2021年12月28日

確定拠出年金の一時金をいつ受け取るか-課税ルール変更を受けて

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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1――はじめに

1確定拠出年金を一時金で受け取る場合の課税ルールの変更
2021年8月3日、「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備及び経過措置に関する政令」が閣議決定された。これにより、確定拠出年金を一時金で受け取る場合の課税ルールの変更(2022年4月~)が確定した。年度始に公開した拙稿1において、2022年4月からの年金受給開始年齢の選択肢拡大に伴い、確定拠出年金を年金で受け取るか、一時金で受け取るかの検討に加え、一時金で受け取る場合いつ受け取るかの検討も重要となることを紹介したが、早々に課税ルールが変更された。そこで、新たなルールを基準に、確定拠出年金を一時金で受け取る場合の課税ルールを説明したい。
2主な課税ルールの変更内容とその目的
複数の退職金を受け取る場合に退職所得控除対象期間が重複しないように、同じ年および前年以前「4年内」の複数の退職金受取を対象に退職所得控除額を調整(つまり縮小)することになっている。一方、確定拠出年金の老齢給付金を一時金で受ける場合に限り、通常の退職金受取に適用される「4年内」ではなく「14年内」までが調整対象とされている。確定拠出年金の一時金受取に限り取り扱いが異なるのは、確定拠出年金の一時金は受給時期を選択できるからである2。受給時期を調整することにより多額の退職所得控除を受けることがないよう、「14年内」までが調整対象とされている。確定拠出年金の一時金受取の最終年齢が70歳から75歳に延長されたことに伴い、この「14年内」が「19年内」に5年延長されることになった3
 
2 財務省「令和3年度 税制改正の解説」(2021年7月9日公表)参照
3 2022年3月31日までに、支払いを受ける確定拠出年金の一時金については「14年内」

2――確定拠出年金を一時金で受け取る場合の退職所得の決定方法

2――確定拠出年金を一時金で受け取る場合の退職所得の決定方法

退職金を受給した場合及び確定拠出年金を一時金で受け取る場合の所得税額は、課税所得の一種である「退職所得」と「退職所得」を基準に定まる所得税率(5%~45%、復興特別所得税は別途加算)によって決まる。収入から必要経費を差し引いた金額が所得で、所得から更に所得控除を差し引いた金額が通常の課税所得である。退職所得も起点は収入(退職金などの受給額)である。退職金には必要経費がかからないので、直接、退職金などの受給額から退職所得控除額を差し引く。退職所得は長期間にわたる勤労の対価の後払いといった特性、また退職後の生活の原資に充てられるという特性がある。このため、他の所得との合算は行わず分離課税(ただし、上述の通り累進課税)となる他、勤続年数が5年以下の役員が退職金を貰うケースや、役員でなくても勤続年数が5年以下で多額の退職金を貰うケースなどの例外を除き、退職金などの受給額から退職所得控除額を差し引いた金額の2分の1が退職所得となる。
退職所得
退職所得控除額が多いほど退職所得が減り、支払う所得税が少なくなる。退職所得控除額は原則、勤続年数に応じて決まるので、退職金などの受給額が同じなら、勤続年数が長いほど、支払う所得税は少なくなる4
勤続年数が20年以下の場合/勤続年数が20年を超える場合
ただし、同じ年に複数の退職金などを受け取った場合や前年以前「数年内」に退職金などを受け取った場合で、退職所得控除額を算定する勤続期間が重複する場合は、勤続期間が重複しても退職所得控除対象期間を重複して利用できない(退職所得控除額が不当に多額にならない)よう調整する仕組みがある。尚、ここで言う勤続年数にカウントする期間は、通常の退職金については実際に使用人として勤務していた期間となるが、確定拠出年金の一時金については確定拠出年金の拠出期間となる。今回のルール変更は、退職所得控除対象期間の重複を避けるよう調整する対象範囲を定める「数年内」に関するルール変更である。確定拠出年金の老齢給付金を一時金で支給を受ける場合は、2022年4月以降「19年内」に変更される(2022年3月までは「14年内」)。
 
4 退職金などの受給額が計算上の退職所得控除額を下回る場合、退職所得控除額は退職金などの受給額と同額になる。

3――今回のルール改正の背景

3――今回のルール改正の背景、退職金の支給時期は確認しておくべきだ

高年齢者が活躍できる環境整備を図る高年齢者雇用安定法において、事業主が定年を定める場合のルールが定められている。1986年以降は60歳以上定年制が努力義務化され、1998年以降は60歳以上定年制が義務化されている。また、1990年の同法改正により、定年到達後65歳までの継続雇用の努力義務規定が新設され、2013年からは、65歳までの雇用確保措置が義務化された。そして、2021年4月からは、65歳までの雇用確保が義務化されるとともに、70歳までの就業確保措置の努力義務が課せられた。

65歳までの雇用確保措置は、大きく2つに分けられる。定年制の廃止や定年引上げのように、65歳まで退職しない選択肢が従業員にある措置と、継続雇用制度等のように65歳まで就業機会を確保するが、それ以前の定年時(通常60歳)に退職する制度である。定年制の廃止や65歳以上定年で、65歳まで退職しない選択肢が従業員にある企業の割合は確実に増えているが、2割程度に過ぎない。60歳定年の企業が多数派である現状に変わりない(図表1)。
【図表1】65歳まで退職しない選択肢が従業員にある企業の割合
退職金制度を設ける必要はないが、設ける場合は退職金の支給要件などを就業規則に記載する必要がある。通常、退職金の支給事由が生じるのは退職時である。退職金の支払方法や支払時期も各企業の実情に応じて定められるので、支給事由が生じる年と、実際に支払いを受ける年が異なる場合もあるが、受け取った退職金がいつの年分の所得になるかは、支給事由が生じた年であって、実際に支払いを受けた年ではない。従って、退職金が確定したのちに、支払いを延期したり、2回に分けたりしても退職所得課税金額は変わらない。受け取った退職金がいつの年分の所得になるかという視点で、勤務先の就業規則を再確認しておくと良い(図表2参照)。
【図表2】退職金の支給に関するモデル就業規則

4――課税ルール変更の影響

4――課税ルール変更の影響

160歳になる年に退職して通常の退職金を受け取る場合
現在、確定拠出年金を一時金で受け取ることができるのは60歳から70歳なので、確定拠出年金の一時金をいつ受け取っても、60歳になる年に受け取った通常の退職金は、同じ年か前年以前「14年内」となるため、退職所得控除対象期間の重複利用を避けるための調整対象になる。

2022年4月以降、確定拠出年金の一時金受取の最終年齢が70歳から75歳に延長される。課税ルールの変更が行われなくても、74歳になる年までに確定拠出年金を一時金で受け取ると、60歳になる年に受け取った通常の退職金は、同じ年か前年以前「14年内」となるため、退職所得控除対象期間の重複利用を避けるための調整対象になる。一方、75歳になる年に確定拠出年金を一時金で受け取ると、課税ルールの変更が行われなければ、60歳になる年に受け取った通常の退職金は15年前のものとなり、前年以前「14年内」に退職金などを受け取った場合に該当しないので、退職所得控除対象期間を重複利用することが可能となっていた。しかし、2022年4月以降「14年内」が5年延長されて「19年内」に課税ルールが変更されるので、75歳になる年に受け取っても退職所得控除対象期間を重複利用することはできなくなった。
255歳になる年に早期退職して通常の退職金を受け取る場合
現在、確定拠出年金を一時金で受け取ることができるのは60歳から70歳なので、69歳になる年までに確定拠出年金を一時金で受け取ると、55歳になる年に受け取った通常の退職金は、同じ年か前年以前「14年内」となるため、退職所得控除対象期間の重複利用を避けるための調整対象となる。一方、70歳になる年に確定拠出年金を一時金で受け取ると、55歳になる年に受け取った通常の退職金は15年前のものとなり、前年以前「14年内」に退職金などを受け取った場合に該当しないので、退職所得控除対象期間を重複利用することが可能である。

2022年4月以降、確定拠出年金の一時金受取の最終年齢が70歳から75歳に延長されるが、課税ルールも「14年内」から「19年内」に変更される。このため、70歳になる年から74歳になる年に確定拠出年金を一時金で受け取ると、55歳になる年に受け取った通常の退職金は、前年以前「19年内」となるため、退職所得控除対象期間の重複利用を避けるための調整対象になる。但し、75歳になる年に確定拠出年金を一時金で受け取ると、55歳になる年に受け取った通常の退職金は20年前のものとなり、前年以前「19年内」に退職金などを受け取った場合に該当しないので、退職所得控除対象期間を重複利用することが可能である。
 
なお、2007年頃の状況(図表3)を考えると条件を満たす人は少ないだろうが、55歳になる年以前に早期・希望退職に応募、又は転籍により通常の退職金を受け取った人、具体的には以下の条件を満たす人はルールが変更される前の2022年3月までに確定拠出年金を一時金で受け取ることも検討した方がよい。「19年内」に変更になっても早期退職の20年後(2007年退職なら2027年)まで一時金の受け取りを待つことで、退職所得控除対象期間を重複利用可能だが、待っている間に課税ルールの変更もありうる。
 
・2022年3月時点で確定拠出年金の老齢給付金の受給権が有り、老齢給付金は未請求
・2007年以前に早期退職し通常の退職金を受け取った
・早期退職前、既に確定拠出年金に加入

確定拠出年金法の施行が2001年10月なので、重複期間はたった7年と思うかもしれない。しかし、7年でも退職所得控除額は280万円(40万円×7年)に及ぶ。更に、企業型確定拠出年金加入時に退職手当制度等に係る資産の全部又は一部の移換を受けている場合は、入社から企業型確定拠出年金加入までの期間も勤続年数にカウントされるので、重複期間は7年よりもはるかに長い。
【図表3】企業型確定拠出年金加入者数と早期・希望退職を募集する上場企業数の推移

5――早期・希望退職とFIRE

5――早期・希望退職とFIRE

退職所得控除対象期間を重複利用できる55歳早期退職は非現実的な仮定ではない。早期・希望退職募集に関するニュースを目にする機会も多い。東京商工リサーチの調査5によると、2021年の早期・希望退職者を募集する上場企業数が10月31日までに72社に達した。

また、若者を中心に経済的に独立し、早期リタイアを実現するFIRE( Financial Independence & Retire Early)が人気だ。就業希望年齢に対するアンケート調査で、55歳以下と回答した20代は7.5%で、40代の3.9%の約2倍に及ぶ(図表4)。「若者は現実が見えていないだけ」と思うかもしれないが、そうとも限らない。早期リタイアを目指した準備を怠らない若者もいる。日経マネー「2021年個人投資家調査」によると、24歳以下で投資をしている会社員の内、投資の目的が「早期リタイア」であると回答した割合は21%で、「老後資産づくり」と回答した割合19%を超える。
【図表4】年代別就業希望年齢
 
5 『早期・希望退職、1000人以上の募集が5社 実施規模の“二極化”進む 2021年1-10月上場企業「早期・希望退職」実施状況』 https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20211112_02.html

6――最後に

6――最後に

高年齢者が活躍できる環境整備を背景に、確定拠出年金の受給開始時期が60歳から75歳までに改正された。受給時期を調整することにより多額の退職所得控除を受けることがないようルールを変更するのは不公平をなくすために良いことだと思う。しかし、労働市場の流動化、雇用慣行の変化、働き方の多様化を考えると、特定の年数を基準に重複期間の調整の要否を判別することには無理があり、また20年を境に1年当たり退職所得控除額が40万と70万と違うことにも合理性がないのかもしれない。確定拠出年金のメリットの一つに離職、転職の際の年金資産の移転、すなわちポータビリティーがあり、自助努力による老後資金形成の重要性は高まってきているので、将来に向けては、より公平で合理的な課税ルールを期待したい。
 
なお、今後も課税ルールの変更等もありうる。退職金などに関して、実際の受け取り時期の決定に際しては、税理士や税務署に確認することを是非ともお勧めしたい。
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2021年12月28日「基礎研レポート」)

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