2022年02月01日

AIオンデマンド乗合タクシーの成功の秘訣(上)~全国30地域に展開するアイシン「チョイソコ」の事例から

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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行政と公共交通事業者との関係は積み重ね。普段から地域の移動課題や今後のビジョンを共有しておく

川島氏: 国や県に頼っても仕方ないと思います。それよりも、地域の公共交通事業者と一緒に「地域の交通をしっかり守り、持続可能にしていく」というビジョンを共有できるかどうかだと思います。ある日人事異動で担当者がころっと変わり、突然上から目線で「タクシー会社にも地域の交通を守る責任ある」などと言われても、事業者は困惑するでしょう。交通事業者との関係は、積み重ねが必要です。

チョイソコについても、我々からある日突然「チョイソコをやりたいです、タクシー会社も儲かるから一緒にやりましょうよ」と言われても、すぐにはできないと思うので、日ごろから信頼関係を構築して、「地域の交通を守っていく」という認識を共有しておくことが大事だと思います。

国や県も、業界団体等に対して、協力して地域の交通を守ろうよと働きかけをしていますが、そのメッセージが届いていない事業者も多いのが実態です。従って、より多くの事業者に、地域の交通を守ろうという意識が広がるように、国や県にも取り組んでいってもらえると良いかと思います。
 
坊: 交通事業者も、乗客減少でどこも経営が大変で、どのように事業を持続させていくかという課題は行政と共通していると思います。あとは、今後のビジョンや取組みのイメージを共通して持てるかどうかということですね。それには、行政が音頭を取って連携の素地を築いていくことが大事だと思いますし、首長のリーダーシップも必要ではないかと思います。

AIを走行速度の計算に使い

AIを走行速度の計算に使い、利用者の待ち時間が長くならないように調整

坊: 次に、チョイソコの運用の特徴について議論したいと思います。私は、地域公共交通会議の議事録などを拝見して、AIと、コールセンターのオペレーターという二つの要素に着目しました。まず、AIの活用について議論させて頂きたいと思います。

チョイソコの平均乗合率は、最も高い午前9時台でも2を下回っています3。1台につき、一人か二人しか乗っていないという状況であれば、AIを使わなくても、人間の頭でルート設定ができるのではないでしょうか。特にチョイソコの場合はタクシー会社が運行しているので、ベテランのタクシードライバーなら、地元の道路の状況はとても詳しいと思います。

なぜこのようなことを申し上げるかというと、最初に話したように、CASEに注目が高まり、モビリティ分野への新規参入が増え、AIを活用した配車システムが数多く開発されています。そして多くの商品が「AIで最適ルートを決定」と謳っています。私が疑問に思っているのは、一斉に多くの人から予約が入る状況であれば、瞬時に、最も効率的なルートを決めるのにAIが適しているのかもしれませんが、実際には、乗合タクシーにはそんなに乗客は乗っていません。そもそも、乗合タクシーを必要とするような地域では、人口も減少し、移動需要は大きくない。

これから人手不足が進めば、移動サービスにおいても、AIを活用してマンパワーを補っていかないといけない場面が増えるだろうと思いますが、使うべきなのが配車システムなのかというのが、腑に落ちないのです。
 
3 「令和3年度第1回豊明市地域公共交通会議」配布資料より。
加藤氏: それではお聞きしたいのですが、他の企業は、配車システムのどの部分にAIを使っているのでしょうか。競合他社は、絶対にそれを言わないんですよ。「AI」はバズワードになっていて、何となく「人工知能」と言って商品を宣伝しているのです。例えば15年ぐらい前からあるカーナビゲーションも、当初からVICS(道路交通情報通信システム)を考慮してルートを決定していました。運転中に「渋滞したからルートを変更しました」と言うでしょう。あれだって、十分AIと言えるんです。人ではないモノが、何らかの情報をもとに再計算しているから。

しかし、チョイソコで使っているAIは、そのカーナビとも違います。うちはAIを何に使っているか、はっきり発表しています。我々がチョイソコを全国展開するにあたって、それぞれの土地で車両の走行速度が違うんです。例えば、愛知県の国道1号線は制限速度が時速50km/h、鹿児島県志布志市の国道220号線も50km/hですが、じゃあ同じように50km/hで1時間走ったら、どちらも50㎞進むかというと、結果は道路環境によって全然違います。

だから我々は、システムが計算した予想到達時間に対して、実際には何分で着いたかを記録してその地域に合ったものに設定変更しています。「ナビだと5分で着くと予測したのに、実際には6分11秒かかっちゃいました」という具合。その結果、チョイソコの豊明バージョンと志布志市バージョンでは、システム上のパラメーターが全然違うんです。

従来からあるカーナビの弱点は、予め「一般道は時速何キロ」「高速道路は時速何キロ」と設定されていて、それに対して今から何キロ走るかを割り算して、そこにVICSの渋滞情報を加味して、到達時間を計算する。
 
坊: 全国で標準化されているということですね。
 
加藤氏: そうです。カーナビが全国どこに売られるか分からないので、新車でも中古でも、全国統一の基準で作られているんです。実は設定はドライバーが変えることができるんですけど、あまり利用されてないですからね。ナビはあくまで目安でしかない。実際に走行して、いきなり渋滞が起きると到着時間が10時5分、10時8分、10時10分、という風にどんどん遅れていっちゃうんですけど、みんな「仕方ないなあ」と思ってナビを見ている。

でもチョイソコは、目的地でお客さんを降ろしたら、また次のお客さんを迎えに行かないといけないので、そんなに到着が遅れていったら、高齢者が炎天下や寒い日に、バス停で15分待たなければならないという状況が起きる。それは絶対避けないといけなかった。だからチョイソコがやってるのは、営業担当が新しい地域へ行くと、必ず実際に車で走って道路環境を確認し、「この状況だと豊明に似てるな」「各務ヶ原に似てるな」「だいたい走行速度はこれぐらいだろう」と判断して、設定を変えている。運行開始のテープカットをしたその後も、担当者が車両を後ろから追跡して状況を確認しています。だから、長崎県五島市の場合は、走行開始3日目で設定を変えました。信号が無いから、びゅんびゅん進むんです。
 
坊: 地域でチョイソコを導入する前と、導入した後に、それぞれ営業担当の方が実際に現地を見て、車を運転して確かめて、設定を変えているということですね。AIは、「最適ルート」という言葉をよく目にするので、私はルート決定にAIを使っているのだと思っていました。それであれば、タクシードライバーがカーナビを使ってルートを決めるのも、AIオンデマンドも一緒じゃないかと思っていましたが、チョイソコの場合は速度の計算にAIを使っているということですね。お客さんから見たら、待ち時間がより少なく乗れるということですね。
 
加藤氏: はい、導入する地域ごとに、幹線道路の走行速度と枝線道路の走行速度を計って、システムを設定しています。我々はそれを「パラメータ」と呼んでいますが、自治体によって全部違います。例えば、長野県佐久市では、冬と夏で速度の設定を変えてます。雪国だから冬は遅くなる。毎年、12月15日からシステム上の速度を落とすんです。こんなこともすぐできる。我々はここでAIを使い、あとは普通のナビゲーションの技術の延長で、ナビが道を勝手に探します。チョイソコでは、このようにAIを活用していますが、他の企業がどこにどう使っているかは、明らかにしないので分かりません。

また、チョイソコの運行業務においては、委託しているタクシー会社のドライバーさんの裁量を大きくしています。走行ルートはナビで表示しますが、実際にその時どのルートを通るかは、ドライバーさんに任せているのです。ローカルな場所で、例えば「あっちの信号が赤だったら、こっちは青になる」とか、「この時間帯はこの道は路上駐車で通れないことがある」とか、そういう細かな情報までは、我々には分かりません。システムよりベテランドライバーさんの方が、適切に判断できる部分がありますから。

人件費がかかるコールセンター

人件費がかかるコールセンターのオペレーターを営業に生かし、売上の向上につなげる

(資料)愛知県刈谷市の株式会社アイシンビジネスプロモーション部のコールセンターで。筆者撮影 坊:  チョイソコでは、コールセンターのオペレーターさんの存在も大きいと思います。他の地域でも、オンデマンド乗合タクシーの実証実験で、アプリだけで予約受付をしているところがありますが、アプリしかないと、高齢者はなかなか使わないので、利用者が増えない。逆に、電話予約の仕組みにすると、高齢者は使いやすいけど人件費がかかる。

チョイソコの場合は、オペレーターさんを入れて電話予約の仕組みを設けて、人件費がかかるけど、その分、オペレーターさんが利用者から聞いた話を営業に伝えるなど、マーケティングに生かしていらっしゃる(写真1)。オペレーターさんの存在を活かす工夫やメリットについてどのようにお考えでしょうか。
加藤氏: アイシンのイノベーションセンターやビジネスプロモーション部は、実際に商品やサービスが使われることを前提に、現実的に仕組みを考える部署です。心掛けているのは、作った人の価値観を押し付けないということです。

豊明市のおかげで、チョイソコの計画段階で、高齢者が集まる公民館や憩いの家などで、何度もヒアリングの場を設けさせて頂きました。その時に「スマホ持ってますか」「スマホでサービスを予約したり、モノを買ったりしたことありますか」と聞いた。スマホを持っていた人は32%いましたが、スマホで予約したことがある人はわずか3%でした。4年前の数字ですよ。東京でヒアリングをしたら、また数字も違ってくると思いますが。

それを聞いた人は、すぐに「スマホを配ったら」なんて言うんですが、要らないから持ってないんですよ。だったら、最多の97%の人達を狙うには、電話オペレーターという選択肢しかなかったんです。今でもチョイソコの予約は、スマホやメ―ルでもできますが、99%が電話予約です4

電話予約制にしたことによって、副次的効果がありました。オフィスで、コールセンターの島は、ビジネスプロモーション部の私の机のすぐ近くに配置してあり、隣には営業担当の机の島があります。オペレーターとお客さんとの会話は、営業の社員たちによく聞こえるので、すぐに話が伝わります。お客さんに怒られていたら丸聞こえだし、例えば「停留所がないけど、この施設に行きたい」というような要望もすぐに伝わるので、営業活動に活かすことができます。オペレーターは現在8人いて、全国から予約を受け付けています。導入件数が増えたので、間もなく2人追加予定です。

オペレーターは、1人につき机を二つ持っています。電話受付をする時は、全員外側の机に向かっていて、専用端末で作業をする。振り返ると内側の机には自分のパソコンがあるので、予約受付が少ない時間帯は、会員証の登録業務をやったり、協賛会社からの入金管理をしたりしています。さらに今年10月から実証実験を始めたのが「ちょいトーク」という電話による見守りサービスです。高齢者に週1回電話をかけて、予め決めておいたテーマについて話をするのです。例えば先週のテーマは「最近お出かけしたところ」だったので、「今週のちょいトークです、最近お出かけしてますか」と。お客さんから「忙しいから今日はいいよ」と言われることもありますが、それでも一応、安否確認はできます。希望があれば、遠方に住んでいる息子さんや娘さんに、テキストでちょいトークの結果を送信しています。今は実証実験段階なので、お金は取っていません。
 
4 スクールバスを除く。
坊:  コールセンターは、アイシンで直接運営している他、各地域の企業にも一部委託しているそうですが、どのような状況ですか。
 
加藤氏: 各地のトヨタ販売店様にシステムを導入したり、提携先の企業や地元のバス会社様と協業していることもあります。

コールセンターを委託する理由は、各地域でチョイソコの実施主体になって頂く企業さんの収益向上です。オペレーター代は、各自治体さんから経費を頂いているので、チョイソコの仕組みの中で、一定の収入を得られる業務です。導入地域が3か所あれば、三つの自治体さんからオペレーター代をもらえるので、実施主体の企業さんが、事業として成立させやすくなるからです。

 
(中)に続く
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2022年02月01日「ジェロントロジーレポート」)

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