2022年01月07日

変わるEUの対中スタンス-日本はどう向き合うべきか?-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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2|中国を念頭に置いた規制強化
対中国では、単一市場の防衛のための規制強化が重みを増すようになっている。直接投資に関しては、中国企業による先端的技術を有する企業などの買収をきっかけに提案された「EU直接投資スクリーニング枠組み」規則20が19年4月に発効、加盟国による準備期間などを経て、20年10月に始動した。21年11月までに、EU27カ国中24カ国が、新たなスクリーニング枠組みの導入や既存の枠組みの修正、修正作業に着手ないし導入作業に着手するなど対応を進めている21

単一市場における競争条件の歪曲をもたらす外国政府の補助金に関しても、20年6月に欧州委員会が白書を公表、同年9月23日まで実施した利害関係者からの意見聴取の結果を踏まえて、21年5月に規則案が発表、通常の立法手続きによる審議が行われている。規則案と同時に公表された影響報告書22では、中国が件数ベースで、米国、英国、スイスに次ぐ主要な投資相手国であり、EUの上位貿易相手国(中国、米国、英国、ロシア、スイス)の中で突出した外国補助金受け取り国であることが示されている。規則導入の影響は中国に大きいことがわかる。

公共調達市場における競争条件公平化のための規則案も21年6月にEU加盟国での合意が発表されており、欧州議会と閣僚理事会との協議を通じて法制化を目指す。同規則案は、2010年代に着手したものの、手続きの煩雑さや保護主義的であるとの理由から一部の加盟国が反対し、前進が見られてこなかった。規則制定へと動き出したことは、それだけ、EUの公共調達市場における脅威としての中国への認識が高まったことによるものであろう。
図表2 中国を念頭においたEUにおける規制強化の動き
これらに加えて、EUでは、人権デューデリジェンス義務化、環境、社会的課題、ガバナンス(ESG)などの非財務情報の開示を求める指令の強化、サステナブル・ファイナンス市場構築のための法整備も進む。

EUの新たな成長モデルを形作るルール形成への積極的な取り組みは、「新たな市場創造と競争上の優位の構築に向けた動き」23でもある。EUの戦略は、中国が恩恵を享受した利益優先、世界最適立地型のビジネス展開を過去のものとし、脱炭素化や人権問題など社会課題解決への貢献が、競争上の優位を決めるビジネス・モデルに転換することにある。

EUが掲げる目標は、2015年に合意に至った国連の2030アジェンダ「持続可能な開発目標(SDGs)」と整合的で、ESG投資の流れも定着していることが、保護主義という批判をかわす大義名分となる。国連におけるSDGsの合意には「EUの積極的な参加と貢献」24があった。EUのルール形成では、とりわけ環境や社会政策では市民参加が制度化されており、ルールの正統性と理念的な魅力を高めている。非政府組織(NGO)などを巻き込んだ国際世論を形成する能力にも長けており25、そのパワーを意識的・明示的に利用しようとしているのが現在のEUである。
3|「一帯一路」の対案「グローバル・ゲートウェー」
一帯一路に替わるインフラ投資のための選択肢の提供にも動き出した。欧州委員会とEU外務・安全保障政策上級代表の連名で21年12月1日に発表した「グローバル・ゲートウェー」26構想だ。同構想は、27年までに最大3000億ユーロ(1ユーロ=130円換算で45兆円)をグローバルなインフラの開発と世界のグリーン移行、デジタル移行支援のために動員しようというものだ。

最大3000億ユーロの動員のために、EU、加盟国、欧州投資銀行(EIB)や欧州復興開発銀行(EBRD)などの金融・開発機関、民間セクターと協働する「チーム・ヨーロッパ」アプローチをとる。21~27年のEU予算の多年次枠組みに設けられたEU域外国(除く加盟候補国)支援のための795億ユーロの「近隣開発国際支援枠組み(NDICI-グローバルヨーロッパ)」27に設けられた「欧州持続可能な開発基金(EFSD+)」の400億ユーロ相当の保証機能などを活用した投資で1350億ユーロ(17.6兆円)まで、EUの対外援助プログラムからの援助から180億ユーロ(2.3兆円)、欧州の金融・開発機関からの投資で1450億ユーロ(18.9兆円)を見込む。この他、「欧州輸出信用ファシリティー」の創設も計画している。さらに、総額140億ユーロ超の「加盟前支援(IPA)III」、国境を越えた地域間協力の促進を目的とする戦略的プログラム「Interreg」、官民投資促進のための「インベストEU」、多国間の研究・イノベーション助成のための「ホライゾン・ヨーロッパ」などのEUのプログラムの活用も可能とする。

一帯一路との最大の違いは、「グローバル・ゲートウェー」が、法の支配、基本的人権、国際規範に沿った投資を行う「価値に基づくモデル」、「持続可能な投資」を強調していることにある。基本原則として、「民主主義の価値と高い標準」、「良いガバナンスと透明性」、「公平なパートナーシップ(パートナー国のニーズと機会とともにEUの戦略的利益を充足する)」、「グリーンでクリーン(グリーン移行の加速と循環型経済への取り組みの支援)」、「安全重視(自然及び人為的災害、サイバーやハイブリッドな脅威への安全と強靭さ)」、「民間部門の触媒」の6つを掲げる。一帯一路の問題点として指摘される「持続不可能な債務や望ましくない依存関係」を生み出さないこと「透明性、説明責任」の重視を強調する。

EUと「連結性パートバーシップ」を締結している日本やインドのほか、ASEANや米国、カナダ、韓国など志を同じくするパートナーとの協力や、国際的な合意との整合性が強調されていることも、一帯一路との差別化という意図がうかがえる。「グローバル・ゲートウェー」は、21年6月の主要7カ国首脳会議(G7サミット)で合意した米国主導のイニシアチブ「ビルド・バック・ベター・ワールド(B3W)」と補完関係にあり、パリ協定やCOP26におけるコミットメントの具体化、SDGsの17の目標の推進に資するものとし、国際協調の姿勢を巧みにアピールしている。

対象領域にも違いがある。一帯一路は、その名称が示す通り、道路や港湾、鉄道、橋など交通インフラを対象とするが、「グローバル・ゲートウェー」は、「デジタル(海底・地上光ファイバーケーブル、宇宙ベースの安全な通信システム、クラウド、データインフラ)」、「気候・エネルギー(地域のエネルギー統合、エネルギー利用効率改善、再生可能エネルギー生産、公正な移行支援)」、「輸送(鉄道、道路、港湾、空港、物流、国境通過点、状況に応じて輸送手段を選択するマルチモーダルシステムへの統合)」、「健康(医薬品の供給網の多様化、ワクチン製造・配分能力の強化、21年9月に新設した「欧州保健緊急事態準備・対応局(HERA)」を通じた協力)」、「教育・研究(質の高い教育への投資、女性や脆弱な人々の包摂、エラスムス・プラスによる留学支援、ホライゾン・ヨーロッパを通じた研究助成)」の5つの領域をカバーする。

「グローバル・ゲートウェー」は、パートナー国のニーズや機会だけでなく、EUの戦略的利益の充足も目指すものである。グローバルなルールメーカーとしてのEUの影響力の拡大や、エネルギー、経済安全保障政策の推進手段としての側面もある。「デジタル」の領域では、インフラ建設だけでなく、個人データの保護やサーバーセキュリティ、プライバシーの権利、信頼できるAI、公平で開放的なデジタル市場のための「EUの規制モデル」を促進することも明記されている。「気候・エネルギー」の領域では、再生可能水素生産と国際的取引のための市場創設、持続可能で強靭な原材料のバリューチェーン構築の協力も目指す。「輸送」では、「世界の輸送のハブとしての地位の確立」と「技術的、社会的、環境、競争の基準の収斂、相互の市場アクセス、輸送インフラ計画と開発分野における競争条件の公平性の促進」を狙う。「充電や燃料補給、再エネや低炭素燃料の供給の促進」を通じて、EUが重視する「ゼロ・エミッション車(走行時に二酸化炭素等の排出ガスを出さない車両)」の市場拡大にもつなげる。
 
26 European Commission & High Representative of the Union for Foreign Affairs and Securuty Policy ‘The Global Gateway’ JOIN(2021)30 final
27 795億ユーロのうち地域枠が603.9億ユーロ(サハラ以南のアフリカ291.8億ユーロ、加盟候補国を除く近隣諸国193.2億ユーロ、アジア太平洋84.9億ユーロ、米州カリブ地域33.9億ユーロ)、テーマ枠が63.6億ユーロ(グローバルな課題27.3億ユーロ、人権・民主主義13.6億ユーロ、市民社会組織13.6億ユーロ)、緊急対応枠が31.8億ユーロ、予備枠が95.3億ユーロとなっている。詳細は、European Commission ‘Neighborhood, Development and International Cooperationn Insturment (NDICI) – “GLOBAL EUROPE”’ 9 June 2021参照
4|ドイツの新政権と2022年上半期EU理事会議長国フランスの方針
EUを牽引してきたドイツとフランスは、共にCAIの凍結解除には否定的で、戦略目標実現のための規制強化、通商政策の活用を支持する。

ドイツで21年12月に発足したショルツ政権は、16年にわたる在任期間中に12回訪中するなど、中国への傾斜を強めたメルケル政権に比べて中国に強硬な姿勢を採ると見られている。本稿冒頭で触れた通り、連立を構成する3党の協定には、メルケル首相が取りまとめに尽力したCAIのEU理事会による承認は不可能としている。連立協定には、南シナ海、東シナ海、台湾海峡に関する記述のほか、「台湾の国際機関への実質的参加支持」、「新疆ウイグル自治区の問題を含む中国の人権弾圧に対してより明確に発言」、「香港の一国二制度の復活を目指す」など、中国政府の反発を招きかねない文言も盛り込まれた28。外相に、人権問題により厳しい立場をとる緑の党のベーアボック氏が就任したことも、ショルツ政権が中国に対して強硬な姿勢を採るとの思惑につながっているようだ。

ショルツ政権も、EUと同じく中国を「パートナーであり、経済的競争相手であり、体制上のライバル」と位置付けている。中国への過度の依存を是正し、競争条件の公平化を目指すことは優先課題の1つだが、こうした軌道修正は、すでに第4次メルケル政権期には始まっており、非連続的な形で、政策スタンスが厳格化する訳ではない。

フランスは、22年上半期はEU理事会の議長国として「EUの主権の強化」、「新しい欧州成長モデルの構築」、「人道的なヨーロッパ」を3本の柱を掲げる29。「新しい欧州成長モデルの構築」では、水素、バッテリー、宇宙、半導体、クラウド、防衛、健康、文化・クリエイティブ産業での欧州チャンピオンの創出、ルール形成力の発揮を目指す。環境・気候政策の推進とともに競争条件公平化のための2030年の気候目標達成のための政策パッケージ「Fit for 55」に盛り込まれた国境炭素調整措置(CBAM)や、通商協定への環境・社会的要件の組み入れを強化する方針を示した。

マクロン大統領は、CAIの大筋合意に至ったテレビ会談に、ミッシェルEU首脳会議議長、フォンデアライエン欧州委員会委員長、当時の議長国であるドイツのメルケル首相(当時)とともに参加している。メルケル首相の招待によるものとされるが、マクロン大統領も、この時点では、合意を積極的に支持していたと思われる。しかし、合意からおよそ1年後の演説では、CAIへの言及はない。リステール貿易・誘致担当相はメデイアのインタビューで「中国の対応が変わらない限り、批准はできない」との見方を示しており30、フランスでも早期発効への政治的機運は失われている。

フランスでは4月に大統領選挙を予定しており、その結果は、外交・通商・安全保障政策にも影響を及ぼす。極右や急進左派の候補が勝利した場合には、大幅な路線の転換やEUの不安定化が懸念されるが、今のところ、世論調査では、マクロン大統領が支持率1位、中道右派の共和党の統一候補となったペクレス氏が第2位となっている。両者のいずれかが勝利する限りにおいては、外交・通商・安全保障政策が、EUの路線から大きく乖離することは考えづらい。
図表3 EU理事会議長国としてのフランスの優先課題1
図表3 EU理事会議長国としてのフランスの優先課題2
図表3 EU理事会議長国としてのフランスの優先課題3
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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