2022年01月19日

現代消費潮流概論-消費文化論からみるモノ・記号・コト・トキ・ヒト消費-

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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1――消費はつまらないモノ

好きなモノ・コトへの消費は必ずしも「必要不可欠」なモノでない。しかし、現代消費社会を生きる多くの消費者が、情熱をもってその「必要不可欠ではないモノ」を消費しており、その消費は日常に根をおろし、大きな意味を持っている。そもそも消費とは、人間の欲求を満たすために財・サービス(商品)、空間、時間などを消耗することを指す。消費は生きていく中で、必要不可欠な行為であり、人類が誕生して以降、消費の繰り返しによって歴史は作られてきた。どんなに身分の高い王族や将軍も、はたまた農民や奴隷など身分は異なっていても、モノを食べ、服を着て、住居に身を置く、「衣・食・住」という行為は、誰にとっても生きていくという目的を達成するための手段であり、つまり消費は生きる事そのものなのである。このような消費は、心理学者アブラハム・マズローが提唱した「欲求五段階説」1,2の中の「生理的欲求」や「安全の欲求」として位置づけられ、生きていく上で必要不可欠なものとされている(図1)。一方で、このような消費はルーティンとなっていたため、お世辞にも華のある行為とは言えなかった。
図1 マズローの欲求5段階説
 
1 人間の「欲求」には5つの段階があるという説
2 現在では自己超越欲求を含む6段階として議論されることもある

2――モノ消費と記号消費

2――モノ消費と記号消費

しかし、人々の生活に余裕や余暇が生まれることで、消費は遊びの性質を帯び、消費によって快楽が得られるようになった。それ以前の産業社会においては、勤勉に仕事に取組み、禁欲的な生活態度をとる事が産業化を実現する上で重要な精神とされてきた。しかし産業社会が実現する中で、余暇や余裕を持つことができる人々が現れるにつれ、消費を通じて快楽を追求するような価値感にウエイトは置かれ、消費すること自体が社会における関心事の中心になっていった。こうした「消費志向的人間」が増加することで、大衆消費社会が成立していった3(表1)。
表1 産業社会と消費社会
日本においては第二次世界大戦後、大衆消費社会を迎え、社会全体で消費によって生理的欲求が十分に充足されていくと、モノの豊かさによって生活を便利で快適にしようとする時代を迎える。この時代の消費者は他人より新しいモノや珍しいモノを所有したり、モノの豊富さに価値を見出しており、このような1970年代以後の消費潮流4は「モノ消費」と呼ばれている。モノによる欲求の充足は、その機能的価値(使用用途)による利便性のみならず、新規性や希少性によって他人との差別化をも生み出していた。その後主に1980年代においては、モノのみならずブランドやデザインといった記号によって他人と差別化を行い、そこで生まれた他者との差異によって、自己の欲求を満たしていく消費が行われていく。このような消費潮流は「記号消費」と呼ばれている。記号消費の対象は主に「ヴェブレン財」と呼ばれるモノであった。ヴェブレン財とはアメリカの経済学者ヴェブレンが著書『有閑階級の理論』(1899年)の中で、有閑階級が自らの財力を誇示し、それによって社会的尊敬を得る目的のため行われる「衒示(けんじ)的消費」に由来し、高級ブランド品やラグジュアリー商品など“裕福”、“豪華”といった社会的文脈(メッセージ)を持つ記号の消費が対象であった。言い換えれば価格が高いこと自体が価値を擁していたともいえる。

この「記号消費」の特徴は実質的な役割を擁していないという点にある。例えば、高級アパレルブランドのロゴは、それ単体では消費されることはなく、カバンや洋服に宿ることで初めて有形物となる。ロゴという機能的価値がないものがカバンという道具的価値に付属することで実像をなし、且つ可視化されることで、他人に発信されるメッセージ(記号)が創造されるのである。そのため、皮肉にもブランドという他人への記号を擁したカバンは、本来の普遍的な目的を実現する「モノを運ぶ」という道具的価値ではなく、自分に宿ることで初めて存在が成立した“ブランド(ロゴ)”から得られる「人々からの反応」によって価値が見いだされるのである(図2)。
図2 道具的価値と記号の関係
このような消費は、そのメッセージが正しく伝われば、記号によるコミュニケーションが成立しているといえるが5、そのメッセージが他人には伝わってはいないが、自分はそのような記号を伝える意図をもって消費している場合、その消費は当人にとって「モノ消費に見える記号消費」が行われていると言えるのかもしれない。
 
3 間々田孝夫(2000)『消費社会論』有斐閣
4 消費社会において主流となる消費対象やトレンド
5 例えば高級ブランドバッグを持っていて、そのバッグが高級ブランド品であると認知されていれば、そのバッグはメッセージを発信できていることとなる。

3――コト消費

3――コト消費

1990年代に入ると、それまで、モノや記号によって差別化意識や優越感を得ていた消費潮流から、旅行やグルメ、習い事、趣味、そしてヨガやマッサージ・スパなどのリラクゼーションなどアクティビティと呼ばれるサービス(消費機会)に需要が高まり、人より新しいコトや珍しいコトの体験や経験が人々の消費を活性化していく。このような消費潮流を「コト消費」と呼ぶ。この背景として、大半の消費者が日常生活に必要なモノを既に所有しており、またインターネットの普及により、価値観が多様化・細分化したことで、「心の充実を満たしたい」という欲求が、人々の消費を促していると考えられる。

SNSの普及により、この「コト消費」は人々の強い関心事になっていった。従来は他人に見せたいと思う対象が前述したヴェブレン財であったが、ファッション性のある洋服、流行の食べ物といった一般消費財に付加価値が加わったものや、その消費経験が主な対象となっていった。 “インスタ映え”のように、写真として映えることや承認欲求を充足させることが商品に求められ、機能性よりもその見た目で選別されることも多く、「物撮り」と呼ばれるような写真を撮ることを目的として購入されることも多かった。このような背景から「SNSにアップされていなければ、何も起こっていないのと同様」という消費文化が定着しつつあり、特に若者の間では、SNSに投稿することで消費が完結するというような消費行動がより一般的となってきている。従来では、見せつけたいと思うものが「高価なモノ」というある意味一つの尺度で価値が見出されていたが、昨今では万人が羨ましいと思わなくとも、一部の人が羨ましいと思うモノやコトを顕示することが主流となっており、このような側面からも消費されるモノの価値が道具的価値のみならず、その商品が持つ付加価値に重きが置かれ、且つその付加価値が多様化してきているといえる。

4――「モノ消費に見えるコト消費」

4――「モノ消費に見えるコト消費」

一方で人々の消費は、所有することで豊かさを満たしていたモノ消費の時代から、レンタル、サブクリプションといった「所有をしない」という価値観も浸透していく。アメリカの学者T.レビットは、著書『マーケティング発想法』(1968年)において、「ドリルを買いにきた人が欲しいのはドリルではなく『穴』である。」と記している。人々はニーズ(目的)を達成するためにウォンツ(手段)を欲しているにすぎないのである。そのような視点から見れば、サークル旅行のためにスキーウェアを新調したり、ディズニーランドに行くためにお揃いの服を購入するという消費は、「スキーウェア」、「服」というモノ(道具的価値)を求めているわけではなく、「旅行のための」、「お揃いの」、という体験をするための手段にしかすぎないのである。消費者は、モノを購入し、所有する事から得られる効用ではなく、それを使用する事で得られる経験や体験そのものに価値を見出しているのである。このような消費は「モノ消費に見えるコト消費」と呼ばれることもある。例えばサーフボードはサーフィンというレジャーを行うためのツールとしての道具的価値があり、誰が使用しても大きな例外を除きその使用方法は同じである6。一方でサーフボードは、サーフィンというコト消費をする手段にすぎず、ボードそのものから効用を得ることはできないが、そもそもサーフィンという体験価値を得るためのツールであるため、サーフボード(モノ)が消費されるという事は必然的にコト消費が行われるのである。これは製造業者も消費者も意図している通り、「モノ消費に見えるコト消費」ではなく、モノを消費することで直接コト消費に繋がるのである。映画のDVDや遊園地のチケットなども同様である7
表2 「お揃いのTシャツで友達とディズニーランドに行く際」の消費構造
しかし、前述した「お揃いでディズニーランドに行く」という消費行動においては、服のデザインやファッション性よりも「お揃い」という価値に重きが置かれているため、例えばお揃いのTシャツを購入するという消費行動をみても、Tシャツの道具的価値である衣類の機能性が求められているわけでもなく、ファッション性を求められているわけでもない(表2)。また、サーフボードの様にTシャツそのものの使用用途は、ディズニーランドにお揃いで行くというコト消費を意図して製造されているわけではないため、Tシャツそのものが持つ直接的な価値が消費者の目的(ここではお揃いでディズニーに行く)を果たすわけではない。この場合、「お揃い」且つ「一緒に」、「ディズニーランドへ行く」という条件がそろって初めて効用を生み出すのである。言い換えると、ディズニーランド以外でお揃いをしても、そのTシャツを着て1人でディズニーランドに行っても、そのTシャツは効用を生み出さないのである。つまり、このような消費は、購入した商品を使用したことによる結果から逆算して、消費の意思決定がなされており、一見するとTシャツの持つ衣類の機能性やファッション性といった直接的機能価値(モノ消費)を消費しているように見えるが、実はお揃いでディズニーランドに行くこと(コト消費)という「モノ消費に見えるコト消費」が行われていると言えるのである。

モノを購入することで物質的な豊かさを実感したり(70年代)、流行やブランド品で他人と差別化しようとしたり(80年代)するなど、モノの所有に重きを置いて物品が購入されていた世代とは異なり、モノの直接的機能価値の消費に加えてその商品を消費することで自分ならどのようにその商品を消費し、表現することができるかという点に重きが置かれているともいえるだろう。
 
6 人によっては部屋のレイアウトとして購入する事もある
7 映画のDVDディスクはそのものからは何も効用を生み出さないが、DVDプレイヤーに入れて視聴するという体験を提供し、遊園地のチケットも紙きれに過ぎないが、使用する(遊園地に入場)ことでエンターテインメントを体験することができる。

(2022年01月19日「基礎研レポート」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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