コラム
2021年10月26日

新型コロナ 遥かなる集団免疫-ワクチン接種だけでの集団免疫獲得には限界?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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新型コロナは、ワクチン接種が進んでいるはずのアメリカやイギリスで感染が再拡大している。

各国の死亡者数をみると、アメリカが72万人、ブラジルが60万人、インドが45万人、メキシコが28万人に達している。感染者数では、アメリカが4494万人、インドが3418万人、ブラジルが2168万人を超えている。

これまでに、世界全体で感染者数は2億4326万214人、死亡者数は494万1039人。日本の感染者数は171万6938人、死亡者数は1万8199人(横浜港に停留したクルーズ船を含まない)に達している。(10月25日16:20現在(CEST)/世界保健機関(WHO)の“WHO COVID-19 Dashboard”より)

新型コロナのワクチン接種が進み、10月25日時点で、2回の接種が完了した人は、国民の7割に迫っている。第5波の新規感染者はピークアウトし、今夏に出されていた緊急事態宣言やまん延防止等重点措置は、9月末にすべて解除された。

ところが、ここにきて集団免疫の達成は難しいとの声が専門家から上がっている。どういうことなのか。少し、みていくこととしたい。

◇ 政府の分科会は、ワクチン接種による集団免疫の達成は困難、と指摘

コロナ禍が始まって、わずか1年ほどで、複数のワクチンが開発された。それによって、感染予防の戦略は、大きく変わった。ワクチン接種を進めて、早期に集団免疫を確立し、感染を終息させる――各国とも、そんな戦略のもとで接種を進めてきたようだ。

日本でも、ワクチンをコロナ対策の「切り札」と位置づけ、国、地方自治体を挙げて接種に取り組んできた。政府は、希望者全員のワクチン接種を完了を目指して、接種のスピードを上げてきた。

ところが、イスラエルやイギリスなどのワクチン接種“先進国”では、感染した人の重症化は抑えられているものの、新規感染者の再拡大がみられた。このうち、イスラエルは、10月に入って感染が収まってきたが、イギリスは感染拡大が続いている。
イスラエル・イギリス・アメリカ・日本のワクチン接種率と新規感染者数の推移
9月3日に、政府の新型コロナウイルス対策分科会がまとめた提言には、

「我が国において全ての希望者がワクチン接種を終えたとしても、社会全体が守られるという意味での集団免疫の獲得は困難」

といった文言が盛り込まれた。ワクチン接種による集団免疫の達成は困難、との指摘だ。

◇ 60~70%のワクチン接種で「集団免疫達成」の根拠

当初、新型コロナウイルス感染症に対する集団免疫は、国民全体の60~70%が接種を完了すれば達成できるのではないかと試算されていた。

感染症には、感染力を表す「基本再生産数」という概念がある。これは、ある感染症にかかった人が、その感染症の免疫を全く持たない集団に入ったときに、直接感染させる平均的な人数を表す。

たとえば、この値が1より大きいと、平均的に、1人の患者から1人よりも多くの人に感染するため、感染は拡大する。逆に、この値が1より小さいと、1人未満にしか感染しないので、感染はいずれ終息する。そして、ちょうど1ならば、拡大も終息もせず、その地域に風土病のように根付く。

新型コロナウイルス感染症の基本再生産数は、当初2~3とみられていた。仮に、基本再生産数が2.5だったとしよう。この場合、10人の感染者から2.5倍の25人に感染が拡大する。

もし、この25人のうち、15人以上がワクチン接種で免疫を持っていれば、感染するのは残りの10人以下に抑えられる。10人から10人以下に感染――徐々に感染させる人数が減っていけば、いずれ終息するはずだ。

25人のうち15人以上、つまり60%以上の人が接種により免疫をもっていれば、感染は終息する。このようにして、60~70%が集団免疫の達成に必要な接種割合とされてきた。

◇ デルタ株出現で80%に上がった「接種ハードル」

ところが、ワクチン接種“先進国”では、接種割合がこの水準に達したのに、集団免疫には至っていない。

その原因として、感染力が高いとされる「デルタ株」(インド型)などの変異株のウイルスが拡大したことで、基本再生産数が上がっていることが指摘されている。政府の分科会では、流行するウイルスの基本再生産数を5と仮定して、今後の感染拡大のシミュレーション計算を行っている。

デルタ株の基本再生産数が5だとすると、10人の感染者から5倍の50人に感染が拡大する。もし、この50人のうち、40人以上がワクチン接種で免疫を持っていれば、感染するのは残りの10人以下に抑えられる。

10人から10人以下への感染により、終息に向かっていく。そのためには、50人のうち40人以上、すなわち80%以上の人が接種によって免疫を持つことが必要となる。

つまり、集団免疫達成のための、接種割合のハードルが上がってしまったことになる。

◇ ワクチンの有効性を加味すると、ハードルはさらに上がる

以上の計算では、ひとつ、大きな前提が置かれている。ワクチン接種が完了した人は感染しない――ワクチンの有効性は、100%との前提だ。ところが、実際には、ワクチンを2回打った人でも、感染するケースがみられている。

仮に、ワクチンの有効性を90%と置いてみよう。ワクチン接種を完了した人は、完了していない人に比べて、感染する確率が90%減る、つまり1割になる、との前提だ。

この場合、基本再生産数が5で、50人のうち、40人以上がワクチン接種で免疫を持つためには、40人を0.9で割り算した44.444…人以上の接種が完了する必要がある。44.444…人のうちの1割である4.444…人は、感染してしまうため、それを差し引いて、ようやく40人の免疫が確保されるわけだ。

そうなると、50人のうち44.444…人以上、すなわち88.888…%以上の人がワクチン接種を完了する必要がある。集団免疫達成のための、接種割合のハードルは、さらに高いことになる。

◇ もはやワクチン効果は限界といわれる「3つの理由」

政府の分科会では、ワクチンの効果の限界として、さらに3つの点が指摘されている。

まず、ワクチンの重症化予防効果は、デルタ株が主流となった現在でも高いと考えられるが、完全ではない点だ。これは、新規感染者が出現すれば、その中から重症者も出てくることを意味している。重症者の治療に伴う医療逼迫のリスクが拭えないこととなる。

2つ目は、先ほど述べたように、ワクチン接種が完了したのに感染してしまう、いわゆる「ブレークスルー感染」が一定程度生じる点だ。ワクチン接種によって、たとえ感染しても重症化はしにくくなる。ただ、他の人に二次感染をさせてしまう可能性は残る。このため、感染の終息にはなかなか至らないこととなる。

3つ目は、ワクチン接種で得られた免疫が数か月で徐々に減弱していく可能性がある点だ。このことは、接種が進むイスラエルなどで、すでに観察されている。このため、2回の接種が完了した後でも、3回目の接種、いわゆる「ブースター接種」が必要となる。

麻疹(はしか)や、おたふくかぜのように、ワクチン接種によって免疫を得れば、一生涯などの超長期に渡って、その免疫が維持される感染症と異なり、新型コロナウイルス感染症は、ワクチンによる免疫獲得についても一筋縄ではいかないようだ。

◇ 集団免疫の“ゴールポスト”はまた動く可能性も

イスラエルやイギリス、アメリカなどでは、すでにブースター接種が始まっている。

日本でも政府がブースター接種分のワクチンを確保するなど、準備を進めている。2回目の接種が終わってから、8か月以上が経過した人を対象に3回目の接種を行う予定とされており、年内にも医療関係者から順次開始される見通しだ。

ただ、ブースター接種が完了したとしても、それで新型コロナの集団免疫が達成されるかどうかは分からない。

デルタ株を上回る感染力を持った新たな変異株の出現、ワクチンの効果の想定外の低下――など、この先何が起こってもおかしくないからだ。集団免疫の“ゴールポスト”は、また動いてしまうかもしれない、と考えておいたほうがよさそうだ。

◇ 接種前の10倍人と会えば「感染確率」は変わらず

加えて、ワクチン接種後の人々の行動が変化することも気になるところだ。10月に新規感染者は激減しており、経済活動の再開に向けて、飲食店の時短営業の解除、各種イベントの人数制限の緩和などが実施されている。旅行会社では、「ワクチン・検査パッケージ」の実証実験の対象ツアーも始まっている。

ただ、こうした経済回復の動きに水を差すつもりはないが、新型コロナは終わったわけではない。

ワクチンを打ったからといって、絶対に感染しないとは限らない。仮に、ワクチン接種によって、1人の人との接触で感染する確率が10分の1に減ったとしても、接種前に比べて10倍多くの人と接触すれば、結局、感染する確率は変わらないともいえるだろう。

やはり、ワクチンだけで集団免疫を達成して感染を終息させるというのは難しそうだ。これまでとってきた地道な感染防止策を、すぐに止めるわけにはいかない。まだ、しばらくは、3密を避けながら、石鹸による手洗い、人混みでのマスクの着用を続けるべき、といえそうだ。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年10月26日「研究員の眼」)

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