 金融庁からも、令和2年4月10日付で、「新型コロナウイルス感染症に関する保険約款の適用等について(要請)」が発出されており、契約者保護の観点から、前例にとらわれることない、柔軟な保険約款の解釈・適用や、商品上の必要な措置の検討について、保険会社に対して要請がなされている。
2 なお、当然のことながら、入院給付金等の支払対象となる宿泊施設や自宅等での療養については、「新型コロナウイルス感染症に罹患した場合」のみであり、新型コロナウイルス罹患者ではない方は対象外となる。
3 損保協会からも、2020年5月18日付で、上記統一証明書を参考に各社一層柔軟な対応をする旨、公表している。
2療養期間と保険金支払対象期間
新型コロナウイルスに罹患した場合の厚生労働省が定める療養期間(入院・宿泊療養・自宅療養)は、有症状と無症状で異なり、基本的には、以下の通りである。

有症状の場合 発症日を0日目として10日目まで4
無症状の場合 検体採取日を0日目として10日目まで(オミクロン型に罹患した場合は7日目まで)

一方、入院給付金の支払対象となる期間は、PCR検査等で「陽性と診断された日」5から療養期間終了日とする会社が多いようである。例えば、有症状の場合で、陽性診断が0日目となる場合は、0日目から10日目までの11日間(ケース①)、陽性診断が1日目となる場合は、1日目から10日目までの10日間(ケース②)が支払対象期間となる(図1)。
【図1】療養期間と入院給付金支払対象期間
 
4 療養期間の終了日(宿泊療養等の解除基準に該当する日)は、正確には「発症日から10日間経過し、かつ、症状軽快後72時間経過した場合」となるが、ここでは典型的な7日目までに症状軽快しているケースで示している。なお、7日目までに症状軽快していない場合は、「症状軽快日+3日間(72時間)」が療養期間終了日となる。
5 「陽性と診断された日」は、「3 みなし陽性」で後述する「②陽性となった同居家族等の濃厚接触者が有症状となった場合、検査を行わなくても臨床症状から、医師がコロナと診断」するケースにおいては、その診断の日となる。また、「4 自主療養」で後述する「医療機関の診断を待たずに自主療養を行う」ケースでは、療養期間を支払対象期間とする会社が多いようである。

3――みなし陽性

3――みなし陽性

1令和4年1月24日付厚労省事務連絡により認められた取扱い
令和4年1月24日に、オミクロン型の感染急拡大を受けて、厚生労働省より発出された事務連絡「新型コロナウイルス感染症の感染急拡大時の外来診療の対応について」が発出され、自治体の判断により、「医療機関の検査を行わなくても『本人が提示する検査結果』や『臨床症状』に基づく医師による診断確定」が可能となった。それ以降、「みなし陽性」として各種報道でも取り扱われ、日常的に目にするところである6

同事務連絡では、「①本人の提示する簡易検査の結果を用いて医師がコロナと診断」することや、 「②陽性となった同居家族等の濃厚接触者が有症状となった場合、検査を行わなくても臨床症状から、 医師がコロナと診断」すること等が認められている(表1)。

上記②については、感染症法上の届出は、「疑似症患者」として届け出ることになっており、各種報道では、「疑似症患者」について「みなし陽性」と表している例も少なくない5

なお、上記事務連絡については、後日(2月14日付)一部改正されており、「疑似症患者からの求めに応じ、新型コロナウイルス感染症患者の宿泊・自宅療養に関する証明書を発行すること」等が認められ、併せて、疑似症患者による保険請求時の必要書類として、先述の統一証明書を発行することも認められている。
【表1】令和4年1月24日付厚労省事務連絡の概要(抜粋)
 
6 記事の内容としては、事務連絡により認められた制度の内容について紹介するものに加え、日々、報道されている新規感染者について、それぞれ表現は異なるが、例えば、「みなし陽性●名を含む」や、「感染者数は「疑似症患者(みなし陽性者)」を含む。」等の形で日常的に見かける状況となっている。
2保険会社の取扱い(支払対象へ)
同事務連絡で新たに認められた取扱いについては、上記の通り統一証明書の発行も認められ、医師による診断確定があり、感染法上の届出・外出制限など7、感染症のまん延防止のために必要な事項を守ることは従来同様に求められることから、保険会社としても、入院給付金等の支払対象としている。
 
7(表1)中、②の疑似症患者は、就業制限の対象とはならない。これについて、令和4年1月24日付(同年1月28日付一部改正)厚労省事務連絡のQA(Q8)によれば、感染症法上の就業制限は、同法第12条第1項による医師の届出が前提となるが、ここでの疑似症患者は、同項にかかわらず届出をお願いするものであるため、就業制限の対象とはならない旨、記載されている。なお、この場合でも、自宅等での待機を求めることが併せて記載されている。

4――自主療養

4――自主療養

1神奈川県の動き
神奈川県では、新型コロナウイルス感染者の急増を受け、医療・保健所の逼迫への対応策として、「自主療養届」のオンラインでの発行を、1月21日に方針決定した旨、報道されている。

具体的には、検査キットなどで陽性が判明した人が、オンラインで必要事項を入力すれば、勤務先などに提出できる「自主療養届」を発行できるようにするものである。
神奈川県の動き
2保険会社の対応
上記神奈川県の取扱いは、先述の「みなし陽性」とは異なり、

・約款上定められている、診断書や証明書の提出がない
・医師による確定診断が行われない
・感染症法上の対応(届出・外出自粛要請等)が行われない

等の課題も考えられ、保険会社としても対応に苦慮している旨の報道も見られた8

しかしながら2022年2月18日以降、一転して保険会社が支払う旨、報道されている9

保険会社としても、神奈川県とのすり合わせを経て、

・「自主療養届出システム」に基づく療養は、制度全体としては、医師の監修・監督のもと、感
染症法に基づく対応と同等の療養管理体制が構築されていること
・自主療養届出の受理にあたり、不正な届出の混入を未然防止する体制になっていること

等が確認でき、また、勤務先などへの提出を目的とした先述の「自主療養届」とは別の、保険金請求用の「療養証明書」を神奈川県が発行する等、保険会社として必要な事項への対応を行ったこともあって、支払える状況が整ったと判断したものと考えられる。
神奈川県の取扱い
実際、「自主療養」への入院給付金等の支払可否は、各社判断に委ねられており、取り扱いがバラつくことも考えられたが、神奈川県HP上で、療養証明書にて支払を対応する保険会社が公表されており、生保は各社とも支払うこととなっている10。  
 
8 「コロナ対策の自主療養、「証明書なし」に揺れる生保」日本経済新聞電子版2022年2月10日、「コロナ保険の対応に苦慮「自主療養者」どう扱う 感染拡大で販売停止・値上げも」産経新聞大阪朝刊 2022年2月18日等。
9「主要生保、自主療養でも入院給付金 神奈川県の証明書で」日本経済新聞電子版2022年2月18日、「自主療養にも給付金、生保協会長が表明 県の証明書で」日本経済新聞電子版2022年2月18日、「自主療養にも生保が給付金、神奈川県の制度。」日本経済新聞朝刊2022年2月19日、「自主療養の保険金、請求へ証明書発行 県、来月申請受け付け」朝日新聞 朝刊2022年2月20日、「新型コロナ 自主療養証明書 県、来月から発行=神奈川」東京読売新聞 朝刊2022年2月20日等。
10 2022年4月25日現在の神奈川県HP上の「療養証明書(自主療養専用)に対応している生命保険会社一覧」には、生保協会加盟42社のうち、39社が掲載されている(掲載されていない3社は、令和1および2年度における入院給付金支払実績がない)。これをもって上記記載とした。

5――おわりに

5――おわりに

以上、新型コロナウイルス感染拡大に伴う、保険業界の取組みを紹介してきたが、当該取扱は、既述の通り、医療機関等の逼迫に伴う社会的要請を受けての対応と考えられるが、新型コロナウイルス感染者以外の保険契約者との公平性等を考えると、治療薬の開発や医療技術の発展等によりこうした状況が落ち着いた際は、従来通りの取扱いに戻るのではないかと思われる。

なお、生命保険において災害による死亡に保険金を支払う特約では、「地震、噴火、津波等による場合」を免責事由としている。しかし、そうした条項にかかわらず、被災者の救済を目的として、生保会社は阪神・淡路大震災等、過去の大型地震の際には、災害死亡保険金を免責せず全額支払11ってきており、被害者に寄り添う形で社会に貢献してきた。

地震以外の場合においても、例えば、台風や大雨等の自然災害発生時は、猶予期間の延長や、請求手続きの簡素化等、約款規定の範囲内で最大限の対応を行ってきている。

このように、災害等の発生時には、生保業界は伝統的に、誠心誠意被害者に寄り添った対応を行ってきた12

新型コロナウイルス関係の対応においても、社会的要請に応え、患者に寄り添う対応をすべく、可能な限り柔軟な約款解釈に基づく取扱に尽力するのみならず、感染の急拡大に伴い請求も急増する中、各社の支払部門では、他部門に異動した経験者に手伝ってもらって対応する等、文字通り必死の取組を行っている13

まさに、「涙ぐましい」努力だと感じており、そのような業界の片隅に身を置くことについて、誇りに思いたい。
 
11 ニッセイ基礎研究所「概説 日本の生命保険」日本経済新聞出版社、96~97ページ、2011年4月。
12 松岡博司「生保業界の「涙ぐましい」努力-東日本大震災対応を振り返って-」『研究員の眼』1ページ、2014年5月21日。
13 2022年1月末時点における新型コロナウイルス感染症の治療を目的とした入院給付金の支払は、生保協会加盟42社合計で633,697件(約643.9億円)となるが、うち、病院以外の宿泊施設や自宅等での安静・療養に対して支払われたのは、同500,652件(約487.1億円)となり、約8割を占める。(生命保険協会より)

【当レポートは、2022年4月26日時点の情報に基づき記載しております。】

※ 2022年9月9日時点の状況につきましては、「「みなし入院」に対する入院給付金、支払対象見直しへ-どう見直され、いつの診断まで支払われるのか-いつまで請求できるのか-」(2022年9月9日発行 )をご覧ください。
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保険研究部   上席研究員 兼 気候変動リサーチセンター 気候変動調査部長

有村 寛 (ありむら ひろし)

研究・専門分野
保険商品・制度

経歴
  • 【職歴】
    1989年 日本生命入社
    1990年 ニッセイ基礎研究所 総合研究部
    1995年以降、日本生命にて商品開発部、法人営業企画部(商品開発担当)、米国日本生命(出向)、企業保険数理室、ジャパン・アフィニティ・マーケティング(出向)、企業年金G等を経て、2021年 ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月より現職

(2022年04月26日「基礎研レポート」)

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