2022年01月19日

現代消費潮流概論-消費文化論からみるモノ・記号・コト・トキ・ヒト消費-

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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9――「人を消費したい」ということ

Nizi Projectの配信が始まった当時、新型コロナウイルス流行による「巣ごもり消費」の煽りを受け、サブスクリプション利用者は増加し、彼女たちのドキュメンタリーを楽しみに日々を過ごす消費者も多かったのではないだろうか。特に人との物理的な接触が困難であったが故に、「人を消費したい」と考える消費者も存在し、彼女たちの物語はそのような背景と親和性を持ち、多くの人々にとっての関心事になっていった。
図3 消費潮流の変遷
本レポートでは、消費の潮流がモノ→記号→コト→トキと流れ、今後は「ヒト」を消費することへ変遷していくと解説した。しかしながら、我々は昔から人を消費することでエンターテインメント性を見出してきた(図3)。スポーツ観戦や芸能人のゴシップ、ドキュメンタリーは昔からの人気コンテンツであり、決して「ヒト消費」が新しい消費行動であるとはいえない。

しかし、例えば応援消費を焦点にあてれば、「推す」という行為が大衆化し、誰もがその消費対象を持つことが一般的になっている。一昔前は路上ライブをしているアーティストのギターケースに小銭を入れる事くらいしか、彼らを支援することはできなかった。また、一時期主流になったアイドル商法では、CDなど同じ物をいくつも購入して、廃棄するといった非効率的で一般的な消費行動からは理解されがたい方法でしか支援する事ができなかったため、そのような側面からもオタクと呼ばれる消費者は奇異の眼で見られた。しかし、今ではインスタグラムなどSNSやポコチャなどライブ配信アプリを通じて応援する手段(インフラ)も整い始め、これらを通じて数多くの配信が行われ、ファンは「推し」に対して直接経済的支援も行うことができるようになった。新しい舞台や、CDの製作、写真集の発売などもクラウドファンディングによって支援することも一般的となっている。また、「Fantia(ファンティア)」のように、誰でも無料でファンクラブを開設し、イラスト、小説、コスプレ写真、音楽、映像などを手軽に投稿できるプラットフォームも誕生してきている。このように、支援する側にとって、その手段に選択肢があり、かつそのような方法で他人を応援するという事に対して、抵抗感なくカジュアルにやり取りできるようになったという事が従来の応援消費との大きな違いであると筆者は考える。今まで金銭のやり取りは表立ってやるべきものではないとされていたが、電子マネーが普及したことにより、ラインスタンプを気軽に友達にプレゼントし合ったり、ラインギフトでスターバックスのフードチケットがちょっとしたお礼に送られてきたり、PayPayを利用して割り勘や立替をするなど仮想的に口座間取引が気軽に行われており、金銭のやりとりに対する意識が昔とは大きく変化してきている。

また、スマートフォンのゲームアプリへの課金という以前には存在しなかった消費対象が人々の関心の一つになっていることも大きな要因であると筆者は考える。株式会社アスマークの「スマホゲームの課金に関する調査」19によれば、スマホゲームユーザーの約4割が課金経験があり、年齢が低いほどその傾向が高くなる(図4)。
図4 スマホゲームユーザーの課金経験(N:800, 単位%)
課金経験がない人の7割以上が、ゲーム内で「誰ともコミュニケーションをとらない」のに対して、逆に課金経験者の7割近くがゲーム内で他のプレイヤーとコミュニケーションをとっていることもわかっており、ゲームに課金しているユーザーの方がよりコンテンツをインタラクティブに消費しているともいえる。一昔前は、カードゲームや最新のテレビゲームやオモチャが自慢の対象となっていたが、今は課金金額や課金をしなくては出てこないキャラやアイテムが自慢の対象となっている21。また、形のない無形物(データ)に対する投資は、モノ消費に価値を見出す人たちからは、意味のない消費であると思われがちだったが、米国アプリ調査会社のSensorTowerによる「App StoreとGoogle Playにおける国別の支出額調査」22によれば2012年の日本人一人当たりのアプリの平均支出額は5ドルであったが2021年では149ドルと大幅に増加しており、「課金」という行為はごく一般的な行為となってきている。このようなコンテンツに対する「課金」という行為の一般化や、サブスクリプションやレンタルによる所有しないという選択が普及したことで、モノを所有しない事が普通になっているからこそ、実像がないモノにも価値を見出すことができる、という価値観が消費者に浸透していったのである。応援消費においても、いわば何の見返りもなく23、「応援する」という体験の手段としてお金を支払っており、消費者はお金による「応援」という行為に対して何ら抵抗感はないのである24

物語消費においても、以前から消費されてきた①ノンフィクションドキュメンタリー型と③コンテクスト型のみならず、②企画型に対する消費も増えてきた。特に昨今増加した視聴者参加型のオーディション番組は、視聴者が投票という形で関与することで、自身も物語を構成する一部として当事者意識を得やすくなっている。

このように我々がもともと消費してきた「ヒト」も、市場環境の変化により、より消費者が消費したいと思う対象へと昇華していったのである。この「ヒト消費」は、今後も普遍的な消費対象として、我々の消費行動のなかに定着していく一方で、これらのコンテンツ消費に対して熱心ではない消費者にとっては実感しにくい消費であることから、熱心に「ヒト消費」を行う消費者と、全くしない消費者とで二極化していくと筆者は考える。また、誤解されないように付け加えると、今回のレポートで取りあげた「モノ消費」や「コト消費」はあくまでも潮流であり、いわば消費行為におけるトレンドの事なのである。「モノを所有する事自体に人々が価値を見出さなくなった」、「今、消費者の欲求を満たせるのはトキ消費だけである」といった一辺倒な話ではない。現代社会において、消費者が満たしたいと思う欲求を満たす手段が、時代の流れとともに変化しているという話なのである。そのため、もちろん「ヒト消費」という潮流もいずれは別の何かに変化していくのであろうが、その変化を追いかけることこそが消費を楽しむ本質の一つであると筆者は考える。
図5 ヒト消費が普及した理由
 
19 株式会社アスマーク「スマホゲームの課金に関する調査」2021/08/31 https://www.asmarq.co.jp/data/app-payments/
20 性別、年齢別に関しては元データに詳細なサンプルサイズが記載されていなかったため、それぞれの割合を参考値として記載した
21 直接見せびらかさずとも、そのユーザーが希少なアイテムやキャラクターを使用していたら、他のユーザー同士でその価値が共有されているため、羨ましいと感じる。
22 It media News「日本人のスマホアプリ課金額は引き続き世界一、ただし伸び率は鈍化 「コロナ禍以前の基準に戻りつつある」──米SensorTower調べ」2021/10/28 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2110/28/news111.html
23 通常は支援を受ける側も何らかの見返りを用意するが、投げ銭のように返礼品を求めず、お金だけが提供されるシステムも多い。(投げ銭の場合、自身のコメントを読んでもらいやすくなる、質問に答えてもらいやすくなるなど、打算的に行う場合も多い)
24 前述したアスマークの調査では、課金金額が少ないユーザーは「情けない」、「劣等感」、「罪悪感」といったネガティブな感情を抱いていることもわかっている。他のユーザーやファンがそのコンテンツを応援していることや、その熱量が金額という形で可視化されてしまうが故に、好きなコンテンツに対して消費をしないという事は劣等感に繋がることもあるのである 。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年01月19日「基礎研レポート」)

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