コラム
2021年09月01日

新型コロナ 社会的終息に向かう?-楽観バイアスでコロナ禍への順化が進んでいるが…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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新型コロナウイルスの感染拡大は、ワクチン接種の進捗に応じて各国の違いが顕著になってきた。

各国の死亡者数をみると、アメリカが63万人、ブラジルが57万人、インドが43万人、メキシコが25万人に達している。感染者数では、アメリカが3866万人、インドが3276万人、ブラジルが2074万人を超えている。

これまでに、世界全体で感染者数は2億1686万7420人、死亡者数は450万7837人。日本の感染者数は146万9327人、死亡者数は1万5994人(横浜港に停留したクルーズ船を含まない)に達している。(8月31日17:11現在(CEST)/世界保健機関(WHO)の“WHO COVID-19 Dashboard”より)

接種が進む欧米諸国では、重症化する患者の数が抑えられている。ただ、接種が完了した人が感染する「ブレークスルー感染」のケースが増えている。イスラエルでは「ブースター接種」と呼ばれる3回目の接種が始まっており、アメリカやイギリスも追随する構えをみせている。感染拡大の動向は、予断を許さない状況が続いている。

日本では、現役世代のワクチン接種が本格化してきた。しかし、それを上回る勢いで変異株であるデルタ株(インド型)が拡大しており、8月中旬以降、1日に2万人を超える新規感染者も珍しくなくなった。

政府は、東京などに4回目の緊急事態宣言を発令しているが、人々に感染拡大防止に向けたメッセージは浸透していない。首都圏や関西圏などの繁華街の人流は、期待されているほど減っておらず、感染拡大に歯止めがかからない事態となっている。

このまま進んでいくと、いったいコロナ禍はどうなってしまうのだろうか。今回は、過去のパンデミック等を振り返りながら、考えてみることにしたい。

◇ 「楽観バイアス」の蔓延

そもそも、なぜ緊急事態宣言の効果が出にくくなっているのだろうか?

コロナ禍が始まって、かれこれ1年半以上経過した。石鹸での手洗い、マスクの着用、ソーシャルディスタンスの徹底、大人数での会食自粛……など、耳にタコができるほど感染予防策が言われてきた。多くの人が、それらを遵守している。現に、今年は真夏の炎天下でも、街中での人々のマスク着用が、当たり前の光景となっていた。

だが、それにもかかわらず、感染の波は何度も襲来し、それを追うようにして緊急事態宣言の発令と解除が繰り返されてきた。心理学の学者によると、人々に“宣言馴れ”が生じているとみられる。この宣言馴れは、コロナを軽く見てしまいがちな「楽観バイアス」につながるという。

◇ コロナへの順化が進む

東京では、今回の緊急事態宣言の発令中にオリンピック・パラリンピックが開催された。これにより、宣言での「自粛」と、オリパラでの「お祭り」という、全く正反対のメッセージが人々に出される形となっている。

こうなると、人は易きに流れがちだ。つまり、受け入れたいお祭りのメッセージだけを聞き入れて、自粛のメッセージには耳を貸さなくなる。その結果、「コロナは、もう心配しなくても大丈夫」といった、コロナ軽視の楽観バイアスが生じる。

昨年の最初の緊急事態宣言のときには、誰もが未経験の事態に直面したことで、社会全体で自粛に努める動きがみられた。しかし、緊急事態宣言が何度も繰り返されるうちに、人々に「馴れ」が生じて、その実効性は薄れていった。

これは、生物学の「順化」という現象に相当する。異なる環境に移された生物が、しだいに馴れて、その環境に適応した性質を持つようになることを指す。人々はコロナ禍に順化してきたといえるだろう。

◇ 終息シナリオには2通りある

それでは、新型コロナのパンデミックは、いつどのようにして終わるのか? たぶん多くの人々が、このことを気にしながら、日々生活しているはずだ。

昨年5月にニューヨークタイムズ紙で報じられた内容によると、アメリカの歴史学者はパンデミックの終わり方には2通りあると述べている。

1つは「医学的な終息」で、罹患率や死亡率が大きく低下して、まさに感染が終息する。もう1つは「社会的な終息」で、人々の病気に対する恐怖心が薄れてくることで終わるというものだ。

社会的な終息は、医学的に病気を抑え込むことによって終わるのではなく、人々が疲弊したうえで、病気とともに生きるようになることで、パンデミックの状態が終わるというものだ。今回の新型コロナでも、同様のことが起こりつつあるといわれる。

ただし、歴史学者によれば、実際にどのように社会的な終息に至るかは感染症ごとに異なる。

たとえば、感染症の終息を社会的・政治的に決めるにしても、実際に誰がどのように宣言できるのか。また、終息の理由を人々が納得できる形で説明できるのかなど、さまざまなことが見えてこないという。

◇ ペストの終息についてはよくわかっていない

それでは、過去の世界的な感染症として、ペストとスペインかぜ(インフルエンザ)をみていこう。

ペストは発症した人の皮膚が紫黒色を呈して死に至ることが多いことから、黒死病として恐れられてきた。鼠類に付いた蚤(のみ)が、人にペスト菌を媒介するとされる。

ペストは、6世紀、14世紀(「中世の大流行」)、そして19世紀末~20世紀のパンデミックと、過去2000年間に3度の世界的な大流行があった。このうち、特に、中世の大流行は1331年に中国で始まり、貿易ルートを伝って、ヨーロッパ、北アメリカ、中東に広がった。1347~1353年の6年間で、当時1億人といわれるヨーロッパの人口のうち、2000万~3000万人がペストで死亡したと推定されている。

じつは、このペストはどのようにして終息したのか明らかではない。

寒さにより病気を媒介する蚤が死滅したため。ペスト菌が宿主をクマネズミからドブネズミに変えたことで人間との距離が離れたため。感染者が出た村を焼き払うなどの、感染拡大防止策が奏功したため──など、さまざまな説が出されている。これらに加えて、社会的な終息という面もあるのかもしれない。

ただし、ペストはいまも完全に消え去ったわけではない。現在は、抗生物質での治療が確立しているが、ペストの感染はいまでも人々に恐怖を与えているといわれる。

◇ スペインかぜは社会的終息

社会的な終息の代表例といえるのが、スペインかぜだ。

スペインかぜは、1918年にアメリカを起点に流行が始まったインフルエンザだ。世界全体で5000万人から1億人が死亡したといわれる。犠牲者は、若者や中年に多かったという。

流行の時期は、第1次世界大戦と重なり、病気で多くの兵士たちの命も失われた。アメリカでは、公衆衛生当局の担当者や執行官、政治家の間で病気の深刻さを過小評価する動きがみられた。その結果、流行の拡大を伝えるマスコミの報道は少なくなった。

これには、感染拡大のニュースが敵国を奮い立たせる恐れがあったことや、社会の治安を維持してパニックを避ける必要があったことなどが、その理由として考えられている。その後、感染症は徐々に消えていき、毎年あらわれる弱毒化したインフルエンザに変わっていった。

スペインかぜは社会的な終息を迎えた。第1次世界大戦が終わり、人々が新たな時代に眼を向ける中で、感染症や戦争の悪夢を忘れ去ろうとしていたことが、その背景にあったとされる。

◇ 新型コロナは社会的な終息に向かうのか?

では、今回のコロナ禍がどのような形で終息を迎えるのか──。残念ながら、今のところはっきりとした形で、終息の姿を見通すことはできない。

現代は、ペストやスペインかぜが蔓延したときとは異なり、公衆衛生が進み、感染症対策が確立している。ワクチンや治療薬の開発も進み、近代的な医療インフラも整備されている。

一方で、航空等の交通手段が発達して、人々の移動がグローバルに迅速に進むことや、SNS等の情報伝達の手段も進み瞬時に情報が世界中に拡散されることなど、世界は小さくなっている。

こうした違いが、これまでのパンデミックとは異なる形の終息を、コロナにもたらす可能性はある。

ただ、根本的なところで、人々の意識は昔からあまり変わっていないのかもしれない。感染予防策について頭ではよく分かっていても、「楽観バイアス」が働いて、拡大防止策が疎かになるケースも増えている。

結局、感染拡大防止のためのインフラや技術を高めても、最後は、それを操る人々の意識次第なのかもしれない。

コロナ禍は、医学的な終息に至るのか、それとも社会的な終息に向かうのか。終息するとして、それらの終息はどのような形に落ち着くのか――これらは、これからの人々の意識にかかっているといえそうだ。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2021年09月01日「研究員の眼」)

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