コラム
2021年02月15日

新型コロナ 自粛メッセージ-自粛を促すために、どう語りかけるべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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新型コロナウイルスは、欧米で感染拡大に減速傾向がみられ、行動制限などの規制緩和が進められている。だが、イギリス、南アフリカ、ブラジルでは感染力の高い「変異種」が出現して、各国に拡大するなど、新たな懸念材料も出てきている。世界では、死亡者数で、アメリカが47万人、ブラジルが23万人、メキシコが17万人に達している。感染者数では、アメリカが2713万人、インドが1090万人、ブラジルが976万人を超えている。

これまでに、世界全体で感染者数は1億815万3741人、死亡者数は238万1295人。日本の感染者数は41万4472人、死亡者数は6912人(横浜港に停留したクルーズ船を含まない)に達している。(2月14日現在/世界保健機関(WHO)の“WHO COVID-19 Dashboard”より)

日本では、昨年末からの新規感染者や重症者の急増を受けて、1月に緊急事態宣言が再発令された。医療提供体制が厳しい状態にあることなどから、栃木県以外の10都府県に対して、適用期間が2月7日までから、3月7日までに延長された。

首都圏や関西圏などの10都府県では、引き続き、飲食店に対する午後8時までの時短営業、外出自粛、イベントの人数制限、テレワークによる出勤7割削減の要請などが行われている。

ここで、昨年の緊急事態宣言発令の頃を少し振り返ってみよう。日本で最初の新型コロナ感染者が確認されたのは、1月15日だった。2月から3月には、感染が徐々に拡大。そして、4月7日に7都府県に緊急事態宣言が出され、16日に全国に拡大された。企業のテレワーク推進、学校の休校、各種イベントの中止など、不要不急の外出自粛の動きが進んだ。5月に入ると感染の波は落ち着き、宣言は地域ごとに段階的に解除された。25日に北海道と1都3県で解除され、全国での解除となった。

ところが、今回の再発令では、前回のときほど外出自粛が進んでいない。これまでの拡大防止策を振り返りながら、その理由について考えてみよう。

◆ キーワードでのスローガンが浸透しなくなった?

感染拡大防止策では、取り組むべきポイントがキーワードで提示されることが多い。

代表的なものは、密閉空間、密集場所、密接場面のいわゆる「3密」回避だろう。この言葉は、昨年3月に東京都知事が記者会見でボードを使って呼びかけたことで、知名度が上がった。2020年の「新語・流行語大賞」の年間大賞を受賞するほど浸透した。

ただ、キーワードによるスローガンが常に浸透するとは限らない。11月には、都知事の記者会見で、会食時に「5つの小(こ)」を徹底するよう呼びかけられた。

これは、小人数で、小一時間程度におさめ、小声で楽しみ、小皿に料理をとりわけ、小まめにマスク・換気・消毒をする──というものだ。

この5つの小をスラスラ言える人は、かなり感染防止の意識が高いといえるだろう。

◆ 「勝負の○○」という意識づけにも慣れてしまった?

新型コロナの感染が拡大しているときに、政府や都道府県等は正念場の時期を「勝負」という言葉を使って表してきた。

昨年3月に北海道で感染が拡大した際には、記者会見で道知事が「今1、2週間が勝負であるという状況」と述べて、拡大防止取り組みへの道民の意識を高めた。その効果のほどを数字で示すことは困難だが、人々の意識向上にプラスの影響をもたらしたことは間違いないだろう。

秋から冬になるに従い首都圏や関西圏などで感染拡大が進む中、11月25日、政府は「勝負の3週間」として、感染対策を短期間で集中的に行うことを国民に呼びかけた。だが、感染拡大が収束に向かうことはなかった。

12月の下旬には、東京都で新型コロナの影響により医療現場が逼迫していることを受けて、東京都医師会が年末年始を「真剣勝負の3週間」として、感染を減らす行動を求めた。しかし、大晦日に都の新規感染者数が初めて1000人を超えるなど、感染は急速に拡大していった。

人々は、「勝負の○○」といった言い回しにも、慣れてきてしまったのかもしれない。

◆ 「ストックデールの逆説」

それでは、どういうメッセージならよいのか? ここで、それを考えるヒントになる「ストックデールの逆説」という話を紹介しよう。ベトナム戦争時、7年間以上捕虜として過ごしたすえに、無事生還した米海軍士官ジェームズ・ストックデール氏(最終階級は中将)の話だ。

当時、彼は米艦の飛行部隊に所属していたが、軍事作戦中に捕虜となって収容所に入れられてしまった。捕虜収容所では、非常に厳しい状況の中で希望を保ち、仲間の捕虜たちとともに生還することが彼の課題となった。

楽観主義者の捕虜たちは、「次のクリスマスまでに収容所から出られるだろう」と考えた。何も起こらずクリスマスが過ぎてしまうと、次は「イースター(春に行われるキリストの復活祭)までには出られるだろう」と考えた。それもかなわないと、次は秋の感謝祭……。ところが、このようにして何度も期待が裏切られていくうちに失望が重なり、ついには亡くなってしまうケースがあったという。

後に生還できた理由について、彼はこう答えている。

「この状況は必ず乗り越えられる、という信念を絶対に失ってはいけない。ただし、その信念を、目の前の厳しい現実に立ち向かう規律心と混同してはならない」

彼にこのように諭された仲間たちは、彼とともに生還できたという。

つまり、楽観主義を保ちつつも、甘い期待に左右されずに現実主義で自分を律して生き抜かなくてはならない。“現実主義と楽観主義のバランス”──「制限のある楽観主義」を取ることがポイントといえる。

◆ 指導者や会社のトップは希望に満ちたメッセージを

このストックデールの逆説は、終わりの見えないコロナ禍で疲弊し切っている“燃え尽き症候群”の人に対して、指導者が制限のある楽観主義を説くことの重要性を教えてくれる。

指導者は、仮に以前の状態に戻れないとしても、むしろ以前よりも良くなることもあると希望に満ちたメッセージを伝えることに重点を置く。例えば、「リアルでのコミュニケーションは減ったが、オンライン会議アプリが普及して、遠くの人とも顔を見ながら話せるようになった」など、失われたものから可能になったものへ、話をシフトさせることができる。

企業の場合は、トップがこのようなメッセージを発することで、従業員は新しい現実を理解し、安定感を取り戻すことができる。これは、従業員のモチベーション、幸福感、仕事の生産性を高めるのに役立つだろう。

◆ メッセージは楽観主義と現実主義のバランスで

では、どんなメッセージの出し方が有効なのか。

もはや、インパクトのあるキーワードや「勝負」を連発しても、なかなか浸透しなくなっている。一方、耳障りのよい楽観的な話ばかりをしても、疑いの目でみられて素直に受け入れられない。

 そこで、ストックデールの逆説を踏まえると、

・まず、最後には必ずコロナ禍を克服できるということを、熱意を込めてしっかりと伝える

・一方、現下の厳しい状況を直視して、これまでの事実関係や今後の現実的な見通しを示す

・そのうえで、これから皆で一丸となって取り組む内容を訴える

といった、楽観主義と現実主義のバランスのとれたメッセージが重要になってくるだろう。

例えば、ワクチン接種について言えば、まず、ワクチンによってコロナ禍は必ず乗り越えられることを伝える。そして、ワクチン候補の審査・承認、接種の優先順位付け、輸入や国内の物流、接種券の郵送や接種会場の準備などの現状を丁寧に説明する。

そのうえで、「順番が最後の人も、〇月までには接種ができます。それまで、感染拡大防止の取り組みを、みんなで頑張って続けていきましょう」といったメッセージを訴えることが考えられる。

国内では一部のワクチンが承認されており、間もなく接種が始まる。だが、予定通りに接種が進むか、期待通りに感染が収束に向かうか、先々のことは何とも言えない。一喜一憂しないためには、まだしばらくコロナ禍の紆余曲折は続く、と考えておいたほうがよさそうだ。

このため、コロナ対策を指揮する側の人々には、常に現実を見据えながら未来に希望が抱けるようなメッセージを発信し続け、人々の行動変容を促していく努力が必要であると思われるが、いかがだろうか。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年02月15日「研究員の眼」)

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